実験は完璧な成果を挙げた。
精霊は肉眼で目視できるようになり、存在の格が上がるにつれて自我が形成されているのだろう。その動きは当初の緩慢さが嘘に思えるくらい、活発化していた。
さらに魔力を与え続け、ついにその時は訪れる。
彼女は白い光の塊をその小さな手で
実体化。
高位の、あるいはそれに準ずる位階の精霊にのみに起こり得る状態。
かつて【アルゴノゥト】と契約したと男体型の精霊にして【ゼウス】の化身ジュピター、【クロッゾ】に血を分け与え魔剣を生み出す力を与えた炎の精霊にしてヘファイストスの化身ウルスのような神々の分身を除き、自然発生的に生まれる高位精霊は下位の精霊が数万年の時をかけて極稀に誕生する存在である。
それほどの時を有する理由は下位の精霊は全て『無垢』であるからだ。
下位から中位の精霊にに至るには自然界に満ちる魔力を取り込む他ない。
しかし、自然界には彼らが取り込みやすい所謂『無垢』な魔力は存在しない。
自然に満ちる魔力は炎や風、大地といった『属性』を必ず持つからだ。
属性の違いとはそれ即ち
光が波長を変えることで――長い波長なら赤、短い波長なら青など――あらゆる色に変化するように、魔力はその波長の変化によりあらゆる属性に変化する。
そして生物や精霊が有する属性は例外を除き後天的には決して変化しない。
炎の精霊が水の精霊になることは無いのだ。
例外とは魔法の術式を介して魔力の波長を変調したとき、――そして『無垢』な精霊が属性を持つ中位の精霊となるときである。
『無垢』な精霊は気の遠くなるような時間を掛けて少しずつその波長を変え、属性の偏りを有するようになるのだ。
それならば、目の前の精霊はどうだろうか。
自らが生まれ持った『無垢』な魔力と全く同じ波長を取り込み続け『無垢』であるままに高位精霊に至ろうとしている。
その姿は光る球体という英雄譚に現れる人型の精霊とは似ても似つかない姿。
精霊史上類の無い存在がここに誕生したのだ。
◆
『無垢』の精霊は小さな手の上で、『母』からの啓示を待つようにじっとしていた。
彼女は万感胸に迫る表情で精霊を見つめ、その目にはうっすらと涙さえ滲んでいる。
その小さな口は強い歓喜の情動に駆られ凡そ半年ぶりに言の葉を紡いだ。
「 いただき、ます 」
かぷ。
「 ―――――――――――――――――――!!」
『無垢』な精霊は初めて感じる痛みと恐怖に悲鳴を上げる。
しかし、人の可聴域を超えた悲鳴は彼女の耳に届かない。
仮に届いてもきっと変わらなかっただろう。―だって、こんなにも美味しいのだから。
――コキ、グチュ、グチャ、クチャ・・・
表面は飴玉みたいに固く、噛み砕くと中からトロリとした流状のものが舌の上で踊る。天上の甘露を思わせる美味に蕩けるような表情を浮かべた。
――コロッ
更に奥には石のように硬い塊があった。しばらくそれを舌で舐り弄んだ後、一息に噛み砕けば、この世のものと思えぬ旨味に息を忘れる。
中身の体液が『ネクタル(神々の美酒)』とするならこれは差し詰め『アンブロシア(神餐)』だろうか。
咀嚼し飲み込み喉元過ぎて尚、飢えた彼女の心を、体を満たしていく。
「はぁ・・・」
思い出したように息を吐きだし、そして
「――おいしい」
齢5つの童女のものとは思えない――聖者を堕落に誘うような――淫蕩な笑みを浮かべていた。