アール・ヌーヴォーの亡霊   作:燃える氷

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ここすきが好き
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大感謝


L’amour est aveugle

 

 

 

 

マキマさん。

ホントは手なんて繋ぎたくないんです。

でも……体が勝手に……

 

夜の学校。本来の生徒は、誰もいない。

 

教室に立ち入って授業の真似事をして、置かれた境遇に疑問を抱いて。考えたら頭が熱くなり過ぎた、だから冷やそうと誘われて、流されるがままに錆びたプールの中へと飛び込んだ。

 

初めて見た異性の裸体に心を揺さぶられ、性への願望が身体を駆けた。しかしそれも数分もせぬ内に忘れ、自分が得られなかった青春を今味わおうと、子供の様に水で遊んでいた。

 

 

「止みませんねぇ…」

 

急に降られた通り雨。*1天から無数に落ちてくる水滴が音を奏でて、二人を校舎の中に閉じ込めている。目的もなく窓を見つめて、濡れた窓に走っていく流水の道をただ眺めていた。

 

「デンジ君はさ…都会のネズミと田舎のネズミ、どっちがいい?」

 

「…なにそれ?」

 

イソップ寓話の一つ。田舎では安全だが、良い食事はできない。都会では良い食事が出来ても、命の危機に晒され続ける。人生とは二者択一の連続。片方を求めるなら、片方を捨てなければならない。二兎は追いきれないものだ。

 

「俺は都会のネズミがいーな」

 

「え〜〜!?田舎のネズミのほうがいいよ〜、平和が一番ですよ」

 

「都会のほうがウマいモンあるし楽しそうじゃん」

 

「君は食えて楽しけりゃいいのか?」

 

「ああ」

 

純真なままの本心で、彼女の問いに答える。その横顔が、少し笑みを浮かべた気がした。

 

「じゃあ明日さ、近くでお祭りあるから一緒に行かない?きっと楽しいしおいしいよ」

 

彼女からの次の誘い。断る理由も、何もない。

 

「……仕事終わってからならいいよ」

 

「いえーい、やった!約束ね!」

 

 

 

 

「ちょっとおトイレ行ってきまーす」

 

そう言って去り際にこちらへ手を振り、彼女は視界の端から去っていった。

 

間が空き、一緒に口も開いていく。

 

「……超糞かわいい……」

 

 

灯りのついていない廊下。雨まで降ってくると、自然光は殆ど無く、恐ろしげな雰囲気すら纏っている。

教員も生徒も、誰もいないそこを一人歩いていく人影。

その途中、彼女は人の気配を感じた。振り返り、その気配に問う。

 

「デンジ君…?」

 

「…Здравствуйте。お嬢さん」

 

本来現れる筈だった謎の男はそこにはおらず、代わりに夏でも公安の制服の上からコートを着た男がそこにいた。

 

「観光ですか?亡命ですか?…それとも?」

 

輝きのない目と対照的に上がった口角。やはり自分は、下手に笑うと怪しく見える。

 

 

 

「………」

 

相手の顔がシベリアの冬の如く冷え切って、こちらを見つめてくる。どうしてこの業界には寒い顔をした人間ばかりなのだろう。もっと暖かい顔をした方がいい。…こんな世界でそんな顔をしている方がイカれてしまっているか。

 

「流石にソ連の刺客ならば、私の顔ぐらい知った上でしょう?」

 

相手にこちらの顔が割れている、その程度は無論想定済み。逆に身の上の説明が省けて都合がいい。このまま俺の交渉に応じてくれれば一番だ。

 

「公安から政府に掛け合えば、貴女を密入国から亡命にすり替える事など容易ですよ」

 

そう言いながら、相手との距離を縮めていく。一歩、二歩。相手の反応は未だない。

 

三歩目を踏み出そうとした時、相手は逃げるように走り出した。どういう意図だろうか。

 

「……そんなに恐れなくても………」

 

呼びかけてみるものの、目立った効果はなし。逃げ切られては話が出来ない、後を追いかける事にした。

 

追いかけっこの終点は屋上。降りしきる雨がコートに打ち付けている。

 

「雨に当たっては体を悪くしますよ。……我々に、そのような心配は不要でしたか?」

 

相手と向き合い、互いにその姿を見つめ合う。

雨が、ひたすらに降り続けている。

 

「フランスの、『銃』。私を捕まえに来たの?」

 

嘘に塗り固められた虚像すらも、雨は溶かしていったようだ。

 

「えぇ。端的に言うならば」

 

雨は、止む気配もなく降り続けている。屋上に二人、動き出す事も無くずぶ濡れになっていく。

仕方なく、此方から相手に歩いていく。一歩目、二歩目。来た。

あちらの試みる掴みを払い除け、逆に腕を掴んで背中の方向に持っていき、拘束を試みる。

しかし流石にソビエト仕込みの体術。腕が回り切る前に蹴りで距離を取られ、蹌踉めかされた隙に脱出を許してしまう。

 

「そう簡単に殺されては、年長者らしくないでしょう?」

 

「…そうみたい」

 

また振り出しに戻ってしまった。相手が相手、そう楽に決着しそうもない。

 

「……答えは、今でなくとも良いでしょう。しかしもし貴女がチェンソーの心臓の為に暴力行為に出ようものならば、次はありません」

 

そう言って撤退の意思を示すと、相手の殺気が緩んだように見えた。

 

「それでは、良い回答を待っていますよ」

 

ここまで警告しておけば、きっと彼女は正解を導いてくれる筈だ。L’amour est aveugle(『恋は盲目』)という言葉があるけれど。

 

そうして、俺は学校の屋上から地面へ直帰を選択した。

運良く下は土の地面。五点着地を教えられて損はなかった。

 

 

 

 

次の日。祭りは開催された。

その時俺は、面倒な事に付き合わされていた。

 

「59回目。ほら、行くぞ」

 

「…一体どれ程暇なんだ、アンタは……」

 

「お前を我が国に持っていくまで、無期限休暇。言っただろ?お前は祖国に、ドイツに必要なんだ」

 

「俺はドイツ語なんて話せないし…そもそもフランス生まれのフランス育ちだぞ?正直、他を当たった方がいい」

 

「お前の親、アルザス人だろ?だからドイツ人。帰るぞ、祖国に」

 

「……アンタは何年前の話をしてるんだ……」

 

ドイツの『奇術師』。

【鏡の悪魔】と契約していて、何処かの鏡に写った人間は彼女の『鏡像』にされる。本人の同意はなく、感知は不可能。もし何かが起きて本体が死んだ場合、『鏡像』のうち誰かが本体に成り代わる事になる能力と、鏡を通して遠くの場所も見る事ができる能力の2つを持っている。どうやら複数枚その原因となる鏡があるようで、どこにそれらがあるのかは未だ特定できていない。そんな能力だからか、初めて出会ってから50年近く経っても老いた様子がない。俺の見ていない所で成り代わっているのだろう。

 

「そんなに昔の事でもないだろう?もしや、Froschschenkel(カエル野郎)どもに何か変な事を吹き込まれたか?」

 

「アンタみたいなのがいるから嫌なんだよ……というか、俺もそのカエル野郎じゃないのか?」

 

こちらが彼女を殺す事ぐらい造作もないが、それをすると誰かが成り代わられてしまう。だから、こちらは無闇に殺すことも出来ない。しかし相手の能力に特別な攻撃力もないので、殺しきれないし殺したくない関係が続いている。今までの経験則では、大抵あちらが飽きて帰っていくのが常だ。

 

本当はこんな所で時間を割いてはいられないのだが、こいつが俺の肩をがっしり掴んで放さない。振り払わんと歩き始めた所、引きずられながらでも掴むのを止めない。力づくで払い除けるのも申し訳なくなって来た。

もしもに備えて祭りの開催場所近くに張り込んでいたところ、何処かの鏡に俺の姿が写っていたようで居場所が彼女に割れてしまった。どうしてこのような頭のネジが飛んだ者に目をつけられたのだろう。この心臓が悪いのか、そうだろう。

 

「なぁ〜…私は毎日が退屈で仕方ないんだ〜〜…一緒にミュンヘンにでも家を構えて…」

 

「こっちは職持ちでお尋ね者なんだ、勘弁してくれ…」

 

祭りに湧く街の中に若い男女二人。傍から見れば恋の味がするだろうが、その実は厄介者とその被害者だ。できる事なら誰か、こいつを引き剥がしてほしい。

 

 

 

夏祭り。人混みの波に流されそうになり、視界の両端が人で遮られている。しかし、彼等の顔なんて気にならない。背景の一つに同化していくようだった。

 

デンジが見ているのは、ただ一人の事だけ。彼女と特に特別でもない屋台を巡って、どこにでもある遊びをした。しかし、彼女が視界の中に居るだけで、それは特別なものになっていた。時は花火のように煌めきながら息をする暇もないように過ぎ去っていき、花火が上がろうとする時間帯まで流れ着いていた。

 

 

「この場所、カフェのマスターに教えてもらったんだ。花火が一番見えて誰も人来ないマル秘スポットなんだって」

 

小高い丘の上、そこでは所狭しと並んだ住宅の群れが一望できる。デンジは木製の手すりに腕を載せて、そこで間もなく打ち上がるだろう花火を待っていた。

 

「ふ〜〜ん」

 

 

 

 

 

「ねぇ…デンジ君」

 

「ん?」

 

「いろいろ考えたんだけどさ、やっぱり今のデンジくんの状況おかしいよ」

「16歳で学校にも行かせないで悪魔と殺し合いさせるなんて、国が許していい事じゃない」

 

それを聞いていたデンジの腕を、レゼは掴んだ。

 

「仕事やめて……私と一緒に逃げない?」

「私がデンジ君を幸せにしてあげる、一生守ってあげる。」

 

そう言う彼女の顔は、本心のままに見えた。

 

「お願い」

*1
この雨は偶然。

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