乙骨の妹   作:毎日読書

10 / 12
原作突入前に色々と書きたかったところを書きました。
原作開始は次回!


2018年4月

**反転術式**

 

医務室の窓から、午後の光が柔らかく差し込んでいた。

憐花はベッドの上で膝を抱え、少しだけ緊張した面持ちで座っていた。

家入はカルテを閉じ、椅子に腰を下ろすと、ふっと微笑んだ。

 

「憐花ちゃんはすごいね」

「領域が使えるなんて、驚いたよ。もしかして……反転術式も使えたりする?」

 

その問いに、憐花はぱっと顔を上げ、元気よく答えた。

 

「反転?できる!」

 

家入は目を丸くし、思わず笑みをこぼした。

 

「まじかー。ちなみに……アウトプットは?」

 

憐花は一瞬きょとんとした後、少し困ったように首をかしげた。

 

「……できない」

家入は「あー、なるほどね」と頷き、どこか納得したような表情を浮かべた。

 

まぁ、アウトプットは五条でも無理だからな。こればっかりは、才能がものを言うんだろう。

 

「でも、それで十分だよ。自分を癒せるってことは、私のところまで間に合わずに死んじゃうことはないってことだから」

 

家入の言葉に、憐花はよくわからないという風に笑った。

その笑顔を見ながら、家入はふと思う。

 

――でも、兄の憂太は使えるんだよな。もしかしたら、私が教えれば憐花も使えるように…。いや……使えない方が、幸せなのかもな。

 

 

**学生証**

 

その日も、医務室には柔らかな静けさが漂っていた。憐花は家入と一緒に過ごしていた。

そんな空間に、五条がひょっこりと現れる。

 

「……あ、やっぱりここにいた」

 

家入が振り返る。

「どうした、五条。何か用か?」

 

五条は軽く首を振りながら、視線を憐花に向けた。

「いや、用があるのは硝子じゃなくて……憐花」

 

「わたし?」

 

憐花が初めて五条に注意を向ける。

 

「はい、これ。学生証」

 

そう言って渡されたそれには、憐花の名前と写真、そして「四級」の文字が刻まれていた。

 

「おー……」と、少し感動したように憐花が声を漏らす。

その反応とは対照的に、家入は眉をひそめた。

 

「四級? なんでだ?」

 

五条に向き直り、疑問をぶつける。

「憐花ちゃんには、一級以上の実力があるだろう?」

 

家入の言葉に、五条は肩をすくめて答える。

 

「そこは、僕も同意なんだけど……上がうるさくてね。それに、実績がね……」

 

そう言いながら、五条は憐花に確認を取る。

 

「憐花はさ、呪霊を祓ったりしてたんだよね? それ、どれくらいの間やってた?」

 

「んー? 五年くらい?」

 

「五年か……それだけやってれば、どこかしらで目撃情報も挙がるはずだけどな」

 

家入がぽつりと反応する。

 

「どこらへんで活動してた?」

 

「全国!」

 

憐花は元気よく答える。

 

「全国か……なんか変装でもしてた?」

 

五条が首をかしげると、憐花は少し照れたように答えた。

 

「えっと……狐のお面をかぶってた」

 

「狐、狐……ああ、あれか!」

 

五条の目が見開かれる。

 

「数年前から全国各地で目撃されてた奴か。確かに憐花の術式なら納得だけど……ここ二年間は目撃情報がまったくなくて、死んだかと思ってた」

 

五条はちらりと憐花の顔を見て、少しだけ声の調子を緩めた。

 

「でも、等級が無駄に高いとさ、遊ぶ時間も減っちゃうし。四級くらいで、ちょうどいいんじゃない?」

 

五条がそう言って肩をすくめると、家入も苦笑しながら頷いた。

 

「まぁ……筋肉もかなり落ちてるし、体もまだ“健康”とは言いがたいからな。高い等級で危険な任務を任されるよりは、ずっとマシか」

 

二人の言葉に、憐花はきょとんとしながらも、笑っていた。

 

 

**お兄ちゃんとその同級生たち**

 

医務室の扉が静かに開き、乙骨憂太が顔をのぞかせた。

「憐花、ちょっといい? 紹介したい人たちがいるんだ」

 

憐花が顔を上げると、乙骨の後ろから3人の影が現れる。

 

「僕の同級生。みんな、すごくいい人たちだよ」

 

最初に前に出たのは、口元を覆った少年だった。

 

「狗巻君。呪言師の末裔で、言葉に呪力を込めて放つ術式を使うんだ。だから、普段はおにぎりの具しか喋らない」

 

憐花が目を丸くしていると、棘は静かに言った。

 

「しゃけ」

 

「それ、肯定の意味。“よろしく”ってこと」

乙骨が補足すると、憐花は「へぇ……」と小さく笑った。

 

次に前に出たのは、鋭い目つきの少女だった。

 

「真希さん。呪力はないけど、呪具の扱いは一級品。とても強くて、頼れる人だよ」

 

真希は腕を組んだまま、憐花をじっと見て言った。

 

「憐花、って呼ぶぞ。名字は、好きじゃないんだ」

 

「うん」

 

憐花が頷くと、真希は満足げにうなずいた。

 

最後に、丸い影がぴょこっと前に出る。

 

「パンダ君。……見たまんまのパンダだよ」

 

「よろしく、憐花ちゃん」

 

そう言って近づいたパンダは、憐花の耳元に顔を寄せ、こっそり囁いた。

 

「真希が君のお兄ちゃんのこと好きなんじゃないかって思ってるんだけど、どう思う?」

 

「え?」

 

戸惑う憐花に対して、真希はその優れた聴覚でパンダの囁きをしっかり拾っていたらしく、即座に睨みつける。

 

「何おかしなこと言ってんだ!!馬鹿野郎!!!」

 

「照れるなよ!真希!」

 

「おーし、ここで息の根止めてやる!」

 

憐花はそのやりとりに目を丸くしながらも、少しだけ笑った。

 

乙骨はその様子を見て、ほっとしたように言った。

 

「みんな、ちょっと変だけど……優しい人たちだから。安心して」

 

憐花は、彼らの距離感に戸惑いながらも、どこか懐かしいような温かさを感じていた。

 

 

**現状唯一の同級生、伏黒**

 

医務室の扉が開き、五条悟が顔をのぞかせた。

「おーい、憐花。ちょっと来てくれる?」

 

憐花が顔を上げると、五条の後ろに一人の少年が立っていた。

 

ツンツン頭に鋭い目つき。無表情で、どこか冷たい空気をまとっている。

 

「紹介するね。伏黒恵。君の同級生になる子だよ」

 

憐花はぱちぱちと瞬きをして、思わず口にした。

 

「……二人しかいないの?」

 

五条は肩をすくめて笑った。

 

「今のところはね。釘崎って子が6月から入学予定だから、もう少ししたら三人になるよ」

 

「そっか…」

 

憐花は伏黒をちらりと見る。伏黒は特に表情を変えず、静かに言った。

 

「さっき五条先生が言ったが、俺は伏黒恵だ。お前は?」

 

その声は低く、淡々としていた。

 

「お、乙骨憐花…です」

憐花も少し戸惑いながら返す。伏黒の目がわずかに動く。

 

「乙骨?……お前、乙骨先輩の妹なのか?」

 

「う、うん」

「……そうか」

 

五条は二人の様子を見て、満足げに頷いた。

 

「ま、人数は少ないけど、その分絆が深まるでしょ。仲良くやってね」

 

伏黒は五条の言葉に反応せず、黙った。

憐花は、彼の無表情な横顔を見つめながら、胸の奥が少しだけざわついた。

 

静かすぎる。声も、目も、空気も。

 

(……こわい)

 

そう思ってしまった自分に、憐花は少しだけ戸惑う。

伏黒は何もしていない。ただ、静かに立っているだけなのに。

 

でも、だからこそ怖いのだ。

何を考えているのか、まったくわからない。

 

五条がその空気を察したのか、軽く笑って言った。

 

「恵はね、無愛想だけど悪いやつじゃないよ。むしろ、めちゃくちゃ優しい」

 

伏黒は何も言わず、ただ視線を外した。

 

憐花は、五条の言葉に少しだけ安心しながら、伏黒の背中を見つめた。

 

(……優しいのかな。ほんとに?)

 

まだわからない。

でも、少しだけ知りたいと思った。

 

**

 

医務室を出て、廊下を歩きながら五条が笑いをこらえるように言った。

 

「くく、恵、怖がられてたね。あの子、ちょっと引いてたよ?」

 

伏黒は表情を変えず、淡々と返す。

 

「知れませんよ、そんなこと」

 

「冷たいねぇ。もうちょっと柔らかくいこうよ、初対面なんだから」

 

「……というか、今年の入学者は二人だったはずです。乙骨先輩の妹が入学するなんて、聞いていませんよ」

 

五条は肩をすくめて、視線を逸らす。

 

「まぁ、いろいろあったんだよ。大人の事情ってやつ?」

 

伏黒は眉をひそめる。

 

「……そういう曖昧な説明、嫌いです」

 

「わかってるって。でも、憐花はちゃんと実力あるし、君とも相性悪くないと思うよ。たぶん」

 

「“たぶん”ですか」

 

「うん、“たぶん”。でも、君が怖がられてるのは確定だね」

 

「……」

 

伏黒は黙って歩き続けた。

五条はその背中を見ながら、笑っていた。

 

 

**お兄ちゃん、海外へ出張**

 

特級呪術師に返り咲いた、乙骨憂太の海外派遣が決まったのは、春の風がまだ冷たい頃だった。

 

「お兄ちゃんが海外に?」

 

医務室でその話を聞いた憐花は、ぽかんと口を開けたまま、しばらく言葉を失っていた。

 

「うん。正式に決まったよ」

五条が軽く言う。

 

「今まで特級は僕だけだったけど、憂太が加わったことで、ちょっと面倒なことになってね。総監部がうるさくてさ」

 

「……なんで面倒なの?」

 

「僕と総監部は、昔から仲が悪いの。そこに僕の“派閥”みたいな特級が増えたもんだから、警戒されちゃって」

 

「それで……海外に?」

 

「そう。去年の十二月に戦った夏油の仲間、ミゲルって呪詛師が持ってた呪具が気になっててね。憂太にはそれを探してもらう予定」

 

五条は軽く笑っていたが、憐花の表情は曇っていた。

 

「……やだ」

 

「え?」

 

「やだやだやだやだやだ!!」

 

次の瞬間、憐花は椅子から飛び降りて、憂太の袖をぎゅっと掴んだ。

 

「お兄ちゃん行っちゃやだ!! やだの!!」

 

憂太は目を丸くする。

 

「憐花……」

 

「だって、だって……ようやく一緒にいられるようになったのに……!」

 

声が震え、涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。

憂太はそっと憐花のそばにしゃがみこみ、優しく頭を撫でた。

 

「憐花、大丈夫だよ。すぐ戻るから」

 

「すぐって、どれくらい!? 一日!? 三日!? 一週間!? 一年!? ……一生だったらどうするの!?」

 

憐花は泣きながら、憂太の胸に顔を埋めた。

 

「お兄ちゃんがいないと、さびしいの……」

 

その言葉に、憂太は少しだけ目を伏せた。

 

「うわぁぁぁぁああぁぁぁ……!」

 

ついに声を上げて泣き出す憐花を、憂太はそっと抱きしめる。

 

「ごめん、ごめん……」

 

ただ、何度も謝るしかなかった。

 

その背中を、五条は静かに見守っていた。

 

 

**兄のいない日々**

 

憂太が海外に派遣されてから、憐花は医務室に入り浸るようになった。

家入がいる場所が、憐花にとっての「安全地帯」になっていた。

 

「ママ、今日もここにいていい?」

 

「……別にいいけど、授業は?」

 

「……あとで行く」

 

家入はため息をつきながらも、憐花の髪をそっと撫でる。

その手つきは、拒絶でも許容でもなく、ただ静かな肯定だった。

 

**

 

家入が仕事で席を外したある日、医務室の扉にもたれながら五条が言った。

 

「憐花、憂太は憂太で頑張ってるんだから、君もそろそろ自分の足で立たないとね」

 

「……立ってるもん」

 

「それは物理的な話でしょ。心の話だよ」

 

憐花は黙ってしまう。

五条は笑いながらも、どこか真剣な目をしていた。

 

「憂太が帰ってきたとき、君が泣いてばかりだったら、きっと悲しむよ」

 

「……泣いてないもん」

 

「泣いてたよ。昨日も一昨日も」

 

憐花は顔をそむけた。

五条はそれ以上何も言わず、ただ静かに医務室を後にした。

 

**

 

ある日、伏黒が医務室に顔を出した。

 

「……お前、授業に来てないだろ」

 

「……うん」

 

「あまり、家入先生に迷惑かけるなよ」

 

「……うん」

 

伏黒はそれだけ言うと、憐花の隣に座った。

 

「……ずっと何をしている?」

 

「何も」

 

「じゃあ、外に出るぞ」

 

「……やだ」

 

「……だったら、窓を開ける」

 

伏黒は黙って窓を開けた。春の風が、少しだけ医務室に入り込んだ。

憐花はその風に目を細めて、ぽつりと呟いた。

 

「……お兄ちゃん、元気かな」

 

伏黒は何も言わなかった。

憐花は、ただ、風の中に憂太の気配を探すように、遠くを見ていた。

 

その横顔は、まだ幼くて、まだ頼りなくて、

けれど、ほんの少しだけ、風に向かって立とうとしていた。




そのうち、主人公を水風船とかゴムボールで遊ばせたいな。
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