アール・ヌーヴォーの亡霊   作:燃える氷

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転職のすゝめ

 

 

 

 

「う〜〜〜ン………呑み過ぎたな……」

 

酒とは素晴らしいものだ。ただ一つの欠点を除いて。

それは二日酔いになる事。頭痛がして、胸に不快感がこびりついている。出来るのなら今すぐにでも武器人間に変身してこの状態から脱却したい気分だ。ただし今日はそんな事は行わない。他の事で気分転換を図る事にした。 

 

 

モーニング少し後の時間帯を狙って目的地に向かっていく。百年近く前の埃を被った記憶の中にある物語を手に取り、断片的な描写から道を探し取る。地図を片手に、この広い街からその一軒を拾い上げようとする。

室外機、屋外のブレーカー、配管、配線、ゴミ箱。人々の代わり映えのない日常生活の為に作られた道。実用性のみを追い求めた、掃除にやって来るような者も少ない道。その妙に長い道を抜けて、一軒の店が見えた。店先の看板に目を向けると、その店の名は『二道』と言うようだ。当たり。ドアノブに手を触れ、捻り、入店する。ドアベルが優しく鳴って、店の主に客人の来店を知らせた。

 

「おや、いらっしゃい」

 

モーニングの時間帯以外は繁盛しないその店のマスターは、予想外の来客に少し驚きながら読んでいた新聞を畳んだ。店の中はシンプルな内装に、広すぎず狭すぎずの店の広さをしている。ドアを開けてすぐ正面、一番に目に付いたカウンター席に席を取った。

 

「どうも、良さそうなコーヒーの香りがこちらからしたもので」

 

「それは嬉しいね。では、ご注文は?」

 

「勿論、コーヒーを1杯」

 

辺りを見回すと、植物やテーブル席が繁忙期を終えて休憩していた。どうやら店員はマスターの一人だけ。この店にいる客も俺一人だけ。その寂しげな佇まいも、洋風の格子窓から差し込む日光の暖かさが静かな雰囲気に昇華させている。この街の生活音の騒がしさも聞こえない、日常から隔絶された安寧の為の空間。

 

「…店員は、あなた一人だけで?」

 

「えぇ。この店も私一人で切り盛りできますし、アルバイトの希望もまるで来ないもので…」

 

「なるほど。それは寂しい…」

 

なんて、軽い話をしてみる。いつも血と鉄の臭いが離れない殺伐とした職場だ、たまにはこういった時の流れが遅く感じる場所に身を置く事も悪くない。ただ、やはり北の国からの刺客は未だこの店にはやってきていない様子だ。寧ろ居られると自分の本性が割れて面倒な事になる。

 

「はい、お待ちどおさま」

 

目の前に、コーヒーが1杯。湯気がゆっくりと揺らめいている。

記憶の中ではデンジが飲み、その苦味に顔を顰めていた。これから追う事になる未来を、一足先に辿ってみる事にした。

 

「……美味しい」

 

あのような顔をしていたから、最悪苦くてもなんでも飲み込もうと覚悟していた。そんな覚悟は、必要では無かったようだ。

 

「そうでしょう。コーヒーには自信がある」

 

マスターの渋い顔が綻ぶ。客が自分の作ったもので喜んでいるのだ、店主冥利に尽きるだろう。

美味しかったものでコーヒーを直ぐに飲み干して、俺は話を始める。

 

「しかし…店員が一人というのは、寂しい事ですね」

 

「…中年一人だけしか居ないのが残念かい?」

 

「いえいえ、これは勘でしかないのですが…」

 

さて、次の話は聞かれたくない相手(マキマ)がいる。心臓の銃の悪魔よ、少しばかり協力願おうか。

『周囲200m以内の小動物の頭部に弾丸を放つ』。どんな話であれ、聞き耳を立てられるのは嫌いだ。

 

「こんなに素晴らしいカフェだ、きっと相応しい店員がこの店には来ますよ」

 

これで、こんな話も出来るようになった。これからの二道の未来に、そして未来にやってくるであろう2人の淡い青春に幸あらんことを。

 

 

 

 

 

 

「………………うん 良し」

 

草地に真新しい血痕と削られたような跡が大量に残っている。

死んだ魚の目をした金髪のデビルハンター、岸辺の指導と称した半ば惨殺劇…によって出来た物だ。

岸辺は顔に付けられた傷から出る血を指で拭き取りながら話を続けた。

 

「今のは100点の動きだったぞ。今日から指導は毎日じゃなくていいな、週一にする」

 

話をする先は、デンジとパワーの2人。岸辺の『指導』を喰らって草地に力なく倒れ込んでいる。

 

「いえ〜…い」

 

「やった〜…」

 

倒れ込んではいても、死んではいない。指導だからではなく、単純に片方は不死身、もう片方は半分不死身だからである。一般人がまともに岸辺の『指導』を受けたのならば確実に既に命はない。

 

「ハイな時でもクールに脳みそ動かせ。常に自分の持ってる武器と状況を頭に入れとけ」

 

岸辺が話す中で、二人は起き上がる。流石の耐久力を持っている。

 

「指導を踏まえて明日に実戦だ」

 

「実戦?」

 

「姫野達を殺そうとしたサムライソードとヘビ女を俺達全員で捕まえに行く。新4課のお披露目式だ。その作戦で失敗したら4課は終わり。そうなりゃお前達は処分されて俺とマジバトルだ」

 

それを聞いていたデンジが口を開く。

 

「そん時ゃ俺は先生を殺さないで見逃してやるよ」

 

「はぁ?」

 

「俺を強くしてくれたからな、これでもっと悪魔を殺せる。そうすりゃマキマさんとランデブーよ!」

 

 

 

「ム……ム…………ムムムムム!?未来が、見えない…!!??」

 

公安の地下、早川アキは未来の悪魔との契約をしようとしていた。

 

「違う、未来は見えている!なんだ、未来が乱されている!?未来が崩されて、何かが差し込まれて!おかしい!こんなのは認めない!」

 

しかし、未来の悪魔の様子がおかしい。明らかに錯乱して、訳の分からぬ事を言っている。

 

「過去最悪だ!こんな事があり得ていいのか…!?何も!オマエの!未来が!見えない!!!」

 

「は?」

 

早川アキ、大混乱。目の前の妙に元気な悪魔が急に錯乱しているのだから無理もない。

 

「そうか、契約はこうだ!お前の右目に俺を住ませろ!そうすればお前の力になってやる‼」

 

「それだけでいいのか?…って顔だな。オマエの未来がまるで見えない…こんな事は過去にない。どうしてオマエの未来が見えないのか、この目で見てやる‼」

 

「…そうか?なら、さっさと目に入れ。」

 

 

 

 

 

ビルの前に無数のパトカーが集結し、警察官や公安の制服を着た者達が忙しく駆け回っている。サイレンが重なり、増幅し、耳を叩くように鳴り響く。

 

「地下と1階入り口は、退魔2課と警察が包囲。ビル中の制圧は、全て特異4課に任されている。出来るだけ公安を殺してデンジの心臓を奪う。その後は、ヘビを使えば私とお前ぐらいなら逃げれるだろう」

 

「デンジは俺が殺す…」

 

「あまり熱くなるなよ」

 

 

 

視点は移ってビルの外。

 

「ァ〜〜〜…ッたま、イッてぇ〜〜……」

 

昨日の晩はどうせ明日は変身できるからと、一気に酒を飲みすぎた。昨日の夕飯が全て胃から出ていこうと、食道のドアを叩いているような不快感が身体の芯から指先まで走っている。

 

「…これくらいの仕事、俺抜きだって出来るんじゃあないか?」

 

こうもなると正直な感想が漏れてくる。そう法外な悪魔が裏に付いている訳でもないただのテロリスト集団の一つなど、4課──特にマキマなら簡単に処理できそうなものだ。

俺もマキマの犬になっている訳にはいかない。こっちはこっちで動きたい事が山のようにあるのだ。

 

「………ハァ………」

 

息を吸って、吐く。まだ突入には早そうだ。少し時間はありそうなもので、近くにいたデンジに話しかけてみることにした。

 

「あ〜…お元気ですか、デンジ君?」

 

「…んあ?あんたは…銃のヤツ?」

 

名前で覚えられてはいなかった!なんと残念!デンジとは余り関わりもないものだから致し方ない部分はある。

 

「そう、あの銃のヤツ。君は前よりは強くなったのか?」

 

「そりゃあ!もう俺ァ超強いぜ!」

 

「なるほど?…じゃあ、しっかり働いてくれよ?」

 

 

 

「作戦はない。特異課全員をビルにぶち込む」

 

そんなあまりにも酷すぎる指令でビルの地下に突入した特異4課。ゾンビパニックと化した地下駐車場でのゾンビ狩りが始まった。俺の持ってきた武器はシャベル。最近の奴等はナイフに頼り過ぎている。シャベルならその点は心配要らない。打撃してもよし、刺してもよし、ついでに穴まで掘れる。よっぽど万能の武器だ。

他の4課に混ざってゾンビどもを1匹、2匹と無力化していく。果たしてこんな事の為だけに呼ばれたのだろうか?否。

 

「数だけ無駄に多くて嫌だ、先に主犯格を狙いに行くか…」

 

開いたドアから光が差している。そろそろ血の匂いが濃くて鼻が腐り落ちそうになってきた頃だ。本来アキが向かう道を、お先に通らせてもらうとしよう。

 

ドアの先は、長い通路だった。ここも薄暗く、空気が悪い。嫌な雰囲気をしている。通路を歩いていくと、目当ての主犯、沢渡アカネと出くわした。左腕を後頭部へ持っていき、一応の戦闘態勢を取る。ただ、目的は戦闘でも逮捕でもない。また別の目的を持って、俺はここにいる。

 

「……転職代行サービスで「ヘビ 丸飲み」

 

…今の所、転職に興味は無さそうだ。残念。

ならば否が応でも興味を持たせるしかない。

 

蛇の悪魔が現れるよりも先に左手で撃鉄を下げ、カチ、と音がする。その刹那に蛇の悪魔が表れ、俺に向かって突進してきた。

 

ドン!!!

 

「…は?」

 

最初の一撃。後頭部の撃鉄によって自らの頭部を破壊しながら放たれる銃弾が、蛇の悪魔の身体を消し飛ばした。血飛沫へと変化した悪魔の残骸が通路にへばりつき、コンクリートを一色に染め直す。

 

「……転職に、興味はありませんか?」

 

破壊された頭部が再生されていき、視界が回復する。アルコールにやられた脳が回復し、思考が冴えていく感触。それと共に見えたものは、自らの契約悪魔を一瞬で撃滅されて驚愕する相手の姿だった。

 

「…ッ…!」

 

相手も我に帰ったのか一歩後退して、

 

「échec et mat」

 

次の瞬間には俺が回り込んだ。機関銃と化した左腕で首元を遮り、右手の銃口の先を相手の頭部に突き付ける。余程の事がなければ抜け出せはしない。

 

「………もう一度。沢渡アカネさん。貴女は、転職に興味はありませんか?」

 

「………何のつもりだ、銃野郎」

 

「どんな人間であっても、自らの手で生きた人間を殺すのは嫌いなのです。どうか改心願いたい」

 

「…死んでも嫌だ」

 

「……このまま貴女を公安に引き渡せば、貴女は恐らくマキマに支配される。それは貴女という存在の死を意味します。それでも、私の誘いに乗らないと?」

 

「……何が目的だ?」

 

「協力者を欲しています。ある程度この業界を知っていて、それでいて公安に所属していない…そんな人を」

 

「……ここで私を生かしても、私はマキマに敵わない。お前みたいなのとは違って、私は弱い」

 

「えぇ、分かっています。ですから、デビルハンターらしく悪魔と契約しましょう。」

 

「……どんな悪魔だ?」

 

「それは…【銃の悪魔】です。貴女の言ったようなデマではなく、本当の銃の悪魔と。」




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