僕の担当ウマ娘、コパノリッキーは面倒見が良い。
あのキタサンブラックの幼馴染と聞いてからは、なるほど類友なわけだ、とひどく納得したものだ。……ただ風水が絡むとお節介になってしまいがちなのは玉に瑕だが。
とはいえ、なんだかんだで善い方に転んでいくのは本人の人徳の為すところだろう。お節介と言われようと一生懸命誰かと向き合う姿勢は、直接指導する立場として好ましく、また誇らしい。
「お待たせ、トレーナー!」
「ああ。それじゃあ出発するよ」
トレセン学園の駐車場で、リッキーと合流する。
今日はリッキーが登壇するイベントがある。「こども風水教室」と銘打たれた、小規模イベントだ。会場もどーんと大きいわけではなく、トレセン学園からそう離れていないところにあるショッピングモールの一角を借りて行う。
時間ごとに演者が立ち代わり入れ替わり様々な催しを披露する、その一人にリッキーが選ばれたという経緯だ。
トゥインクル・シリーズで活躍してから、何度かのテレビ出演を経て、今では規模は大きくないもののイベンターから「コパノリッキーに風水を教えてもらいたい」とオファーが来るようになった。
「ショッピングモールなら家族連れが中心だろうし、ガチガチに理論を組み立てて説明するよりも、親近感を得られるような内容がいいんじゃないか?」
と、僕がアドバイスした通り、リッキーはその方向性で企画書を作成した。それが「こども風水教室」である。いわゆる「色風水」と呼ばれるものを中心に、風水を身近に感じてもらおうという魂胆だ。
ということで、いざイベントである。
§
最近知ったことなのだが。
より詳しく言うと、リッキーがこうやってイベントをこなすようになってから知ってしまうことになった事実……というか秘密?といえばいいのか……とにかく、彼女の魔性についてだ。
「リッキーちゃん! どうぞ!」
「わあ、ありがとう!」
イベント終わりに、ファンとのふれあいとしてとっていた時間に参加していた子供たちに囲まれるリッキーを遠目に見守っている。
リッキーは今、ひとりの男児から花を贈られていた。なけなしのお小遣いを握りしめ、モール内のフラワーショップで買ってきたものだろう。
赤いバラとマリーゴールドだ。
「リッキーちゃんだいすき! レースもかっこいい!」
「ええ~! そんなに褒められるとテレちゃうなあ」
「ぼくもトレーナーになって、リッキーちゃんといっしょにがんばりたいの!」
「おっ、すごーい! 立派な夢だ!」
リッキーはその子の本心――というかもうほとんど告白しているが――を知ってか知らずか、ギュッと抱きしめてあげている。相手が子供だからと頬を触れ合わせるほどの距離感で、包み込むようにだ。
いや近すぎないか? さすがに。
相手は子供とはいえ。近いぞリッキー。
「じゃあ、トレーナーになったら私に走り方教えてね!」
「うん! まかせて!」
節度ある距離感というものがだな。
しかもなんだ。その子とリッキー、歳だって10も離れていないだろ。弟や妹と同じ感覚で接するのは本当によくないぞ。身内と他人の境界は曖昧にするとろくでもないことになる。
などと僕が考えているうちに、リッキーはまた別の子の相手をしていた。
今度の子は、意外にもこういうイベントに来そうもないガキ大将のような風体をした、ワンパク小僧だった。目の前にいるリッキーにテレているのか、斜に構えている。
「今日楽しかったかな?」
「べ、べつに……」
「そっかあ。なにかわからないところあったかな?」
「こんなのホントに意味あんの?」
「え?」
リッキーがワンパク小僧の言葉に目を丸くする。
彼は拗ねたような、いじけたような、なんなら小馬鹿にするような態度で言葉を重ねる。これはもしかしなくとも、あの年頃の子にありがちな「好きな子にはいじわるしちゃう」的な言動なのでは。
しかしこと風水においてリッキーへその物言い、挑戦的と言わざるを得ない。いじわるにしてももっと可愛げを身に着けた方がいいと思うぞ、少年。
「色でそんななんもかんも変わるんかよ?」
「ん~、そっかあ……。じゃあ、たとえば君は何色が好き?」
「……赤」
「赤! いいね〜!」
「でも赤色のもん持ってたって、リ、……姉ちゃんの言うみたいになるなんて思わねえけどな」
「そう? じゃあ、赤色のカッコいいTシャツ着れたら嬉しい?」
「……まあ、うれしい、かも」
「好きな色の、好きな服とかアクセサリーとかさ、身につけてたら『テンションあがるー!』とか『なんでもできそう!』とか思うことない?」
「……で、でもさ! それでホントになんでもできるわけじゃねえじゃん! ウソだよウソ!」
「あはは! そうかも。でもさ、いいんだよなんにもできなくて」
「な、なんだよそれ!」
リッキーはどこか懐かしむような、不思議な笑みを浮かべる。
彼女は生まれたときから父親が風水師で、その空気の中育ってきた。それでも一時、風水を疑うことがあったのかもしれない。このワンパク小僧が言うように「嘘だ」と父親に食って掛かったことがあるのかもしれない。
「好きな色がすぐ傍にあるって、最高でしょ?」
「だからそれがなんだって――」
「最高な君なら、なにができなくても関係ないよ」
そっと、リッキーがワンパク小僧の頭を撫でる。
歯を見せて、にかっと笑ってみせる。やさしく、ワンパク小僧のほおを包むように両手を添えて、まっすぐに瞳をのぞき込む。彼女の薔薇色の瞳が、いたいけな少年の魂を焼き始める。
「たった一歩進むだけで、きっと何かが変わるんだよ」
「…………」
「その勇気をくれる。それが風水なの」
理屈をいえば、そう単純な話ではないのは確かだ。
だが、子供相手に本気で向き合うリッキーをみて、僕はその考えが好きだと思える。
勇気の種火。それこそがリッキーの得た風水の本質なのだろう。
それはそれとして視線を固定され、視界いっぱいにリッキーが映り込み、生意気なことを言った自分にさえまっすぐに向き合ってくれる彼女を、ワンパク小僧はどう思うか。
それをそろそろリッキーは理解すべきだとは思うわけで。
あわれ。
ワンパク小僧は顔を茹でダコのように上気させて黙り込んでしまったではないか。
「えへへ! じゃあ今度、赤い服着て、レースで走る私のこと、応援しにきて。君のパワーももらって、大活躍しちゃうから!」
「う、あ、い、行くっ、応援するっ!!」
「ありがと~! 待ってるからねー?」
うりゃうりゃ! とちょっとしたお返しに頬に添えていた両手でワンパク小僧の顔をこねるリッキー。斜に構えて生意気な口をきいていた彼も、今はもうそのくすぐったさに笑顔を浮かべている。
それからも何人かと交流しつつ、時間がきた。
モール内に設置された簡易ステージでやるイベントのひとつに過ぎない「こども風水教室」では、いつまでもステージを占拠することはできない。
名残惜しいが――もちろん名残惜しいとも――退去しなければ。
「リッキー」
「あっ、トレーナー!」
ステージ端の影に待機していたところから、リッキーの傍へと移動する。彼女も声をかけたことでこちらに気付き、本当に幸せそうな顔をしてこちらを振り向く。
風水を広められたこと。こどもたちに囲まれたこと。触れ合えたこと。そのすべてがリッキーを満たして、輝かせているような笑顔だった。
「そろそろ時間だよ。みんなも、ありがとうね」
解散の空気を感じ取ったこどもたちが「行かないで!」と駄々をこね始めるが、驚くほどあっさりとその輪からリッキーは立ち上がり、僕の隣に立った。
「みんなー! 今度はレース場でも会おうね!」
ぶんぶんと元気よく手を振るリッキー。
こどもたちは「まだ行かないでー!」と詰め寄ってくる。できることなら僕ももう少しいさせてやりたいが、ちょっと前からスタッフさんの視線が痛くなり始めている。
こどもたちの態度に困り顔のリッキーよりも前に出て、視線を合わせるようにしゃがみ込む。みんな僕の顔を見ては「誰?」と言いたそうな表情を浮かべている。そりゃこの年頃ならトレーナーなんて裏方の顔は知らないだろう。
「ごめんね。もう行かないといけないんだ。リッキーも言ってたけど、また会いたくなったらレースも観に来てほしいな」
とはいえ言葉で納得できたらこどもたちもわがままなんて言わないだろう。何人かは親御さんが連れて離れて行ったが、まだ残っている子たちもいる。その中には、花をくれた子と、ワンパク小僧の姿もあった。
さて、どうしたものかと悩んでいると、突然背中にリッキーがのしかかってきて、彼女からも「ごめんね!」と「またね!」が伝えられる。
そのまま立ち上がると、リッキーは僕の首に腕を回して背中にくっついたまま肩越しにこどもたちへと笑顔を向けていた。上背のある彼女とはいえ、僕の方が高いので足をぷらんと宙に遊ばせているかたちになる。
その姿を見た瞬間、特に花の子とワンパク小僧の表情がグニャリとゆがむ。え、なにかしたか?と不安になるも、時間が押しているし、リッキーももう引き上げる気満々になってるしで彼らに話しかけられない。
そのままリッキーをぶらりと垂れ下げながらバックヤードに準備された控室まで引き上げていくのだった。
§
「あー、楽しかった!」
「なら良かった」
トレーナーが運転する帰りの車の助手席で、今日イベントに来てくれた子からもらった花を眺める。私の勝負服にも通じる色合いの花たちを眺めているだけで、元気が湧いてくる。
「最後、ちょっとひやひやする子もいたけど大丈夫だった?」
「え? ……あー、あの子かな?風水なんて嘘だ~って」
「そうそう」
「ふふん、伊達に弟と妹の相手してないよ!」
私にも覚えがあるし、弟や妹も同じく。
タルマエにもよく言われるけど、風水をはじめ、オカルティックに思えるような事柄に懐疑的になるのもわかる。いや、まあ、タルマエは「そんなことしてる時間があるならトレーニングに精を出せ」という意味合いの忠言なんだけど……。
だからこそ、嘘と思ったまま帰ってほしくなかった。
ひとつの考えとして、あってもいいもの。心の拠り所にするまでは望まないまでも、いつかどこかで彼を助けるひとつになればいいなと、そう思って一生懸命に伝えた。
「トレーナー。私、これからも頑張るからね!」
「うん、僕も一緒にね」
「えへへ、ありがと、トレーナー!」