しかしマキマさんはこういう事をするだろう、書かざるを得なかった
『なんとも悲しそうですね。いい顔です』
何処やらの病院の一室。路上で倒れた筈の俺は、いつの間にかその中に放り込まれていた。そこまでの記憶が何もないが為に、その原因となったであろう自分の戦い方を悔いていた所で、ベッドの傍らに立つその存在を見た。
「……80年ぶりだな。クソ悪魔」
『そんな!第一声が罵倒だなんて!』
「はた迷惑な悪魔に向かってわざわざ丁寧語を使えって?死んでも御免だ」
『……酷い』
「何が酷いって?特に生きる目的を失ったまま80年、長たらしい割に幸の薄い人生を歩かせたのは何処の誰だ?」
『そういう事はよしましょう、ええ。』
その悪魔は約80年ぶりに現れた割に、妙なくらいに馴れ馴れしい。距離感という言葉が人間社会にはあるのだから、もう少し畏まってくれても良いのだが。
「……まぁ、とにかく。あんた、【何】の悪魔だ?」
『えー…貴方の考える通りだと考えていますが…』
「嘘は身を守る為に有益だが、見え透いた嘘は損害をもたらすぞ。あんたは【機関銃】にしては人間の姿をし過ぎている。人間に仇なす存在を冠した悪魔は大抵、人の姿をしていないもんだ。きっとあんたの本性は、人間が定義した存在のうちどれかを冠しているって所だろう?」
『…そこまでは正解です。しかしそこから先は当てられるものでは無いでしょう。今はまだ、貴方に話さなくても良いのでは?』
「ほほーん、そうも大層なネタを隠しているようで」
『期待させてあげましょう。そして期待以上の真実を、貴方に。あぁ、あと』
『今の貴方は機関銃の真似をしているだけです。明らかに非効率な力なので、なにか代替手段を探すべきかと』
そこまで言い切って、その悪魔はふっとベッドの傍らから消えてしまった。
「……なんだよ、花の一輪ぐらい見舞ってくれないのかよ……」
外から指す日の光は、相変わらずの輝きをしていた。
警察施設に設けられた取調室。鉄格子の固く付けられた窓がひとつだけ設けられ、そこから指す日光が今、部屋の中を照らす唯一の光源である。
「それで、もう一度質問するけど」
その部屋の中で、同心円状の瞳が、震える瞳孔を捉えて離さない。
「キミはどういう命令で、この国に来たのかな?」
「……しらない……」
全身を椅子に拘束されて身じろぎ一つすらも封じられ、実の所取調などという優しいものではなく拷問をかけられている相手へ、支配の悪魔は問いかける。
「この状況でしらを切っても、もう意味はないよ。知っている情報を全て吐きなさい」
「し……しらない……なにも……!」
恐怖で身体が震え、思考が散乱してしまう中で、ソ連の刺客だった彼女はそう答える。かつて訓練と称して教わった涙の流し方も忘れさせられたのに、どうしてもそれが溢れて止まらない。流血すら伴う尋問を長々と行われ、意識を失おうと首の何なのか知らないピンがそれを許しはしない。身体と精神、両方があって初めて訓練された人と言えるが、今の彼女には拷問に耐え得るような精神はない。それを形作った記憶から『開放』されてしまったからである。自分の出生、軍の弾薬庫の奥深くにあるとされる秘密の部屋の事、そこで教わった訓練の数々、自らに課せられた使命、それらから『開放』された彼女は、今やロシア語すらまともに話せなくなってしまった。
「もう3時間、そうも情報を隠したいようだね。じゃあ……
これは命令です。ソビエト連邦について知っている全てを言いなさい。」
「……しらない!!しらない!!!」
「……」
ここまで徹底的に自分との差を理解させても、全く能力が発動している気配がない。
その感触を、マキマはもう一人覚えていた。
フランスからの亡命者。銃の心臓を持つとされ、自分の仕事を邪魔はする、やかましい、前線勤務の拒否、職場での無断飲酒、勤務意欲の欠如、えとせとら、えとせとら。
首尾一貫して自分の面倒でならないその者と同じく、支配の力が効かない。そして、その男が女性の姿になり、ソ連の刺客を
あちらの持つ力は、どうやら機関銃などといったものではない。その本当の力に、思い当たる
「…やはり、地獄から厄介な悪魔が来ていたようだね。もう効果がない、取り調べは終わり」
「……しらない………しらない………」
無情な暴力と脅迫に摩耗した精神が、救われる場所を求めている。
人間、起きる時にはいつも希望的だ。しかし現実は、いつも悲劇ばかりを運んでくる。
あの後すぐ、3人ぐらいが自分の病室にぞろぞろ入ってきて、着替える暇もまともにないまま取り調べをされた。クソ悪魔が身体を借りるだのなんだのと言っていたまではなんとか覚えていたが、どうやら本当にそれが出来たらしい。自傷したあとに食道へ血を流し入れたら頭が再生したようで、取り敢えず意識が復活するまでは病室で経過観察とされた───
とは説明されたものの、全く理解が追いついてはくれない。人を燃やす能力だなんて、一度として見た覚えも、使った覚えも全くない。そもそも、そんな大層なことが本当にできていたのか?きっと幻覚を見たのだろう。そうであってくれ、頼む。
「…それで、質問です。あなたは今、人なのですか?」
オールバックの隊員が、テーブルの向こうの俺に向かってそう問うてくる。
「俺のどこが人間らしくないって?失礼な事を言ってくれる」
「いや、我々としてもどう質問していいのかしっかり通達されていなくて…あなたの契約している悪魔の名前も、さっぱり」
「なんと、伝えられてない訳か?」
「えぇ、上はあなたの情報を私に教えるつもりはないようです」
「…どうやら、お互い苦労する役目を押し付けられたな。とにかく、俺は頭から心まで人間だと思っている。証明する方法には困るがな」
「こうも組織構造に詳しい悪魔なんていて欲しくないですからね。残業の悪魔…とかでしょうか」
「そんな悪魔がいたら呼んでくれ、絶対に狩る。約束だ」
「覚えておきます」
……さて、俺の制服は何処へ行ったのだろうか?
「60回目。今度こそお前を連れ帰るからな」
「どうして…どうしてこうも苦労ばかり……!」
「お前がドイツに来れば全て解決するんだよ。ほら、行くぞ」
洗われて返り血やら煤やらが落ちた制服を受け取って取り敢えずの退院を果たした所、そのすぐ後にまた面倒な者が現れた。病院正面入口の前に普通な顔をして立っているとは、全く俺の予想外であった。ここに運ばれる時に、何やらの鏡に映り込んでしまったのだろうか?この現代、鏡などそこら中にある。その全てから監視されている可能性を考えねばならぬとは、全く不自由を押し付けられたものだ。
「俺の手を取るな、まだ返事もしてない」
「沈黙を承諾とみなした。嫌ならしっかり言え、ハインリヒ」
「読み方までそっちの言語に変えるんじゃない。俺はプライバシーの消滅に加えて、勝手な改名までされなきゃならないのか?」
「…………こっちだって困っているんだ。国が私に圧力をかけ始めた。どうやら上の奴らはお前の他にチェンソーの心臓にも興味を持ち始めたらしい。『サンタクロース』も動かそうとしている」
そうだ、そうだった、そうである!次は世界各国から刺客が大挙してやってくるのであった。より面倒な相手とも相まみえる事になる。どうにも大変な仕事ばかりが自分へと降りかかってくるようになってしまった。
「ドイツの上にまでその話が漏れてるなら…もちろん他の国からも来る、か。確かに、それならあんたの国に逃げた方がいっそ楽なのかもしれない」
「そうだろう!?既に脱出の用意はできて…「だけれど」
「俺には今の仕事がある。しっかり仕事を終わらせられないままではいられない」
「…あっちの方が、自由になれるかもしれないのにか?」
「ほーう…果たして、本当の本当に今よりも自由になるのか?」
「…………すまん、保証はできない」
「そういうことはしっかり言え!詐欺もマジックなのか!?」
本当に困ったヤツに目をつけられたな、と思い、後頭部を掻こうと手が伸びる。そこには本来撃鉄がある事を思い出した頃には、既に後頭部に手が触れていた。髪だ。何の変哲もない髪を触る感触が伝わってくる。手を右のほうに動かす。髪。左は?髪。上は?髪。下はどうだ?首の皮膚に辿り着いてしまった。
「……なんてこった」
そうだ、普通の人間のように枕へと頭を預けられていたのは何故だ!?枕が酷く窪んでしまって不快だから、仰向けには寝ない事を常々心がけているのに!鏡が心底嫌いになった事は大失敗であった!それは自らの死んだ目と、俺の手を掴んで離さぬこの迷惑女に見られているかもしれぬという不安がそうさせたのだ。畜生め!
「?」
呆気にとられた俺の顔を、不思議そうに覗き込む彼女の顔が目に映る。数十年経った今更、その顔によって心が揺れ動かされる事も無くなった。
「…………俺がドイツに行こうと、日本にいようと。そこでの価値がなくなってしまったかもしれない」
・オリ主くん
クソ悪魔からヒントなしの悪問をぶつけられてはたはた困っている。恋の方程式ぐらい難問
・マキマさん
地獄から超絶面倒の塊みたいな悪魔が来ていることを知ってしまった。にゅあ〜〜〜〜(現実逃避)
・何も知らないレゼさん
SAN値を恐ろしく削られた。デンジーに名前を名乗っていなかったら名前すら忘れてしまう所だった
あいであに詰まったりいつの間にか深夜になっていたりして一週間も経過してしまいました。本当に、申し訳ない
感想とお気に入りが私の動力源です。