乙骨の妹   作:毎日読書

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こっそり投稿(約一か月ぶり)


呪胎戴天・前編

記録―――2018年7月

     西東京市 英集少年院

          運動場上空

 

     特級仮想怨霊(名称未定)

     その呪胎を非術師数名の目視で確認

     緊急事態のため高専一年生4名が派遣され

 

     内1名 死亡

 

 ***

 

 一年生4人と補助監督1人の計5名が少年院前に集まった。

 

 「我々“窓”が呪胎を確認したのが3時間前。避難誘導が9割完了した時点で、現場判断により施設は閉鎖されました」

 「受刑在院者第二宿舎」

 「5名の在院者が現在もそこに呪胎と共に取り残されており、呪胎が変態を遂げるタイプの場合、特級に相当する呪霊に成ると予想されます」

 

 補助監督・伊地知清高の説明に、一年生たちは緊張を強めていた。

 伏黒と釘崎は「特級」という言葉に、憐花は初めての共同任務に。

 そして、虎杖は――

 

 「なぁなぁ、俺特級とかまだイマイチ分かっていねぇんだけど」

 

 まるで緊張感がないというか、そもそも状況を理解していなかった。

 その無邪気な反応に、場の空気が少しだけ和らぐ。

 

 そこで、伊地知が虎杖に説明する。

 

 「通常兵器が通用すると仮定すると、4級は木製バットっで余裕。3級は拳銃があればまぁ安心。2級(準2級)は散弾銃でギリ。また、ここが君たちが対応できる限界です。準1級以上では戦車でも心細くなり、特級では、クラスター弾でも絨毯爆撃でトントンです」

 

 「ヤッベェじゃん」と言う虎杖に、伏黒が説明を補足する。

 

 「本来呪霊と同等級の術師が任務に当たるんだ、今回の場合だと五条先生とかな」

 

 その言葉を聞き、周囲をキョロキョロと見渡す虎杖。

 

 「で、その五条先生は?」

 「出張中。そもそも高専でブラブラしてていい人材じゃないんだよ」

 

 伊地知も言葉を継ぐ。

 

 「この業界は人手不足が常。手に余る任務を受け負うことは多々あります。ただ今回は緊急事態で異常事態です」

 

 そして、声を引き締めて言い切った。

 

 「絶対に戦わないこと」

 

 「特級と会敵した時の選択肢は逃げるか死ぬかです」

 

 「自分の恐怖に素直に従ってください。君たちの任務はあくまで生存者の確認と救出であることを忘れずに」

 

 その真剣な言葉に、伏黒・釘崎・虎杖の三人は静かに頷いた。

 憐花も耳を傾けてはいたが――

 

 (…始めての共同任務。頑張ってママに褒めてもらおう)

 

 ほとんど聞いていなかった。最近の任務は4級ばかりだった。殴れば消えるような、形だけの呪霊。故に、感覚が鈍っていた。

 それに、“僕”がいる。いざというときは、きっと助けてくれる。そういう確信めいたものが、言葉にならないまま胸の奥に沈んでいた。

 

 だから、伊地知の「絶対に戦わないこと」という言葉にも、憐花は特に表情を変えなかった。

 彼女は、強い。だからこそ、危機感が薄い。だからこそ、油断している。

 

 そのとき、トラテープの外側から、一人の中年女性が声を挙げた。

 

 「あの…、あの!!」

 「正は、息子は大丈夫なんでしょうか」

 

 虎杖は言葉を失ったが、伊地知が前に出る。

 

 「面会に来ていた保護者です」

 

 そして、虎杖に向けて小声で補足しながらも、女性に向かって冷静に告げる。

 

 「何者かによって施設内に毒物が撒かれた可能性があります。現時点でこれ以上のことは申し上げられません」

 

 その言葉に、女性は「そんな…」と呆然と涙を流した。

 その姿を見て、虎杖は拳を握りしめ、気合を入れた。

 

 「伏黒、釘崎、乙骨。助けるぞ」

 

 伏黒は無言のまま視線を前に向け、釘崎は「当然」と力強く応じる。

 憐花も一拍遅れて、返事する。

 

 「……頑張る」

 

 その声は小さく、彼女の瞳は、ぼんやりとしていた。

 憐花は、静かに、自然体でそこにいたのであった。

 

 ***

 

 受刑在院者第二宿舎前にて

 

 伊地知が帳を下ろし、周囲が暗くなっていく。

 

 「夜になっていく!」

 

 虎杖が小さく感動の声を上げる。そんな虎杖に伏黒が淡々と帳の仕組みを説明し、釘崎は「無知め」と呟いて肩をすくめた。

 

 そのやり取りの少し後ろで、憐花は黙って建物を見つめていた。

 視線の先、宿舎の奥から漂う呪力の気配を、大まかではあるが捉えていた。

 

 (……特級が一つ。2級か3級が、いくつか)

 

 呪力量から察する限り、特級は特級の中でも下位。

 それでも、三人で対処するには荷が重いかもしれない。

 憐花は、初めて共に任務にあたる同級生たちのことを思った。

 

 呪霊の強さは、基本的に呪力量に比例する。

 もちろん術式や性質によって例外もあるが、目安にはなる。

 だが、術師の強さはそれだけでは測れない。

 

 たとえば――五条と乙骨。

 呪力量だけを比べれば乙骨の方が上だろう。

 けれど、実力はおそらく五条の方が上だ。

 術式、呪力操作、練度、経験。術師の力は、複雑に絡み合って決まる。

 

 だからこそ、憐花にはわからなかった。

 伏黒、釘崎、虎杖――三人の「本当の強さ」が。

 彼女はこれまで、単独任務しか経験していなかった。

 誰かと連携することも、誰かに判断を委ねることもなかった。

 

 だからこそ、判断を誤った。

 

 正直言って、この任務は憐花一人で片がついた。

 影分身を大量に生成し、物量で押し切れば終わる。

 特級も、彼女にとっては脅威ではなかった。

 

 勝てた。

 だけど、彼女は動かなかった。

 

 この場で最も等級の高い伏黒が、自然と指揮を執った。

 憐花は、それに従った。とりあえず、ついていこうと。

 深く考えたわけではない。ただ、そういう流れだった。

 

 不幸があったとすれば――伏黒が、憐花の実力を知らなかったことだろう。

 

 そして、憐花自身もまた、自分が「知られていない」ことに、特に疑問を抱かなかった。

 

 それは、ほんの小さなすれ違いだった。

 誰も悪くなかった。

 誰も、間違っていなかった。

 

 けれど――だからこそ、運命の歯車はより一層狂い始める。

 

 ***

 

 建物内は、特級呪霊による生得領域の展開によって空間が歪んでいた。

 先ほど通ってきたはずの扉は、もうどこにも見当たらない。

 

 だが、憐花は特に動じなかった。

 術式の付与は確認できず、空間の構造も不完全。

 領域展開を扱えない、弱い部類の特級――そう判断した憐花は、むしろ安心していた。

 

 (……これなら、何とでもなる)

 

 一方、他の三人は明らかに動揺していた。

 特に虎杖と釘崎は「どうしよう」「なんだこれ」と、領域の異常に翻弄され、謎に踊り始めている。

 その様子を見て、憐花は首を傾げた。

 

 (術式も付与されてないのに……なんでそんなに戸惑ってるの?)

 

 不思議だった。

 そして、ようやく気づきかけていた。

 三人の実力が、思っていたよりもずっと低いのではないか――と。

 

 そもそも、伊地知の説明をきちんと聞いていれば、三人が特級に及ばない術師であることは明白だった。

 だが、憐花は聞いていなかった。

 聞く必要があるとも、思っていなかった。

 

 もしこのとき、憐花が一人で動いていれば、何かが変わっていたかもしれない。

 

 けれど、伏黒が「進もう」と言った。

 その一言で、憐花の思考は中断された。

 そして、4人は歩き始めた。

 

 道中、4人の間に言葉はなかった。

 ただ慎重に、沈黙のまま進んでいく。

 そして――見つけてしまった。

 

 救出対象だった5人のうち、3人の遺体。

 損傷は酷かった。

 二人は団子のように丸められ、もう一人は下半身がなかった。

 その服には「岡崎 正」と名前が書かれていた。

 

 虎杖はその名を見て、外で息子の無事を祈っていた中年女性の姿を思い出した。

 そして、遺体を持ち帰ると言い出す。

 

 だが、伏黒は「置いていけ」と即座に否定した。

 二人はその場で口論を始める。

 

 「いい加減にしろ」

 

 釘崎が苛立ちを隠さず、二人の間にズカズカと割って入る。

 

 その三人を、憐花は少し離れた場所から見ていた。

 呪霊の気配が近づいていた。

 特級が、もうすぐそこに。

 そして、2級・3級クラスの呪霊たちの気配が、釘崎の足元――まさにその真下から、密集して湧き上がっていた。

 

 (……こんな状況で口論なんて。余裕あるな。やっぱり三人は強いのかな)

 

 そう思って、憐花は特に口を挟まなかった。

 もともと、自己主張の強い性格ではない。

 それに、彼らの判断を信じてもいいかもしれない――そんな気持ちも、どこかにあった。

 

 だが次の瞬間、釘崎の足元がトプンと沈み、彼女の身体が闇に飲まれ始めた。

 伏黒が呼び出した式神も、何かに殴られたように攻撃を受けていた。

 

 (……やっぱり、弱かった)

 

 ようやく、憐花は気づいた。遅すぎる気づきだった。

 

 すでに分身体を生成する時間はない。

 憐花は選択を迫られる。

 

 釘崎を追って闇に飛び込むか。

 それとも、彼女を一度見捨てて、迫る特級を迎え撃つか。

 

 憐花が選んだのは――釘崎だった。

 

 一見、2級や3級の雑魚呪霊が群れているように見えたが、数が多すぎる。

 そして、近づいたことでわかった。

 その中に、ひとつだけ“よくわからない”気配が混じっている。

 

 それに、特級の方はまだ“弱い部類”だ。

 虎杖と伏黒がいれば、少なくとも時間稼ぎくらいはできるはず。

 

 だから、憐花は短く二人に告げた。

 

 「特級、来てるよ」

 

 それだけ言い残し、彼女は釘崎を追って闇に飛び込んだ。

 

 ***

 

 その空間は、濃密な暗闇に包まれていた。

 憐花は即座に呪力の流れを探り、周囲の気配を感知する。

 そして、暗闇の正体を見破った。

 

 (……視界を封じる簡易領域、か。面倒)

 

 前方はほとんど見えない。どう動くべきか、少しだけ悩む。

 そのとき――釘崎の声が、闇の中に響いた。

 

 「ちょっと…!どこよここ。真っ暗で何も見えないじゃない!」

 

 戸惑いながらも、呪霊の気配を察知した釘崎は即座に構えを取る。

 そんな彼女に、少し離れた位置から憐花が声をかけた。

 

 「釘崎…さん…。大丈夫ですか?」

 「うわっ。って憐花じゃない!? あんたも巻き込まれたの?」

 

 巻き込まれたわけではなかった。自分の判断で来た。

 けれど、いちいち説明するのが面倒で――

 

 (……うん。まあ、そんな感じでいいや)

 

 曖昧に頷くだけで済ませた。

 

 釘崎の焦りとは対照的に、憐花の声は静かで、どこか眠たげだった。

 闇の中、呪霊の気配がじわじわと濃くなっていく。

 釘崎は警戒を強め、憐花はその様子を横目に、“本命”の気配がまだ現れていないことを確認していた。

 

 (……数は多いけど、質は低い。問題は、暗闇を作ってるやつの位置がわからないこと)

 

 そのとき、釘崎の背後で何かが蠢いた。

 憐花が助けようと一歩踏み出した瞬間、釘崎が俊敏に反応し、釘をハンマーで打ち込む。

 

 (おお、これくらいは反応するんだ)

 

 少し感心しながら、憐花はそのまま影分身を展開し、戦闘に加わった。

 だが、数が多すぎる。いくら倒しても、次から次へと湧いてくる。

 

 (だるい……もう全部まとめて吹き飛ばす)

 

 そう思い、憐花は釘崎に声をかけた。

 

 「釘崎…さん…は、範囲攻撃できますか?」

 「ん? 釘崎でいいわよ。それに、もっとため口でいいってば。で、範囲攻撃は――私は無理よ」

 「……わかり、わかった。じゃあ、わたしの近くに来て。全部吹き飛ばす」

 

 淡々と、けれどどこか楽しげに。憐花の声が、闇の中に溶けていく。

 憐花が生み出した分身たちは、本体と釘崎の周囲に集まり、盾のように身構えていた。

 ただ、一体だけが呪霊のすぐ近くに残っていた。

 

 「分身たち、呪力を注ぐよ」

 

 本体の言葉に応じ、分身たちは次々と呪力をその一体へと注ぎ込んでいく。

 

 これから行う技は、もともと螺旋丸の修行の副産物として生まれたものだった。きっかけは些細なひらめき――水風船に水を注ぎすぎて破裂した瞬間を見たとき、憐花は考えた。

 

 (……影分身には呪力の許容量がある。それを超えて注ぎ続けたら、どうなる?)

 

 修行がうまくいかず、気晴らしのように試した発想だった。だが、その結果は想像以上の威力を持っていた。

 

 「結界を張ったから、ここから出ないで。しゃがんでいた方がいいかも」

 

 釘崎へそう忠告すると、憐花は一気に呪力を注ぎ込んだ。

 技の名は――『命堕爆破』。まるであの有名なメガ○テのような自爆の術である。

 

 轟音が空間を揺るがし、結界は崩壊した。だが、結界と分身たちが盾となったことで、二人に傷はなかった。

 呪霊たちは一掃され、簡易領域を展開していた奴も祓われたようで、濃密な闇が晴れていく。

 憐花はすぐに特級の方へ向かわねばと考え、釘崎はただ呆然とその威力に目を見張っていた。

 

 そのとき――壊れた扉の向こうから伏黒が駆け込んできた。

 

 「大丈夫か、お前ら!」

 

 伏黒は二人の無事を確認すると、焦りを隠さぬ表情で声を張り上げた。

 

 「いますぐ、この領域から出るぞ!!」

 

 **脱出途中**

 

 伏黒の式神である黒狼の案内で、出口へ向かう伏黒と釘崎、憐花の三人。

 その途中で、釘崎が声を張り上げた。

 

 「ちょっと、何を焦ってるの! っていうか、虎杖は!?」

 

 問い詰める釘崎に、伏黒が叫ぶように答える。

 

 「呪胎が変態して特級になっていた!そこで、虎杖が宿儺に代わって、特級に宿儺をぶつける!だが、宿儺は俺らを真っ先に狙う!だから、この領域から出ようとしてるんだ!!」

 

 その言葉に釘崎が噛みつく。

 

 「はぁ!? まさか虎杖を特級の前に置いてきたの!? それに宿儺をぶつけるって、そんな――」

 「しょうがねぇだろ! 相手は特級だぞ!!」

 

 伏黒の声は荒い。

 

 「これは虎杖の提案だ。俺だってやりたくてやってるわけじゃない。でも、全滅よりはましだ。それに、俺たちがこの領域から抜け出せれば、その分虎杖は早く宿儺に代われる!」

 

 言い争う二人を横目に、憐花は静かに思う。

 

 (……わたしなら特級を倒せるって言っても、信じてもらえないだろうな。呪力感知で特級と虎杖の居場所はわかるけど……。うーん、伏黒の言う通りにしておいて、最悪の場合は全部“僕”がぶっ飛ばせばいいや)

 

 憐花は――脳筋であった。

 

 **虎杖と特級**

 

 その頃、虎杖は満身創痍だった。

 左手は手首から先が失われ、右腕は肩から丸ごと欠損していた。血は止まらず、立っているのもやっとの状態。

 特級が弄ぶように攻撃しているから、まだ命は繋がっていたが――その気になれば、いつでも殺せる。

 決死の抵抗も通じず、虎杖は半ば諦めの念を抱いていた。

 

 (皆が脱出するまで宿儺には代われない。でも、このままじゃ宿儺に代わる前に死ぬ)

 

 アオオオオオン! アオオオオオン!

 

 そのとき、虎杖の耳に狼の遠吠えが届いた。伏黒の合図だ。虎杖は迷わず、宿儺へと身を委ねる。

 

 「……つくづく、忌々しい小僧だ」

 

 苛立ちを隠さぬ宿儺が姿を現す。その瞬間、特級呪霊は――生まれて初めて、恐怖を覚えた。




このたびは投稿が遅れてしまい、誠に申し訳ございません。
十一月は体調不良に見舞われ、思うように執筆が進まず大変な状況でございました。
さらに、気力もなかなか湧かず、筆を取ることができない日々が続いてしまいました。

久しぶりの執筆となりましたので、もしキャラクターの描写に違和感を覚えられましたら、どうかご容赦いただければ幸いです。
また、読者の皆さまにおかれましても、体調には十分お気をつけてお過ごしくださいますようお願い申し上げます。

(それっぽい丁寧な言葉で読者に許しを乞う作者。投稿が遅れてすまん!)
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