アリウスと原罪   作:パエリアさん

17 / 65
第17話 どうか、私達の罪をお赦しください

「アズサアアア!!」

 

私はかつての家族を追いかける。アイツは、許されないことをしたから。そう、それは禁忌である。それを、アイツは破った。

 

「うぐ……」

 

ハジメの脚がなくなって、芋虫のように転がっている。痛々しい。真っ赤な血が黒く流れて、血溜まりを作り上げていた。それは、海ができる過程のようだった。そして、私は理解しているんだ、ハジメをこんなのにした原因はアズサだ。ということを。

 

「げほっげほっ…あー…。動けないな、これ」

 

さらに、他のメンバーもアズサによってボロボロになっている。

 

家族を傷つける。そんな重罪の裁きを与えるために。私は動き続ける。

 

 

 

「私達は、家族じゃ…なかったのか…?」

 

誰にも聞こえないような声で、私は呟いた。この言の葉は、納得でもあり、拒絶でもある言葉であった。

 

家族じゃなければ当然か。もしそうだったら私達はただの敵同士なんだから。

 

そうだ、この世には正義も、悪もない。ただただ、現実があるだけだ。だから、私が断罪をする義務も、権利もない。でも、でもだ。

 

 

 

それはそれで、これはこれ。だから……。

 

 

 

「うおっ!?」

 

逃げ回るアズサをひっ捕まえ、拳を食らわせる。憎しみと、困惑と、悲しみを込めて。

 

アズサの頬を突き破る。生々しい感触が拳に伝わる。私は恐怖した。悪魔にでもなった気分だ。でも、それが私の欲望で、使命だ。

 

アズサを投げ、地面へ突き落とした。

 

「チェックメイトだ、アズサ」

 

あちこちから出血し、ボロボロなアズサに銃口を向けながら、私はそう言った。

 

「お前にしてはよくやった。しかし、お前の考え方、思考、それは最初から全てお見通し…」

 

「全部、無駄だったんだ」

 

アズサは、それを言っても顔に絶望も、失望も見られない。あるのは『迷い』それだけだった。…妬ましい。

 

「意志さえあれば、道具は関係ない。重要なのはそこに込められた『意志』だけ…」

 

そうだ、殺意が必要なんだ。私たちには、それが足りなかった。私も、アズサも。これの出来事は、それが原因だ。

 

「ミサイルも、爆弾も、全ては私達の恨みを解決するためのもの…」

 

そうだ、恨みも必要だ。私は、今まで、恨みが不明瞭だった。それはいけない。作戦のため、恨みを増幅させなければ…。

 

ぐつぐつと、自発的なマグマが、私の中で生まれて、落ちる。それは石となって、私に降り注いだ。

 

「…その恨みは、一体誰のなんだ?サオリ」

 

アズサは、恨みの場所について聞いてきた。…私も知りたい。なぜ恨むのか、何を恨めばいいのか。でも、恨まないとやっていけないんだ。

 

アズサは恨めないから…同情してしまうから…アリウスなのに、優しいから…だから、きっと迷いが出てしまうんだ。そう、そうに違いない。私とアズサは家族だから、何となくでも分かる気がする。

 

「…弱いな、アズサ。その弱さが、お前を縛り付けている」

 

アズサが大事そうに抱えていたぬいぐるみへ視線を移す。…ペンダントは捨てたのに、ぬいぐるみは持つんだな。

 

自分のペンダントに手を当てる。一生涯外すことはないだろう。家族は、私の生きがいであり、人生だから。

 

ペンダントを外すという行為は、死ぬことと同然だから。

 

ああ…アズサは捨てられたんだろう。葛藤はあったのか、苦痛は存在したのか。でも、あってもなくても、アズサが私たちを…ハジメを捨てたことに、かわりはない。

 

 

だから…アズサ…もう、眠ってくれ。

 

 

 

「…妬ましい」

 

憎しみとともに引き金を引こうとする瞬間、背筋が凍るような、言の葉からそのまま恐怖が出てるような、そんな声が聞こえた。

 

「ハジメ?」

 

ハジメは、いつの間にか治りきった脚で、私達の元へ向かう。俯いていて、部屋の雰囲気も合わさり、暗い印象を思わせる。これでは、本当に悪魔そのものだ。

 

「…アズ、サ。トリニティは楽しかったか?」

 

低い、掠れた声でハジメが尋ねた。その言葉に抑揚は見られない。

 

「アズサ、そのぬいぐるみは特別なんだな、…ペンダントがないってことは、それよりも」

 

失望したような、でも、悲しみは見られない声。不思議な声だった。

 

「それは…違う…」

 

アズサは、叱られた時の子供のような、力ない声で答えた。

 

空間はヒリヒリと震え、今にでも破裂しそうに張り詰めていた。そこには、沈黙があった。

 

「何が違うんだ?別にいいんだ。ペンダントを捨てても、お前は特別だから、きっと新しいとこでも上手くいけるんだろう」

 

先ほどと変わらない声だったが、確かに慈愛がこもっていた。抑揚も戻っていた。しかし、それがさらに不気味さをあおる。

 

「それはきっと、他のキヴォトスの奴らにも言えることなんだろう。だから、お前がやってることは普通なんだ。キヴォトスの中のな」

 

「だから、スクワッドたちも、きっと俺を捨てても大丈夫なんだろう。なんだかんだ言って、皆『特別』だから」

 

こいつ…何を言っている?

 

「そんなことない!」

 

突然訳が分からない事を言ったハジメを、私は必死に否定する。そんなはずない、ハジメを見捨てるなんて、あり得ない。

 

「いいや、それができるんだ。お前たちは。より良い選択をするために、最善の行動ができるのがお前らで、それを支えるやつもいる」

 

真っ向から否定される。そんなことない…私は、ただの弱い人間なんだ。だから、ハジメと一緒なんだ…そうに、そうに決まっている…。

 

「支えるやつ…先生、か?」

 

「そうだ、アズサ。だから、きっとお前たちは人を信用できる。人を愛することができる」

 

なにを言っているのか分からない。ハジメもできるはずだ。私達は、何も変わらないんだから。

 

「俺はできない。愛せない。俺は『普通』だから、俺は、嫉妬してしまったから」

 

悔しそうな、今にも泣き出しそうな声でそう言った。

 

「だから…俺は、全てをムチャクチャにしてやるんだ…先生も、お前の友人も、全部、全部妬ましいから」

 

「…俺は、もう苦痛には耐えられないから」

 

虚ろな目でそう言った。その目には、もう光は微塵も存在していなかった。

 

「くっ!」

 

アズサは、その瞬間にもう逃げ出した。もう耐えられない、聞きたくないとでも言いたげに。

 

私も、もうハジメのこんな姿は見たくない。私は、いつもの、ニコニコしてて、優しくて、大好きで…そんな、ハジメが見たかっただけなのに。

 

どうして、こうなったんだ?

 

アズサを追うこともなく、私はただ、そんな疑問に頭を悩ますことしかできなかった。

 

「…………」

 

静寂。なんとも言い難い雰囲気の中、私達の5人は、ただ立ち尽くしていた。

 

そんな中で、沈黙を破ったのは、この雰囲気を作り出したハジメ自身であった。

 

「ああ…アズサ。忘れ物をしたな。珍しい」

 

アズサのぬいぐるみを持ち上げた。ハジメは、それを眩しいものをみるような目で見つめる。

 

 

 

ピッ…ピッ…

 

 

 

ん?この音…は…。

 

「ッ!ハジメ!」

 

爆発音が聞こえる。間に合わなかった。また、ハジメを守れなかった。いやだ、もう、ハジメが傷つくのは耐えられない。

 

もう、これ以上好きな人が傷つくのは、耐えられない。

 

 

 

 

轟音、熱、絶望、憤怒。それが空気の刃となって、私を細切れに砕いた。

 

 

 

吹き飛ばされる。痛い。間に合わなかった。これは、セイアの時に渡した…。

 

想像するだけで、冷や汗が滝のように流れる。事態を想像する。祈ることしかできない自分に、吐き気がする。

 

 

 

永遠に続くような煙幕が、ついに晴れる。そこにいたのは、目を閉じ、見たことがないくらいにきれいな顔で横たわっている、私達の希望だった。それは残酷に、自然的に、そこにいた。

 

____________________________________________________

 

誰もいない路地に響く雨の轟音が、私に染み渡る。

 

雨粒は、私の涙と溶け合って、無意味に地面へこぼれ落ちる。雨粒さえ、私を否定している気がする。

 

「うっ…うぁぁ」

 

意味もなく涙を流す。その行為が無意味だと知っているのに、他にやらなければならないことがあるのに、止めることはできない。

 

「ごめん…ヒフミ…。ごめん…ハジメ…」

 

懺悔の言葉が雨と混じって、湿った地面に染み渡る。このまま、この気持ちも地面に溶けてしまえばいいのに。

 

でも、きっとそれは許されないんだろう。強欲だった私に、天は罪を与えたんだろう。

 

「これで私は…どこにも…」

 

ハジメの言葉が心で木霊する。違う、私はハジメを捨てたわけじゃない。そんなこと、できるはずがないんだ。

 

『お前は特別だから』

 

ハジメの声が聞こえる。その声は、私の心を壊すのに十分だった。

 

『俺とお前は違う』

 

違う…違わない。私もハジメも、変わらない。特別じゃない。私は、ただの弱い人間だ。なのに、なのになんで!

 

「ああ…そっか」

 

目に雨粒が入ることもためらわず、私は天を仰いだ。…ハジメも、同じ空をみているのかな。

 

「欲張り…すぎたんだな…」

 

ああ、自分の強欲さを憎む。自分の弱さを憎む。自分の情けなさを憎む。

 

私が欲張りすぎたせいで、こんなことになったんだ。私が弱いから。私が努力をしなかったから。

 

過去を振り返る。止める瞬間はいつでもあった。止める力もあった。それなのに止められなかったのは、怖かったからだ。

 

誰も傷つけたくなかったから。全員を救えると驕っていたから。仲間外れは、嫌だったから。

 

…好きな人に嫌われるのは、嫌だったから。

 

ああ…神様、いるのなら、嫌われる覚悟もない。一欠片の勇気もない。そんな私を、どうか憎んでください。

 

そして、覚悟あるものを…私なんかより、ずっと強い人を、私のかわりにお救いください。

 

どうか…どうか…。

 

目をつぶり、無力感に身体を任せながて、そんな祈りを捧げると、何者からか声がかかった。

 

『挫折してる場合じゃないぞ。アズサ』

 

…私?

 

『こんなところで懺悔をしている暇があったら、次の計画のために動いて』

 

なんて酷なことを言うんだ。

 

「もう、無理なんだ。もう、疲れたんだ」

 

私は本音を告げる。誰かわからないけど、何故か弱音も言いやすかった。

 

『なんで?ハジメに嫌われたからか?ヒフミのプレゼントを台無しにしたからか?』

 

「いや…違う。ただ、疲れたんだ、それだけだ。もう…いいんだ」

 

もういい…もういい…もう、誰かを傷つけたくない。

 

 

 

 

 

 

『…Vanitas vanitatum… et omnia vanitas』

 

…急になんだ?

 

『全ては虚しい、どこまでいっても、ただ虚しいものだ…だったな』

 

そうだな、今だったらそれを理解できる。ただ、私は今逃げてるだけだけど。

 

『でも、お前は教わったじゃないか。この言葉の解釈を』

 

…ハジメ?

 

『全ては虚しい…だからこそ、精一杯生きるんだ…だろ?』

 

目の前の私が、ハジメに重なる。

 

『いくら失敗したって、いくら挫折したって、いくら嫌われたって、ここで燻る理由にはならないだろ?』

 

全身に、もう一度力がこもる。

 

氷のように冷めきった体に、再度燃え盛るような烈火が灯る。

 

『…それでも、最善を尽くさない理由にはならない。お前の教訓だったはずだぞ?』

 

ああ、忘れていたな。危ないところだった。ありがとう。

 

『行ってこい、アズサ。皆のために、自分のために』

 

私は立ち上がった。使命を果たすため、救世主になるため。強欲とも、今は呼んでくれても構わない。

 

まだ雨は降りしきっている。豪雨はやむ気配はない。きっと、私の心の中も同じ空模様なんだろう。

 

きっと、後悔がやむことはないし、これからもずっと引きずっていくんだろう。

 

それでも、今日最善を尽くさない理由にはならないから…精一杯に生きない理由にはならないから。

 

「行かないと…なんとしてでも、サオリを…」

 

私は、悲鳴をあげる身体に鞭を打って、使命のために駆け出した。

 

皆に捧げる祈りとともに。

 

To be continued






閲覧いただきありがとうございます!!
感想、評価、お気に入り、よろしくお願いします!!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。