「アズサアアア!!」
私はかつての家族を追いかける。アイツは、許されないことをしたから。そう、それは禁忌である。それを、アイツは破った。
「うぐ……」
ハジメの脚がなくなって、芋虫のように転がっている。痛々しい。真っ赤な血が黒く流れて、血溜まりを作り上げていた。それは、海ができる過程のようだった。そして、私は理解しているんだ、ハジメをこんなのにした原因はアズサだ。ということを。
「げほっげほっ…あー…。動けないな、これ」
さらに、他のメンバーもアズサによってボロボロになっている。
家族を傷つける。そんな重罪の裁きを与えるために。私は動き続ける。
「私達は、家族じゃ…なかったのか…?」
誰にも聞こえないような声で、私は呟いた。この言の葉は、納得でもあり、拒絶でもある言葉であった。
家族じゃなければ当然か。もしそうだったら私達はただの敵同士なんだから。
そうだ、この世には正義も、悪もない。ただただ、現実があるだけだ。だから、私が断罪をする義務も、権利もない。でも、でもだ。
それはそれで、これはこれ。だから……。
「うおっ!?」
逃げ回るアズサをひっ捕まえ、拳を食らわせる。憎しみと、困惑と、悲しみを込めて。
アズサの頬を突き破る。生々しい感触が拳に伝わる。私は恐怖した。悪魔にでもなった気分だ。でも、それが私の欲望で、使命だ。
アズサを投げ、地面へ突き落とした。
「チェックメイトだ、アズサ」
あちこちから出血し、ボロボロなアズサに銃口を向けながら、私はそう言った。
「お前にしてはよくやった。しかし、お前の考え方、思考、それは最初から全てお見通し…」
「全部、無駄だったんだ」
アズサは、それを言っても顔に絶望も、失望も見られない。あるのは『迷い』それだけだった。…妬ましい。
「意志さえあれば、道具は関係ない。重要なのはそこに込められた『意志』だけ…」
そうだ、殺意が必要なんだ。私たちには、それが足りなかった。私も、アズサも。これの出来事は、それが原因だ。
「ミサイルも、爆弾も、全ては私達の恨みを解決するためのもの…」
そうだ、恨みも必要だ。私は、今まで、恨みが不明瞭だった。それはいけない。作戦のため、恨みを増幅させなければ…。
ぐつぐつと、自発的なマグマが、私の中で生まれて、落ちる。それは石となって、私に降り注いだ。
「…その恨みは、一体誰のなんだ?サオリ」
アズサは、恨みの場所について聞いてきた。…私も知りたい。なぜ恨むのか、何を恨めばいいのか。でも、恨まないとやっていけないんだ。
アズサは恨めないから…同情してしまうから…アリウスなのに、優しいから…だから、きっと迷いが出てしまうんだ。そう、そうに違いない。私とアズサは家族だから、何となくでも分かる気がする。
「…弱いな、アズサ。その弱さが、お前を縛り付けている」
アズサが大事そうに抱えていたぬいぐるみへ視線を移す。…ペンダントは捨てたのに、ぬいぐるみは持つんだな。
自分のペンダントに手を当てる。一生涯外すことはないだろう。家族は、私の生きがいであり、人生だから。
ペンダントを外すという行為は、死ぬことと同然だから。
ああ…アズサは捨てられたんだろう。葛藤はあったのか、苦痛は存在したのか。でも、あってもなくても、アズサが私たちを…ハジメを捨てたことに、かわりはない。
だから…アズサ…もう、眠ってくれ。
「…妬ましい」
憎しみとともに引き金を引こうとする瞬間、背筋が凍るような、言の葉からそのまま恐怖が出てるような、そんな声が聞こえた。
「ハジメ?」
ハジメは、いつの間にか治りきった脚で、私達の元へ向かう。俯いていて、部屋の雰囲気も合わさり、暗い印象を思わせる。これでは、本当に悪魔そのものだ。
「…アズ、サ。トリニティは楽しかったか?」
低い、掠れた声でハジメが尋ねた。その言葉に抑揚は見られない。
「アズサ、そのぬいぐるみは特別なんだな、…ペンダントがないってことは、それよりも」
失望したような、でも、悲しみは見られない声。不思議な声だった。
「それは…違う…」
アズサは、叱られた時の子供のような、力ない声で答えた。
空間はヒリヒリと震え、今にでも破裂しそうに張り詰めていた。そこには、沈黙があった。
「何が違うんだ?別にいいんだ。ペンダントを捨てても、お前は特別だから、きっと新しいとこでも上手くいけるんだろう」
先ほどと変わらない声だったが、確かに慈愛がこもっていた。抑揚も戻っていた。しかし、それがさらに不気味さをあおる。
「それはきっと、他のキヴォトスの奴らにも言えることなんだろう。だから、お前がやってることは普通なんだ。キヴォトスの中のな」
「だから、スクワッドたちも、きっと俺を捨てても大丈夫なんだろう。なんだかんだ言って、皆『特別』だから」
こいつ…何を言っている?
「そんなことない!」
突然訳が分からない事を言ったハジメを、私は必死に否定する。そんなはずない、ハジメを見捨てるなんて、あり得ない。
「いいや、それができるんだ。お前たちは。より良い選択をするために、最善の行動ができるのがお前らで、それを支えるやつもいる」
真っ向から否定される。そんなことない…私は、ただの弱い人間なんだ。だから、ハジメと一緒なんだ…そうに、そうに決まっている…。
「支えるやつ…先生、か?」
「そうだ、アズサ。だから、きっとお前たちは人を信用できる。人を愛することができる」
なにを言っているのか分からない。ハジメもできるはずだ。私達は、何も変わらないんだから。
「俺はできない。愛せない。俺は『普通』だから、俺は、嫉妬してしまったから」
悔しそうな、今にも泣き出しそうな声でそう言った。
「だから…俺は、全てをムチャクチャにしてやるんだ…先生も、お前の友人も、全部、全部妬ましいから」
「…俺は、もう苦痛には耐えられないから」
虚ろな目でそう言った。その目には、もう光は微塵も存在していなかった。
「くっ!」
アズサは、その瞬間にもう逃げ出した。もう耐えられない、聞きたくないとでも言いたげに。
私も、もうハジメのこんな姿は見たくない。私は、いつもの、ニコニコしてて、優しくて、大好きで…そんな、ハジメが見たかっただけなのに。
どうして、こうなったんだ?
アズサを追うこともなく、私はただ、そんな疑問に頭を悩ますことしかできなかった。
「…………」
静寂。なんとも言い難い雰囲気の中、私達の5人は、ただ立ち尽くしていた。
そんな中で、沈黙を破ったのは、この雰囲気を作り出したハジメ自身であった。
「ああ…アズサ。忘れ物をしたな。珍しい」
アズサのぬいぐるみを持ち上げた。ハジメは、それを眩しいものをみるような目で見つめる。
ピッ…ピッ…
ん?この音…は…。
「ッ!ハジメ!」
爆発音が聞こえる。間に合わなかった。また、ハジメを守れなかった。いやだ、もう、ハジメが傷つくのは耐えられない。
もう、これ以上好きな人が傷つくのは、耐えられない。
轟音、熱、絶望、憤怒。それが空気の刃となって、私を細切れに砕いた。
吹き飛ばされる。痛い。間に合わなかった。これは、セイアの時に渡した…。
想像するだけで、冷や汗が滝のように流れる。事態を想像する。祈ることしかできない自分に、吐き気がする。
永遠に続くような煙幕が、ついに晴れる。そこにいたのは、目を閉じ、見たことがないくらいにきれいな顔で横たわっている、私達の希望だった。それは残酷に、自然的に、そこにいた。
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誰もいない路地に響く雨の轟音が、私に染み渡る。
雨粒は、私の涙と溶け合って、無意味に地面へこぼれ落ちる。雨粒さえ、私を否定している気がする。
「うっ…うぁぁ」
意味もなく涙を流す。その行為が無意味だと知っているのに、他にやらなければならないことがあるのに、止めることはできない。
「ごめん…ヒフミ…。ごめん…ハジメ…」
懺悔の言葉が雨と混じって、湿った地面に染み渡る。このまま、この気持ちも地面に溶けてしまえばいいのに。
でも、きっとそれは許されないんだろう。強欲だった私に、天は罪を与えたんだろう。
「これで私は…どこにも…」
ハジメの言葉が心で木霊する。違う、私はハジメを捨てたわけじゃない。そんなこと、できるはずがないんだ。
『お前は特別だから』
ハジメの声が聞こえる。その声は、私の心を壊すのに十分だった。
『俺とお前は違う』
違う…違わない。私もハジメも、変わらない。特別じゃない。私は、ただの弱い人間だ。なのに、なのになんで!
「ああ…そっか」
目に雨粒が入ることもためらわず、私は天を仰いだ。…ハジメも、同じ空をみているのかな。
「欲張り…すぎたんだな…」
ああ、自分の強欲さを憎む。自分の弱さを憎む。自分の情けなさを憎む。
私が欲張りすぎたせいで、こんなことになったんだ。私が弱いから。私が努力をしなかったから。
過去を振り返る。止める瞬間はいつでもあった。止める力もあった。それなのに止められなかったのは、怖かったからだ。
誰も傷つけたくなかったから。全員を救えると驕っていたから。仲間外れは、嫌だったから。
…好きな人に嫌われるのは、嫌だったから。
ああ…神様、いるのなら、嫌われる覚悟もない。一欠片の勇気もない。そんな私を、どうか憎んでください。
そして、覚悟あるものを…私なんかより、ずっと強い人を、私のかわりにお救いください。
どうか…どうか…。
目をつぶり、無力感に身体を任せながて、そんな祈りを捧げると、何者からか声がかかった。
『挫折してる場合じゃないぞ。アズサ』
…私?
『こんなところで懺悔をしている暇があったら、次の計画のために動いて』
なんて酷なことを言うんだ。
「もう、無理なんだ。もう、疲れたんだ」
私は本音を告げる。誰かわからないけど、何故か弱音も言いやすかった。
『なんで?ハジメに嫌われたからか?ヒフミのプレゼントを台無しにしたからか?』
「いや…違う。ただ、疲れたんだ、それだけだ。もう…いいんだ」
もういい…もういい…もう、誰かを傷つけたくない。
『…Vanitas vanitatum… et omnia vanitas』
…急になんだ?
『全ては虚しい、どこまでいっても、ただ虚しいものだ…だったな』
そうだな、今だったらそれを理解できる。ただ、私は今逃げてるだけだけど。
『でも、お前は教わったじゃないか。この言葉の解釈を』
…ハジメ?
『全ては虚しい…だからこそ、精一杯生きるんだ…だろ?』
目の前の私が、ハジメに重なる。
『いくら失敗したって、いくら挫折したって、いくら嫌われたって、ここで燻る理由にはならないだろ?』
全身に、もう一度力がこもる。
氷のように冷めきった体に、再度燃え盛るような烈火が灯る。
『…それでも、最善を尽くさない理由にはならない。お前の教訓だったはずだぞ?』
ああ、忘れていたな。危ないところだった。ありがとう。
『行ってこい、アズサ。皆のために、自分のために』
私は立ち上がった。使命を果たすため、救世主になるため。強欲とも、今は呼んでくれても構わない。
まだ雨は降りしきっている。豪雨はやむ気配はない。きっと、私の心の中も同じ空模様なんだろう。
きっと、後悔がやむことはないし、これからもずっと引きずっていくんだろう。
それでも、今日最善を尽くさない理由にはならないから…精一杯に生きない理由にはならないから。
「行かないと…なんとしてでも、サオリを…」
私は、悲鳴をあげる身体に鞭を打って、使命のために駆け出した。
皆に捧げる祈りとともに。
To be continued
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