なるほど、と返ってきた桂の答えはいつもの調子と変わらなかった。花火大会の開始時間も近くなった夕刻である。行き交う人はぶつかりそうになる程多い。少しでももたつけば先を歩く坂本と高杉を見失ってしまう。慌てて人混みに突っ込みそうになる梵の手を桂が掴んでいた。
「走ると危ないよ」
「でも、はぐれてしまう」
「大丈夫だよ。この辺りは庭みたいなもんだから」
少し歩くと広い通りに出る。人混みを見回すと坂本と高杉の姿があった。こっちじゃ、と大きく手を振る坂本の手には出店で買った団子が何本も持たれている。いつの間に買っていたのかと尋ねようとした梵の手を桂は握ったままだった。
「私は彼女と一緒に行ってくる」
「行くって、どこに行くぜよ」
「んー、ちょっと」
桂に質問をはぐらかされていた坂本の手からは団子が奪われていた。問い詰めている隙に素早く取り上げた高杉はすでに団子を一つ二つと頬張っている。
「わしの団子を食べるんやない!」
「ならさっさと食え」
腕を伸ばして取り返そうとする坂本をひらりひらりとかわす高杉は最後の団子も美味しそうに頬張っていた。
「あぁ〜! わしの団子!」
「ありがとう、あとは頼むよ」
二人のやりとりを眺めていた梵は桂に手を引かれてその場を後にする。後ろ姿はすぐに人混みの中に消えた。
「おんし、自分だけわかっちゅーような顔をして」
「俺はわかってるの。食わないんだったらそっちも貰っちまうぞ」
「こりゃやらんぞ!」
残りの団子を奪われないように口の中に収納した坂本だったが、慌てて頬張ったため喉に詰まらせそうになって胸を叩いている。その背中をさすりながら二人が消えた人混みを眺めていた高杉だったが、いつまでも苦しむ坂本の背中を平手で力強く叩いたのだった。
「どこに行くんだ?」
「君とゆっくり話が出来るところだ。花火も綺麗に見えるぞ」
「なんで」
「君の悩みはちゃんと聞きたいんだ」
花火大会で盛り上がる中心地からはすでにだいぶ離れている。家々の間を抜け、竹藪の中に続く道を桂と二人で歩いていた。陽が落ちかけている竹藪は鬱蒼と闇をたたえ、二人の姿をかき消そうとする。
「さて、到着だ」
竹藪を抜けたそこは一気に開けた場所であった。周囲の家屋よりはずっと高い場所にある。遠くには灯りに彩られた街並みが見える。
「花火はちょっと小さいけどね。全体が見えるのもいいもんだよ。ただ……」
桂が言葉を濁したわけはすぐに気付いた。背後の草むらが不規則に揺れ、途切れ途切れに聞こえる声は男女の営みの真最中だと伝えている。
「連れてくる相手を選ぶのが難点だ」
確かに坂本や高杉を連れてくるにはちょっと、と考えていると桂はまた手を引いて背を預けるにはちょうど良さそうな木の根元に連れて行った。
「それで、君の悩みについてちゃんと聞かせてくれないかな」
隣に座った桂が穏やかな笑みを浮かべて梵の顔を覗き込む。素面の時にはよく見せる少年ぽいあどけなさの残る笑顔を見て安心したのか梵の表情も柔らかく笑みに歪んだ。
とつとつと言葉を選びながら話す梵の言葉をまとめると、隠し刀の片割れからは任務には邪魔で醜いと言われた豊かな乳房を『武器』だと言われて困惑している、といったことであった。
「醜い? それが? ちょっと信じられないね」
「そんなものを見せるな隠しておけ、と事あるごとに言われてきた」
「誰かに見せたくないから隠しておきたいならわかるけど」
チラリと視線を走らせた梵の乳房はさらしには収まらずに柔らかそうに盛り上がっている。これを隠したい理由など他の男の目に晒したくない以外にないだろう、と思ったが口にはしなかった。
「少なくとも私は好きだよ。大きい方が好みだからね」
「好み? 何の話をしている」
「好きな胸の大きさの話さ。男は幾つになっても好きだからね」
梵の戸惑いが手に取るように伝わってくる。こうして見ていると彼女は本当に色恋とは無縁で生きてきたのだとわかる。刀以外の自分を求められたことがない、それが戸惑いの原因であれば女としても十分求められるのだと教えてあげたくなる。
「隠さないで、もっとよく見せて」
桂が胸元を開ける動作をしているのに気付いたのだろう。しばし視線を泳がせてから自らの手で着流しの胸元を開けた。さらしでしっかりと守られている二つの乳房は見た目に大きいとわかる。
「綺麗だよ。醜いなんて、そんなことない」
「あまりじっと見ないでくれ」
「なんでだい? 魅力的なものはいつまでも見ていたいもんだろ? 本当は触りたいぐらいだ」
「触っ……!」
梵の頬にぱっと朱がさしたのは気のせいではない気がした。ぷいと視線を逸らしてしまう。
「こ、こんなもの触ってどうするんだ」
「触り心地とか柔らかさを確かめたいね。それから舐めてもいいな。喰んだりしたら君はどんな反応をするか、想像するだけで楽しみだよ」
柔らかい桂の言葉に潜む劣情を悟ったのだろう。慌てて胸元を隠すが手首を桂に掴まれた。
「『武器』とはそういうことだ。目の前にあるだけで男を惑わす。その先の痴態を想像させて君の虜にする」
「離してくれ」
「この手を離したら無理矢理にでも君を開こうとするかもしれない。これは私が自分を制するための枷なんだよ」
梵は逸らした視線を戻せない。無防備に曝け出したままの頸に近づく桂の気配を感じても動けなかった。触れるギリギリまで唇を寄せた桂が低く囁く。
「私は無理矢理なのは好きじゃない。君の意思で見せて欲しい」
梵は小さく頷いた。それは合意か、あるいは服従か。余裕に満ちた穏やかな桂の笑顔を剥げばわかることかもしれない。だが、その術が今はなかった。