トコ、トコ
張り詰めた緊張感の中、私達アリウススクワッドは、作戦の目標であるトリニティの古聖堂へ足を運んでいた。
「皆、準備はいいな?」
作戦の確認を行う。…よし、エラーはなさそうだ。
「…ついに始まるんですね。いやだな〜ヒナさんと戦うの…」
「………」スッスッー
「……………………」
辺りには些か重たすぎる雰囲気が広がる。食べればすぐに吐いてしまうような、そんな雰囲気が。
皆の目が本気だ。アズサが裏切ったこと、そして…ハジメが撃たれたこと。このことが、さらに作戦の重要度を上げた。
ハジメが撃たれたと聞いたあの日、アリウススクワッドは混乱状態に陥った。いつもはやかましいヒヨリも、衝撃によって言葉が出ておらず、『ウソですよね…』としかつぶやけなかった。
普段は感情を見せないミサキも、その日ばかりは心配からか、涙を流した…ように見えた。
ふと思い立って、首にかけてあるペンダントを開ける。そこには、楽しかった頃の6人がいた。
…あの頃は、いろんな話をした。希望があった。でも、今は…。とにかく、何もなかった。
光と、闇。それは、今の私たちを喩えるのに、残酷なほどに適切だった。
なあ、ハジメ…アズサ…。私は、私たちは、どうやって生きていけば…。
「Vanitas vanitatum et omnia vanitas……」
私は、逃げるようにアリウスの教えを呟き、現実を忘れるように任務に向けてに集中を高めた。しかし、私は知っていた。それが、何の救いにもならないことを。
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エデン条約調印式当日、私は、『シャーレの先生』として出席していた。
…あの時は、いろんなことが起こったなあ。皆で試験を受けようとして、アリウスの生徒たちと戦って、…ミカが立ちはだかってきて。
だけど…一つ、不明な点があった。あの、『少年』のことだ。
キヴォトスでは珍しい男の子で、私と同じく、ヘイローはついてなかった。
血まみれで、隻腕で…とても、見るに堪えない見た目だった。そして…恐らく私に、大きな殺意を抱いていた。
あの目は、何かに取り憑かれているような…。そんな感じの目だった。言い方は悪いが…人がしていい目ではなかった。
だが、彼をそんな目にした原因は…私だ。私が、何も確認せずにアズサに指示を出したから、あの時、私がアズサを止めていられたら、私が、しっかり見極められていたら。
後悔の念が、傷つけられ、流れ出てくる竹水のように止めどなく溢れ出す。しかし、水であるというのに、流れ落ちることはなく、水たまりのごとく、とどまり続けていた。
防げない事故だったとしても、私は生徒に怪我を…それも、重症を負わせてしまった。もしかしたら、命に関わるかもしれない。
そんなことをするだなんて…私は…先生失格だ。
「大丈夫ですか?だいぶ考え込んでいるようですが…」
あのことを思い出しながら肩を落としていると、誰かが声をかけてくれた。
"ああ、ヒナタ。いや、今晩のご飯のことを考えていてね"
「へえ…決まったんですか?」
"う〜ん…ゼリーとかかな"
「…体を大切にしてください…」
よかった、うまく誤魔化せたみたいだ。
「それより…先生、そろそろ調印式が始まりますね」
"そうだね…上手くいくといいけど"
何か、心の中の焦りが取れない。まだ課題はあるぞ、まだやることはあるぞ。そんなことを告げられてるような気がする。
ふと外を眺める。それには何の意図もなかった。しかし、どうしようもなく外が見たかっただけだ。…?何か光って…
その瞬間、閃光が、粉塵が、熱が、煙が、絶望が、痛みが、周囲に広がった。
それは、まるで天から降った天誅のような、人間への罰のような。そんな印象を私に思わさせた。
炎の矢が降り注ぐ、その一つ一つが、私を崩していく感触がある。
だれかからか、『お前はやりすぎたのだ』とでも、言われたのかと感じた。バベルの塔のように、私は崩壊していった。
「先生ッ!」
しかし、そんな事に気づいた時には、私の意識は、既に闇に堕ちていた。
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「…壮観だな…」
古聖堂から少し離れた小山の上から、燃え盛る業火とともにある古聖堂を見て、俺はそう呟いた。
もっとしっかり見るために、『
ああ、やはりものすごい。紅蓮の業火、誰のかも分からない血液。…衝撃に耐えられず倒れ伏す者、何が起こったか分からず立ち尽くす者、冷静に分析し、即座に行動を起こそうとする者、混乱に陥り、叫ぶことのみしかできなくなった者。
まるで、世界が急速に終末に向かっている時のような、そんな世紀末的な雰囲気が、辺り一帯に漂っていた。
俺はそれを、美しいとおもった。ルーヴル美術館でモナ・リザを初めて鑑賞したときのように、ただただ、圧倒され、畏怖の念を抱くことのみしかできなかった。
「…行くか」
芸術的な魅了を、人らしい理性で振り切り、俺は覚悟の言葉を呟いた。俺は、ただの人であることを自覚した。
サオリには必死になって止められたが、やはり俺の欲望は抑えることはできない。俺は、『先生』を殺さなければならないのだ。
それが俺の使命で、それが俺の今の生きる意味だ。俺は、そう決めている。
「ごめんな、サオリ、皆」
ちょっとした懺悔をしながら、再度ガスマスクをつけて、俺は古聖堂へと駆け出した。
…………
………………
「すごいな…」
ここに来てから感心しかしてないように感じる。当然だ、信じられない光景がペラペラと繰り広げられているのだから。
「ッッッ!多すぎる!」
黒を基調とし、赤を所々に入れた制服…正義実現委員会か、が数百ほどいる霊的な存在と交戦している。
あの青白い奴らは…そうだ、
マエストロさんが嬉々として報告してた記憶がある。これこそが芸術だとか言ってたな。俺にはあまりわからないが。
そしてその奥には…みつけた
『先生』だ。
その瞬間、また心の中がどす黒い感情に支配され、それと対応するように暖かな声が聞こえる。
『おお…ハジメよ。今こそ汝が行動を起こすべき時である』
言われなくても…使命は果たす。
ブチ、ブチ
全速力であいつの下に向かう。筋肉がちぎれる感触があるが、気にしない。気分は大海に漂う船を襲う気分だ。
「……!12時方向!!なにか来ます!総員、先生の安全を確保してください」
一際背の高い生徒が叫ぶ。…へえ…随分とVIP待遇じゃないか?先生。
それもそうか、あなたは『特別』だったんだな。きっと、その子たちのことも救ってきたんだろう。
…妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい。
殺す
「なっ…速ッ…!」
「相手は…私だ!」
俺の前に赤い目をした生徒立ちはだかる。確か…剣先ツルギ、だったな。
「邪魔だ」
俺は目の前のヤツに対して貫手を繰り出した。
しかし、奴は簡単そうに避けて、ショットガンを俺の顔面に向ける。
ドンッドンッ!!
二発の銃声が、戦場に轟く。鮮血があたりに飛び散った。
「な…な、に?頭…が?」
…声が聞きづらい。視界も真っ暗だ。なんでだ?
………………な…に……?頭…が…ふっとんで
………ああ、よかった。すぐ戻った。
「な、なんだ!?頭が…消し飛んで、再生してっ?!」
動揺している目の前の女の頭をつかむ。その勢いのまま、膝で顔面を思い切り蹴った。
メギャッ
痛い。俺の膝のほうが壊れちまった。でも、まだ戦える。
もう一度、今度は逆の膝を、今度はつま先を、交互に奴の顔にぶちまけた。
「…キィエエエエ!!」
グアッ!
拘束を解かれた。その事に気付いたあと、一瞬遅れて手先に痛みが降りかかる。
…ん?指が…ない?
まあ…いいか。
俺は目の前の、俺の目的を阻止しようとするやつに向けて、歩みを進めた。
「はあ、はあ…こ、この化け物……悪魔がっ!」
鼻血を垂らし、呼吸も荒くげて、気持ちが悪いようなものを見る目で、俺のことをみてきた。化け物?悪魔?…お前らの方だろ?
「ぐああああああ!!」
高速で移動しながら、ショットガンを撃ってくる。当たるけど、なぜか傷が治る。『
ガンッ!ゴンッ!
十分に近づけた俺は、万力の力を、殺すのに十分な殺意を込めて、奴の頭を殴打した。拳はもはや拳骨ではなかった。それは、肉と骨の塊となって、彼女へと降り注いでいた。
「ぐっ!?ぐううう!」
バランスを崩したヤツは、地面に倒れ伏した。俺は、ヤツにマウントをとって、ヤツの顔を殴った。
抵抗してショットガンを撃ってくるが、止まらずに殴打を続ける。10発、20発、30発と、続けて、続けて殴り続ける。
拳が折れる。手首が折れる。それでも、殴り続ける。使命のために。俺の、憎しみのために。
「ツルギッ!」
後ろからも撃たれる。痛い。脳がシェイクされる。それでも攻撃は続ける。
"……あの子は、もしかして…"
こんな雑音の中だが、鮮明に先生の声が聞こえる。
…もしかして、先生は俺のことを覚えてたりするのか?それはそれで…いい気味だ。
そんなこと考えていると、バサバサと何かの羽音がする。
「正義実現委員会っ!先生をこっちによこして!」
「ッッッ!クアッ!」ダダッ
甲高い声が響く、俺がそっちに気を向けると、すぐに正実委員長が俺の拘束から抜け出した。
あいつは…ゲヘナの風紀委員長。最重要人物として登録されていたな。確か、戦闘力が異様に高いんだったな。
「ッッッ!空崎ヒナ!!先生を頼むぞ!」
さっきの奴が、声を振り絞って、何か言ってる。随分と必死そうだ。
「…いいの?」
「ああ…こいつは危険だ。私がここで、倒す必要がある!」
俺が危険ですって。心外だ。お前のほうが化け物じみてるじゃないか。自分のことを棚に上げやがって。
「…私からもお願いします。風紀委員長。先生まで何かあっては、もう収拾がつきません」
「…………」
「風紀委員長……!先生を、よろしくお願いします!」
「…任せて」
そう言うと、先生はゲヘナの風紀委員長に背負われて、去っていった。
まて。まだ殺してない
脚に力と憎しみを最大限込め、追いかけようとする。その瞬間。
ザザッ
「言っただろ?お前の相手は、この私だ」
剣先ツルギがまたしても俺の前に立つ。…クソ、害獣みたいな動きをしやがって。
「邪魔を…するな!」
「ハスミッ!お前は他の奴らを頼む!私は、こいつを…責任を持って倒す!」
二丁のショットガンを持って、ヤツは俺へと接近する。上等だ。お前も特別なやつなんだろ?俺には持ってない、俺にはできないことを、簡単にできるんだろ?
だから……俺も責任持って、お前を殺す。普通の人間として、罪を持っている人間として。
拳を握りしめ、感情を殺意で充電して、彼女に向けて走った。
遠く、近い、どこかの道で……
「アレは…ハジメ……?」
『どうしました?ミサキさん?…ハジメさんが、どうかしたんですか?』
「いや…なんでもないよ、ヒヨリ」
(そう…アレがハジメなわけない…。あんな、あんなに憎悪に染まった目は、しないし、できないはず…)
「それより…風紀委員長が先生を連れて行った。ルートは送るから、早く追いかけるよ」
自分に言い聞かせるように言った。アレがハジメだったら、耐えられない気がしたから。
(大丈夫だよね…きっと、いや絶対、ハジメは無事だ。そうでなきゃいけない)
ペンダントを握りながら、はかなげな少女が一人、使命のために走り出した。それは、少女が背負うには、大きすぎる罪であった。
To be continued
さあ、ハジメくんはこれからどうなっていくのでしょうか…救いか、それとも……
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