マルコス中隊の第3分隊分隊長を務めるガーヴァック=レテはこちらの姿を目に留めても平然としている
目の前で自分が住んできた森を焼かれ、同胞らが殺されているのに悲鳴どころか動揺した様子さえ見せない。
あるいはあまりの光景に脳が理解を拒んだか、それとも既に心が壊れてしまったか。
それにしては目は虚ろでは無いし、しっかり理性の光が灯っているように思う。
近づけば近づくほどその容姿の異様さが明らかになる。
白妖精の村で黒妖精のそれもハーフというだけで異端だが、体は酷く汚れ襤褸切れのような服には所々に黒く変色した血が凝固している。
どうみてもまともな育ち方をしていないが、その顔立ちは
嫌な予感が一行に消えない。
部下らは命じてもいないのに、どこか超然とした雰囲気に呑まれてか灯りに群がる蛾のように浮ついた足取りで近づいていく。
与えれらた任務を考えればおかしなことをしている訳では無いが今回ばかりは「ふざけるなぁ!」と怒鳴りたくなった。
沸騰しそうな頭をすぐに鎮め、意識を切り替える。
そうできなければ戦場を生き残り続けるなど不可能だと知っていた。
どうせなら部下達にはこのまま先行してもらい自分は最後尾から様子を見ることにしよう。
そんな自分の思いを余所に、ふと童女が上を見上げた。
つられて上を見ればそこには―――
「りゅ、竜だと!!」
その竜は燃え盛る木々を蹴散らしながら体当たりするような勢いで地面に降り立つ。
その衝撃だけで地面は軽く揺れ、突発的な嵐が起こる。
―――でかい。
体高だけで5
何より威圧感が尋常じゃない。
無理だ・・。とても勝てん。
部下達の様子を見れば口を開けてポカンとした様子で突っ立っている。
舌打ちしそうになるのを抑えながら、如何にあの化物から逃走するかその手段に頭を巡らせる。
「総員、武器を構えよ!」
言ったのは自分ではない。声の主に視線を向けると、そこには今回の作戦における現場の最高責任者にして唯一のLv.2であるマルコス中隊長の姿があった。
その命令に、灰褐色の竜と中隊長を見比べながら兵士たちは狼狽えだした。
あれと戦えと中隊長は俺達に死ねというのか。
言葉には出さずとも兵士達の言わんとしていることが分かる。
この場の誰よりも戦いの経験を持つであろうマルコス中隊長はなおも続ける。
「ここで逃げ出せば奴は我らを追っていずれ王国にその凶牙を向けるだろう」
「我らは祖国の剣にして盾、その後ろには祖国があり守るべき民が居るのだ」
そう言って誰よりも前に歩み出る指揮官の姿を見て、兵士たちの目に勇気の光が宿る。
ガーヴァックは自らを恥じていた。
この部隊ははっきり言って最悪だ。
ここに配属されるのは王都の警邏も任せられないような素行の悪い無法者か、血と魔剣で敵を焼く快楽に魅入られたような屑ばかりで、自分は彼らが行き過ぎた行為をしないようにつけられたお目付け役。
だから彼らを見捨てることになっても少しも躊躇しなかっただろう。
だがそんな中放たれた中隊長の言葉はそんな考えを吹き飛ばした。
王都には娘がいる。先日7つになったばかりのまだまだ可愛い盛りの娘だ。マルコス中隊長だけはそれを祝い「こんな任務は早く終わらせて帰ろう。」と励ましてくれたのだ。
こんな地獄にあって娘だけは唯一の光、希望なんだ・・・。
他の兵士達も震えながらも剣を構える。
その様子にマルコス隊長は頷き、
「総員、突撃ィ!」
「「「おおおおおおぉぉぉぉッ!!!」」」
ガーヴァックは走りながらどこか現実味のない現状に、浮つく気持ちを抑えられなかった。
まるでおとぎ話の一員になったようだ。
だってそうだろう、剣一本を持って竜に立ち向かうなんて英雄譚そのものじゃないか!
きっと沢山死ぬだろう。それでも奴を倒せれば俺たちの――ラキア王国の勝ちだ。
悪行を成してきた我らもその偉業をもって、死後は春の花咲き乱れるエリュシオンで安寧を得るに違いない。
マルコス隊長は剣を掲げ裂帛の気合と共にまるで恐れる様子を見せず竜に切り付ける。
その姿はまるで英雄譚の主人公の姿そのもので・・・
竜がそれに応えるように長大な尾を振るう。そしてその尾は――
「・・・・・・・・・・え?」
べちゃりと音がした。動物の胃袋で作った水筒に水を一杯入れて、壁に叩きつけると丁度あんな感じの音になるんだと焼け残った木にへばり付いている肉塊を見ながら場違いにそう思った。