一瞬で距離をつめるケラウノスと黒妖精の間にせり上がるように岩壁が出現する。
紛れもない魔法の行使、しかし間違いなく『詠唱』はされていなかった。
その異常性を知らないケラウノスは逡巡なく障害物を粉砕する。
直後鈍痛に顔を歪めた。
岩の破片に紛れるようにして右足に切り付けてきたのだ。
憤怒が頭を染めるが、ぬぐい切れない違和感に踏み出しかけた足を止める。
そのわずかな間に既に黒いのは己と距離を取っている。
それに構わず思考する。
不可思議な点は2つ。
今の魔法、相当な規模でありながら行使に伴う魔力が感知できなかった。
魔法はその規模が大きくなればなるほど、一部魔力が周囲に放出される。
深層以降の魔物はこれを感知できるため、魔導士の強力な魔法を死力を尽くして妨害にくる。
そして何より、治る気配のないこの傷。
ケラウノスの再生能力は迷宮内でも屈指。
例え頭を吹き飛ばされようが、手足を捥がれようが魔石が無事であるなら瞬時に再生する。
だというのに再生の兆しさえ見えない。
恐らく前者はーーにわかには信じがたいがーー魔力の魔法への完璧な変換を可能としているということではないだろうか。
その者の魔法行使の際、魔力を知覚できるということは周囲に放出される無駄な魔力分が存在するということ。
黒いのの超常な技量ならその魔力さえ制御していたとしても得心がいく。
しかし、後者については見当もつかない。
流れ続ける血の生成までは阻害されておらず、傷自体も浅くはないが深くもない。
戦闘続行に支障はない。
だが血の生成は多量の魔力を消費し、今も魔力出力の少なくないリソースを割いているせいで、エンチャントの効果も十全には程遠い。
黒いのは先程の様子を見るにまともに打ち合うつもりはないらしい。
明らかに長期戦を見越していた。
このまま傷が増えれば敗北は不可避。
ならばとケラウノスは愛斧を
◆
--もう気づいたか。
黒妖精、ネフィリスははじめてその端麗な顔を歪めた。
眼前のモンスターは正真正銘の化物だ。
この階層に到達するまで苦戦らしい苦戦を経験していないネフィリスにとって初めてともいえる壁だった。
相手は覚えていないだろうが、これで戦うのは2度目となる。
その時は第1等級武装で切り付けても肉の鎧を断ち切れずへし折れ、かつて階層一つ消し飛ばした魔法も痛打には至らず、雷を纏えば抗いようのない災禍と化し相手にすらならなかった。
そんな怪物と真っ向から打ち合うなど論外。
故に終始防御に徹し、原始的な『呪詛』を込めた斬撃にて少しずつ削りきる。
それが数少ない勝ち筋だった。
我を失って攻め続けてくれれば最上だったが、流石の戦闘勘で即座に冷静さを取り戻し削られる前に一気に片を付けることにしたらしい。
黄金の牡牛の両腕には白炎が灯っている。
あの白炎は、『不壊属性(デュランダル)』の武装も一瞬で消滅させる滅却の炎。
例え今使っている
恐らくは血の生成を止め、そのリソース分を雷と炎のエンチャントに割り振っている。
確実に雌雄を決する心算のようだ。
勝算は薄くそれでも勝たねばならない。
あの方のお役に立つためには、今の私は弱すぎるのだ。