暗く、冷たい雰囲気の部屋で、俺は『先生』の写真を見ていた。恐らくその目は、他の人から見ると狂気を感じる目であっただろう。しかし、俺から言わせてみればそれは普通だ。腹が減ったら食べたいと思うぐらいに、普通の欲求であった。
しかし、それが他の人から見たら普通ではないのだとしたら、それは特別なのであろうか?そうであったら、どれだけいいことか。
俺は、丸いのが嫌いだ。なぜなら、それじゃなんにもならないから。丸いと、転がってしまう。丸いと、必要な隙間に入れない。それが、どうしても嫌で、嫌で、たまらなかった。
だから、俺は尖ってるのが好きだ。それが、人生の到着点だと信じて、今日まで人生を歩んできたんだ。
「…妬ましい」
ついに声にも出るようになってしまった。最近、心の中で理性を保てないでいることが増えた。胸のむかつきが、我慢出来ないほどに膨れ上がるのだ。
そのむかつきが、自然と手の末端へと送られる。俺の中の何かが、甘い囁きをしてくる。その囁きは、とても美しかった。優しかった。暖かかった。それは、増幅して、手をぷるぷると震わせた。
ビリッ
むかつきに支配されないため、解放されるため、快楽を味わうために、原因となっている写真を真っ二つに破いた。ちょうど、先生の首と胴体が離れるような形になっている。
それを見て、俺は自然と口角が上がった。ざまあみろ。そう思った。
だが、それは客観視すると、あまりにも幼稚であった。何の解決にもなっていない行動に満足し、気持ちの悪い笑顔を張り付かせている自分が、とても憎くて、糸が切れたかのように顔に力が入らなくなった。
「…クソが」
…止まらない嫉妬と、そんな感情を出す自分に対する失望を抑え、…いや、抑えられては居ない。見ていないだけだ。…俺は、ある人物に会うために、俺はいつもよりも重いドアノブに手をかけた。
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「やっほー☆ハジメくん!」
「やあ…聖園さん」
聖園ミカ。トリニティのティーパーティーに所属している…実質的なトリニティの支配者の一人だ。
桃の髪、森から見える星の様に、煌びやかな目。俺なんかが見てもいいのかと、恐れるほどに白く、どこまでも輝いている、明星のような翼。
そのどれもが、天上人であることを峻烈に表していた。
そんな人物が何故アリウスなんかに来ているのか?理由は単純。アリウスと仲良くしたいから…らしい。
少なくとも、最初に来た時はそう思っていたんだと思う。懐かしいな…トリニティにはこんなのがある。私の友達はこんな事をしている。アリウスではどんな事をしてるの。だなんて、まるで外国人が転校したときみたいに、楽しそうに語っていた。
そんな聖園さんを、スクワッドたちは少なくとも悪い目で見てなかったと思う。あの時は、本当にトリニティと和解できる…。くっだらない憎しみを、晴らすことができる、そんな灯りにまみれた希望があったな。
「ん〜早くゲヘナを潰したいな〜。あんな角つきども、存在するだけで迷惑じゃんね☆」
けど、アズサが…百合園セイアを殺害した日から、何かに取り憑かれたように変わった。
ゲヘナへの恨み、エデン条約への恨み、…桐藤ナギサへの恨み。そんな事を、まるで現実から逃げるように喋るようになった。
そう…まるで罪から逃げるように…。
「そうだな…聖園さんが言うなら、そうなんだろうな…」
ああ、また人のためにもならない、ただ自分が満足するだけの言葉をかけてしまった。…俺は、どうやったって先生みたいにはなれないんだな…。俺自身が、俺を否定する。俺は自分の闇を感じ取った。
「ふふ〜ん。あっそれでね、話の本題なんだけど」
なんか上機嫌みたいだな…良かった良かった。俺なんかで笑顔が得られるなら、それに越したことはない。
「…アズサちゃんが、ナギちゃんに狙われてる」
「何ッ!?」ガタッ
なんてことだ、まさかバレてしまったのか?これじゃ計画がおじゃんだ。いや、別に計画はどうでもいいんだが、失敗すれば、アズサは…スクワッドは…。
想像もしたくないことに心を震わせながら、聖園さんの次の言葉を待つ。
「まだ疑いだけだけどね。でも…もしかしたら、『退学』することになっちゃうかも」
「仲間が犠牲になるのは…耐えられないでしょ?だから…よろしく頼むね。ハジメくん」
雨の日の川のように、濁ったような覚悟を決めた顔で、俺に頼んできた。
きっと、こいつも…俺も…もう、あとには引けないんだ。
俺は、久しぶりに対等な存在を見つけた気がした。
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「…???」
「だ、大丈夫ですか?アズサちゃん…」
さんさんと降る日光をぼんやり感じながら、私、白州アズサは勉強なるものをしていた。
今、確率をやってるのだが…何を言っているんだ?この本は?どっちも並べてるんだからPもCも変わらないはずでは?
「ふふふ…それはですねアズサちゃん。Pには番号がふられていると考えると…」
鮮明な光が、刺すように脳を彩る。ズバッと、でてくるアイデアをペンで書き込む。
「なるほど!ありがとう。ハナコ」
「ふふふ…P、Pですか…♡」
「ちょっと!変なこと考えてるでしょ!!エッチなのは駄目!死刑!!」
「あはは…落ち着いてください、コハルちゃん…」
桃色の可憐な髪を揺らす、ちょっと変だけど頼れるハナコ。
おなじ髪色だけど、ハナコと全然違う、努力家だけど空回りすることが多いコハル。
皆のまとめ役で、いつも力なく笑ってるけど、一番芯が通っているヒフミ…。
ああ…楽しいな、皆と過ごして、皆と笑って、皆と頑張って…。こんな日々が、一生続けばいいのに…。
だけど、私には家族がいる。家族というものは、どこまでいっても切れないものだ…裏切ることは、決してできない。
でも、補習授業部のみんなも、同じくらい大切なんだ…。どうすればいいんだ…?
『何も捨てることができない人には、何も変えることはできないだろう』なんて言葉があるけど、私は強欲なんだ。
Vanitas vanitatum et omnia vanitas…全ては虚しい、だからこそ、最善を尽くすんだ。
私は、その言葉を聞いたときから、そうやって生きるって決めたんだ。だから…私ができる限りの人を、私ができる限りの存在を、救ってみせる。
きっと…そのことが、私の使命だから。
無意識に私はペンダントを握っていた。皆とのつながりを象徴するものである…一筋のきらめきを放つ、黄金のペンダントを。
"そのペンダント、大切なものなの?"
カーテンから降る柔らかな光と合わさって、どこか神々しい雰囲気を醸し出している先生が、私に尋ねた。
「そうだ。これは私の宝物だ…。『皆』との、つながりでもある」
"…本当に大切なんだね、見たことない顔してるよ。アズサ"
「なっ…そうなのか?先生?」
"うん。…私も、アズサが言う『皆』に会ってみたいな。"
慈愛を込めた声色で、先生はそう言った。…本当に、同じ人間なのかと怪しくなるほどの、安心する、心地がいい声だ。
「ああ…きっと気に入るはずだ。皆いい奴で、皆個性があって、皆、皆…」
補習授業部の皆と、アリウスの皆と、先生で会うのを想像する。きっと楽しくなるだろう。皆でカフェに行ったり、海に行ったり、カラオケに行ったり。
…そんな未来を想うと、自然と恐怖がこみ上げてくる。私に、どっちも救うことができるのか、最善を尽くしても、救えなかったらどうしよう。誰の味方をすればいいんだ、と。
津波のように絶え間なく押し寄せてくる恐怖に耐えながら、私は覚悟を決めた。
…何があろうと、自分がどうなろうと、…救ってみせる。と。
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大雨で着る服がなくなったり、水着パーティーをしたり…まあ、なんやかんやあって、補習授業部の皆と夜の散歩に繰り出していた。
普段は出歩かない時間帯のトリニティ、妖しい光を放つ、満月の月の下で、私達は闊歩していた。その中でも、目を引くものがあった。
「ここは…カフェ、か?」
「うーん?どうなんでしょう?スイーツ屋さんではありますが…カフェと言っても差し支えないのではないでしょうか?」
「ふふ…アズサちゃん。ここに興味があるんですね。それじゃ、入りましょうか♡」
カフェ…ハジメが話してくれたな。友達と一緒に行ったり、1人で和んだりする場所らしい。
ああ…ハジメ。お前にも観てほしかった…私にも、大切なものを…与えられるだけじゃなくて、作ることができたよって。
今すぐにでも帰りたくなる。しかし、指名がそれを拒否する。心がゆい思いが、私を支配した。
ふと私は、この前みんなに話した、ハジメの事を思い出した。
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「っえーー!アズサちゃん、男の子の知り合いがいるんですか?!」
ヒフミの心底驚いた声が、暗く、それでも活力あふれた部屋にこだまする。
"そういえば、キヴォトスでは男の子は全く見ないね"
私こと…
「そうですね…もしかしたら、キヴォトス唯一の男の子かもしれませんね」
冷静に、しかし興味深そうにハナコが考察を膨らませた。珍しい、いつもならもっと変なことを言ってるはずなんだが。
「…つまり、ハーレムということですね♡きっとその男の子も、いろんなコトを想像してるはずですよ♡」
ほらやっぱり
「な、なんてことを言ってるの!?いろんなコトって、どんなコトよー!?」
いつものコントを繰り広げる二人。もう補習授業部のお約束となっている。
"それで…その子は、どんな子だったの?"
「そうだな…」
空気が変わる。例えるなら、居酒屋から葬式に切り替わった時のようだ。
さっきまでコントをしてた2人も、今は黙ってアズサの言葉を待つ。ヒフミも同じだ。やっぱりみんなは女子高生。そういうことには興味があるのだろう。
「まず…身長は私より高くて…先生よりちょっと低いくらいだ。髪の毛はふわふわしてる。触ると気持ちいぞ」
ワキワキと手を動かしながらアズサが答える。
「顔は…そうだな、優しい顔だ。いつもニコニコしてて、でもやる時はキチッとやって。そんな顔が、皆好きだった」
思い出しながらアズサが語る。少し顔を紅潮させ、かみしめるように微笑んでいる。私たちには見せたことがない顔だ。その顔は、まるで…。
「性格か…優しくて、いろんなことを教えてくれて、いろんなことを考えてくれて、…とっても尊敬できて、とっても強くて…あいつといるのは…とっても楽しかった」
「だけど、ちょっとだけ無理をしすぎる癖があって…。限界になって、一緒に帰ってる時に、ぶっ倒れた事があってな…。その時は、一緒に家にいたりしてやったな…」
まるで、恋する乙女のような顔だった。
周りもそれを察したのか、顔を真っ赤にさせて、アズサのことを凝視している。あのハナコですら、今はただのありふれた女子高生となり果てている。
「…皆どうしたんだ?そんな顔して…?」
そんな雰囲気に気づいたのか、アズサが彼の話をやめる。…はあ、良かった。私はともかく、他の皆には刺激が強すぎるよ。
"アズサは、本当にその子のことが大好きなんだね"
「…!まあ…そうなのかも、しれないな。私は…。大好き…か」
顔をボンッと赤くしながら、アズサは蚊の鳴くような声で、そう言った。
…罪づくりな子だなあ、その男の子。
皆、各々の想像を膨らませながら、ただただ、座り尽くしていた。
To be continued
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