第10話 本物のメシア
ピリリリリリリガチャ
孤独に響く金音、それは痛いぐらいに俺の鼓膜を刺激した。
「…もう起きてるよ。」
俺は老人のようにヨボヨボと目覚ましをとめる。昨日からずっと徹夜だ。手に力が入らない。
情報を集めないと…戦いでは役に立たないから、皆の役に立たないと…。もうすぐ、
ふと、背中からぐっと押されるような感覚に陥る。危うく、転んでしまいそうになった。
家にあるカレンダーを見る。…今日はアズサが定期的に帰ってくる日か。…あの出来事があってから、そこそこ経ったな…。
あの時は大変だった。憔悴しきったアズサを、俺がずっと慰めてたな…。
『アズサのせいじゃない』『しょうがなかった』なんて…甘い言葉だけ言って。アズサをさらなる闇へと誘っていていた。
本人のためのことは、まったく言えなかった。いや、思いつかなかった。のほうが正しいか。
そんなことしか言えない、利己的にしかなれない、偽善でしか動けない…。そんな、昔からなんにも成長していない俺は…いったいなんなんだ?
疑問が永遠とこだまする。その疑問が、一筋の、いや、多くの刃となって全身をめった刺しにする。流れる血はため息となって外界へとあふれ出る。
…今日は1人で行くのか…いや、『今日も』か。
最近、スクワッドのメンバーはエデン条約関連で忙しい。よって、必然的に俺は1人で登校することが増えた。
俺は、あいつらが俺のもとを離れて常々、俺は普通なんだなってまじまじと実感するようになった。その実感は、俺にとって痛々しかった。
そうだ、俺が今まで笑えてたのは、充実してたのは、俺が特別だからじゃなくて、周りが特別だからだったんだ。
理解すると、急に涙がこみ上げてくる。理由は分からない。しかし、そのまま吐き出してしまいたかった。
あいつらがいなくなって、いろいろ変わった。もう騒がしい奴はいない、もう一緒に苦痛を味わってくれたやつはいない、もう…俺を『特別』だと、認めてくれたやつは居ない。
坂を罪とともに背負いながら歩んでいるような気がする。周りからは石を投げられている。それが俺をえぐり、違う俺を形作っている。そんな俺が、俺は大嫌いだった。
「…いくか」
俺は、そんな現実から逃げるように学校へ行く準備を始めた。…もう、なにも考えたくない…。しかし、先へ、先へと、思考は止めることはできない。
忘却の彼方への渇望に苛まれながら、先のない茨へ向けて、足を踏みしめた。足の裏から、ぐじゅぐじゅと、刺さって溶けていくようであった。
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「それでは、これから報告会を始める」
アリウスにある、薄暗く、埃の匂いが立ち込める、ある一室に、アリウス最強戦力達と、1人の凡人がいた。
それは異端であった。赤く、美しい花畑の中央に、黒く、穢らわしい豚でもいるかのような違和感があった。
そんな場違いな凡人がいる理由は、報告を記録するためである。他のものがやってもいいのだが、図々しくも本人の強い希望で報告会に参加することになった。
はは…笑うことしかできない。なんたる自己満か、なんたる独善か。しかし、分かっていても止めることはできなかった。俺は気づいた。欲は、いつでも立ち込める空のように底がないということに。
この会議を仕切っているのはサオリ…最近、余裕がなくなってきたように感じる。元々表情があまり変わらなかったが、今はもっと変わらない。まるで、死んだ木のようだ。
「ではアズサ…頼む」
「ああ…それでは、今月の報告を始める」
アズサ…久しぶりに見たな…。こっちは…あれ?少し…余裕がある感じだな…。違和感。それが俺を悪魔にさせる。疑心と羨望の眼鏡を、何者かにかけられる。それは、はらっても、はらっても、決して落ちることはなかった。
「まず…これを見てくれ」
アズサがそう言うと、何枚か写真が出される。
これは…男の大人だな。動物でも、ロボットでも、異形でもない。…キヴォトスでは初めて見たな。
「こいつが、『シャーレの先生』だ」
ジャキッと心が破られる音がした。胸が張り裂け、嫉妬があふれ出そうになる。
「なるほど…これが…」
スクワッドが興味津々に写真を見つめる。しかし、楽しげではなかった。
…いかにも好青年って感じだな。写真でも分かる、スラッとして、手足が長い体形。身だしなみがきっちり整えられていて、清潔感が溢れ、日本にいたらあらゆる事務所からスカウトが来たであろう見た目だ。
こんなやつが、何か特殊な力を持っているんだろう?天は二物を与えないっていうが、これを見るとそうとは思えないな。…俺は、何もないが。
「次に、この動画を見てくれ」
そう言うと、アズサはスマートフォンを取り出して、机の上に置いた。指示の通り、スクワッドらはスマートフォンに注目を集めた。
『ユウカ!右に応援に行って!ハスミ!奥にある戦車を狙って!』
そこに映し出されたのは、戦闘に明るくない俺でもわかるほど、見事な指揮だった。
その様子は、蟻が象へ立ち向かっているようなものであった。さも当然のごとく、飄々とした顔で、奇跡のようなことを巻き起こしていた。
「う、うわあ…これが敵なんて…もう終わりですう!海にも、カフェにもいけないまま、死んじゃうんですう!」
ヒヨリがそう叫ぶ。いやしかし、感嘆してしまう。このような状況の中、まだこれだけ騒げるのだ。俺はもう、できそうにない。
「落ち着いて…ヒヨリ。きっと大丈夫だから…」
まあ、確かにこんなにを観させられて、戦意を喪失するのはわかる。まともな手じゃ勝てなさそうだ。
ああ…くそ。俺がもっと特別な力を持ってたら、また違ったのかな、ああ、なんなんだ、なんでなんだ。畜生。畜生。畜生。
…妬ましい
全部めちゃくちゃにしたくなる。キヴォトスを破壊して、全生命を滅さんという欲がギュルギュルと体を巡り、殺意を抱かせる。それを、俺はすんでのところで抑えることができた。
「それと、これも観てほしい」
それは、生徒と仲睦まじく過ごしている先生の姿だった。生徒と共に過ごし、悩みを聞いて、解決して、。よりよく導いて…そんな、俺には絶対できないことを、平然とやってのけていた。
はは…これでいて、偽善だらけの俺と全く違う、善にまみれた人間だとはな。
上位互換とは、まさしく俺のために存在する言葉なのだろう。何もかもが…俺の上だ…。おれは、普通なんだな。この世界に来て、スクワッドと会って、一緒に過ごして、少しは変わったと思ったんだけど…。
…なんにも、変わってねえじゃねえか、お前は。ここに来たときから、なんにも。
「つまり、このことが意味するのは、『先生』は向こうの精神的支柱であるということだ」
自分への憤怒、先生への嫉妬、そんなぐちゃぐちゃな感情を、手に万力の力を込めて整理しながら、俺はなんとかアズサの話を聞いた。
「…つまり、先生を殺せば、作戦の成功率は上がるといったことか?」
「…まあ、そんなところだ。今回の条約は、先生も、深く関わってくるだろう。そこが勝負だ」
先生を殺す…?そうだな、俺も、先生を殺せば、…特別になれるかなぁ?
聞くと、先生は数々の生徒を救い、数々の問題を解決したらしい。先生がいなければ、取り返しがつかなくなったことをあるそうだ。
そんな、キヴォトスにとっての救世主…メシアを殺す…。ああ、なんてことだろう。そうすればきっと、俺はもっと特別になれるだろう。
生徒のために身を粉にして働く先生を、生徒が殺す…。いい話じゃないか、ドラマチックじゃないか?裏切って、殺す。はは…黄色の服でも、着ていこうかな?
想像するだけで涎が垂れる。妄想を出どころとした快楽が全身を支配し、堕落へ誘う。
「…ねえ、大丈夫?ハジメ?」
「んっ?ミサキ…?あ、ああ、いや、ちょっと疲れてるみたいだ」
おや、心配されちまった。本当に、こんな事をやろうとしてる割には、こっちが心配するほど優しいんだから。
外見を必死に引き締める。苦痛を勘付かれるのは、とても辛いことであるから。
やっぱ、こいつらには人殺しをさせたくないな…。すべてを忘れて、青春を送ってほしい。
はは、こんな俺でも、同情の心はあるのか。いや、もはやこの感情でさえ真意か怪しい。ただ、俺が善であるということを証明しようとしているだけかもしれない。もしそうだったら、なんたる偽善なんだろうな。
「…とりあえず、これで報告会を終わる。ハジメは調査記録をマダムに提出してくれ」
「ああ、わかっ「それと」…はい?」
「少しは休むように。目の隈がひどいぞ。気付かなかったのか?」
他の奴らも、そうだそうだと言う目で見てくる。本当に…本当に、優しすぎるよ…こいつらは…。
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報告会が終わったあと、私、戒野ミサキは、特にすることもないので、自室に戻っていた。
「はあ…」
ため息しか出ない。最近は忙しすぎる。せっかくの1人の時間なのに、何も気力が出ないし、だんだんと嫌になってくる。
余裕で塗り固めた全身にところどころに、本来の苦痛が顔を見せる。この姿は、想い人へのポエムのように、決して他の人には見せることはできない。
「なんでこうなるかな…」
エデン条約、これを阻止するために、私たちアリウスは動いている。けど、何故阻止するのか、そんなことも伝えられていない。
皆も、なんでこんなことしてるかわかんないし、皆もう疲れてきてる。アズサに至っては、…半ば裏切り者になって…。
黒、黒、黒、見渡す限りの闇が、私へと刃を向けて、虚無感が下から焼き尽くさんと焔を見せた。
いつものこと、全ては虚しい。少なくとも、ハジメと会う前の私だったら、そう逃れたかもしれない。
でも、今は違う。あいつが…ハジメが、来て、私に…いや、私たちに光を与えてから、全部が変わった。
前を向く理由ができた。歩む理由ができた。周りを見る理由ができた。楽しむ理由ができた。…生きる理由ができた。
全ては虚しい。だからこそ、必死に、精一杯生きる…。ハジメが言った言葉だ。アレを聞いた時、私の胸には、大きな感情が渦巻いた。生きていていいんだ、喜びを感じていいんだ。と。それは確かに、一番星のように私達を照らしていた。
それなのに…それなのに…。
「ずるいよ…ハジメ…」
こんなに私たちをぐちゃぐちゃにしたくせに、一丁前に自分は絶望して、無気力になって、燻って、堕ちて。本当は、私がその役をやるはずだったのに。
首にかけてあるペンダントを握る。前にみんなと姫の入学式で撮った写真が入っている。これを握ると、不思議と力が出る。思い込みかもしれないけど、それでもいいんだ。
「…寝よう」
机に出されてある、もう使わないカッターナイフをしまい、いつもの硬い布団に横たわって、私は、私の夢の中へと繰り出した。
これからの将来に、希望が見つかることを信じて。
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…とあるトリニティの一部屋で、狐耳の少女は苦悩していた。その頭は、今にも爆発せんと言うばかりに情報であふれていた。
「こ…れは?今までと…ちがう」
ベッドに頭をうずませ、呼吸を荒げてそう呟いた。
「悪魔…蛇…アリウス…罪…」
「呑み込まれる…全てが、キヴォトスが、トリニティが…壊される…」
捨てられた子犬のようにガタガタと体を震わせ、布団で目を覆う。それは、現実逃避の為の行動であったが、より鮮明に絶望を観測するだけであった。
「嫌だ…やめろ!やめろ!」
目からは恐怖の涙をこぼしながら、絶望の言葉を垂れ流す。両方が空気中で合わさり、救いようのない闇が生成される。
「だれか…助けてくれ」
誰に言ったわけでもない救いを求める言葉が、孤独に部屋に響いた。それは反響し、外へ広がった。
果たして、その声は誰かに届いたのか。それとも、作られた闇に響いただけなのか、それは、もはや誰にも分からない。分かるはずも、なかった。
始めに、言があった。言は神とともにあった。言は神であった。
この言に命があった。そして命は、人を照らす光りであった。
To be continued
閲覧いただきありがとうございます!!さて、ここからが書きたかった…曇らせだ!曇らせだ!曇らせ祭りだ!!
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