正直、びっくりしました。すごく嬉しかったです。
そのおかげで、作者としても気合いが入って、がんばって書きました。
……ですが、私生活のほうがちょっと本格的にやばくなってきました。
なので、今後は本当に更新頻度が落ちます。
毎回「更新が…」って言ってるせいで、「またかよ」「どうせふりでしょ?」って思われても仕方ないと思ってます。
ですが――今回は、まじです。
side : 憂太
僕が呆然と立ち尽くしていると、家入さんが手を振りながら声をかけてきた。
「おーい、おーい、憂太。大丈夫か?」
「大丈夫じゃないです、家入さん」
反射的にそう返したけれど、頭の中はまったく整理できていなかった。
その間に、憐花はすっと家入さんの背中に隠れてしまっている。
まるで、僕から身を隠すように。
なにがどうなっているんだ。
僕の知っている憐花は、誰にも懐かず、誰にも甘えず、僕にすら距離を置いていたはずなのに。
「なにがどうなったら、こんなことになるんですか?」
疑問と戸惑いが混ざった声で、僕は家入さんに問いかけた。
家入さんは、憐花を正面に抱きかかえると、その頭を優しくなでながら答えた。
「おー、よしよし。……んー、そうだねぇ。始めから説明するか」
憐花は、家入さんの胸元に顔を埋めたまま、僕と目を合わせようとしなかった。
でも、その背中は、どこか安心しきっているように見えた。
「五条のおかげで、憐花ちゃんが外に出るようになった。ここまでは憂太も知っているだろう?」
「はい」僕は返事した。
「自宅とその近所、そして高専くらいだが、本人はかなり頑張ったことだろう。偉いぞ、憐花ちゃん」
そう言いながら、家入さんは憐花を優しく抱きしめ、甘やかすように頭をなでていた。
憐花は顔を伏せたまま、家入さんの胸元に身を預けている。
「えーと、それでだ。ここに来た当初は、まったく話もしなかったし、まぁ……暗かったな。それに、体を診察してみたら、不健康そのものでな。運動不足に、栄養失調。半年間ひきこもっていたからだな」
家入さんの声は、淡々としているようでいて、どこか憐花を気遣う響きがあった。
「でも、彼女には“体を健康にしたい”って意思はあった。だから、それを支えるのが私の役目だったわけだ」
僕は静かに納得した。
家入さんの言葉は、憐花の変化を少しずつ紐解いてくれるようだった。
そして、憐花が自分の意思で前に進もうとしていることが、何より嬉しかった。
でも、なんで「ママー!」と呼んでいるような現状に?
僕の疑問に答えるように、家入さんは話を続けた。
「それと、私は彼女を健康にするサポートをしながらも、彼女のことをよく褒めるようにしたんだ」
憐花の頭をなでながら、家入さんは穏やかに語る。
「精神関係は専門外だけどね。要はこの子、自分に自信が持ててなかった。だから、少しでも自分を肯定できるようにってな」
僕は静かに頷く。
確かに憐花は、自分を信じられないようになっていた。
「そして、甘やかしていくうちにな、私は憐花ちゃんが物凄く可愛く見えてきてな。私の職場はとにかく殺風景だし、人がやってくるとしても、死体か、治療相手だ。だから、可愛くてな」
「つい、甘やかしすぎた。そしたら、憐花ちゃんも私に甘えてくるようになってな。それが可愛くて可愛くて。もっと甘やかしたら」
家入さんは、憐花をぎゅっと抱きしめて、満面の笑みで言った。
「こうなっちゃった」
いや、なんで!?
どうしてそうなる!?
甘やかしの果てが「ママー!」って何!?
僕の妹はどこに行った!?
僕は、医務室の床に立ち尽くしたまま、『無量空処』を再び味わっていた。
しばらく時間が経って、ようやく僕は落ち着きを取り戻した。
それを見計らったように、家入さんが声をかけてくる。
「憂太、落ち着いてきたか?」
「正直まだ混乱してますけど、一応」
そう答えると、家入さんは頷いて、本題に入った。
「まぁ、憐花ちゃんの現状が伝わったところでだ。憂太、お前を呼んだ本題に入るぞ。実はな――憐花が、高専に入りたいそうなんだ」
「……憐花が、高専にですか!?」
思わず声が上ずった。
あの憐花が? 自分から? 高専に?
「そうだ。なんでも、私と離れたくないそうだ。なー、憐花ちゃん?」
家入さんが優しく問いかけると、憐花は小さな声で――けれど、確かに聞こえる声で答えた。
「……うん」
僕は言葉を失った。
驚きと、嬉しさと、少しの戸惑いが胸の中で混ざり合っていた。
憐花が、自分の意思で何かを望んだ。
それは、間違いなく喜ばしいことだ。
閉じこもっていた彼女が、外に出て、誰かに心を開いて、そして「高専に入りたい」と言った。
その一歩は、僕がどれだけ願っても届かなかった場所に、彼女自身が手を伸ばした証だ。
でも――。
高専に入るということは、呪霊と関わるということだ。
いくら、憐花が今まで呪霊と戦ったことがあるとはいえ、妹がそんな危険な場所に身を置くなんて、正直、怖い。
僕は、彼女が傷つくところを見たくない。妹には、安全なところにいてほしい。
彼女が前に進もうとしていることを、止めたくはない。
だけど、高専に入ることは――。
喜びと不安が、胸の中でせめぎ合っていた。
僕は、家入さんの前で、ただ静かにその葛藤を抱えていた。
「家入さんは、どう思っているんですか?」
僕の問いに、家入さんは憐花を抱きかかえたまま、少しだけ目を細めて答えた。
「正直言えば、私も最初は驚いたよ。まさか“高専に入りたい”なんて言うとは思ってなかった。でもね、憐花ちゃんは、別に“戦いたい”って言ってるわけじゃない。“ここにいたい”って言ってる。誰かと繋がっていたいって、そういう気持ちが根っこにある」
憐花は、家入さんの胸元に顔を埋めたまま、静かにその言葉を聞いていた。
「だから私は、彼女の選択を尊重したいと思ってる。もちろん、危険はある。でも、それ以上に――この子が自分の足で立とうとしてることが、何より大事だと思う」
僕は、家入さんの言葉を噛みしめながら、憐花の背中を見つめた。
その小さな背中が、ほんの少しだけ、前を向いているように見えた。
だから、僕は言った。
「分かりました。僕も憐花の意志を尊重します」
その言葉は、胸の奥から自然にこぼれた。
不安はまだある。怖さもある。
でも、それ以上に――憐花が自分の意思で選んだ道を、僕は信じたいと思った。
憐花は、家入さんの胸元に顔を埋めたまま、ほんの少しだけ肩を揺らした。
それが、彼女なりの反応だったのかもしれない。
家入さんは、僕に向かって穏やかに微笑んだ。
妹の背中が、少しずつ未来へ向かっている。
その一歩を、僕も見守っていこうと思った。
しばらくして、憐花の寝息が聞こえてきた。
どうやら、疲れてしまったようだ。
家入さんは、そっと憐花をベッドに寝かせる。
その手つきは、まるで小さな子どもを扱うように優しかった。
僕は、気になっていたことを口にした。
「ちなみに、今の憐花の精神状態はどうなっているんですか?」
家入さんは、憐花の髪を整えながら、少しだけ考えるような間を置いてから答えた。
「そうだな……まだ不安定なところはあるよ。でも、以前に比べたらずっといい。自分の意思で外に出て、人と関わって、ここに“いたい”って言えるようになった。それだけでも、精神的には大きな進歩だと思う」
僕は憐花を見た。
憐花の寝顔は穏やかで、どこか安心しきっているように見えた。
その表情は、以前の彼女からは想像もできなかったものだった。
家入さんは、少し声のトーンを落として続けた。
「ただ、精神の幼児化と人格の変化が起こっているように見える。始めは一人称が“僕”だったんだが、最近は“わたし”になってきた」
「な……!?それは、大丈夫なんですか?」
思わず声が上ずった。
幼児化? 一人称の変化?
それは、憐花の中で何かが崩れて、混ざって、変わってしまっているということなのか。
家入さんは、憐花の髪をそっと撫でながら答えた。
「わからない。正直、精神の専門家じゃないから断言はできない。でも、彼女はちゃんと前を向いてる。それを支えてあげるのが、私たちの役目だと思ってるよ」
僕は、憐花の寝顔を見つめながら、胸の奥が少しだけ締めつけられるのを感じていた。
前を向いている。
それは確かに希望だ。
でも、その先に何があるのか――僕には、まだ見えなかった。
***
三月の末、呪術高専にて一つの入学試験が行われた。
受験者は憐花。
見守るのは、五条悟、家入硝子、そして彼女の兄である乙骨憂太。
試験官を務めるのは、学長・夜蛾正道。
春の風がまだ冷たさを残す中、試験場には張り詰めた空気が漂っていた。
憐花は、静かに立っていた。
その姿は小さく、華奢で、けれど確かに自分の足で立っていた。
五条は腕を組みながら、どこか楽しげな表情で憐花を見つめている。
家入は、少し心配そうに、それでも信頼を込めた眼差しを向けていた。
憂太は、黙って妹の背中を見つめていた。
その胸には、誇らしさと不安が入り混じっていた。
夜蛾は、憐花に向かって目線を向ける。
その眼差しは厳しくも、どこか温かい。
「では、始めようか。君の意思と力を、見せてもらう」
試験場の空気は、張り詰めていた。
憐花の前に立つ夜蛾は、無言のまま人形を作っていた。
彼の手で布が縫われ、綿が詰められていく。
その動きは、まるで儀式のように静かで、正確だった。
憐花は、黙ってその様子を見つめていた。
彼女の表情に怯えはない。けれど、緊張は確かにあった。
やがて、夜蛾は手を止めることなく、低く、静かな声で言った。
「初めの質問だ。君は呪術高専に何をしに来た」
その言葉は、まるで刃のようだった。
優しさも、導きもない。
ただ、呪術師という職業の現実を知る者が、あえて投げかける“嫌な質問”。
それは、憐花の覚悟を試す問いだった。
憐花は、少しの間を置いてから答えた。
「ママといっしょにいるため」
「ん?……ママ?」
夜蛾は眉をひそめた。困惑が表情に滲む。
乙骨の母親がここにいるはずはない。どういう意味だ?
「学長ー。それは私のことでーす」
家入が手をあげて、軽い調子で答える。
その瞬間、夜蛾の困惑がさらに深まったのを見て、五条が堪えきれずに吹き出した。
「ぷっ、あはははは!やっぱり学長には秘密にしといて正解だった!あはははは!」
夜蛾は五条を鋭く睨みながら、低く言い放つ。
「悟!後で説教だ」
しかし、五条はその言葉などまるで聞こえていないかのように、笑い続けていた。
夜蛾は小さくため息をつき、憐花の方を一瞥して言葉を継いだ。
「……まぁ、いい」
場の空気が少しだけ緩んだ。
だが、試験はまだ始まったばかりだった。
夜蛾は、憐花に目を向けたまま、静かに問いを重ねる。
「それで、君は母親?と一緒にいたいから、高専に入ると?」
「うん」
憐花は、迷いなく答えた。
「ふむ。では、呪術高専で呪術を身に着けた先に、君は何を求める」
「幸せ」
「幸せ?」
「うん。ママとおにいちゃんとの幸せ」
憐花の声は、静かで、揺るぎなかった。
その言葉に嘘はなかった。
彼女が望むのは、戦いでも名誉でもない。
ただ、大切な人たちと過ごす穏やかな時間――それだけだった。
夜蛾は、しばらく黙って憐花を見つめていた。
その眼差しは、どこか遠くを見ているようでもあり、目の前の少女を見極めようとするものでもあった。
やがて、彼は人形をいじる手を止め、静かに言った。
「……不合格だ」
場の空気が、凍りついた。
憐花は、瞬きもせずに夜蛾を見つめていた。
驚きも、怒りも、悲しみも――その表情には浮かんでいなかった。
ただ、受け止めようとしていた。
その瞬間、夜蛾が手を離した人形が、ゆっくりと動き始める。
「君の答えは、否定しない。だが、呪術高専は“幸せ”を求める場所ではない。ここは、呪術師としての覚悟と責任を背負う場所だ」
夜蛾の声は、低く、重く響いた。
「故に、君の本音を聞き出す。窮地にこそ、人の本性は現れる。納得のいく答えが、ここで聞けなければ――不合格のままだ」
人形が、殴りかかってきた。
憐花は反射的に身を引いた。
拳が空を切り、風圧が彼女の髪を揺らす。
その一撃は、試験用とは思えないほど重く、容赦がなかった。
「危ないなぁ!」
憐花が殴り返す。
だが、相手は人形。打撃は効いていないようだった。
「むぅ……」
「えい、やあ、とりゃー!」
掛け声はかわいらしいが、容赦ない連撃が人形を襲う。
それでも、人形はただボンボンと跳ねるだけで、ダメージを受けている様子はない。
憐花の眉が寄る。
いらつきが表情に滲み始めたその時、夜蛾が静かに言葉を投げかける。
「呪術師の仕事は、死にまみれている。同僚の死、呪霊による被害者――それらを日常として受け止める覚悟が必要だ。当然、ある程度の“イカレ具合”と、それを上回るモチベーションが不可欠だ」
憐花は、拳を握りしめながら夜蛾を睨む。
「それを、自分の幸せを追い求めるだけでやっていけると思うか?」
一瞬の沈黙。
そして、憐花は叫んだ。
「できるもん!」
その声は、幼くも、確かに強かった。
だが、夜蛾はその言葉に微動だにしなかった。
彼の眼差しは冷静で、容赦がなかった。
「呪術師に、悔いのない死などない」
その言葉は、重く、鋭く憐花の胸に突き刺さる。
「君は、死に際に大好きな家族を呪うことになるかもしれん。“どうしてこんな目に会うの”と。“こんな世界に入ったせいだ”と。それでも、君は呪術師になる覚悟があるのか?」
憐花の瞳が揺れる。
人形はなおも襲いかかってくる。
彼女は拳を振るいながら、夜蛾の言葉を振り払おうとするように叫ぶ。
「あるもん!あるもん……!」
だが、その声は次第に震え始める。
拳も、動きも、徐々に鈍っていく。
「わたしは…ママと……おにいちゃんと……いっしょにいたいだけなのに……!」
憐花の目に、涙が溢れた。
それは、怒りでも、悔しさでもなく――
ただ、幼い心が現実の重さに押しつぶされそうになった瞬間だった。
その感情に呼応するように、彼女の体から膨大な呪力が溢れ出す。
空気が震え、試験場の温度が一瞬で変わったように感じられた。
人形の動きが止まり、周囲の視線が憐花に集中する。
「……憐花ちゃんを泣かす奴は、僕が許さないよ」
声が変わった。
幼さの残る憐花の声ではない。
低く、落ち着いた、どこか冷静な響き。
憐花は完全に“キレて”いた。
その瞳は、先ほどまで涙を浮かべていた少女のものではなかった。
代わりに、研ぎ澄まされた意志と怒りが宿っていた。
彼女は掌印を結ぶ。
空気が震え、呪力が一点に収束していく。
その手の動きは、明らかに“領域展開”の初動だった。
『領域展――
その瞬間。
「ストップ!」
鋭い声が空気を裂いた。
五条悟が、憐花の前に割って入る。
彼の手は軽く憐花の肩に触れ、呪力の流れを断ち切るように制した。
場の空気が一気に静まり返る。
「それ以上はダメだよ、憐花。これはただの入学試験。君が“領域”を出す場所じゃない」
五条の声は穏やかだったが、その眼差しは真剣だった。
憐花は、しばらく五条を見つめたまま動かなかった。
その瞳には、まだ怒りの余熱が残っていたが――やがて、呪力が静かに収束していく。
「確かに領域はやりすぎでした。夜蛾さん、ごめんなさい。だけど、憐花ちゃんを泣かせたことは許さない」
そう言って、憐花は掌印を解いた。
だが、その目線は夜蛾を鋭く睨みつけたままだった。
「それで、試験はどうなりますか?なんだったら、僕が代わりにやりますよ」
そう言った憐花だったが、ここで夜蛾が言った。
「いや、試験はもうおしまいだ。――合格だ」
「……なんで?」
戸惑う憐花だったが、夜蛾は説明する。
「この試験は、君の“覚悟”を問うものだった。幸せを望む君が、その思いを貫けるかどうか。多少、精神は不安定そうだが――あそこまで怒りを露わにするのであれば、十分だ。それと、先ほどは言い過ぎた。すまなかった」
そう言って、夜蛾は憐花に向かって頭を下げた。
その姿に、憐花はしばらく言葉を失っていた。
怒りが完全に消えたわけではない。
けれど、彼女の中で何かが、ほんの少しだけ緩んだ。
「……べつに、許したわけじゃないですから」
そう言って、憐花はそっぽを向いた。
けれど、その声はどこか震えていて、涙の名残がまだ頬に残っていた。
試験場の空気が、ようやく穏やかに戻っていく。
五条は肩をすくめながら笑い、家入は安堵の息を漏らす。
憂太は、妹の背中を見つめながら、そっと拳をほどいた。
憐花の入学は、こうして決まった。
***
試験が終わり、場の空気がようやく落ち着きを取り戻した頃。
五条は憐花のそばに歩み寄り、興味津々といった様子で声をかけた。
「強いとは思っていたけど、領域を使えるなんて正直驚いたよ。ちなみに、なんで術式は使わなかった?憐花の術式を使えば、学長の人形なんて――」
その言葉が終わる前に、五条の背後から殺気じみた気配が立ち上る。
「悟、お前はこっちだ」
低く、重い声。
振り返ると、そこには怒りを露わにした夜蛾の姿があった。
「え?ちょ、僕は憐花と話が――」
「お前には、“報・連・相”の大切さを教えねばならん」
夜蛾は五条の肩をがっしりと掴み、そのまま無言で引きずっていく。
「硝子ー、助けてー!」
家入は肩をすくめて笑い、憐花はぽかんとした顔で見送っていた。
場の空気は、緊張から一転して、どこか和やかなものへと変わっていた。
そして、憐花は、そっと家入のそばに歩み寄った。
その瞳には、まだ涙の名残が残っていたが、表情は穏やかだった。
「……あなたのおかげで、憐花ちゃんが表に出られるようになりました。本当に、ありがとうございます」
その言葉は、憐花の中にいる“もう一人”からのものだった。
家入は少し驚いたように目を見開き、そして柔らかく微笑んだ。
「憐花ちゃんが出てこられたのは、憐花ちゃん自身の力だよ。私は、ちょっと背中を押しただけ」
「それでもです。それは僕にはできなかったことですから」
彼女の声は静かだった。
けれど、その言葉には確かな重みがあった。
憐花が自分自身で立ち、涙を流しながらも前に進んだこと――それは、彼女にはできなかったことだった。
その言葉を聞いていた憂太が、少しだけ間を置いて問いかける。
「君は……どうなるの?」
その問いは、優しさと不安が混じったものだった。
憂太は、妹の中にいる“誰か”の存在を、確かに感じていた。
そして、彼女がこれからどうなるのかを、知りたかった。
彼女は、少しだけ目を伏せてから答えた。
「僕は、憐花ちゃんが外に出られなかった頃の“代役”でした。彼女の代わりに言葉を選び、動いて、世界と繋がっていた。でも今は、彼女自身が前に出られるようになった。だから、僕の役目はほとんど終わったんです。それでも、僕が完全に消えるわけじゃない。少しだけ、彼女の中に僕も残っているんです。――僕には、それだけで十分です」
その声には、少しの寂しさと、静かな誇りが混じっていた。
家入は、そっと憐花の頭に手を置いた。
その手は、優しく、温かかった。
「それでいい。憐花ちゃんも、君も、ちゃんとここにいる。どちらかが消えるわけじゃない。一緒に生きていけるなら、それが一番、大事なことだよ」
憐花は、少しだけ目を伏せて、静かに頷いた。
その胸の奥で、何かがほどけていくような感覚があった。
彼女は小さく微笑んだ。
次回から、いよいよ原作に入ろうかなと考えています。
……が、その前に、もし「こんな小話が読みたい!」というリクエストがあれば、ぜひ教えてください。
読者の皆さん、感想欄までお気軽にどうぞ。
次の更新は――来週、かな?
たぶん。