追放された勇者の末裔が終末世界で便利屋を営む物語   作:祐。

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便利屋『ブレイズ』

 エデン地方 大都市『龍明(りゅうめい)』 正午

 

 大きなスクランブル交差点。立ち並ぶ高層ビル。広告が流れる街頭ビジョン。有象無象の人間が行き交う大群の中に紛れ、自分はそれとなくスマートフォンを取り出した。

 

 背景を撮影するかのように、自然体を意識して端末をかざす。旅行や冒険で記念撮影を行う習慣が社会的に根付いていたためか、こちらの行動を怪しむ人間は特に見受けられなかった。さも当然のような顔をしてアウトカメラを向けたのは、前方を歩く男女のカップル。手を繋ぎ、仲睦まじげに会話を弾ませる若者2人へピントを合わせていくと、自分は息を殺して気配を潜めながら躊躇いなくシャッターを切った。

 

 

 

 

 

 印刷した数枚の写真をバーカウンターの上に乗せ、向かいの席に座る女性へと差し出していく。

 

 寒色の照明がぼうっと灯る小さな室内。元はスナックだった居抜き物件を借りている自分は、当時のまま残されたバーカウンターやミニテーブル、カウンターイスなどを再利用して便利屋『ブレイズ』を経営していた。

 

 差し出された写真を手に取った女性は数枚のそれらに目を通し、落胆や失望といった感情の眼差しを浮かべながらため息混じりにそう答える。

 

「間違いありません。この男は私の夫です」

 

「写真のように、彼は知人の女性と外出を楽しんでおられました。こちらの写真には、向かい合ってキスをする様子。そして、こちらの写真にはホテルを出入りする2人の様子。不倫の証拠としては十分でしょう」

 

「永遠に君だけを愛するよと言ってくれたのに、どうしてこんなことに……」

 

「……後は依頼者様のお気持ち次第だと存じます。俺に手伝えるのはここまでです。ただどうか、ご自身の感情や立場を理解なされた上で、冷静な判断をしていただければと思います」

 

「便利屋さんって、素材集めや魔物の討伐だけじゃなくて、こういう仕事もしてくれるんですね。正直、侮っていました。調査していただきありがとうございました」

 

「またのご利用をお待ちしております」

 

 女性が退出し、カランカランという扉の鈴がどこか虚しく響き渡った。

 

 依頼主の姿を見送ると、自分は力が抜けるようにイスへ腰掛けた。“元勇者”として自分にできることを全うする。それは素材を集めてきてほしいという依頼から、特定の人物や環境生物などの調査、そして魔物討伐による戦闘まで多岐に渡る。それらをこなせる地力は“出身の関係”で備わっていたので、能力不足を理由に一族からの追放を受けてもある程度は便利屋稼業で補うことができていた。

 

 ただ、由緒正しい家系に生まれながらも勇者の称号をはく奪された今の自分に、劣等感を抱かざるを得ない。生まれ持った力で民に尽くす気高い生き様こそが自分の使命だと思っていた。しかし勇者一族の実態はピラミッド型の実力主義に支配されており、力無き者は身内であろうと無慈悲に切り捨てる横暴な振る舞いが目立っていた。

 

 かく言う自分も、振るわない功績を理由に一族を破門された立場の人間だった。周囲と比べて実力不足だったのは確かであるため、異論は無く虚無感に近しい心境で、無一文で外に放り出されたのも今となっては懐かしい。

 

 過去を顧みる自分は回転イスの背もたれに寄り掛かり、両腕を頭の後ろに組んでイスを左右に揺らしていた。それからも色々と思考を巡らせる。今月は赤字だからどこを節約しようか、今よりも実力をつけるにはどんな訓練が必要か、今の活動が人々の役に立てているのかどうか。様々な考えを飼い慣らすように脳裏で飛び交わせる最中にも、ふと玄関扉が開く鈴の音で我に返った。

 

 出入口に佇んでいたのは、白馬の王子様が如き真白の美青年だった。178ほどの背丈である彼は雪のように柔らかな白色ショートヘアーと真珠のように光る白色の瞳で、粉雪をまぶしたような色白の肌で飄々とした存在感を醸し出していた。服装は、ノースリーブで膝丈まであるフード付きの白色ロングパーカーと、尖った裾をタックアウトした黒色のYシャツ、黒色のボトムスにこげ茶色のブーツ、そして両腕に装着した篭手のような黒色の手袋という風貌でこちらを真っ直ぐと見つめている。

 

 瞳の奥に宿る絶対的な自信は、数々の成功体験によってもたらされた信念の炎となって揺らめいている。実際に自分は彼と面識があり、何とも歓迎し辛い複雑な表情で迎え入れたものだ。

 

「“アマノ”……」

 

「よ、“アレウス・ブレイヴァリー”。いや、今となっては便利屋『ブレイズ』の所長さんか」

 

「一族の最優秀勇者が、こんなところに何の用なんだ」

 

「そんな邪険してくれるなって、別にお前を蔑みに来たわけじゃない」

 

 アマノという勇者一族きっての優等生は、悪気のない笑みを浮かべながらカウンターイスに腰を下ろしてくる。ドカッと座って脚を組み、その上に手も組みながら美形からなる余裕の眼差しで言葉を続けてきた。

 

「元身内の様子を見に来たんだ」

 

「その嫌味を言うためにか?」

 

「懐かしいな、よくこういうやり取りをしていた。アレウス、お前の唯一の長所としてオレとの親交が深かったことを挙げられていたな」

 

「おかげさまで、あんたの扱いには慣れたもんだよ。一方で俺は比較対象として惨めな思いをし続けてきた」

 

「実際に実力は違うだろ。今でもオレの方が上だ」

 

「羨ましいよ。その自信もそうだし、色々と躊躇いが無いところも」

 

 正直なところ、アマノとは話していて疲れる。だが一族の仲間としてコミュニケーションは欠かさなかったし、追放された今でもその取り組みに対しては誇りを持ち続けていた。

 

 でも、本当に様子を見に来ただけなのか。それだったら、ただの冷やかしなんじゃないか。とか様々な思考を巡らせている所で、アマノはこちらの複雑な感情を読み取るように“それ”を切り出してきたのだ。

 

「昔のよしみとして、今日はちょっとした用事を頼みたくてここに来た」

 

「それって、つまり?」

 

「依頼だ。アレウスに頼みたい仕事がある」

 

 一族が誇る最優秀の勇者が、追放された落ちぶれの元勇者に、依頼?

 

 本気で理解が追い付かず、自分は唖然としながらアマノの話に意識を向けていく。

 

「賞金首の女を知っているか? 仕事柄、お前も噂で聞いてるだろ」

 

「“JUNO(ジュノー)”と呼ばれている超人? 中には怪人とかって話もあるけれど、共通して“紅の暴風”という異名が付いて回っているよね」

 

「そう! アレウス、お前には彼女の正体を明かしてほしい」

 

「一応訊ねるけれど、依頼する理由は一体?」

 

「一族が危惧してるんだ。名声がJUNOに掻っ攫われている」

 

「面目丸潰れだから、今の内に潰しておこうって魂胆か」

 

「一族はそう考えているんだろう。だがオレは違う!」

 

「その心は?」

 

「手合わせがしたい! そして、オレの方が強いことを証明したいんだ!」

 

「まぁ由緒正しい勇者一族からの依頼なんで、謹んでお引き受けいたします」

 

 諦めの感情が半分、といったところ。呆れとか疑念とかあらゆる感情を置いといて、仕事は仕事という割り切りを大事にした自分はアマノの依頼を引き受けることにした。

 

 こちらの回答に対して、彼はとても満足そうな表情を見せていた。

 

「お前なら断らないと思った! どんな言いつけも守ってはいたもんな」

 

「この世界は、行儀が良いだけでは生きていけないということを思い知らされたけどね」

 

「それは当たり前だろ。教養と一緒に技術も培わなけりゃ人間として成長できないからな」

 

「急に正論言われると、なんか余計に惨めな気持ちになるよ」

 

「でもお前は挫けたことないだろ。どんなに周りから馬鹿にされようとも、ルールは守り続けていた」

 

「もしかして、褒めてる?」

 

「思ったことを言っているだけだぞ? 今の状況だってそうだ。お前は諦めが悪いよな。一族から追放されても、こんな狭くて寂しい場所で細々と人助けを続けている。オレはその一貫性……そうだな、『信念』の強さを認めている。こいつは一族じゃ評価されなかった能力の部分だが、オレはその内面の強さをアレウスから教えてもらった。アレウス、お前はどんなに落ちぶれても変わらなかった。今日もそれを、この眼で確認できて良かったと思っている」

 

「色々と思うところはあるけれど、褒め言葉として受け取っておくよ。由緒正しき勇者一族からの賛辞ってことでさ」

 

 アマノは憎めないやつではあった。良くも悪くも自然体である彼の言葉にどこか報われたような気持ちすら芽生えてくる中で、その余韻を残すことなくアマノはおもむろに立ち上がり、飄々としたサマで出口に歩き出しながらそれを口にしてきたものだ。

 

「結果はどうであれ、お前の仕事ぶりには期待しているからな! また様子を見に来る。それまではお互いに使命を全うしよう! じゃあな!」

 

「お互いの使命を、ね。また後程」

 

 最後まで自信たっぷりなアマノが扉を開け、飾らない美青年は便利屋『ブレイズ』を立ち去った。カランカランという鈴の音が何気無く鳴り響く空間の中、自分は引き受けた依頼を調査するため『JUNO』という人物の正体を探るべく動き出した。

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