それは、作者にすらわからない。
ただ、流れに身を任せて書いてきた。
その場のノリで、感情のままに。
気づけば、思った以上に遠くまで来てしまった――。
……なんで、オリ主がひきこもっているんだ?
side : 憂太
扉一枚隔てた向こう側に、憐花の気配がある。声は聞こえる。けれど、そこにいるのが本当に「妹」なのか、僕にはもう確信が持てなかった。
家入さんの言葉が頭の奥で何度も反響する。「多重人格の可能性もあるかもしれない」。その一言が、僕の中の何かを静かに崩していった。
あの頃の憐花は、笑っていた。母の作るハンバーグが好きで、僕の描いた落書きに「変なの」と笑ってくれた。あの温かかった家族の記憶が、今はまるで遠い夢のように霞んでいる。
僕は、壊してしまったのか?
その問いが胸の奥で膨らみすぎて、言葉になって漏れた。
「君は……本当に僕の妹なのか?」
言った瞬間、空気が凍った気がした。自分の声が、あまりに冷たく響いてしまったことに気づいて、僕は慌てて言い添えようとした。
「今のは……」
けれど、僕の言葉を遮るように、扉の向こうから憐花の声がした。
「やっぱり、バレちゃうのか」
その声には、怒りも悲しみもなかった。ただ、諦めと、深い疲れが滲んでいた。まるで、長い間隠し続けてきた何かが、ようやく終わったかのように。
僕は扉に手を添えた。冷たい木の感触が、現実を突きつけてくる。
「憐花……?」
少しの沈黙のあと、扉の向こうから声が返ってきた。
「いいよ、入ってきて。お兄ちゃんには憐花ちゃんも拒絶はしていないようだから」
その言葉に、僕は息を呑んだ。憐花“ちゃん”――その言い方が、何かを暗示しているようで、胸がざわついた。
ゆっくりと扉を開ける。軋む音が、やけに大きく響いた。
部屋の中は、薄暗かった。カーテンは閉められ、空気は重い。ベッドの上に座っている妹――憐花は、数年ぶりに見る姿とはまるで別人だった。背が伸びていた。髪も長く、肩を越えて流れていた。でも、その目の下には深いくまが刻まれ、頬はこけて、腕は細く、まるで影のようだった。
それでも、彼女は微笑んだ。
「久しぶり。もしくは……初めましてかな? お兄ちゃん」
その声は、柔らかくて、でもどこか遠かった。懐かしさと違和感が同時に胸に押し寄せて、僕は言葉を失った。
何かを言わなきゃと思うのに、喉が動かない。目の前にいるのは、確かに憐花のはずなのに――僕の知っている憐花ではない。
僕はただ、立ち尽くしていた。扉の向こうにいた妹が、今は目の前にいるのに、距離は縮まっていない気がした。
そして、彼女の瞳が静かに僕を見つめていた。まるで、僕の中の葛藤をすべて見透かしているように。
「さてと、お兄ちゃんはどこまで僕のことを知っているのかな?」
憐花の声は、どこか軽やかだった。けれどその裏にあるものは、僕にはすぐにわかった。試すような響き。探るような間。まるで、僕の覚悟を測っているかのようだった。
僕は喉がひりつくのを感じながら、何とか言葉を絞り出した。
「憐花が……多重人格かもしれないってことだけ」
その声は、自分のものとは思えないほど小さかった。まるで、言葉にすることで現実になってしまうのが怖かったかのように。
憐花は少しだけ笑ったようだった。けれど、それは喜びではなく、どこか遠い場所から響いてくるような、乾いた音だった。
「そう……」
短くそう言ったあと、彼女は少し間を置いて、静かに問いかけてきた。
「お兄ちゃんは、どこまで聞きたい?」
その言葉に、僕は迷わなかった。
「憐花が話せることなら……全部」
言いながら、僕は自分の中で何かが変わったのを感じた。逃げないと決めたんだ。目を逸らさないと決めた。たとえ、そこにあるものが僕の知っている憐花じゃなかったとしても。
向き合うと決めたんだ。妹のすべてに。
憐花は、ベッドの上で静かに僕を見つめていた。その瞳の奥には、いくつもの感情が渦巻いていた。悲しみ、怒り、諦め、そして――ほんの少しの希望。
部屋の空気が、少しだけ動いた気がした。
そして、彼女は口を開いた。
「むかしむかし、まぁ、そんなに昔じゃないけど」
憐花の声は、物語を語るように穏やかだった。けれど、その穏やかさが逆に僕の胸を締めつける。
「一人の幼い女の子がいました。女の子は優しい両親と兄に大切に育てられ、とても幸せな日々を送っていました。でも、そんなある日、兄が病気でたおれちゃいました」
始めは、なんの話だろうと思った。でも、聞いていくうちにわかった。これは憐花の話だ。
「女の子は心配しました。兄は大丈夫だろうかと。しばらくは、兄のいない生活が始まりました。しかし、兄は病気が治り帰ってきました。その隣に一人の女の子を連れて。その女の子は里香ちゃんといいました」
「幼い女の子は始めは里香ちゃんのことが好きではありませんでした。大切な兄を取られたと思ったのです。だけど、三人で遊ぶようになると、女の子はすぐに里香ちゃんのことが好きになりました。姉と慕うほどに」
そんなふうに思っていたなんて、僕は知らなかった。憐花が、僕を取られたと思っていたなんて。
「だけど、里香ちゃんは死にました。呪いを残して。かつての幸せが一転し、悲しくてつらい日々の始まりです」
僕は、つい言ってしまった。
「あれは、里香ちゃんが残したんじゃない。僕が……」
呪いをかけたんだ――そう言おうとした瞬間、憐花が言葉をかぶせるように言った。
「僕は知っているよ。だけど、憐花ちゃんは知らなかった。それが全て」
その言葉に、僕は息を呑んだ。
里香ちゃんが呪いになってしまった理由は、憐花には伝えていなかったはずだ。手紙にも、あの夜のことにも、何も触れていない。なのに、彼女は知っていた。
それに――その言い方。
「憐花ちゃんは知らなかった」
まるで、憐花の中に“憐花ちゃん”という別の存在がいるかのような響きだった。やはり、人格が複数あるのか。そう思った瞬間、胸の奥がひやりと冷えた。
過去のことだ。もう終わったはずの話だ。そう思いたいのに、憐花の語り口と、その目の奥にある何かが、僕の心をざわつかせる。
憐花に何が起こったのか――僕は、少し怖くなった。
「続けるよ」
「女の子は始めは悲しみました。だけど、しだいに恐怖するようになりました。兄に憑りつく呪いを。呪いからは、親しかった姉の声がします。だけど、そんな呪いが女の子を傷つけます。呪いが暴れたときは痛かったそうです。でも、一番つらかったのは別のことです」
僕は眉をひそめる。別のこと?
「呪いは言った。女の子のことを邪魔者だと、兄と一緒にいるには邪魔だと言ったそう。そんな声が毎日続く。そんな中、家族もおかしくなっていきます」
な……そんなことを、里香ちゃんが?
成仏するときに、憐花ちゃんにはひどいことを言ってしまったから謝りたいと、そう言っていた。だけど、まさかそんな言葉を――毎日、憐花に浴びせていたなんて。
僕は、目の前が真っ暗になっていくのを感じた。
「そして、女の子は思いました。邪魔なわたしが消えればいいのだと」
憐花の声は、静かだった。あまりに静かで、僕の心に深く突き刺さった。
「そして、僕が生まれた」
僕は何も言えなかった。
憐花の語りは終わった。けれど、僕の中では何かが崩れ続けていた。
妹は、僕の知らないところで、ずっと苦しんでいた。僕が守りたかった家族の中で、僕が守れなかった妹が、ひとりで闇に沈んでいた。
僕は、ただ黙っていた。言葉が出なかった。目の前の憐花を見つめながら、心の奥が濁っていくのを、止められなかった。
それは罪悪感でも、後悔でもない。もっと曖昧で、もっと重いものだった。
僕は、何も知らなかった。
そして今、ようやく知った。
しばらく、沈黙が続いた。
部屋の空気は重く、時計の針の音すら聞こえそうなほど静かだった。憐花は俯いたまま、何も言わない。僕も、何を言えばいいのかわからなかった。
「今日はここで終わりにする?」
憐花がぽつりとそう言ったとき、僕は思わず「まだあるのか」と感じてしまった。正直、もう限界だった。心は擦り切れそうで、頭も追いついていない。
だけど、よくよく考えれば、まだわかっていないことがある。
目の前のこの子が、なぜひきこもってしまったのか。
語られた話は、数年前のことだ。憐花が部屋に閉じこもるようになったのは、ほんの半年前。ならば、今の彼女を形作った何かが、まだ語られていない。
僕の許容範囲なんて、とっくに超えている。けれど――話しているのは、僕じゃない。憐花だ。
語るたびに、過去を引きずり出して、痛みをなぞっているのは彼女だ。僕より、ずっとつらいはずだ。
だからこそ、僕はこれくらい受け止めなきゃいけない。
「いや、憐花が大丈夫なら、聞くよ」
言葉にしてみると、思ったよりも静かだった。でも、そこには確かな覚悟があった。
僕は、逃げない。憐花が語るなら、僕は最後まで聞く。
それが、兄としての僕にできる、唯一のことだから。
「僕は全然平気。今の話は憐花ちゃんのことだから」
その他人行儀な言い方に、僕は胸の奥がざわついていた。
――いくら別人格だとしても、苦しんでいたのは憐花だ。その痛みを、切り離すことなんてできない。
僕は、彼女の精神状態を不安に思った。
語り口は穏やかだった。けれど、その穏やかさが逆に怖かった。まるで、感情を押し殺して、物語のように語ることでしか過去に触れられないような――そんな距離感が、僕の心を締めつける。
憐花は、どこまで自分を分けてしまったのだろう。
そして僕は、どこまで彼女を知らずにいたのだろう。
目の前にいるのは、確かに憐花だ。けれど、その瞳の奥にあるものは、僕の知っている妹とは違っていた。
「どこまで、話したっけ。ああ、僕が生まれたところか。憐花ちゃんと違って僕の話はそこまで大切じゃないんだけど」
そう言ってから、彼女――憐花の中の“誰か”は語り始めた。
「始め、僕は戸惑いました。なにしろ気づいたら知らない部屋にいて、知らない体で動いていたんだから」
僕は息を呑んだ。知らない体――それは憐花の体のことだ。つまり、彼女は憐花の中で目覚めた存在なのだ。
「何もわからなかった。だけど、そこの机の上にある日記を読んで、大体の状況は把握した」
憐花が指差す先を見る。そこにあるのは、小さい頃に両親が憐花に買ってくれた日記帳だった。表紙の角が擦り切れていて、懐かしい模様が浮かんでいた。
「そこからは、ただただ死なないために、そして憐花ちゃんを守るために頑張ったんだよ。ねぇ、お兄ちゃん。お兄ちゃんも見えているでしょ、呪霊が」
その言葉に、僕は思わず目を見開いた。
――やっぱり、憐花も見えていたのか。
「うん。見えているけど……死なないためって、もしかして憐花は呪霊退治でもしたの?」
心配になって、僕は問いかけた。妹がそんな危険なことをしていたなんて、想像もしていなかった。
「幸い、術式を持っていたからね」
その言葉に、僕は驚いた。
術式を持っていた――つまり、憐花は呪術師としての資質を持っていたということだ。しかも、それを使って呪霊と戦っていた。
僕の妹は、どこまで呪術を知っている?
どこまで、僕の知らない世界に踏み込んでいた?
その問いが、胸の奥で静かに膨らんでいく。
憐花は、僕の知らないところで、僕よりもずっと深く呪術の世界に触れていたのかもしれない。
そして、僕はその事実に、ただ立ち尽くすしかなかった。
「結構強くなったんだよ。僕はただ死にたくなかった。そして、僕は憐花ちゃんを守りたかった。だから、強くなったんだ。まぁ、もう僕の強さなんてどうでもいいけどね。」
その言葉には、誇りも自慢もなかった。ただ、静かな諦めと、守るために積み重ねた痛みが滲んでいた。
「強くなって、僕は調子に乗っていたのかな。僕はね、ずっと避けていたお兄ちゃんの様子を見に行こうとおもったんだよ。それが、半年くらい前だったかな」
僕は戸惑いながらも耳を傾けていた。半年前――それは憐花がひきこもり始めた時期と重なる。つまり、僕に会おうとしていた矢先に、何かが起きた?
「でね、見ちゃった。里香ちゃんを」
その言葉に、僕は困惑した。
「どこで?」
「どっかの小学校」
その言葉に僕は思い出す。僕の記憶がざわめいた。確かに、僕は小学校で子供たちと真希さんを助けるために、里香ちゃんに頼った。あの場所には僕たち以外誰もいなかったはずだ。何より、帳が張られていた。
「あそこには僕たち以外誰もいなかったはず。それに帳も…」
戸惑いながら言う僕に、憐花は静かに答えた。
「帳くらい、僕には覗くことは簡単だったよ」
その一言に、僕は言葉を失った。
帳を越えて視る力――それは、並の呪術師では持ち得ない。憐花は、僕の知らないところで、僕が思っていた以上に深く呪術の世界に踏み込んでいた。
その力を、誰にも知られず、誰にも頼らず、ただ生き延びるために使っていた。
「ここからが、大変なんだけどね。里香ちゃんを見た憐花ちゃんが狂っちゃったんよね」
あまりに軽く放たれたその言葉に、僕は絶句した。
「…狂った?」
思わず聞き返す。声が震えていた。
「うん。狂っちゃった。トラウマが刺激されたのかな、一気に精神が崩壊。最近は憐花ちゃんも持ち直してきていたし、大丈夫だとおもっていたんだけどだめだった」
その言い方は、あまりに淡々としていた。まるで、誰か遠くの人の話をしているかのように。
だけど語られているのは、僕の妹のことだ。憐花のことだ。
内容は重すぎる。精神の崩壊。トラウマ。
そして何より、語っているこの子――憐花の中の“この子”が、まるで他人事のように話していることが、僕にはどうしようもなく心配だった。
「僕はずーっと頑張ってきた。ずーっと。知らない人たちに囲まれて、怖ろしい呪いにいつ襲われるかもわからないこの世界で。でも、だめだったんだよ。たった一つ間違えただけで、だめになっちゃった」
その声は、笑っているようで、泣いているようだった。
「僕はもう自分を信用できない。何が憐花ちゃんを傷つけるかわからない。だから、何もしたくなくてひきこもった」
僕は、もうどう受け止めたらいいかわからなかった。
憐花の中で、こんなにも苦しんでいた存在がいたこと。
そして、その存在が、憐花を守ろうとして、結果的に壊してしまったこと。
しかも――壊れた原因は、僕が呼び出した里香ちゃんだった。
守るために使ったはずの力が、妹を傷つけていた。
僕は、ただ目の前の子を見つめていた。
言葉は出なかった。出せなかった。
ただ、胸の奥が、確かに痛んでいた。
それは後悔でも、罪悪感でもない。もっと深くて、もっと曖昧で、どうしようもない痛みだった。
読者の皆さん、知っていますか?
オリ主は原作主人公と同年代なんです!
憂太が留年していたからね。
本当は、原作主人公より年下で関わらせる予定だったんですよ。
自分より幼い僕っ娘が特級をぶん殴る――なんて最高の景色だ!
そう思っていたんだけど、まぁ同年代でもいいや。
それはそれで楽しそう。
でもどうやって原作主人公たちに関わらせようかな?
このひきこもりを、どうにかして高専に入学させなければ!!