ーー負けたのか。
黒いのの剣は己の命の源を貫いた。
回避不能の死がすぐそこまで迫っている。
死ぬことよりも己よりはるかに矮小な存在に負けたことが許せなかった。
--否、断じて認めてなるものか。
黒灰となって散る運命を赫怒が書き換える。
「オ、オオオオオオオオオオォオオオオォォォッ!」
吐血交じりの咆哮と共に、残る魔力と魂を白炎に変える。
黒いのは動く気配を見せない、いやそもそも動けないのだ。
限界を超えた『付与』は内部から肉体を破壊していた。
損傷の度合いで言うならケラウノスより遥かにひどい。
今に周囲一帯を滅却せんとする白炎を回避するのは――不可能。
黒いのが悔し気な表情を浮かべているのが分かる。
ニィとケラウノスは悪意に満ちた笑みを浮かべる。
これまでの戦士の表情ではない、『怪物』の顔だった。
白炎はもはや己にも抑えられないほど、高まりそして・・・
滅却の炎の奔流が、階層全てを満たしそこに存在する一切合切を消滅させた。
--はずだった。
「往生際が悪いぞ、ケラウノス」
声の主に目を向ける。
黒いのの隣にいつの間にか立っていたそいつは、対照的に真っ白な姿をしていた。
その姿が目に入った瞬間、ケラウノスは背骨に氷を入れれたような寒気を感じていた。
奴の傍らには直径1M(メドル)程の黒球が浮かんでいる。
あれだ。あれが解き放たれた白炎を飲み込んだのだ。
「既に勝敗は決まったんだ。潔く死ね。」
視界が二つに分かれる。
何が起こったのかも分からないまま黄金の牡牛は黒い塵となって消失した。
◆
「お手を煩わせてしまい申し訳ございません。アトラ様」
ネフィリスは地面に頭をこすりつけるように、大仰に謝罪した。
死闘の後でさえブレない仲間の姿にアトラと呼ばれた青年は苦笑する。
「100階層の階層主に一人で勝ったんだ。十分過ぎるくらいさ。」
「アトラ様の助けがなければ、死んでいました。より一層精進いたします。」
主がしつこいことを嫌うのを知るネフィリスはそう締めくくった。
「さてと」
そう言って振り向いたアトラは階層の奥に目を向ける。
10M(メドル)はある巨大な穴、先の階層主はここを守護していたのだ。
つまり、この階層は最下層ではないということ。
もともと主神から聞いていた上、ここに来るのも3度目だ。
一度目は階層主を2人で倒し、2度目はアトラ単身で討伐した。
つまり、既に2度機会はあったのだ。
そして今日・・・
「ちょっと行ってくる」
「ラケシス様に100階以降での戦闘は禁じられていたはずでは?」
ラケシスとは二人の所属するファミリアの主神にして運命を司る最高神さえ恐れる神の名だ。
「戦いは禁じられているけど、様子見までは禁じられちゃいない。
敵の戦力を把握しないことには今後手の打ちようもないしね。」
ネフィリスは僅かに逡巡したのち、頷いた。
「承知しました。ご武運を。」
「だから戦いにいくわけじゃないって。」