なんか気になるところとかあったら言ってくださいね。
「サ…サオリさん…」
「…リーダー」
「…………」
私は今、目の前で横たわっている男のことを眺めていた。死んだような顔をしている。とても縁起が悪い。
目をつぶり、口を閉じ、仰向けに横になっている。疲れているのか、ちっとも身体を動かさない。
「リーダー、…サオリ!」
…?なんで声を荒げるんだ?ミサキ。なんで、目に涙をためているんだ?
ただ、家族が寝ているだけだろう?好きに、させてやろうよ。寝ることぐらい。
ミサキはなぜかブルブルと震えて、自身の肩を抱いている。その目は酷く細かく揺れながら、私を曖昧に捉えていた。
「ハジメは…もう…もう、生きては…いないんだ……」
弾かれた弦のような声。それは小さくあったのに、空間を確かにギタギタに切り裂いた。
「なんてことを言うんだ!!ミサキ!!」
そんな不謹慎な言葉に、私はミサキを叱った。何を言っているんだ?コイツは?そんな事を、冗談でも言ってはいけない。私は、そう教えたはずなのに…。
「見ろ!爆発を受けたのに、外傷もなくて、服も何もなっていない!!これで死んでいるなんて、あり得ない!!」
そうだ、ありえないことなんだ。何を言っているんだ?こいつら。疲れているのだろうか。明らかに異常だ。だが、無理もない。ここ最近は色々とありすぎた。私がもっとちゃんとしてたら、防げたことだ。
「でも…事実だよ、ハジメの心臓は…動いては、ない。そのことは…」
ミサキが声を淀ませながら、そう言った。それは、とても言いづらそうであった。初めて一輪車に乗るときのように、うっすらとしか、言葉が見えてこなかった。
「嘘だ…嘘だ!さっきまで、なぜか傷がすぐ治って、そんな不思議な能力があったじゃないか!!」
「さっきも、死んだと思ったらケロッと生き返ったじゃないか!これが証拠だ!!なぜ嘘を付く!!」
自分自身に言い聞かせる。そうだ、死んでいるなんてあり得ない。
私達のハジメが死ぬなんて、そんなことあってはならない。もしそうだったら、救いがなさすぎる。まるで誰かにつくられたみたいじゃないか。私達は、私達で道を作り出すんだ。
「…その爆弾は、『ヘイローを破壊する爆弾』でしょ?だから…何か、理解できない現象が起こったのかもしれない」
「そんなことない!見ていろ、今にでも起き上がる!死んだなんて言わせない!心臓が動いていないのは、偶然だ!」
そう言うと、私は心臓マッサージを始めた。応急処置は習った。だけど、ヘイローがないハジメは脆いから、慎重に…。
「……!…」
「姫…?なにを、しているんだ?」
ドンッとアツコに押され、ハジメから距離を取らされた。今すぐに心臓マッサージをしないと命が危ないかもしれないのに。
「何をしているんだ!ハジメが危ないかもしれないんだぞ!!」
アツコにこんな怒鳴りつけるのはいつぶりだろうか。感情のままに、言葉を振り絞る。なぜ、なぜ皆、私を分かってくれないんだ?これでは、私がおかしいみたいじゃないか。
「……(本当は、サオリも分かってるんでしょ?)」
アツコは手話でそう伝えた。しかし、その手はかじかんだように無作法で、亀のように酷く遅かった。しかし、それが作用して、私の心に跡を残す。
「ッッッ!?…何がだ?」
嫌だ、いやだ。認めたくない。知りたくない。
「…(ハジメが…もう、死んでいること)」
その瞬間、水晶が砕けるように、私の中の何かが壊れる。なんでだろう?何回も苦しみを味わって、でも、そのたびに大丈夫で…。
でも、今回は大丈夫じゃなくて、取り返しがつかなくて。
「違う……違う!!」
勝手に涙が零れ落ちる。違う、なんで涙を流す?ハジメは、死んでなんかないのに。こいつらは、嘘つきなのに。おかしいのは、こいつらのほうなのに
「違わないんだよ…サオリ…」
いつもより光がない目で、ミサキが私のことをしっかりと見た。
「ハジメはね、死んだんだ。私達のせいで、私達が、…巻き込んだから」
そう言ったミサキは、ぼろぼろと大粒の涙を出し始めた。きっと、彼女も今理解したんだろう。それを思うと、さらに心がきゅっと締まる。きっと、耐えられない苦痛がミサキを襲っているんだろう。
「辛い…ですね、苦しい…ですね」
いつもの口癖を、いつもと違った雰囲気で言うヒヨリ。それは暗く、死んだ花のように枯れていた。
「どうしてでしょう?私達みたいな者が生き残って、ハジメさんみたいな人が死ぬ理由は」
涙こそ流さないものの、顔は死んでいる。その顔は、残念ながらみんな一緒だった。
沈痛が流れる。全員が己の背負う罪について考えている。だが、少なくとも私は、贖罪の方法がついには思いつかなかった。
「ああ…
それが答えなんだ。それが真理なのだ。神は、いない。いたとしたら、それは滅さなくてはならない。他のものが崇拝していたとしても、それな光であって、絶対であったとしても、私は、私だけは抗わなくてはならない。
「それでも…
ハジメだ。思えば、ハジメは私たちにとっての救世主だった。
いつも笑顔で、希望を呟いて、私たちをより良い方へ導いてくれる。そんな存在だった。
アイツと出会って、私達の人生の色は変わった。寂しいモノクロから、多様な色を含む鮮やかな彩りへと。
私達は、返しきれないほどのものを受け取った。楽しさ、知識、教訓、そして…『恋』。これは、きっと恋と呼ぶのだろう。今、はっきりと分かった。私の恋心が、珈琲のように苦い、初恋が。
エデン条約の作戦が始まった時から、ハジメはボロボロになっていった。これは、返すチャンスだと、私達はより一層努力した。
それが、ハジメに対するお返しとして、適している気がした。
でも、それは違った。ハジメと会う機会は減って、ハジメは不安定になって、悪魔になって、最終的に、こうなった。
私たちのせいなんだろう。ハジメの心を見破れなかった、私達の。いや、私の。
私の。私の。私の。私の。私の。私の。私の。私の。私の。
ああ、全部、私のせいじゃないか?
「なんにも…なんにも分からなかったじゃないか…分かろうとも、しなかったじゃないか!!」
言い訳じみた言葉に反吐が出る。私という存在を、殺すだけではない。消し去りたくなった。
「なんで!なんでしなかったんだ!!錠前サオリ!!」
己の拳によって、自分で自分の身体を傷つける。それは、決して正しい方法ではないことは知っている。けど、それしかできないから。贖罪は、思いつかなかったから。ああ、どこからか流れる血液でさえ、私のものと知ると、握りつぶしたくなる。
「姉さん…やめて…お願い」
ミサキが蚊が鳴くような声で要求してきた。ああ、そうしよう。これは、無意味なことだから。贖罪にはならないから。でも、それがミサキの光になるなら、もう迷いはない。今の私こそ、究極の利他的なのか?…いや、こんな私が、そんな事をできるわけがない、か。
「これから…私達、どうしましょうね…」
ヒヨリが力なく呟く。つかんでおかないと、どこかに消えていってしまいそうな、空気をたくさん詰め込んだ風船のような、そんな声で。
再度沈黙が場を包む。だれも、気力もない、生きる気力さえも、意味さえも、見失っている。
「…トリニティを、攻撃するぞ」
その場を破ったのは、私だった。何かをしないと、焼き尽くされそうだった。こんなになっても、一丁前に苦痛に嫌悪を感じる私が、とてつもなく嫌いになった。
「全ては虚しいけど…精一杯やろう。それが、きっとハジメの願いだから…」
「ああ、そうだね。そんな事、言ってたね」
懐かしむ声でミサキが言った。ヒヨリも、もう立ち上がっている。しかし、その足は綿のように儚かった。
「……(皆がそうするなら…私も、そうするよ)」
皆、同じ目をしている。その目は、アリウスでは一般的な目だった。ただ、虚無に溢れた、そんな目。私達が変えようとした、その目。
「目標…古聖堂。アリウススクワッド、行くぞ」
ハジメの身体に毛布を被せ、丁重に保存する。次に会う時、思い出せるように。再度会う場所だけははっきりと分かる。そこは、地獄なのであろう。
例え、今日が辛くても、歩むしかないんだ。残された道は、光は、それしか見つからないから。それが、本当の光かは、誰にも分からないけど。
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"じゃあまずは、それに相対してくるよ"
私は目覚めた。体のあちこち…特に、頭が痛む。これは、折れてるかな。いやあ、久々の感覚だ。中学生ぶりかな?
「先生?!起きられたのですか?まだ動いちゃいけません!」
私を見つけた救護騎士団の2人…セリナとハナエが私を止めてくる。それでも、私は進まなくてはいけない。大人として、先生として。
救うべき生徒が、ごまんといるから。思い浮かべるだけで、それが茨であることが分かる。
"まずは…あそこかな"
ピンクのお姫様を目指して、私は恐怖に震える体を理性で抑えて歩き始めた。
…私は、まだ恐怖から脱せないのか……。
……………
…………………………
「…駄目ッ!それは違う!」
「聞かないやつだ…それなら…」
「待って…この子、どこかで…」
トリニティの地下の牢屋の中で、口論の声が聞こえる。だから、私はそこへ向かう。生徒の喧嘩を仲裁するのは、先生の仕事でしょ?
"コハルは補習授業部の、私の生徒だよ"
「ッ先生!」
「何ッ!シャーレの先生!?意識不明の重体のはずじゃ…」
あはは…驚かれちゃったな。ミカは…すごい顔をしているな。驚きのような…なんていうんだろう?
"お願いだから、暴力だけは辞めてほしいな"
私は、ティーパーティの傘下の子かな?に睨みをきかせる。頼む、これで行ってくれないと武力を使わないといけなくなる。それは嫌だ。
「ちょ、あの先生の表情やばいって…」
「ああ…行こう」
そう言うと、さっきの子達は帰っていった。結構ギリギリだったな、今の。
「せ、先生…先生」
"コハル、エリートみたいでかっこよかったよ"
…コハルも、成長したな。そして…
"ミカ…"
「…先生」
"大丈夫、だったかい?"
この子も、被害者だったんだな。本来は、セイアが言ったように優しい…。
その後、ミカの話を聞いた。悲しい、悲しい話だった。これは、必ず私が解決しなければいけない。必ず、ハッピーエンドにしなければいけない。明るくて、光で満ちた、そんな青い春のような終わり方に。
「私…どうすればっ」
"…任せて、ミカ"
私は決心を固める。必ず解決してみせる。そのために、私は先生になったんだ。使命に燃える。
「せっ先生!!」
決意を胸に、使命へと歩もうとすると、ミカに呼び止められる。一体なんだろう?
「あの…この前いた男の子、覚えてる?」
"…もちろん。忘れたくても、忘れられないよ"
私に傷をつけた子でもある。でも、あの目は忘れられない。悲しみが、憎悪がこもった。人がしちゃいけない目をしていた。だからこそ、気がかりだ。
「あの子…悪い子じゃないの。今は化け物みたいになってるけど、私みたいな子にも仲良くしてくれる。そんな男の子なの!」
「だから…あの子も…救ってあげて」
"もちろん。言われなくても。先生は、いつだって生徒の味方だからね"
また会うことの恐怖心ももちろんある。蛇のような恐ろしさで、膝が笑いそうになる。私も人間だから、それはしょうがないことだ。でも、それより先生の使命を果たさんとする気持ちのほうが大きかった。
私は皆の下へ歩きながら考える。これからのこと、アリウスの生徒たちのこと。補習授業のこと。ミカのこと。セイアのこと。
考えればきりがない。パンクしそうになる。それでも、絶対に救ってみせる。私は先生だから。たとえ死んでも、たとえ消えても、私は使命を果たさなきゃいけないんだ。
…そのものは、あまりにも多すぎるものを抱えていた。そのものは、自分の能力を信じ切っていた。
ああ、それらの中に蛇が入っているとも知らず、手を突っ込んでいくのだろう。
そのものは、あまりにも、あまりにも寛大な故…。絶望に至るのだろう。
To be continued
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曇らせきもちぇ〜