開けろ!ムゲン地獄警察だ!!   作:青い灰

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1話 最悪の失態

 

 

 

 

「クソッ、待てコラァ!!」

 

「おっと、危ねぇぜ!」

 

 

路地を走り抜けていく小柄な影を追いかける。

流石は妖怪というべきか、薙いだバットはするりと躱され、距離を離されて路地の奥へと逃げ込まれる。

 

が、作戦通りだ。

路地の奥に見えてくる、外れたマンホール。コソ泥の妖怪がそこへ飛び込もうとして。

 

 

「!?」

 

 

突如、吹き荒ぶ冷気がマンホールを凍りつかせる。

その寸前で足を止めた妖怪の爪先、アスファルトが凍結し、彼も驚いたように目を見開き、その冷気の元へと鋭い視線を巡らせる。

 

同時に、周囲を閉ざすように青白い吹雪が舞った。そうして造り上げられた氷の鉄格子が、俺たちを閉じ込める。

 

 

「なっ、は、嵌めやがったな!?」

 

「人聞きが悪い……」

 

 

氷雪を纏い、吹雪の主が屋根から舞い降りてそう告げる。

彼女もまた妖怪だ。それも、そのなかで一際強大な力を持つ妖怪。青と白を基調とした着物をはためかせ、彼女は静かに降り立つ。その地面が、パキパキと音を立てて凍りついた。

 

人間に良い者悪い者がいるように、妖怪もそうだ。

彼女がそうであるかは、ともかくとして。

 

 

「盗られたものを、返してもらうだけよ」

 

「けっ……しゃあねぇ、あぁ、しゃあねぇなぁ……」

 

 

泥棒妖怪、どろボックンは俯き、言葉を繰り返す。

元より、妖魔界で指名手配中だったが、今回ばかりは流石に見逃せん。エンマ大王の勅命が下ったのだ。盗まれたものは伝えられていない、が、妖魔界警察にすら伝えられないなら恐らくは、誰も知らず、そして秘匿されるべきものだ。

 

 

「大人しくお縄につくことだ」

 

「氷漬けにされたくなければね」

 

 

俺は握るバットの先端を。彼女はその掌を。

どろボックンへと向け、構える。

 

そいつは、ゆっくりと顔を上げた。

悪どい表情を、浮かべて。

 

 

「しゃあねぇ、よなぁ!!」

 

「「!」」

 

 

その手にあるのは、鍵だ。何の変哲もない鍵。

瞬間、アスファルトを蹴って走り出す。同時に、後ろからは氷柱が射出される。だが、それよりも速く……

 

その何の変哲もない鍵が、空を回った。

 

 

「ボックーン!」

 

「クソッ!!」「チッ……!!」

 

 

嘲笑うように飛び上がり、こちらを見下ろすどろボックン。そして、鍵を中心として空間が歪み、二枚の襖が現れる。

開かれた襖の奥に、燃え上がるような熱気。そこへと向かいどろボックンが入り込むと、襖は瞬く間に閉じてしまう。

 

まだだ。

氷柱の速度が更に上がり、襖を狙う。

こちらもバットを、鍵を狙って振りかざす。

 

が。

 

 

「何!?」「はあ!?」

 

 

どちらもが、それをすり抜ける。

空振ったバットが凍ったアスファルトを砕き、氷柱が路地の壁に突き刺さり、亀裂を走らせ、そして。

 

 

 

その襖は、白い光に呑まれて消え失せる。

 

 

 

 

「「……………」」

 

 

 

 

俺たちはそれを、呆然と見ていることしか出来ず。

 

 

ただ、立ち尽くしてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────

 

───────

 

 

 

 

 

「それで……貴様らは……

 おめおめと妖魔界に戻ってきたということか……?」

 

 

怒りに身を震わせるのは、白髪の妖怪。

貴人のような立ち振舞いも、だが今は凄まじい怒気によって荒ぶるばかり。俺たちは横目で視線を合わせて、俺は視線を議長から逸らし、彼女はわざとらしい大きな溜め息をつく。

 

 

「ふざけるなよォ貴様らァ!!

 エンマ大王様が何をお考えになって

 人間界まで貴様らを送ったと思っているッ!!」

 

「チッ、仰る通りで」

 

「その割には相手の持ち札も知らせず。

 良い御身分ね、ぬらりひょん議長サマは」

 

「少しは反省する態度を見せろ馬鹿者どもが!!!

 そして妖魔界の機密をおいそれと知らせられるか!!

 何のための極秘任務だと思っている!!」

 

 

激昂する妖魔界議長……ぬらりひょん。

任務の失敗はともかく、あのような移動の手段があると一言伝えられてていられればあんなヘマはしなかった。そもそもやっとこさ路地に追い詰め、挟み撃ちをかけ逃げ場を封じ、それでも逃げられた手段が何処かへのワープ。あんなやつをどう捕まえろというのか。

 

 

「特に貴様、ふぶき姫!!」

 

「わたし、シラユキって名前があるんですけどー。

 ただのふぶき姫じゃありまっせーん」

 

「その態度は何だ!!

 私だけならばともかく、エンマ大王様の

 御前でもそんな態度だったと聞いたぞ!!

 レン!!貴様もこの女の相方なら躾の一つもしろ!!」

 

「わたし、そんな意味のない説教を

 黙って聞くような易い女じゃないから」

 

「だとさ」

 

「調子に乗るなァッ!!!」

 

「おっと」「ふんっ」

 

 

ぬらりひょんの肩を突き破り現れた触手を適当に躱しつつ、言い訳を考える。彼女、シラユキは本当に心の底から反省はしていないようで、面倒そうに振り下ろされる触手を避け、髪を弄り始める。

 

 

「もうよい、私直々にここで貴様らを─────ッ」

 

「やめよ、ぬらり」

 

 

錫杖を構え、更に触手を増やそうとしたぬらりひょん。

膨れ上がっていく彼を、その一言が制止する。

 

現れたのは、巨躯。

赤肌の巨人とも言うべきその男は、厳かな雰囲気を纏いつつ宮殿の奥の扉を開け放ち、巨大な階段を下りてくる。

 

 

「大王様……しかし!」

 

「そやつらの言う通り、仔細を知らせずして

 人間界へ送り込んだ我等にも責はあるのだろう。

 それに……この人間もいるのだ。

 失うのは、我等にとっても損失であろう」

 

「ですが……!」

 

 

大王様、というに、この男がエンマ大王か。

妖魔界の頂点に立ち、妖怪たちを取り仕切る存在。

その男、エンマの言葉を聞いてもなお、額に青筋を浮かべて苛立たしげに触手を振り回すぬらりひょん。あまり慕われていないのだろうか。

 

エンマはそれを首を横に振って止め、そうして今度は、俺に向かって視線を送る。

 

 

「そなたが、レンという名の人間か」

 

「……うん。そうだ」

 

「貴様ッ、相手が誰か────」

 

「よい。妖怪でも、妖魔界の住人でもないそなたに、

 妖怪のルールで話をしろ、というのも野暮であろう」

 

「………それは、そうなのですが……くっ……!」

 

 

口惜しそうに俺を睨み付けるぬらりひょん。

それを横目に、俺はエンマ大王へ視線を向けた。老齢ながら王としての威厳を確かに感じる。

 

 

「改めて、だが……儂はエンマ大王。

 この妖魔界を取り仕切る者だ。一応、な」

 

「……はぁ」

 

 

こうまでして、わざわざ王様が出向いたわけで。

それ相応の対応をしないのは、確かに失礼なのだろう。一つ溜め息をつき、それにぬらりひょんの目が更に鋭くなるのを感じつつ、俺はその場に片膝をついて、頭を下げた。

 

 

「失礼を。礼儀など知らず育ったものでして」

 

「へー、あなた、そんなことも出来たの」

 

「黙っていろふぶき姫!!」

 

「チッ、はーい……」

 

「良い、立ち上がり、面を上げてくれ。

 ………そなたの素性は確かに知れぬが、

 一つ……一つだけ、聞かせて貰っても良いか?」

 

「なんなりと」

 

 

その言葉に、立ち上がって頷きを返す。

 

 

 

「何故、そなたはウォッチも無しに妖怪(われら)が見える?」

 

 

 

何故、と言われても。

見えるのは見える。理由などないし、知ったことじゃない。他の奴らが妖怪のことを見えないのも、触れられないのも、理由なんて考えたことはない。

 

 

「俺にも分かりません」

 

「……そうか。ふむ………

 それが分かれば、我等が共に在ることも、と思ったが」

 

「大王様!それは……!」

 

「分かっている。今はまだ、だ」

 

「話が掴めませんが」

 

「こちらの話だ。

 時が来れば、お主にも伝えるやもしれぬ」

 

 

だからなんの話だっつってんだよ。

勿体振られるのは好きじゃない。そもそも、そのウォッチもなんなんだ。時計か?意味が分からん。なんで時計と妖怪が関係してるって話になるんだ。

 

 

「……話が逸れてしまったな。

 さて、問題は……ムゲン地獄への鍵が、

 こうして盗み出されてしまったことだが」

 

「ムゲン地獄って何?」「地獄って実在してんのか」

 

「シラユキよ、お主は人間界の生まれであったな?

 妖魔界の者ならば皆が知っておることだが……

 ムゲン地獄とは、妖魔界にある空間の一つだ」

 

 

空間の一つ、ということは切り離されているのか。

地獄、という言い方的にも、牢獄のようなものだろう。

 

 

「そこには、世の秩序を乱す……

 凶悪な妖怪たちが幽閉されている。

 普段は封印されているが、先日その鍵が盗み出され、

 恐らく、その封印もまた開かれてしまったのであろう」

 

「……指名手配妖怪ですか」

 

「うむ。お主らが捕まえていた指名手配されていた、

 あの罪を犯した妖怪たちも、今はムゲン地獄に

 囚われている。知らなかったであろう?」

 

 

これまでに人間界、妖魔界で捕まえてきた、指名手配された妖怪たち。どいつもこいつも、人間、もしくは妖怪に巨大な害をもたらした連中だったという。

そいつらの行き先は分からなかったが、そこだったか。

 

 

「はい。気にはなっていましたが」

 

「そやつらを、その鍵で送っていたのだ。

 ムゲン地獄の何処に落ちていたかは、分からんがな」

 

「では、これからは送れなくなると」

 

「それだけではない。

 最悪、ムゲン地獄の妖怪どもが溢れ出る危険性がある。

 事実、人間界から繋がるムゲン地獄の入口から

 先ほど禍々しい妖気が噴き出したらしい。

 近くにいた二人の人間も、それにあてられて

 気を失ったとの報告を受けたところだ」

 

「へぇ、死んだの?」

 

「いいや、生きてはいる。

 死ぬほどのものではないが、ただ衝撃として

 大きかったのだろう。なんとか保護して近くの

 寺に、儂の部下の妖怪たちに担ぎ込ませておいた」

 

 

エンマ大王は、眉を寄せて言う。

人間が気絶するほどの妖気。つまり、それだけ多くの妖怪がそこに封印されているということ。その全てが凶悪な経歴を持つ妖怪となれば、厄介だ。それが溢れ出すとすれば人間も妖怪も、どの世界も混乱に陥るだろう。

 

 

「……ムゲン地獄の邪気は時空を歪ませる。

 それが直接現世と繋がった影響は小さくないだろう。

 気付く者は少ないだろうが、これはお前たちの責任。

 その処罰は与えるべきでしょう、大王様」

 

「はァ?ふざけないで、そんな大切なことなら

 最初から自分らで解決すれば済んでた話よね。

 いっつも他人任せだからこうなるのよ、議長サマ」

 

「だから機密だと言っているだろう!!

 コソ泥一人に、我々が動いたとなれば

 それなりの騒動が起きるに決まっている!!」

 

「だったらそれなりの対策くらいするべきでしょう!

 泥棒妖怪なんてのに盗まれるなんて、

 管理くらいしっかりしとくべきじゃないの!?」

 

「ええい、やめよ、二人とも」

 

 

再びヒートアップし始めた二人を、エンマ大王が制止する。それには流石に両者も退き、だが互いを睨み付ける。それにエンマ大王は眉間を押さえつつ、話を続ける。

 

 

「無論、厳重な管理はしていた。

 だが盗まれたからには手引きした者もいるだろう」

 

「……」

 

「我々はそれを調べ上げねばならん。

 今回のことは、そなたらの責には問えぬ」

 

「な、っ!?馬鹿な、大王様!」

 

「分かっておる。

 ここまで話したのだ、協力して貰わねばならん。

 無論、報酬もそなたらが望むものを用意しよう」

 

「特に欲しいものはないんだけど」「同じく」

 

「………まぁ、なんでも良い。

 金でも住む場所でも、儂に用意できるものは一つ、

 そなたらの望むものを報酬として用意しよう」

 

 

随分と太っ腹だ、が。

 

 

「ただし、拒否するというのならば……

 儂らは何がなんでも、そなたらを消さねばならん。

 ぬらりの言う通り、ムゲン地獄は妖魔界の最高機密。

 故に、知る者はそれだけで危険なのだ」

 

「話された時点で、俺たちは詰んでいたと」

 

「詰んでいたのは初めからだ。

 そも私は、貴様らを生かしてはおけぬと考えている」

 

「チッ……」

 

 

苛立たしげにシラユキが舌打ちする。

当然だろう。死んでくれと言われているようなもの。そしてどうせ、役目を終えれば消される仕事だと、暗に言われた。言葉にされていないだけだ。

 

………あ。そういえば。

 

 

「記憶を消す妖怪がいたでしょう。

 そいつでどうにか出来ないのですか」

 

「おお、わすれん帽か!

 確かにその手があったな、うむ!

 では、任が終われば彼の者を呼び出そう」

 

「ヒュゥ、機転が効くじゃない」

 

「チッ……」

 

 

次は煽るように口笛を鳴らしたシラユキに、ぬらりひょんが舌打ちする番らしい。こいつら舌打ち多すぎるだろう。王の御前とかなんとか言ってたのはどこへ行ったのか。

しかしまぁ命の問題もアッサリと解決したな。ぬらりひょん自身を除けば、の話ではあるが。背中に気をつけておこう。

 

 

それはそれとして、話は纏まった。

エンマ大王は咳払いしつつ、改めて俺たちを見下ろす。

 

 

 

「レン、シラユキよ。このエンマ大王が命ずる。

 これから現世に溢れるであろう悪さをする妖怪を

 取り締まりつつ、ムゲン地獄の鍵を回収するのだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全く、なんでこんなことになったのか。

 

山での平和な日々が恋しくなって嘆息する。

 

 

忙しい毎日は、まだまだ続きそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

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