「近藤さんがそんなことを言ったのか」
思わず天を仰いだ斎藤の横顔には複雑な表情が浮かんでいた。近頃ふさぎがちな様子を見かねて稽古に誘い、ひとしきり打ち合ったあとの爽快な疲労感など瞬時に消え失せている。ようやくふさぎ込んだ理由を口にしたのは良かったが、理由を聞いたら聞いたでかえって気がかりが増える羽目になった。
「他の者には話していないのか?」
「話していない。近藤にだけは話せたが」
「それでいい。おまえの口からそんなことを聞かされては何が起きるかわからないからな」
「すまない……」
何が起きるかわからない、のではない。何が起きるかわかるから斎藤は安堵していた。男所帯の新撰組で斎藤や土方と肩を並べるほどの剣豪であればこそ彼女の身は守られているのであって、女の部分を垣間見せればすぐさま付け入られてしまうだろう。
「梵……」
自らの名はないと言った女に近藤が付けた呼び名だった。梵天から一文字もらったと聞いたのはしばらくしてからのことだ。彼女が探す片割れのことは帝釈天と呼んでいることも知っている。
「一晩付き合え。どこか、落ち着いて話せる場所を探しておく」
「ありがとう」
素直に礼を口にした梵が浮かべた笑顔に、斎藤は胸にチクリと痛みを覚えていた。
近藤は、その悩みは斎藤に聞いてみろ、と言ったらしい。沖田でもなく、土方でもなく、斎藤にである。確かに、沖田に聞いても答えは持ち合わせていないだろ。土方ならば意図を汲んで、こうしてどこかに連れ込むぐらいはしたかもしれない。
「相変わらずズルい人だ」
思わず漏れた斎藤の呟きに梵は顔を上げた。腕っぷしも強ければ酒も強いこの女は平然とした顔で斎藤の相手をしている。
「酔った勢いにも頼れないとは」
「何がだ?」
「なんでもない。で、片割れに言われたこととは?」
「こんなものは任務に不要だ。醜いから人目に触れさせるな、と」
「それを醜いとは……」
真剣に悩んでいる様子の梵には悪いが、さらしからあふれて盛り上がる乳房を醜いとはなんともな言い草であるとしか思えなかった。しかも隠しておけと言うのなら本心は間違いなく別のところにある。
「俺は醜いとは思わないけどな。近藤さんも土方も同じだろう」
沖田はわからないが、と言いかけてやめた。
「好きか嫌いかと聞かれたら、好きと答えるぐらいだが」
「なぜだ?」
「なぜ……。また難しいことを聞く」
男が女の乳房を好む理由を答えろなど、梵が色恋には無縁の生き方であることを再確認するしかなかった。
顔の造形で言えば無垢のままでも十分に綺麗である。刀傷の跡が幾つもあるが化粧で隠してやれば遊郭でも通用するだろう。腕っぷしの強さに見合う引き締まった身体も、小柄な割に豊満な乳房も好む男は多いだろ。
つまり、斎藤から見て梵は問題なく抱ける女だった。唯一、絶頂したタイミングで喉を掻き切りそうな点以外は。
「まあいい、もっとそばに来い。それの使い方を教えてやる」
「よろしく頼む」
まるで武芸の教えを請うように擦り寄った梵のまなざしは真剣で、この女には感じるところがあるのか微かな不安を覚えたのだった。