アール・ヌーヴォーの亡霊   作:燃える氷

6 / 13
世界は彼らのもの

 

 

 

水滴の弾ける音が聞こえた。いや、他の音が殆どなく、その音だけが激しく強調されたのだ。

自分で就いた職ではあるが、事務とは好かないものである。物音がまるでしない。自分以外にこの部屋を利用する人がいない為に…寂しい静寂が苦手で仕方ない。ペンを握るのも自分には向かないのだと薄々悟ってきた程だ。

時計に目を向けてみる。昼時前。だんだんと疲労が溜まってきた。雨音が激しくなって、部屋に差し込んでいた自然光が減り、目の前の書類がライトに照らされて昼光色になりゆく。この色も苦手。

残っている書類に目を向けて、見えない果ての果てにある終わりを見ようとする。ダメだ、見えない。そうして絶望していると、ドアがノックされた。コン、コン、コン。

 

「どうぞ?」

 

ドアがゆっくり開いたかと思うと、マキマが果てしない量の書類を抱えている姿が見えた。両腕が塞がっている中でドアを開けるか、器用…いや、なんだその量は。おい。

 

「失礼します」

 

腕を伸ばして書類を持っているから、腰のあたりから首の付近まで書類の摩天楼が出来ている。おい、一体全体なんでそんなものをここに。やめろ。冗談だろ?

 

そんな現実逃避も虚しく、マキマは真っ直ぐに机の方に向かい、紙製の摩天楼は俺の机の上に移築された。

 

「先日のテロリスト制圧に関する報告書の作成、お願いしてもいいですか?」

 

そう言って、こちらを見つめるマキマの顔は不敵に微笑んでいる。あーーーーーーー、クソクソクソクソクソ。怒りが溶岩の如く煮えてくる。二十年前なら辞表を相手の顔面に叩き付けて帰宅していただろう。

 

「…出来れば、俺以外に任せた方が…「しなさい。」

 

マキマは逃げ場まで潰してきた。これでも俺は部下、相手は上司。逆らって逃げ出そうにも世界各国が俺の事を狙っている。目の前の微笑む悪魔に従うしかない、悪魔め。いや、悪魔だったか。畜生め。

 

「……そうですか、はい、やりますよ、えぇ…」

 

俺はなんて酷い上司を持ってしまったのだろう。

 

 

 

 

「ギャーーー!逃げろ!」

 

その頃、雨宿り先を探そうとする者が一人。

 

「傘持ってくりゃよかったぜ…」

 

雨に歓喜するサメの魔人を静かにさせて、デンジは電話ボックスの中に逃げ場を見出した。通り雨の鳴らす雨音がボックスの中に籠っている。

 

「わーー!」

 

雨音の中に、人の声が混ざって聞こえた。その音はこちらへ近寄ってきている。声の主はそのまま、自分のいる電話ボックスの中に入ってきた。

 

「いや〜、どうもどうも。いやいや、すごい雨ですね〜」

 

この雨の中でもそう言って笑顔を絶やさない声の主。濡れた髪に隠れて目の様子が見えない。それでも、その髪の黒が灰色をしたこの小さな世界の中で何より目を引いた。

 

「あ〜〜…ああ」

 

急な雨に降られて、見知らぬ誰かと一つ屋根の下。

 

「天気予報は確か……む…え!?」

 

あははははははは!と電話ボックスの中に笑い声が響く。湿っぽい雨空も、濡れた服の不快感も全て吹き飛ばすような太陽のように笑っている。

 

「あ?なに?」

 

当のデンジ本人からすれば困惑でしかない。急に入ってきた見知らぬ人が人の顔を見て大笑いし始めるなど、困惑しないほうがイカれている。

 

「やっ、ごめっ、すいませ…あははは!」

 

そう笑う人の声が震え始めるのを聞いて、デンジはまた困惑する。

 

「はぁ!?なんで泣いてんの!?」

 

「いやいやすいません…貴方の顔、死んだウチの犬に似ていて…」

 

「あぁ!?オレ犬かよ〜!」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい!」

 

訳の分からぬ事態を上手く飲み込もうとして、できない。固まっていると、急な吐き気がデンジの胸を埋め尽くした。

 

「え、大丈夫ですか…!?」

 

そう心配されるが、嗚咽が止まらない。

 

「まって、ハンカチ!ハンカチ!」

 

そう言ってポケットに手を入れる相手。目当ての物を取り出すより先に、デンジは自らの喉に指を入れ、吐気の原因を取り出した。

 

「タラーン!」

 

「えぇっ!?わっ、手品!スゴイ!」

 

「種も仕掛けも無いんだな、コレが」

 

ただ飲み込んでいただけの花を、相手に手渡して。

 

「ありがとう…」

 

そう言う相手の顔を見る。邪魔になっていた髪が避けて、相手の目が見える。黄緑色。雨が上がり、日光が2人を照らした。そこでデンジは初めて気が付く。髪の色は黒色ではなく、紫がかっていた。白い花を一輪持って微笑むその顔が、血の気で火照り赤らむその頬が、他の何より美しく思えた。

 

恋をしたのだ。16歳の、若い心が。

 

「私この先の二道ってカフェでバイトしてるの。来てくれたらこのお礼してあげる」

 

「絶対来てね!」

 

自分に手を振って目的地に急ぐ彼女の姿を見つめていた。頭が止まっている。

 

 

 

 

「よし!」

 

先程の彼女───これを見ている人なら既に名前は知っているだろう!───レゼがエプロンの紐を締める。

 

「遅刻した分給料から引いとくからね」

 

彼女に話しかける二道のマスター。ケチ。

 

「ケチ〜」

 

「4番テーブルにお水ね」

 

「ケチケチケチケチ!…って早〜〜!?」

 

彼女の見つめる先にはデンジが既に着席していた。どうしてここが分かったのか?

 

(銃のおっさんから店のコト聞いてたけど、こんなカワイイ娘がいたなんてな)

 

そういう事らしい。

 

「えぇ〜?私より早く来たでしょ!」

 

「まぁそういえばそうかな。お礼貰いに来ただけだぜ」

 

「ふ〜〜〜ん」

 

優しい日光で店内が照らされる中、相変わらず笑顔を崩さないレゼ。流れるようにデンジの隣に席を取った。

 

「一緒に飲みますか〜。へいへいマスター!私と彼にコーヒーを!」

 

「店員でしょアンタ…」

 

「いいじゃないですか〜、モーニングにしか客なんて来ないんだし」

 

「来るさ!…常連が、1人……」

 

「そうなの!?」

 

「本当だよ、虚栄なんて張っていないさ…一人だけだし…」

 

 

 

「お礼はコーヒーでした!コーヒー好き?」

 

正直、コーヒーなんてマズい。でも、ここで断るのはナシだ。

 

「…飲む」

 

飲んだ瞬間ドブみてーな味がして、顔が歪む。

 

「なにその顔〜!絶対強がってる!」

 

「だあってコーヒーってマズくねぇか!?ドブ味だよ!ドブ!」

 

そう言って繕おうとするけれど、あっちは止まらない。

 

「あはははは!子供だ子供!あははははははははは……」

 

そう底抜けに明るく笑うあちらの声が遠くになっていく。相手の手が、俺の肩に触れている。

やたら触ってくるし、俺に笑ってくれるし、もしかしてこの娘俺のコト好きなんじゃねぇ…?

 

「私の名前、レゼ。君は?」

 

「デンジ」

 

そう、軽い会話が繋がっていく。

 

「デンジ…デンジ君。」

 

「デンジ君みたいな面白い人、はじめて」

 

「………」

確定で俺のコト好きじゃん!!!

どうしよう、俺は俺の事を好きな人が好きだ。

マキマさん助けて、俺この娘好きになっちまう!!!!




この世界のマキマさんはオリ主に理不尽を軽く100回ぐらい喰らわされています。
お返しも100回ぐらいしています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。