「BANG!」
「イヤァァァァ――――ッ!!」
猿叫じみた声がトレーナー室の前から放たれる。
見ずともわかる。自分が担当しているウマ娘であるシーキングザパールが仲の良いタイキシャトルと、いつもの遊びをしているのだろう。迫真の気勢でやるものだから、あれはあれでなかなか見応えのある茶番ではあるのだが。
「ワッザ!?」
「アンド・リリ――――ッス!!」
空想の中を走る弾丸は大忙しで、タイキの指から発射されたそれはパールの手の平に捉えられると、いなした勢いのままに回転して、スパアッと空を切る投擲で投げ返される。いくら下にスパッツを履いているからといって、スカートが翻るのも気にせず回るのはいかがなものかと思う次第ではあるが、こういう注意ひとつをとってもセクハラだなんだとうるさい昨今、眼福に預かるに留まろうと思うわけで。
「グワアアアァ! ヤ・ラ・レ・タ~~~~っ!」
「フ。こんなことで動揺するなんて、まだまだねタイキ……」
どうやら今回は三下役のタイキシャトルがあっさりとやられる展開だったらしい。
長いと五分くらい銃撃戦をやり始めるからな、こいつら……。
「おおい、満足したか? トレーナー室の前でうるさくするんじゃないよ」
トレーナー室の扉を開けると、目の前には高身長に恵体、どこか愛嬌のある大型犬を思わせるタイキシャトルが胸元を抑え、天井を仰いで悶えている途中だった。
彼女と相対する方向に目を向ければ、こちらも恵体には変わりないが艶のある唇と垂れ目が妙齢の雰囲気を醸し出す学生離れした色気のある……それでもやってることは年相応のガキンチョであるシーキングザパールがいた。
「あらトレーナー。ごきげんいかがかしら」
「ハウディ! パールさんのトレーナーさん!」
声をかけるとすぐさま姿勢を正して挨拶してくるあたり、いい子たちではあるんだが。
とりあえず教師的立場の人間として「誰が通るかわからない廊下で騒がないこと」と注意だけはしておいて、パールの方へと視線を向ける。
「で、パールはなにか用事か?」
「いいえ、どうして?」
「だって昼休みとはいえ、お前教室棟とは別棟だぞトレーナー室。わざわざここにきて茶番だけして帰るなんてなにしとんだって話だろ」
「まあ、散歩がてらトレーナーの顔でもとは思ったけれど、特別なにかあるわけじゃないわ」
「エー! パールさん、さっき声をかけるまで扉の前で――むぐっ!?」
「タイキ! タイキ!」
「ふむぐぐぐ~っ!?」
「……なんだ、忘れ物でもあったか? なんもなかったと思うが」
パールの反応からして、どうも俺には知られたくない類の用事があったらしいことはなんとなく察した。
なので、ひとまず大人らしく気を遣っておくだけはしておこう。
「ま、いいや。ちょっとトイレ行ってくるから」
「行ってラッシャーイ!」
「ああちょっと、もう……」
なにか言いたげなパールのことをあえて無視しておく。
トレーナー室に用事があって、それを俺に知られたくないということなら、ここも聞こえていないフリをするのが正解だろうて。
十分くらい小休憩するつもりだから、その間に存分に用事を済ませてくれ。
§
「あら、まだいたのか」
「おかえりなさい。ずいぶん大物だったみたいだけど」
「違わい。購買まで行ってたんだよ。ていうか女の子でしょォお前、やめな、そんなワードチョイス」
室内を見回すと、タイキシャトルはもういないようだった。
「すまんが昼食べさせてもらうぞ」
「まだだったの? お邪魔しちゃった?」
「気にすんな。トレーナーは立場的にマジもんの教師ってわけじゃないからな。仕事は山積みだが、授業で拘束されるわけじゃねえし……」
トレーナーがトレーナー室にこもるのは自宅よりも安心安全確実なセキュリティのもと資料保管ができるからであり、そうして保管した資料を基にして日々のトレーニングやレースの作戦を練るからである。言葉通り、教師として授業を受け持つことはないので(教員免許を持ってるトレーナーもいるが)、担当ウマ娘が学生生活を送っている分には自由に時間を使えている。
ということで、購買のレジ袋からおにぎりを取り出しながら、仕事の続きに戻る。
「落ち着いて食べたらいいのに」
「別に慌ててるわけじゃねえよ。詰め込んでるわけでもない。好きなんだ」
「――――」
あまり消化にいいとは言えないが、お茶でおにぎりを流し込む。
二つ目を取り出しつつ、言葉も止めない。
「お前がさ、トレーニングしてる姿が。レースで走ってる姿が。こうやって資料とにらめっこして、トレーニング考えて、レースが決まればそこで勝つお前を思い描きながら逆算で作戦を練る。俺たちトレーナーが実際に走って勝つわけじゃねえけどよ、お前らに夢を託すまでの道筋を考える時間が最高なんだ」
あるいは、こういうところが重いなんて言われるトレーナーも少なからずいるのだろう。
俺みたいな付き合い方をしないトレーナーももちろんいる。たとえば、チームを持てば、今のように担当一人だけに集中することもできないだろう。
そういうのもひっくるめて、今の俺はパールのことを考えている時間が至福で最高なんだ。
「お前が飽きることなく叫ぶ『可能性』ってやつに、俺も夢見てんだ。それを見せよう、叶えようって走るお前を見るのは、本当にたまんねえんだ。楽しそうだろ? ああ、これがまあ、マジでめちゃくちゃ楽しいんだぜ」
「あなたってホント……なんていうか、恥ずかしげもなく言うわね」
恥ずかしくなんてないので。――とまでは言わないでおく。
ともかくどうやら呆れられてしまったようで、どっちかというとそっちのが恥ずかしいわ。
「ねえ、お弁当とかほしい?」
「どうした急に」
「作ったら食べてもらえる?」
「いや、いらん」
「……っ、あ……ご、ごめんなさい」
「謝るなよ。そこまで心配なら食生活は改める」
「え、あ、いや、ちが……そうじゃないわよ!」
「じゃあどういう意味だ?」
「………………あなた、恋人から朴念仁って言われてフラれたことない?」
「そういう奴に恋人がいたことあると思うか?」
「ハア……。そういうことね。もう今度は謝らないわよ」
「それがいい」
わかってもらえたようでなによりだ。
ただ露骨にやりすぎてしまったようで、パールは目に見えて不機嫌になってしまった。
もういいわ、とだけ言い残して、座っていたソファから立ち上がって、扉に向かって歩き始めた。
いや、まあこうなったのも自業自得というか、彼女のためという免罪符は掲げられるのだが……。それでは彼女の行為をあまりにないがしろにしているような気もする。罪悪感だな、これは。思わず自嘲してしまう。
「パール」
「なにかしら」
タイキシャトルではないが、右手を銃の形に構えて、キザったらしくパールへと突きつけた。
「賭けたんだろ。お前はお前自身の『可能性』ってやつに」
BANG、とまでは言わなかった。
撃つフリだけして、パールを送り出す。
……送り出したつもりだったのだが、当のパールは珍しいくらいにポカンと惚けた顔をしていた。美人顔だというのに、こういう表情をしていると年相応にかわいらしくて仕方なくなるな。
「信じろ。お前のココロが走ってる限り、ゼロにはならん」
ああ、本当に余計な一言だとわかってるんだ。
わかってるのに、言わなくちゃいけないところがこの年頃の難しいところなのかもしれない。
なにより俺自身が恥ずかしい。いい大人が恥ずかしくなって顔を覆いたくなるくらいだ。
だけど、まあ、それをするくらいの甲斐はあったらしい。
「ほんと、しょうがないひと」
めずらしく歯を見せて笑うパールが、見れたことだし。