アール・ヌーヴォーの亡霊   作:燃える氷

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貴女のいる世界

 

 

「…4割、って次第か…」

 

日は落ち切り、月光と電灯が部屋を照らしていた。紙製の摩天楼は4割ほど消化し終わったかと言った次第。ここまで進んだというのに、あと半分もある。大量の紙の中に突然白紙の層が現れて、仕方なくそこを一枚一枚確認していた所に『白紙、あと100枚!』とだけ書かれた紙が挟まっていた時はこの建物の通気性を抜群にしてやろうかとも考えた。

理由もなく振り向いて、窓から外を眺める。屋内にも関わらず熱が身体に篭もる感覚がしている。今夜は熱帯夜だろうか。未だ日本の夏は慣れない。元日本人なはずなのだけれど…

 

「疲れた…」

 

現場勤務には大抵行っていない。戦っていると頭がダメになって衝動で動いてしまう。無茶も承知なのだが、身体が止まらない。目の前の自分に仇なす者を撃滅するまで。出来てパトロールをするぐらいに留めたい。

 

「……酒」

 

疲労が溜まってくると、つい酒に手が出そうになる。職場での飲酒は禁止されたのに。前科は8犯。

 

「……ダメか」

 

隠し持ってきていた酒瓶の蓋に手が触れた所で、諦める。非日常を求めて『二道』へ足繁く通っていたが、ソビエト謹製国家の手先さんがいる中では立ち入れない。まさかこの国に来るのに俺の顔の一つも知らずに来ている筈がない。入った途端に俺ごとあの店は粉々に爆破されてしまうに違いないだろう。

 

「にしてもこの量、終わるのか…?」

 

未完の始末書の量に焦る気持ちを労働に向け直し、机に向かってペンを手に取ろうとした時。

 

「……何回目?」

 

「58回目」

 

背後から差す月明かりに、見知った人の影。何回試せば気が済むのだろうか?

 

 

 

 

俺の心はマキマさんが見つけてくれた。だから俺の心は

マキマさんだけのモンだ。

でも、身体が勝手に…!

 

昼時の時間帯には珍しく、入り口のドアベルが鳴った。

ドアが開いて、店の中へ風が吹き込む。

 

「デンジ君、いらっしゃい」

 

以前は新聞を読んで希少な来客を待ちぼうけていたマスターも、今や新聞を畳んでデンジの事を待っていた。

 

「あ、お客様だ!」

 

昼食よりも、何よりもこの一日の中で一番目当てにしていた彼女は、テーブル席に陣取って、何かの本とノートを広げていた。何かを書き写していたのだろうか、消しゴムで何かを消した跡がある。

 

「昼、食い来た」

 

そう言ってデンジは彼女の隣のテーブルに席を取った。

 

「一週間も続けて来るほどおいしくないでしょココ」

 

「ウマイよ?」「美味しいよ?」「バカ舌〜」

 

三者三様の反応、その何れも本心であるかは分からない。何処までが嘘で、どこからが本当か。

 

「そ〜だなぁ…カレーと…アイス……あ!あとチャーハン!」

 

注文を考えているデンジの事を静かに見つめていた彼女が、彼を誘った。

 

「こっちの机で食べないですか、お客様〜」

 

「いーよ…勉強中だろ?店員のクセによ」

 

「キミは学校行ってないだろ〜?16歳のクセによ」

 

「そっちの方がヤバイと思いますけどねぇ〜」

 

「そうかなぁ……そうかな?」

 

「学校いかないでデビルハンターなんて珍種だよ、珍種」

 

言葉が交されていく。暗い世界でばかり生きてきたデンジの心に、暖かさを与えてくれるようだった。

 

「こっちで勉強しよ〜と、そっちつめてつめて」

 

そう言って彼女は席を変え、デンジの方向へ寄っていく。

 

「…漢字は読めるようになりたいかな……」

 

「漢字読めないの!?じゃ教えてあげる!」

 

横罫のノートにペンが走り、文字が書かれる。

 

「問題ジャジャン!これはなんと読むでしょう?」

 

「キンタマだろエロ女!」

 

「なんだ分かってるじゃん!」

 

「唯一キンタマだけは読めるんだよ!」

 

アハハハハハ‼と、邪気のない笑いを見た。なんじゃそりゃ、と言われようと気にもならない。太陽がもう一つ、目の前にあるようだった。

 

「レゼとなら学校行きたかったかな、なんか楽しそうだし」

 

その言葉を聞いた彼女は、顔を傾けて上目遣いでデンジの方向を見つめ、不敵に微笑んだ。

 

何言ってんだ、オレは…

 

デンジの心の中では、理性で理解できない言葉が口から零れた事が理解できなかった。本心が刹那的に溢れて、熟考する事を許さない。

 

「行っちゃいますか?夜」

 

「夜?」

 

「一緒に夜の学校、探検しよ?」

 

デンジに突きつけられた選択は2択。はい、かいいえか、イエスかノーか、to beかnot to beか。勿論、答えは一つしかない。

 

「します…」

 

心はマキマさんのモンなのに‼身体が言う事を聞かねぇ‼

 

デンジの葛藤は、誰にも聞こえはしない。

 

 

 

 

 

「台風くん」

 

どこかの手洗い場。洗面台の中に出来た渦に向かって、何者かが話しかけていた。

 

「ナンダ?」

 

「お前ら悪魔共はなんでチェンソーの心臓を欲しがっているんだ?」

 

「知ル必要ハナイ。俺トノ契約ダケ果タセル様考エテイロ」

 

「長い付き合いになるんだ、もっと馴れあっていこうぜ?」

 

そこまで言い切った時、突然ドアが開けられた。

 

「当たり、って次第だな…」

 

 

大量の始末書に追われながら、俺はどうやって一応の同胞たるソビエトの刺客、爆弾の武器人間をこちら側に引き込むかを考えていた。

 

俺のゲームオーバー条件は彼女に町中での戦闘を許す事。それが起きてしまえば彼女はどう理屈を立てようとテロリストに分類され、俺の保護は不可能になる。そうすれば公安、ひいてはマキマに引き渡され、ジエンドだ。

それを回避するには相手が暴力行為に出る前に彼女を説得するしかない。それも難易度はひたすらに高い壁だろうが、何もせずマキマの手下を簡単に増やさせる訳には行かない。

 

自分が何故この世界にあるのか、考えた事がある。結論は、きっと自分はペンなのだ。完成された世界の物語に、横から勝手にペンを持った人が現れて、勝手に書いた話を差し込んでくる。その人の好きなように、ひたすらに天真爛漫に世界を掻き乱していく。そういう存在なのだろう。

 

さて、今や本気で追えば人間の一人や二人追うのなど造作もない。100年の人脈を舐めてはいけない。

 

「なんだ?お前…」

 

そう言って相手はこちらの方向を向いて来るが、あんたに用はない。右手に握ったレ・マットの撃鉄を起こし、相手に向ける。

 

「左様なら」

 

バン!

 

一発目。左足。相手の体勢が崩れる。二発目。胴体。三発目。頭。四発目。五発目。六発目。同じく頭。

 

相手が動かなくなり、床に真紅が広がっていく。俺は銃をコートの内に仕舞い込み、洗面台を覗いて見る。さっきまでいた筈の渦はない。逃げられるか。

 

「……」

 

洗面台の前に来た為に、気になって両手を一瞥する。無いはずの血の色がこびり付いている。これは幻覚だ、また変な物が見えている。そう分かっていても、悪寒がして止まない。

 

流水に手をかざし、手を洗う。洗う。取れた感じはしない。洗う。まだ洗う。何も変わってはいない。洗う。あらう。あらう。それでも、何も変わらない。血の臭いが漂って、鼻を突刺す。衝撃音が聞こえてきた。

俺は、塹壕の中にいた。また戦争が始まったのだろうか。いつから?どうして?砲弾の音が絶えない、木材と有刺鉄線で舗装された、地獄の通路がひたすらに続いている。先は果てしなく見えない。

 

宛もなく、その道を歩く。雨が降っていたのだろう。泥を踏みつける感覚が兎に角不快だ。音も好きではないし、ブーツ越しに伝わる感覚も、足を取られる事があるのも嫌い。どれだけ遠く歩いても、その道は途切れない。蛇行する道、変化を無くした退屈な道が遥かに。そうして歩いていくと、一人の人間が向こうから歩いて来るのが見えた。自分だった。死んだ顔をして、自分が歩いてきていた。

 

気がつけば、俺は洗面台に嘔吐していた。吐いた後に残る酸のような味と身体中に走る寒気で正気に戻れたようだ。死体の方向を見ると、流血は赤みを失い始めている。どれだけの時間が経っていたのか分からない。

 

「……畜生」

 

やはり自分は、人の姿のまま人を殺すのは全く向いていない。つくづく、自分の本来の姿はデビルハンターなんて仕事は向いていないのだろう。あれもこれも、この心臓が悪いのか?それとも自分の精神が殺しを忌避しているのか?もしくは……




刺客編の話ばかり浮かんできて目の前の筆が進まない!

オリ主くんが日本に来たのは本編の13年前です。
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