アール・ヌーヴォーの亡霊   作:燃える氷

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バナーが赤色になりました。お気に入りの数もいつの間にやら激増しております。
自分の妄想を形に出来れば良いと思っていたものを評価してくださる事。感無量であります。


夏の始まり

 

 

今日も、西部戦線に異常はない。

 

砲弾の爆裂音がそこら中で鳴り、自然の消え去った人造の荒野の中で大勢の人々がモグラのように穴を掘って、そこで永遠とも思われる戦争に従事している。

 

それは最早日常だ。何も変化はない。今日も全てが、問題なし。満点の地獄がそこにある。

 

『……あなたは良い目をしています。全ての希望を失って、生きる事すら放棄した目を』

 

なんだ、やめろ。やっとこの血塗れの日常から解放されるんだ。邪魔をするな。

 

『これは契約です。私の心臓も、肉体も全て貴方に渡しましょう』

 

何をするつもりだ。俺は疲れた。掠れた視界で、今になってやっと空が晴れてきたのが見える。だから、このまま死なせてくれ。お願いだ。やめろ。俺に何もするな。

殺してくれるのか?ならば願おう。さぁ、殺せ。

 

『代わりに、貴方は生きてください。この地獄から逃げてはいけません』

 

……悪魔め。

 

 

 

「……銃の悪魔と?どうやって……」

 

コンクリート造りの長い、長い通路。等間隔の蛍光灯が無機的にその道を照らし、一部分は悪魔の流した血で一色に染め上げられている。

 

「…銃の悪魔が、目の前にいるとしたら?」

 

その通路の途中で、両腕と頭部から機関銃が生えたような見た目をした男と、その怪人の機関銃と化した腕を首に回され、もう片腕の銃口で頭を狙われている──即ち詰みの状態に置かれた女性。傍から見れば悪魔とそれに襲われている被害者に見えるだろう。先制攻撃はあちら側であった、むしろ被害者はこちらだ。

 

「銃の悪魔が?お前はデンジやあのヤクザと同じじゃ…」

 

俺の心臓に銃の悪魔がいる事は相手に割れているようだ。その情報網はどこから漏れたのやら。

 

「そう見えるでしょう。…私は、彼等と同じようで違います。詳しい話はまた後で、今は取り急ぎ銃の悪魔との契約を」

 

申し訳無いが悠長に会話している余裕もない。そろそろ駐車場のゾンビパニックも閉幕し、他の4課の面々が誰かしらここにやってくる頃合いだろう。まだ俺の企みは他の面々に割れてほしくない。

 

「…沢渡アカネさん。私の力を貸しましょう。その代わりに……」

 

「…!?おい、待て…!」

 

こちら側から一方的に投げつけられるような契約の言葉を聞いて、焦りを覚えたらしい。上半身を後ろに向けて此方の方向を見ようとするが、

 

「貴女の、すべてを貰います」

 

残念。こちら側が完全に優位だ。そもそも相手はテロリストの親玉。かけられる慈悲はない。

 

 

最初に出くわしたのはやはりアキだった。抜刀したままこっちに向かってくるあちらの姿が見える。なんて物騒な。その姿を確認した後、無力化したアカネに手錠──前腕部全体を覆う物であるから本当は違う名前で呼ぶのが良いのだろうが、あいにく前線、それも対人で非殺傷の仕事なんてものは十数年やっていないもので、それをなんと呼ぶべきか忘れてしまった!──をかける作業が終わった頃合いには、足音がかなり近くまでやってきていた。

 

「見ての通り、親玉はとっ捕まえた。子分どもはまだまだいそうだが」

 

つい先程まで作業をしていたもので、あちらに背を向けている。ふっと振り返ってみると、俺を見下ろすその目は相変わらず冷ややかだった。凍えるようですらあった。死んだ目をしているとよく言われる俺が言えたことではないが、とても人がしていい目ではない。なんて悲しいのだろう。

 

「…そんなに悲しい目をしないでくれ。俺はこれからこいつを車に連行するから、後はよろしく」

 

そう言って立ち上がり、アカネの背後に回る。片手で背中を押してやると、アカネの俯いていた首が正面を向いた。

 

「!?」

 

その顔を見たアキの顔に驚愕の表情が浮かんだ。何か変な物でも彼女の顔に付いていたのかと、二三歩歩いて顔を覗き込む。

彼女の猫のような瞳孔が遥か遠くの無を見つめ、顔からは生気と言える物全てが抜け落ちていた。どうやら自由意志までもを封じてしまった弊害のようだ。

 

「…まぁ、早川さん。どうか気にしないでくれないか?」

 

何か勘繰られては困るのは俺だ。焦り過ぎによって、柄でもない敬語が口から飛び出している。そそくさとアカネの背中を押して、俺は警察たちの待つ屋外へと向かった。

 

結局、テロリストどもは勿論殲滅出来た。日本刀とチェンソーの不死身合戦もやはりあった。相手側には居合斬りのような能力があったそうだが、なんとか勝利できたとの事。俺の知る物語(原作)とは違って初見で対峙した筈なのだが、デンジの対応力がそのハンデを上回ったようだ。俺もやれるものなら不死身合戦とやらをしてみたい。が、そもそも同族がまるでいない。知っている奴も今この国にいないか、マキマに居場所を聞き出してみないとわからない者達だ。デンジはつい最近まで岸辺に御指導されてた身、また惨殺劇をしたくなど全くないだろう。悲しいかな、諦める他ない。

 

「……銃の悪魔の肉片、か……」

 

さて、アカネをパトカーまで連行し終わった俺は、再びビルの中へ戻って来ていた。目的は建物内にある銃の悪魔の肉片。

俺の身体にあるのは【機関銃】の悪魔の力。しかしこの世界には【銃の悪魔】は俺の知るものと同じく現れている。ならばその2つの悪魔の間には必ず、どんな形であれ何らかの繋がりがあると考えた。

 

「何かが起きてくれれば良いんだが…」

 

置かれている銃の悪魔の肉片を手に取る。するとその肉片がグシャグシャと蠢く音を立てながら形を変え始める。20秒程その変化を眺めていると、それは見覚えのある形に変化し終わった。

 

「…LeMat?」

 

レ・マット・リボルバー。知名度の低い旧世紀の、2つの銃身を持つ事で知られる珍しい銃だ。ただの肉片であっても銃の形を取る。こんな事が起こるとは、悪魔の力はやはり人外未知。

指をトリガーにかけ、変化したレ・マットの撃鉄を起こす。撃針は上、拳銃弾。パーカッションキャップは既に装填済み、つまりリロードが必要かどうかは抜きにしろ9発は撃てる。適当な壁に銃口を向け、まずは一発。

バン、と音がして壁に拳程の穴が開く。普通の拳銃ではこれほどの威力はない。流石悪魔の肉片が原材料、それ相応の強化が施されているようだ。また撃鉄を起こし、射撃。射撃。射撃。射撃。

 

9発目。リロードはしていない。しかし銃身からは弾が出て、壁に風穴を開けた。こいつにリロードは不要な様子。

そこまで試し、次は撃針を下に変える。散弾。先ほどとは反対方向を向いて、一応両手での射撃をした。

 

瞬間、太陽を手に握っているかのような灼熱と閃光が襲い、視界を白く塗り潰した。熱さで手を離そうとした瞬間に、ドォン!と大砲の如き音が遅れて聞こえ、身体が反動で後ろに吹き飛ばされたのを感じた。視界が晴れて初めに目についたものは、何枚もの壁が貫通され、そこから覗く屋外の風景だった。

 

「……こいつは果たして銃なのか…………?」

 

こいつはいけない。余程がなければ使わないようにしておこう。

 

 

 

そうして数日が経ち、俺はまた『二道』に居た。ただソビエトの作り出した刺客との接点がないかを探す為だけに来た筈のその店に、すっかり心の拠り所を求めている気がしてならない。いや、それも悪くないか。

少し早めの昼食を注文し、店のマスターと世間話をして過ごす。俺はこういった美しさを人よりも味わう為に、あのクソ悪魔に半永久の命を与えられたのかもしれない。だとすれば、少しは感謝の意も湧きそうだ。しかし、それは80年近い苦と血と痛みの記憶が無慈悲にも押し流してしまった。やっぱり、クソ悪魔はクソ悪魔だ。

 

「そういえば、つい昨日だったかな。遂にうちにもアルバイトの希望が来たんだ、可憐な女の子が…」

 

他愛もない話から急に始まった、夏の香り。日常化した世界から突然非日常の姿が現れた気がして、コーヒーを飲む口が止まった。

 

「なんと!やっとこの店の素晴らしさを分かってくれる若者が来ましたか?」

 

「おじさん一人では味気無かったから、嬉しくてたまらないね」

 

マスターの渋い顔が優しく綻ぶ。狂気の臭いも、死の香りもしない笑顔。果たして、いつぶりに見ただろうか……

 

「その子が働いてくれれば、この店は昼時でも繁盛するでしょうかね?」

 

それを聞いたマスターの反応は全く芳しくなかった。失言だったか。




・機関銃の悪魔
1917年4月、フランス北部に出現した悪魔。
機関銃への恐怖が最も高まった【大戦争】の最中に現れた。つまり銃への恐怖の中から機関銃が分離した。戦争の悪魔から、消滅した2回目の大戦争が分離したように。
米英仏軍の共同作戦によって倒されたことになっている。
・沢渡アカネ
押し付け契約で全てをもっていかれた。大の被害者
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