私、『先生』はツカツカと足音を立てながら、トリニティの救護室に向かっていた。
何故かと言うと、先の戦いで傷付いた生徒たちの様子を見るためだ。それは、私のやりたいことでもあり、仕事でもある。
ドアノブに手をかけ、扉を開けてみる。すると、黒い長髪を下げている、一際大きな生徒がそこにいた。私は、その子を知っている。
"ハスミ…"
「先生…私は大丈夫です。ただ、ツルギが…」
…ハスミ。ひどい傷だ。彼女の顔には白い眼帯と、包帯が巻かれていた。体の方も、包帯に巻かれてかすかに見える白い肌には痛々しい青いあざができていた。
ハスミは、憔悴しきった顔で、つい前に見た顔とは大きく違い、やつれていた。たった1日だと言うのに。私は、戦いの怖さを思い知った。
しかし、それよりも酷いのはツルギだ。最初にツルギが重傷と知った時は驚いた。普段の彼女の、一騎当千ともいえる姿をまじまじと見ているから、そんな重傷ではないだろうと思っていた。
だがどうだ。今だ目覚めないツルギ。浅い呼吸を繰り返すツルギ。…私の間違いだった。私が、もっと強ければ。もっと、力があれば。
後悔が力みとなって掌を握り潰す。それは自分に対する怒りそのものだった。
「ああ…ツルギ…なんで…」
ハスミが泣きそうな声で言った。一番ツルギの強さを知ってた子だから、衝撃もひとしおだろう。
ツルギを見てみる、すると、気づいたことがあった。ツルギの体に残る、執拗に殴られた跡。これは、私についている跡と同じだ。
そのことに気づくと同時に、あの少年の顔が思い浮かぶ。キヴォトスでは見たことがない、狂気に染まった顔だった。
「あの…化け物……いや、悪魔…が、アレの、アレのせいで!」
ハスミが自分で自分を抱くようにして言った。その言葉は、完璧に恐怖に侵されていた。
「何回も、撃ったのに。こ、殺した…のに。せっかく、人殺しになる覚悟を持ったのに」
ガタガタと震えながら、声までも震わせてハスミが言う。相当の恐怖だったそうだ。それはそうか、こんなにボロボロにされたんだから。
そんなハスミを、私は抱いた。幼子をあやすように、優しく。
"ハスミ…大丈夫だよ。私に全部任せて…"
「ああ、先生…先生、先生っ!」
涙を私の胸にこぼしながら、ハスミは眠りについた。…相当疲れてたんだろう。死んだように眠っている。
"…いってくるよ"
私はハスミをベッドに戻して、病室に背を向けた。…自信もある。プランもある。能力もある。それでも、何か胸騒ぎは抑えられない。
それでも、進むんだ。生徒のため、ただそれだけのために。たとえ、その結果私が死に就いたとしても。
それが、先生だから
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私達は今、古聖堂に着いていた。ハジメの無念をはらすために、私達の無念をはらすために。利他的に、利己的に。
「…アズサ」
そこにはアズサがいた。ハジメを殺した原因、私達の闇、それであった。白い髪を静止させ、壁に倒れ込んでいた。
「ぐっ…」
追い詰めた。辺りには私達だけ、後は息の根を止めるだけだ。しかし、もう、目的の直ぐ側にいるというのに、私の心は歓喜に揺れはしなかった。それどころか、苦痛によって血が流れるようだった。
「アズサ。なんでお前は抵抗してるんだ?何に抵抗してるんだ?それに、何の意味がある?」
自分でも驚くほど抑揚のない、冷たい声が出た。ああ、私も、もう昔には戻れないんだな。そう確信した。
「…例え虚しくても…足掻くんだ。最後まで」
アズサはしっかりとした、芯が通った声でそう言った。もう、以前のような迷いは見られない。私はそれに、なにか複雑な感情を抱いた。
…希望があるんだな。アズサは。きっと、家族以外の希望があるんだろう。好きなもの、守るべきもの、そんなものが作れたんだろう。
「なあ、質問だ、アズサ」
だから、どうしようもなく、聞きたいことがあった。
「なんで、お前はハジメを殺したんだ?」
「なんで、そんな事ができたんだ?」
アズサが目を大きく開けて固まる。辺りには重々しい空気が立ち込め、立つことすら厳しくさせるほどだった。
「教えてくれ…私達は、家族じゃなかったのか?」
引き金に思わず力が入りそうだ。駄目だ、今戦ったら、答えを聞けない。私は自分を抑制した。
「…いや、私達は、家族だ」
はは…嘘偽りない顔をしている。唇をかみしめて、全身がワナワナと震えている。いっそ、嘘をついてくれたほうがまだよかったのに。中途半端に、光を持って、ああ、なんで残酷なんだろうか。
「それでも、私には守るものがあるから…譲れないものがあるから…今日、最善を尽くさない理由にはならないから…」
「だから、お前たちを倒すんだ」
覚悟が決まった顔で、アズサは銃を構えた。なんでそんな事ができるんだろう?本当に謎だ。
「ああ、本当に気持ちが悪いな、アズサ。なんで自分の感情を抑えるんだ?なんで衝動を抑えるんだ?」
「なんでハジメの言葉を使えるんだ?お前が殺したのに?お前が奪ったのに?」
自分でも意地が悪い言葉だと分かっている。それでも、言わずにはいられなかった。これは、衝動的な言葉であった。
「くっ…!」
「本当に、虫唾が走る」
怒りがあふれる。けれど、不思議と頭がクリアになっていく感覚がある。世界の色が、モノクロになって、はっきりとした。それは嫌な懐かしさだった。
「そうだな、お前がやっていることは、きっと間違っていないんだろう。いや、正義と呼ばれるものなんだろう」
「テロリストを殺し、怪物を殺し、世界の平和を守る…。なんていい話なんだろうな、なんていう正義だ」
私は、アズサに銃を構えた。たぶん、私の目には力はないのだろう。それでも、銃を構える。
それと同時に、スクワッドらも銃を構える。皆、目に希望はない。しかし、使命はあった。
「…でも、それはそれで、これはこれだ。いくらお前が正しかろうと、お前がハジメを殺した事実は変わらない。私達が、お前を恨むことには、変わりはない」
「………」
「だから…死んでくれ」
以前より軽くなった引き金を引く、その瞬間。
「止まってください!」
吐き気がするほどの希望にまみれる、そんな声が頭に響く。自然と嫌悪が私を踏み止まらせる。
「…ヒフミ?」
「はい、ヒフミです。普通の、平凡なトリニティの生徒です。」
はっきりとした眼、艷やかな髪。その姿は、天使と言っても差し支えないだろう。それは、自称している普通とはかけ離れていた。
「だめだ…ここは、ヒフミみたいな普通の人が来るべきところじゃ…」
アズサはそう言った。そうか、こいつがアズサが守りたかったもの、私達よりも、ハジメよりも、特別なもの。それを思うと、悲しくなってくる。どうやったって、それは必然だから。
「はい…確かに私は平凡です。昨日見せてくれたガスマスクの姿が、本当のアズサちゃんなことも理解しています」
「でも!!」
アズサ…お前が守りたかった理由もわかる。これは、ヒフミ…はまさしく『光』のようだ。
「アズサちゃんは一つ大きな間違いをしています!」
謎の紙袋をかぶった。『5』という文字が書かれていて、輝く瞳のみが見えている。
「覆面水着団のリーダー、ファウストです!」
優しいな、強いな、いい奴だな。もしかしたら、あのハジメよりも性格がいいかもしれない。もし、こいつがアリウスにいたら、どうなっていたんだろうか。
「たとえ…どこまでいっても、私はアズサちゃんの隣にいますから!」
ああ、並びに思う。こいつがもし、私だったら、ハジメを取り残すことも、殺すこともなかっただろうに。
唐突に無力感に襲われる。…何が平凡だ、何が普通だ。お前の『それ』さえあれば、きっとハジメは助かったのに。
ドンッ!
私は引き金を引いた。怒りが、妬みが、大洪水を起こしていた。私はもう、すべてを飲み込んで、きれいにしたかった。
「っ!ヒフミ!」
「わ、わあ!」
アズサが咄嗟に庇った。どこからそんな力が出るのか?これは、やはりあのヒフミの力なんだろう。
「何するんだ…サオリ!」
般若のような顔になったアズサがそういった。こんな顔、初めて見た。ハジメが死んだと聞いた時も、こんな顔はしなかったよな。
「…うらやましい、うらやましいよ、アズサ」
「良い友を持ったな、良い仲間を持ったな。それは、私達を犠牲にしてもお釣りがくるだけのものだろう」
「っ!そんなこと、アズサちゃんは思ってません!犠牲にするなんて!」
信頼が聞き取れる。私達に足りなかったものだ。妬ましい。
「はは…それは嘘だ。そうだったら、私達を殺そうとしない。…決して、家族を殺したりはしないはずだ!」
「なっっ…!」
鳩が豆鉄砲食らったような顔になってるな。それでも、なんで信頼が揺るがないんだ?なんで、そんな芯が入った目をしている?
「アズサ…お前は悪くない。認めよう。こんな良い友人を持ったから、こうなるのもしょうが無いのかもしれない」
「でも、それでも…私はな…私達はな…ハジメを、愛してたんだ…」
愛の告白のはずなのに、心は高揚もしない。なにも、感じない。私達も、青春をしてみたかったな。思えすらしない、存在さえ赦されないような記憶に、つい涙があふれそうになる。
「だから、わかってくれ、私達は、お前を許せない。たとて、家族だったとしても」
都合のいいことだと分かっている。あんなに家族、家族と言ってたのに、自分から絆を壊すようなことをして。
でも、それがハジメの思いだから、私達の思いだから。
見ていてくれ、愛する人よ。私達の姿を、願わくば、私だけの姿を。聴いてください。あなただけの鎮魂歌を。
ぜひ、また地獄で…青春を、繰り返そう。
私達だけの…物語を。
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…?どこだここ?暗い…何も見えない…だけど、俺以外の存在が確かに感じられる。
何があったっけ?
『おお…愛するハジメよ…迷える子羊よ…』
女の声だ。優しく、ぬくもりがある。その声は、性別こそ違うがどこか『先生』を思い浮かばせる。これは…前も聞いた。俺が、力を持った日。そうだ、忘れてた。
またか…誰なんだ、お前は。
『それはこの前も言っただろう?我は汝、汝は我。我は汝の心に潜むもの』
はあ…じゃあ、名前は?
分かりづらいんだよ、堅苦しい言葉ばっか使いやがって。
『ふうむ……すまない、それは禁じられている。名前を言うのは、禁忌に反する』
じゃあ、俺はお前をなんて呼んだらいいんだ?
『確かに、呼び名がないと不便であるな…そうだな、我のことは…蛇…とでも呼んでくれ』
蛇…まあいいか。なんでそのチョイスなのかは分からないけど。
ていうか、俺はどうなってるんだ?あたりが真っ暗だ。音も、お前と俺の声だけしか聞こえない。
『…ハジメよ、哀れなハジメよ、汝は今、死に就こうとしているのだ』
…は?なんで?
俺は頭をフル回転させて原因を考える。…どう考えても、あの爆弾だ。
でも、蛇。アレは『ヘイローを破壊する爆弾』じゃないのか?マエストロさんに見せてもらったことがあるぞ?
だから、ヘイロー無しの俺には、効かないんじゃないのか?
そんな疑問を蛇にぶつける。
『そうだ。効かないはずなのだ。そもそも、アレは『神秘』を壊すもの。神秘も何も、キヴォトスの者ではない汝には効かないはず』
ますますわからない。じゃあ、なんでこんなことになっているんだ?
『では何故こんなことになっているのか?それは、我が汝に
…なんて?
『疑問に思わなかったのか?なぜ汝が不死身になっているのか。異常なまでの力が出せるようになっているのか』
確かに…なんでなんだろうか?
『その理由は、我が授けたからである。神秘を、汝に』
そんなこと、可能なのか?
『可能である。いや、普通はできない。だが、汝が我のことを強めてくれたのだ』
?そんなこと、した覚えがないが…。
『ただ、想うだけで良いのだ。もっと強くなりたい。もっと役に立ちたい。そんな祈りをするだけで、我の力は増大する』
『汝は、常に特別を追い求めていただろう?だから、我は此処までになれたのだ。お礼を言おう、ありがとう』
…そうか、俺の、おかげで…。
『汝は、自分が特別ではないと言ったな。確かに、他のもの…先生や、サオリ達から見ればそうだろう』
『しかし、我は、我だけは、汝を特別だと思っている。汝は、我を高めてくれた故に…』
心が感銘に震える。そうだ、ずっと俺は、このことを言われたかったんだ。お前は特別だと、そんなことを。
『しかしハジメよ。汝は、汝の信じたものによって、殺されてしまった』
『あの爆弾は、神秘を壊すもの。汝は、神秘を大量に摂取していた。だから、あの爆弾が効いてしまったのだ』
本当に悲しそうにそう言う…そんなに、俺のことを考えてくれるのか…。
『ああ…我は悔しい。汝は、何もしていない。ただ、特別に至りたかっただけなのに、何故このような目に遭わなければならないのだ?』
『我は汝を誇りに思う。どんな事があっても、常に己を律し、優しく振る舞ってきたから』
その言葉に、偽りは見えなかった。
『だから、汝をこんなことをした連中に、必ずや天誅を与えなければならない。そうしないと、我の気がすまぬ』
そうだな…俺は、悪くないんだ。なのに、なんでこんなに悲しまなくちゃならないんだ?
なんで、劣等感を味あわなくちゃいけないんだ?なんで、こんなに嫉妬しなきゃいけないんだ?
そうだ、それこれも、全部アイツラが悪いんだ。
『しかし、我だけで天誅は敵わぬ。ハジメ、力をかしてくれないか』
視界が光りに包まれ、白い手が伸びる。その手は、神聖で、光り輝く、救いの手であった。
『この手をとれ、ハジメ。我とともに、新たな
ああ、楽園か。いい言葉だ。楽園。俺には、それが必要だったのかもしれないな。
俺の手を伸ばす。もっと光り輝く方へ、もっと希望が満ちている方へ。
『ありがとう。ハジメ。こんな我を信じてくれて、愛してくれて、理解してくれて』
『きっと、楽園を作ろう』
手を絡ませる。直後、抗えぬ力で光に引き込まれる。
蛇の顔が見えた。その顔は、人ではなかった。
その顔は、不思議な笑みに満ちていた。悲願を果たしたような、そんな笑みで。
To be continued
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