俺…いや、俺たちというべきか。は今、トリニティ郊外の廃墟へ来ていた。ピリついた、緊張感あふれる部屋で、アズサを待っていた。それは、つつけば割れてしまいそうな部屋だった。
今回はアズサに作戦内容を伝えることが主な目的だ。…久しぶりにアズサと会うことになる。元気とまでは言わずとも…無事であればいいが。
「…来たか、アズサ」
やはりというべきか、アズサの顔は、何か迷っているような、葛藤しているような表情だった。海に入ったカナヅチの人間のように、苦しみや葛藤が見て取れた。
「日程が変わった」
「明日の午前中だ、約束の場所で準備をしておけ」
サオリは事務的に、淡々と告げる。その顔は、以前の彼女ではなかった。厳しくとも、愛にあふれているような、そんなサオリではなかった。
でも、俺は変わったとは思わない。サオリはただ、皮をかぶっているだけだ。残酷という皮を。
「待って、サオリ…明日は…」
「…これは決定事項だ、今さら変更はできない」
なぜかごねるアズサを、サオリが言葉をかける。その声は冷たく、どっしりとしていて、どかすには相当な力がいるであろう声であった。それは、岩であった。
「上手くやれ…百合園セイアの時のように」
そうか…サオリは知らないんだ。アズサがあの時、どれだけ苦悩したのか…。ああ、なぜか、歓喜を感じてしまう自分が、とても悩ましい。
「アズサ…無理だけは、するなよ。俺たちは…家族なんだから」
俺はできる限り優しい声色でアズサに言った。でも…もう後戻りは…できないから、止めることはできなかった。でも、と否定する自分が嫌になる。きっと、『先生』だったらこんなこともなかっただろうに。
「ああ…準備しておく…」
アズサは、決めきれないような、そんな顔でつぶやいた。そんな顔をしないで、と言いかけるが、そんな顔にした原因の大半…いや、すべては俺にある。それがわかるからこそ、苦痛は俺から離れなかった。
「Vanitas vanitatum et omnia vanitas…忘れるなよ、アズサ」
そうサオリが言った。呪いの言葉でもあり、希望の言葉でもあるそれを。
俺はただただ、葛藤に苛まれている二人を、芸術品を鑑賞するかのごとく、見つめることしかできなかった。
「……………」
じっとこちらを見ている、監視者に気付かないまま…
俺たちは、ただただ無言で、作戦の時を待った。
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「…今から作戦を開始する」
アリウスの指揮官の声を聞きながら、俺はアリウスの生徒として、ガスマスクを着用し、セーフティを外す。
スクワッドたちにはたいそう反対され、戦いに行くことを止められた。『ヘイロー無しが戦場に出たら、どうなるかぐらいわかるだろう?!』と
だけど、スクワッドらには黙って作戦に参加している。…理性が、抑えられないんだ。このままだと、全てを壊してしまいそうだったのだ。いや、そんな力がないのも、才能も、知力もないのもわかっている。それでも、それを否定するのが俺の最後に残った人間性だと思った。
「よし…行くぞ」
…アズサはもう、桐藤ナギサを殺したのか?そうだとすれば、アズサは大丈夫なのか?
そんな心配を心の内に抱え込みながら、俺はアリウスの集団について行った。
…………
………
バキイッ!
木が紙のようにくしゃっと折られる。
「…?!目標はどこだ?!」
指定された部屋に入るが、桐藤ナギサの死体はおろか、本人すらいない。情報が間違っていたのか?それとも、先客があったのか。辺りには焦りの匂いが広がる。
ガガッ『こ、こちらチームⅣ!ス、スパイが裏切った!』
「な……に…?」
信じられないことが起こった。スパイは、きっとアズサのことだろう。つまり…この通信は、アズサがアリウスを裏切ったことを現している。
なんでだ…?なんでなんだ…?
『裏切り、それ以上でも、それ以下でもない』
見知った声が流れ出た。ビクッと、体が無条件に反射するのが嫌でも思い知らされた。
「な、なぜだ!どうしてこんなことを…」
『早く終わらせて、試験を受けなくちゃいけないから』
ああ、このすっとぼけた声。これはアズサだ。昔の、元気なときのアズサの声がする。
新しい場所を見つけたみたいだな…きっと、希望にも満ち溢れていて、楽しい場所にいるんだろう。
きっと、アズサはそれを守るために、アリウスに反旗を翻したんだろう。
「アズサ…」
きっと、それは正義で、アズサも葛藤しながら決心したんだろう。自分の、意志で。
やっぱり、アズサはすごいな。俺みたいな凡人とは全然違う。とても強くて、流れで生きているような俺とは全然違うな。きっとそれは、尊敬するべきことで、祝福されるべきことなんだろう。
「…妬ましい」
でも…それはそれで、これはこれだから…。俺は、俺の思いを晴らすために、俺の私怨のために…アズサ、お前を、お前を…。
「おい!早く動け!…裏切られて、ショックなのは分かるが…」
隊長に声をかけられた。そうだ、俺にはやるべきことがある。待ってろよ、アズサ…そして…先生。
俺が必ず、殺してやる。
ああ…愚かな感情だ、汚い感情だ、嫉妬だなんて。でも、愚かなことと自覚しても…俺は普通で、弱い人間だから。今更断ち切るなんて、きっとできないから。
俺は、自分の弱さに、心底腹が立った。それでいて、自分を止められない自分にも、殺意が湧くほどであった。しかし、それが俺で、それが自分なんだ。
それはそれで、これはこれだ。俺は、思考を闇の底へ遺棄した。
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あちこちに仕掛けられたブービートラップ。それらを回避しながら、アリウス達はアズサ一行を追い詰める。
アリウス生はずいぶんと数が減った。流石アズサだ。素直な感情が出る。
そんなことを思いながら、俺は駆け足で集団についていく。もう奥には体育館しかない。この人数にいくらアズサといえども、単体ではさすがに勝てないだろう。
「はあ、はあ…」
まともに訓練をしておけばよかったと後悔した。命がすぐ消し飛ぶような場所の中で、長時間走るのは耐えられたものではない。
そして、次の舞台は銃弾飛び交う地獄となるだろう。この体育館の扉を開ければ…。
「…なるほど、逃げたのではなくて待ち伏せとは…」
そこに待っていたのは、四人の生徒と、1人の大人だった。そして、俺はあの大人を知っていた。
"待ってたよ"
全てを見透かしたような、これから起きることを全て予感してるような、そんな自信に溢れた声で、そう言った。
理想論を現実にする力を、思想を、心を、全てを兼ね備えた、いわゆる完璧人間であった。それは、奴が出す全てからまじまじと感じられた。
シャーレの先生…。ああ…目の前にするとさらに感じる。こいつは特別だ。もしかしたら、キヴォトス中のすべての問題も、こいつがいれば解決できるかもしれない。
俺とは…違う…。
妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。
「妬ましい…」
激情に駆られながら、俺のエゴのために、明確な殺意を持って、駆け出した。
もう自己嫌悪はない。ただ、殺すだけ。そのどす黒い感情に全てを侵された。しかし、それもいいだろう。久しぶりの笑みがこぼれた。
ドルルルルル
銃声が焦げ臭さとともに広がる。この体育館も、部活があって、授業があって、青春があったのかな。それを踏みにじってる自分が、どうにも特別になっている気がして、高揚感で天に昇りそうな気分になった。
「ぐぁっっ!」
しかし、誰かが撃った銃弾が、俺の肩を貫いた。血が出る、痛い、怖い。
だけど、俺は、アイツラを殺さないといけないから。すぐに体制を整えて、銃を構えた。そこに恐怖は、二度は出てこなかった。
"ハナコ!アズサにサポートを!"
『先生』の指示が、轟音が響く体育館にはっきりと広がる。
怖いほど正確な指揮だ。相手は四人だけのはずなのに、まだ誰も倒せておらず、さらに言えば、押され気味だ。
…妬ましい。何もかもが、その顔、その能力、その人格。全て俺が欲しかったものだ。なんで、なんで俺にはないんだ。それさえあれば…それさえあれば!!
「うあああ!」
気づけば少人数となっていたアリウスの生徒たちとともに、最後の突撃を仕掛ける。それは玉砕であった。
"アズサッ!"
「わかってる!」
そう言うと、アズサは銃を連射する。アズサの目の前に向かっていた俺は、もう避けられない…ヘイローが無い俺は…。
そんな絶望感に身を任せ、俺は目を閉じて、銃声に耳を傾けた。改めて聴くと、意外といいものだ。
銃声が奏でる意外とで、それでいて美しい曲に集中していると、熱さが襲い、意識が吹っ飛びそうになった。
グチョ、グチョ。
仰向けに床に倒れ伏した俺は、自分の身体から流れ出る音を聞いた。
右腕が動かない…左足も、呼吸さえも満足にできない。骨が折れる音も、鮮明に聞こえた。
「グフッ…あが…」
胃の中から逆流したものを吐き出す。どす黒い赤、
そう形容できる物質が飛び出た。
あ〜…やっぱり無理か〜。しょうが無い、相手は先生とアズサ、それに他の奴らも…俺には想像できないぐらい特別なんだろうな。凡人の俺じゃ、もともと勝ち目なんか無かったんだ。
でも…でも…せっかくこの世界にこれたんだから…特別なこと、できると思ったんだけどな…。
何もできなかった、何も変わってなかった、そんな悔しさを感じながら、俺は眠気に襲われた。
もう…終わりか…これからアイツラはどうなるんだろうな、これからアリウスは、どうなっていくんだろうな。
後悔は尽きない。疑問も尽きない。だが、願うのはできた。
ああ…最後に一回でいいから…『特別』に……なりたかったな。
そう目を閉じると、暖かく、優しく、そんな女性の声が聞こえる。
『特別か…そうだな、汝は凡庸である。世界が作られてから幾万幾億と作られた人と、変わった点は存在しない』
…何いってんだ?てか誰だお前?…そんなこと、俺が一番わかってるんだよ!
『我は汝…汝は我…我は汝の、いや、全ての者の心の奥底に潜む存在。故に、我は人の感情の全てが分かる』
『汝は、妬ましいのだろう?自分には持たないものを持っている存在が、自分にはできないことをできる存在が!』
…………
『安心しなさい…我は、そんな汝を否定するつもりも無く、むしろ尊敬する』
……なんでだ?
『汝はそのことに気づけた。汝はそれを変えようと努力した。我は…汝の試みを見ていた』
『後は我に任せるといい、我が汝の願いを叶えたもう。汝の願いは何ぞや?』
俺は…俺は…
あいつらを…めちゃくちゃにしてやりたい。
『願いは、聞き入れた』
グ…ググググ
"?!あれは!?"
血だらけになりながら立つ。不思議と先ほどまで感じていた疲労感がない。
「あ…悪魔…?」
万能感と燃えるような痛みが全身を支配する。
「ハ…ハジ……メ?」
俺は理解した。俺は使命を必ずや果たさなくてはならない。それが御言葉である。
"…みんな、構えて"
殺してやる、欠片も残さず。消してやる、灯りを、光を、この世から。
「やっほー☆…もしかして、修羅場だったりする?」
そう決心した俺が駆け出そうとすると、この場に合わない、明るい声がした。
「…君たち、あの子を休ませてあげて。できれば今すぐ」
「了解」
そう言って近づいてきたアリウスの生徒たちに、されるがままに持たれた。不思議と抵抗ができなかった。
「安全な場所…できれば、アリウスに逃がしてあげて」
そう言われた生徒たちは、俺を連れて、カタコンベへと駆け出した。俺はまだするべきことがあると抵抗しようとしたが、なくなったはずの疲労感がどっと押し寄せてきた。
「しょうが…ないか……」
同時にやってきた眠気に勝てず、俺の意識は闇へと堕ちた。溢れ出しそうな嫉妬とともに。
To be continued
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