アール・ヌーヴォーの亡霊   作:燃える氷

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聖火

 

 

 

「不味った…不味ったな……」

 

重心が頭にあるかのように揺れ動いて止まらない頭に振り回されながら、なんとか市街地まではやってきた。とにかく、頭が回らない。貧血と熱が二重で襲ってきている状況下でこの程度なのだから、上出来だと思いたい。回らぬ頭でそう考えている内に、足が途端に言う事を聞かなくなってしまった。

 

受け身も取らぬまま地面に倒れ伏し、起き上がろうと地面に手をついた所で、遂に立ち上がる力すらも無くなってしまった。最早力なく地面を押して、うつ伏せから仰向けに姿勢を変えることしかできなかった。運悪く唇を噛んでしまったようで、口の中に血の味が回り始める。

 

不味い、身体が。そう思った時には、俺はまた地獄の中に引き戻された。先刻まで夜空を見ていた筈の視界は暗い雲に埋め尽くされた灰色の昼空になり、土と火薬の匂いが途端に鼻を痛ぶった。

 

『代わりましょうか?』

 

視界の真ん中に現れたのは、身体中に無数の鎖が巻き付いた女性の姿をした『悪魔』。

 

「…なんで、お前が……?」

 

それを見たのは、80年近く前のこと。俺の死にゆく身体を勝手に延命してきた、傍迷惑極まりない悪魔。自分の身体と一体化して消えたと思っていたそれが、今目の前にいる。

 

『楽しそう、だから。悪くないでしょう?』

 

相手から帰ってきたのは0点の回答だった。それでは全く理由にならないだろう。理由を聞いた俺の方が馬鹿を見てしまったようだ。

 

『では、死なれては困りますので。貴方の身体、暫し拝借します』

 

その言葉を聞いた刹那には、俺は何処やらかの病院の中に。どこまでも無機質な天井を一人見上げて、ただ一言が漏れた。

 

「畜生……」

 

その言葉を聞いてくれるような者は、誰もいない。

───いや、恐らく一人、聞いている悪魔はいるだろう。

 

 

 

 

 

 

「ちょっとタイムタイム!」

 

先刻まで張り詰めるような命の取り合いをしていた中に、爆弾の武器人間は突然の情けを求めてきた。

 

「こっちは貧血でほとんど裸、そっちは2人ってズルいでしょ」

 

「確かになぁ…なんかハンデあげます?」

 

妙に明るい調子が銃の心臓を持つという奴に似た、暴力の魔人が相手に情をかけようとしている。勿論そんな事、一寸先が死のこの業界ではあり得ない。

 

「あげない」

 

「だってな!ごめんな!」

 

「んー…」

 

相手が何かを考えるような様子を見せる。どんな手を隠し持っているのか分からないのだからと、彼女に向かって警戒を張っていたその時。

 

ドガンと大きな衝撃音がして、後ろにあった建物が一挙にして崩壊した。

 

「え?」

 

武器人間が、これは予想外だと言うような反応をした。崩壊した建物の方向を見ると、砂煙と瓦礫の中から一人の人影が通りに出てきた。元が暗いのと舞っている砂煙に隠されて顔がよく見えないが、夏でも変わらず公安の制服にコートという装いが個人を特定させた。

 

「安里さん!」

 

先程訓練施設に置いてきた仲間の帰還に、安心した様子でアキは人影に声をかける。

しかし、返事は帰ってこない。無音だけがその場へ響き渡っている。

 

「……なんか様子、ヘンじゃない?」

 

隣の魔人も焦り始めた。マキマに銃の悪魔の心臓を持っていると聞かされてから、もしや暴走するのではと訝っていたが、本当にそうなってしまったのか。

 

安心が恐怖へ裏返っていくのを感じていた時、砂煙が晴れてその頭が見えた。しかし自分たちのよく知る死んだ魚の目をした男の頭ではなく、雪景色のように白い髪を靡かせた女性のそれをしていた。

 

「はじめまして?」

 

そう言ってこちらへ振る手は、袖が余って指先すらも見えなかった。背丈が少し縮んでいる事にようやく気づいたのはその時であった。

 

「誰……?」

 

「別に、名乗る程の者でもありませんよ」

 

そう言う二つの目が眼前に立つ3人を代わる代わる見回している時、最初に爆弾の武器人間が動いた。

 

「おや、危ない」

 

武器人間になる事で強化された身体能力を持って出された腕が、片手で受け止められる。

 

「なんとも野蛮ですねぇ…」

 

まるで檻の中の小動物を眺めるような、憐れみを持った目をして、それは爆弾の姿を見つめている。その腕が自分の命を狩り取らんとして繰り出された物だとすら認識していないような態度で、ただその姿を見る。

その状況を打開する為か、受け止められた爆弾の武器人間の腕が爆発を起こす。発生した炎で2人の姿が隠される。それは何度も爆ぜて、熱気と爆風を繰り返し放った。

 

「アチ〜!こりゃ近寄れねぇ!」

 

その様子を見ているアキも、隣にいる暴力の魔人にもそこへ近寄る事すら叶わないと実感させる程の熱波が連発される。

 

「……見た目は派手ですが、実際の力はそこまでのご様子で」

 

それ程の爆発で攻撃されても尚、導火線を束ねたような腕は余り過ぎた袖から伸びるその手にしっかりと掴まれたまま。

 

「あなた、『銃』の筈じゃ…」

 

先程対峙した相手と同じ装いをしているのに。違う顔、違う腕、そして異常な雰囲気を纏ったその存在に恐怖するように、レゼの口から言葉が漏れる。

 

「……秘密です」

 

回答を濁す言葉を追従して、掴まれている腕から炎が灯った。その炎は瞬く間にレゼの全身へと引火し、容赦なく燃え上がっていく。

しかし、炎に包まれている筈の身体が燃えていない。いや、確かに()()()()()()()()()()

 

「人は経験則と言うものを用いて自らを縛り上げていくもの。忘却を恐れるとは、そのような意味も含むのでしょう」

 

燃え上がっていくその異形の身体が人の姿を取り戻していき、力が抜けて行く。そのままではふらりと倒れてしまいそうなその身体は、それを燃やした張本人に支えられた。

 

 

 

 

 

 

私に課せられた使命は、チェンソーの心臓を祖国へ持ち帰る事。そして、もう一つ。

 

 

「これは出来ればでいいが…日本には銃の心臓を持つ人間もいる。そちらと接触できる場合は、そちらの奪取を優先しろ」

 

そう、命令された筈だった。

 

その『銃』は、あちらから接触してきた。自分がターゲットにされているとも考えていない様子をして。

 

きっと、私が全力であの『銃』と戦っていれば、勝てた。

 

でも、出来なかった。あの男よりも、デンジ君の方を優先してしまった。

 

何故?どうして?分からない。こんなあり得ない非合理、訓練では犯したことも無いのに。

 

ただ、任務の事を考えろと。

他の全ては捨てろと。不要だと。

国家に忠誠し、無私であれと。

人に嘘を吹き込めと、

人を騙せと、

人を誑かせと、

必要とあらば、人を殺せと。

 

──そう、教わったのに───

 

 

 

……教わった?誰に?

 

 

記憶が上手く浮かんでこない。

私はあの場所でそれを

 

──どこで?

 

 

おかしい、思い出せない。

私は、祖国の──

 

───何?

 

祖国って、どこ?

 

これも『銃』の能力?

 

──『銃』って、何のこと?

 

極北の地、凍える寒さと突き刺すような死の気配がしたあの場所の記憶が、燃えていく。

 

虚像に嘘を貼り付けて作った『レゼ』が、溶けて無くなっていく。

 

記憶の中の人々も、風景も、その殆どを焼き払われて、思い出せるものは………

 

 

……デンジ君。

 

 

……あぁ、そうなんだ。やっと分かった。

 

 

 

この気持ちが、【好き】なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「…やはりこの世界には、忘れた方が幸せになれる事が多すぎますね」

 

身体を包んでいた炎も消えたソ連の刺客を自らの身体で支えながら、『誰か』はそう呟く。

 

「さて。そこのお二人、血液はありませんか?この身体が失血死寸前でして」

 

その様子を伺っていた二人へとそう尋ねるが、返答は帰ってこない。

 

「…その服は、なんだ」

 

抜刀されたままの刀を握り、アキが質問を返す。

 

「あぁ、なるほど。私、こういう者でして…」

 

そう言って質問の相手は左手で銃のような形を作り、頭に当てる。瞬間、音もなくその頭部が消え、通りの向かい側にあった建物が崩壊する。

 

頭を失った事で、糸が切れたかのように背中からそれは倒れ込み、その場には意識のない2人の身体だけが残った。

 

「…自傷した?」

 

目の前で突然の自傷行為を見せられて思考が停止するアキの後ろから、急ぎ足で向かってくる足音が聞こえてきた。

 

「レゼ!」

 

血液を補給できた事で無事復活を果たしたデンジが戦闘を続行しようとしていたが、明らかに戦闘の気配が無くなったのを見てやってきたようだ。

 

首なし死体に倒れこんでいた、彼女の身体を仰向けに直し、その肩を揺すって意識の有無を確認する。着ていた服の所々に穴が空いて、その周りが赤く染まっていた。

 

「ん…」

 

閉じられていた黄緑の瞳が開かれて、その瞳孔の中に自分の姿を見た。

 

「レゼ!良かっ…

 

彼女に向かって安堵の言葉を言い切る前に、細く嫋やかな腕が頬に伸びて、その勢いのままに唇どうしが触れ合って、口が塞がれた。自分が流したのだろう血の味を薄く感じる、3回目。

 

「アッチ〜〜〜!こりゃ近寄れないな!」

 

大袈裟な隣の魔人の姿を見つつも、アキが先程まで敵だった存在へと問いかけた。

 

「…お前、何が目的だ?」

 

3回目を食らわされて上の空にさせられたデンジを横目に、その相手が答える。

 

「……あなた達、誰ですか?」

 

どうやら今になって他の面々の存在に気付いたかのように、怯える様子を見せる相手。何から何まで理解に苦しむ事象を短期間で見せつけられすぎたせいか、遂にアキの脳は機能を放棄してしまった。

 

 




・オリ主くん
貧血を拗らせて変なのが出てきた。この後マキマさんに恐ろしい量の始末書を叩き付けられる

・機関銃(?)の悪魔
ホントに機関銃?なんか…もう色々おかしくない?
まず明らかに機関銃ではない

・レゼ
ソ連?なにそれ?

・マキマさん
どうやっても支配できない事を疑っていた所に嫌な知らせが届いて気分が悪くなった。
嵩増しした始末書を叩き付けて少し気持ちを楽にする予定


常々、お気に入りへ感謝し筆を取る毎日
遅筆で申し訳なし…
感想があると大歓喜します。
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