それは微睡みから覚めると同時、侵入者の気配に目を開けた。
視界には一面純白の景色が広がっている。
通常迷宮は階層が深くなるにつれ、モンスターだけでなく過酷な環境が侵入者を拒むようになる。
例を挙げるなら、
59階層の極寒の冷気で心身を凍てつかせる『氷河の領域』
その更に下層には
呼吸するだけで肺が焼かれ、耐火性の低いものは自然発火を起こす『獄竜炎山』
光や音をほぼ完全に吸収する黒霊岩で出来た地形により、一寸先の把握もままならない『無明の大空洞』
しかしながら、この階層においては冒険者を苦しめる悪辣な環境は存在しない。
一流の職人が加工した大理石を彷彿とさせる鏡面の白い岩石が一国が収まろうかという程巨大なドームを形成し、岩石が放つ虹を帯びた白色光がその内部の遍くを照らしていた。
この霊験あらたかな地かはたまた天界の宮殿かと思わせるほどの霊妙をたたえる空間は、煉獄を想起させたこれまでの階層とは明らかに違う。
加えてこの階層には『大荒野(モイトラ)』のような大群はおろか階層全体でもモンスターは1体のみ。
そのモンスターの姿はミノタウロスによく似ていた。
ただし、秘めたる力の差は比べるもおこがましい。
全身を覆う黄金の体毛に黒鉛色の蹄と双角、体躯は3M(メドル)ほどだが一目で感じる理外の『力』が山の如き巨躯ように感じさせる。
時折躰の表面をなぞるように黄金の雷が疾り、呼気の度に白炎が吐き出される。
その右手には巨大な白銀の戦斧が握られていた。
この階層を構成する岩石は全て僅かながら聖鋼銀なる特殊な金属を含有する。
第1等級武装でさえ3度振るえばゴミと化すこの怪物の『力』に耐えうるのは、迷宮からの贈り物にして高純度の聖鋼銀でできた自然武器(ネイチャーウエポン)以外に無かった。
◆
「ブモオオオオオオオオォォォッッ!!」
100階層階層主 ー『雷牛頭王(ケラウノス)』ー は吠えた。
自らに一直線に尋常ならざる速度で近づく
その気配と魔力から餌ではなく確かな脅威であると認識し、高ぶる闘志を咆哮で示したのだ。
ケラウノスにとってはただの咆哮、しかし絶大な魔力と破壊力を秘めたそれは第2等級武装を用いてもかすり傷ひとつつけられない地面をひび割れさせ、一級冒険者を殺傷するに十分な破壊の壁となって迷宮内を蹂躙した。
その暴威にさらされた侵入者は
ーー全くの無傷であった。
魔法の詠唱はおろか腰に携えた武器さえ抜いていない。
にも関わらず憎らしいほどに変わらぬ歩調で向かってくる。
ケラウノスは愛斧を正面に構える。
モンスターの身でありながらその目は憎しみに濁らず、狂喜に輝いている。
抑えきれない感情に呼応するように黄金の雷がバチッと音をたて幾度もはじける。
ここまでは小手調べですらないただの挨拶。
戦いは始まってすらいない。