沈黙を破ったのはフィンが持つ『
『こちら【第5部隊】・・・』
声の持ち主はアナキティ、しかし彼女らしくないどこか浮ついた調子だった。
第5部隊はベートやレフィーヤ等の主要戦力を『
こんなにもゆったりした調子で報告する余裕など全くないはず。
『部隊は私以外全滅。』
皆が思わず息を呑む。
つまり残りの戦力はたったのLv.4が独り、到底『
しかし続く言葉に更なる驚愕を味わうこととなる。
『その直後所属不明のダークエルフの女が戦闘に介入、単独で『精霊の分身』を圧倒・・・討伐しました。』
弾かれるように皆の視線が1人に集中する。
件の黒妖精は気づけばフィン達の側まで来ていた。
女神に勝るとも劣らぬ美貌に貼り付けたような笑みが今はただただ不気味であった。
「申し遅れました。私【ラケシス・ファミリア】副団長のネフィリスという者です。彼女の言うダークエルフは私が送った分身の一体に違いありません。丁度今しがた全ての戦闘が終わった模様です。」
その言葉を証明するように他の部隊から続々と連絡がくる。
内容は皆一貫して「謎の黒妖精が『精霊の分身』を瞬殺した」だ。
「下層ではもう一つの『天の扉』の術式が展開されている。全部隊後続の援軍と合流次第速やかにこれを討ちに向かってくれ。」
動揺を押し殺し簡潔に指示を出してネフィリスに向き直る。
(よくよく見れば、ハーフエルフである事を差し引いても随分若い。下手するとレフィーヤより・・・。)
彼女の眼差しはどうしてかよくできた生徒を褒める教師のそれに見えた。
「助力に感謝するよ。聞いてのとおり以前オラリオは未曾有の危機に瀕している。解決まで力を貸してもらえるかい?」
「申し訳ございません。先程の戦闘で私も限界でして、断らせていただきます。」
「はぁ!?」
その場にいた全員が「限界とか絶対嘘だ」と思う前に声を上げたのはまさかのライオネルである。
ネフィリスは視線を向けてライオネルを震えさせると溜息をついて貼り付けていた笑みを消した。
「『
「えぇ!?」
「何か問題でも?」
「ありやせん!」
シャクティは『金獅子』の変わりように目迷を抑えるように額に手を当てている。
「そうかい。なら遠慮なく使わせてもらうよ。それで『掃除』というのは?」
「そうですね。早速始めましょうか。」
言うや否や腕を伸ばして手の平を床に向け『魔法』を行使する。
◆
「行きましたか。」
大広間に残るのは只一人。
ネフィリスは『精霊の六円環』用に10層に流れていた魔力を利用し、
副次的な効果で『精霊の分身』にもダメージはあったろうが、彼らが到着する頃には回復しているだろう。
ただ回復を優先する以上その間迎撃魔法は激減する。
初めはネフィリスは全て自分の手で片づけるつもりであったのだが、敵のあまりの脆弱さと『勇者』達の戦いぶりを見て考えが変わった。
そしてあの『黒い風』を使って今も戦う女冒険者。
特徴から恐らく『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタイン。
『霊素』どころか精錬さえされていないただの『魔素』であの質の『
消耗は異常に大きいが対モンスターにおける瞬間的な戦闘力はライオネルに匹敵しうる。
英雄達の想像以上の粒揃いぶり。
これから起こる100階層の先に潜む怪物達との戦いにおいてもネフィリスは主の勝利を疑ったことはない。
敗北があるとすればそれは主神ラケシスの送還、それに伴うステータスの封印。
そして敵がどれ程潜んでいるかも分からない現状、手が足りず敵の手がオラリオにまで及ぶ可能性は低くない。
(そうなってもせめて時間稼ぎができる戦力が欲しい)
力を見せる目的は達成している。
古代の大精霊を何体も喰らった『穢れた精霊』の分身があまりに期待外れで、それを倒して雀の涙程の経験値を得るより彼らを強化する方がいいとネフィリスは判断したのだ。
「期待していますよ『勇者』」
その眼差しと声音は
◆
『勇者』は残存部隊をもう一つの六円環の発動阻止に、そして7体目の精霊『ニーズホッグ』の討伐にはライオネル独りを向かわせた。
本来であれば『ニーズホッグ』は一つ目の六円環の魔力の一部を取込んで冒険者をオラリオ諸共消し飛ばす第二の矢にして本命、早急に多くの戦力を差し向けなければならない相手だ。
しかしネフィリス曰く六円環の魔力の吸収を阻害したことでその規模の攻撃は不可能になったらしい。
そんな荒唐無稽な科白も『あれ』を見た者は皆が事実であると理解できたことだろう。
ライオネルは実を言うと少し機嫌が良かった。
ネフィリスの指示とは言え『勇者』の指揮下に入っても文句の一つも言わないくらいには。
ずっと腹立たしかったのだ。
個々の強さでは己にすら劣る連中が大きな顔をして我が物顔で地上を闊歩していやがる。
それが先程はどうか。
姐さんと別れた後【象神の杖】は普段の毅然とした態度が嘘の様に取り乱して「『あれ』は何だ」と詰め寄り、『勇者』は指揮をしながらこちらの反応から少しでも情報を得ようとチラチラ視線を向けてくる。
(まだだ、まだ足りねぇ。お前らは俺と同じ絶望を味わなきゃならねぇんだ。)
前方に気配が10、全て人間のものだ。
いけすかない『勇者』が言っていた―――名前は忘れたが―――『都市の破壊者』が取っていた人質を解放していた【ロキ・ファミリア】の連中だろう。
そいつらと合流して『ニーズホッグ』まで案内を受ける手はずになっている。
「だ、団長、『金獅子』が来たっす」
「おい、さっさと案内しろ」
「りょ、了解っす。こっちっす。」
気迫、才覚共三流以下のゴミだ。
(『勇者』の奴はなんでこんなのを重宝してやがる? いや・・・)
そもそもその『勇者』ですら己より下に見ていた。群れることでようやく迷宮で戦える雑魚と。
(だが、姐さんはそんあフィン・ディムナを褒めた。俺でさえ労われることはあっても称賛されたことなんて只の一度もないってのに。)
あの人は相手が誰でも世辞を言わない。
気づけば歯を砕けそうになる程強く食いしばっていた。
「あの・・・大丈夫なんすか? あの『精霊の分身』は普通じゃないっす。それに本体が術式の【詠唱】に力を割いていない分、下手するとこれまでで一番―――」
「雑魚は黙って見てろ」
苛立ち交じりの声と共に放たれた、【ロキ・ファミリア】の者達ですらかつて感じたことの無い強者の覇気にその身を硬直させる。
それは【人工迷宮】11層、10層の六円環の中心部直下に位置する大広間に鎮座していた。
正確にはそこは、大広間ですらない。
壁を何枚も破壊し、大通路といくつもの広間を貫通させ無理やり作り上げられた巨大空間である。
地図に存在するはずのない空間、そうまでして作らなければ収まらない大巨躯。
三対六枚の翼、険しい天峰から切り出したような歪な爪、語る必要のない鱗に包まれた巨大すぎる胴体、そして悪魔のような竜頭。
どくっ、どくっ、と妖しい紅の光を放ちながら周囲で脈打つ緑肉は、並みならぬ竜の鼓動のようだ。
体皮の色は全てを塗りつぶす漆黒。
その上を、禍々しい線条が血管のように走っている。
巨大な竜頭の下、胸部に当たる位置に埋まるのは『精霊の分身』の本体である。
その顔は見えない。鼻から上が竜の組成に蝕まれ無貌と化している。
もはや『精霊』が寄生したのではなく、『精霊』が取り込まれたような姿。
世界の果てで眠る『黒竜』でさえここまで悍ましい姿をしていないだろうと確信させる醜悪さ。
そんな怪物を見て―――
「なんだ、
このまま戦っても敗北は無いと確信し、その上で過剰なまでに自身に強化を施す。
『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
階層主の
直接浴びたラウル達は吹き飛ばされる。
その場にいない冒険者達でさえ腰を抜かし、『ニーズホッグ』を含めた『精霊の分身』は詠唱を止めて『咆哮の主』に視線を向ける。
続く詠唱。
【烈火の炎 太陽を喰らう獅子よ 赫灼の王冠を戴け】
【不壊の鬣は風を裂き 剛爪は灼を纏う】
【君臨せよ 炎の王】
「【
全身を炎が覆い、鬣と両碗に装着した手甲鉤が紅蓮に輝き、ライオネルが動けば残炎の軌跡が生じる。
『金獅子』ライオネル
Lv.6にして『猛者』オッタルと都市最強の評価を二分する強者である。
獅子の獣人は全ての獣人の中でも最強に位置付けられる種族。
そして、その中で黄金の鬣を持つライオネルは希少な獅子の獣人の中でも更なる特異個体、
『魔力』の能力値が伸びにくい獣人でありながら例外的に『魔力』を含む全てのステータスがS、『力』に至ってはSSに達している。
『獣の王』が『獲物』を
踏みしめた床がその下の
獣人最強の能力値を誇る獅子の膂力、圧倒的な能力値強化倍率を誇る全獣人最高蜂の『獣化』、並みの妖精を遥かに凌駕する『魔力』による強力な付与を合わせたただの突進。
それ即ち蹂躙であった。
『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
敵の残骸さえ残さない炎の海の中で獣が吼える。
その雄叫びに込められた怒りが誰に対する物なのかは本人にさえ分からない。
『レグニス・レガリオン』:効果は反射速度及び攻撃力の超上昇。纏う炎には【炎の王】の詠唱通り他の炎属性の魔法を喰らう性質を有する。
但し効果が似通る魔法、例えばケラウノスの白炎の『滅却』やベートの【ハティ】の魔力吸収に対してはより効果が高い方、もしくは『魔力』の強い方の効果が勝るため、前者には一方的に滅却され、後者には基の『魔力』の差と炎に特化した性質の違いから優位に立つ。
ライオネルの有する魔法は3つのうち2つが付与と偏った構成をしている。