アリウスと原罪   作:パエリアさん

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第23話 虚無か、愛か

「待って!まって!」

 

私、錠前サオリは今、最愛の人を追いかけていた。字面だけだとロマンチックだが、現実はまったく違っていた。

 

一方は叫び声を上げ、一方はあらゆる水で顔をぬらしている。それは、ロマンチックというより悲劇的であった。

 

「違う…違う違う!!」

 

苦しそうな声。痛々しい。ハジメ、そんな声を出さないで。どうしてもなら、私が一緒に苦しむから。

 

私達は駆けた。水が滴る洞窟を。私達は踏みしめた。お互いの罪を。

 

じめっとした空気が、凍えて私の肺を裂く。それでも、痛みに耐えながら、私は足を必死に動かした。

 

今なら話し合える気がした。きっと、私を止めたのはハジメの本心だったから。これは、確信であった。

 

「サオリ!ハジメ!」

 

聞き覚えがある声。汚らわしい希望がつまった声。いつもなら嫌悪の対象だが、今となっては全く何もなかった。それは、私の心の余裕を表していた。

 

「アズサ…」

 

アズサが目の前に現れた。ハジメも足を止めた。苦しそうに頭を抱えている。今にも駆けつけたい衝動が出る。

 

「良いだろう…全てをかけて、最後の戦いにしよう」

 

それでも、決着は私の使命だから。私は、アズサと戦わなくちゃいけないから。

 

「思い知るんだな…私の力を、私達の覚悟を!!」

 

先生もいる。しかし、それでも私の覚悟は変わらない。

 

「その大人諸共思い知らせてやる…人生は無意味だと、な!」

 

 

 

"アズサ、行こう"

 

「ああ…先生」

 

私達は剣を取った。剣を取るものは、剣で滅びるというが、それでも本望だ。

 

それはどちらも変わらないだろう。どちらも、愛する者のために死ぬのだから。だから、私は剣を取った。

 

手始めに無造作に銃を発砲する。いつものはハジメに壊されたが、予備があった。…ハジメの銃だ。ハンドガン。私が心配で、ハジメから取り上げた。

 

その銃には、『Joy to the world』と刻印されている。どうやら、世界の幸せを願っている言葉らしい。なんて素敵なんだ。私はそう感じた。同時に、なんて残酷なんだ。とも思った。ハジメはそれを願うような、優しいやつなのに、こんな、血に塗れて、傷付いて…。ああ、ハジメ。だけど、もう大丈夫だ。私が救うから。

 

「っ!サオリ!その銃は!」

 

アズサも気づいたらしい。ずっと一緒にいたから、当然か。

 

「ああ!そうだアズサ!これが私達の覚悟だ!」

 

一発命中。しかしまだ本格的にダメージは無い。

 

アズサは先生からの支援を受けながら銃を乱射する。四方八方に飛びながら闇の中射撃してくるその様は、まるで花火のようにきれいだった。

 

その姿に見惚れながら私も立体的に対応する。…嫌でも分かる。先生の力というのは、どうやらとても強力なようだ。

 

あまりにも的確な指示に、私は冷や汗をかいた。何をするにも、誤差すらない。それは人間業ではなかった。機械よりも精密で、芸術家よりも多様な、それが先生の業だった。

 

「サオリ!もうやめるんだ!こんな事、誰も望んじゃいない!」

 

アズサが戯言を言う。あまりに的外れだ。

 

「望んでない?面白いことを言う!他でもない、私が望んでいる。理由はそれで十分だ」

 

攻撃のギアを上げる。心拍数が急上昇する。血流が巡る。アドレナリンを過剰に放出しながら、アズサに接近戦を挑んだ。

 

「くあっ!」

 

頭にヒット。リロードの時間が惜しい。アリウスで受けた教え通り、銃で頭を殴りつける。

 

「どうだ!アズサ!これが!覚悟だ!!」

 

殴りつけながらそう叫んだ。自分に言い聞かせるように、ハジメに言い聞かせるように。

 

しかし、その手は掴まれた。一瞬の隙を伺って、アズサが攻撃した。

 

「くらえっ!」

 

お腹に鈍い衝撃が走る。胃の内容物が逆流する。反射的に口を押さえたくなるが、我慢した。

 

「…アズサ!」

 

アズサの手を銃の柄で殴る。3発でやっと外れた。

 

「ぐあっ…」

 

私は離れて、リロードの時間を作り出した。アズサも同じく、ぼろぼろになりながらリロードをする。

 

これがおそらく最後のマガジンだろう。私はマガジンに決意を込め、殺意を入れた。

 

静寂が私達を重く包む。あるのは滴る水滴と、カタカタと、怯えるように震える岩たちのみだ。

 

リロードが終わる。静寂が続くなか、緊張に耐えきれないかのように、戦いの合図を出すかのように、ぽちゃんと、岩が水たまりに飛び込んだ。

 

「アズサッ!」

 

「サオリッ!」

 

2つの名が木霊する。一方は希望を、もう一方は悲観を表す。

 

引き金に万感の想いを乗せて力を加える。しかし、その弾が撃たれることはなかった。

 

「やめろ!!」

 

ハジメが頭を押さえながら間に入ってきた。

 

私達は驚愕した。その声は、元のハジメそのものだったから。

 

私は泣きそうになった。懐かしい暖かさ。それは私を感激に震わせた。

 

「やめて…やめてくれ…もう、もうこれ以上は…」

 

掌で顔を押さえていた。指の間からは、涙が見えた。

 

"ハジメ…だよね?"

 

「ッ先生!」

 

"大丈夫だよ、アズサ"

 

ハジメに近づく先生をアズサが止めるが、先生がそれを止める。その顔は余裕が書いて貼ってあるようだった。

 

「先生…?く、来るな!また心が、感情が…」

 

先生が近づくと、またハジメが暴れ出す。同時に、体が変形する。

 

より棘棘しく、より巨大に、より悍ましく、悪魔にでもなるのかと思うほどの姿になる。

 

 

"大丈夫だよ、ハジメ。私は、先生だから"

 

 

 

慈愛を込めた声でそう言った。私には出せないだろう。それを自覚すると、胸がキュッと締まる感覚に襲われる。

 

きっとハジメに必要だったのはこれなのだろう。それは、私が持っていないものだ。

 

ハジメが盗られる気がした。私のものでもないのに。

 

「先…生」

 

ハジメは遂に見つけたのだろう。頼れるものを、必要なものを。それは、私ではなかった。私達ではなかった。

 

どうやらアズサも同じ感情に苛まれているらしい。嬉しいような、悲しいような、複雑な表情でそれを見つめていた。悲しみが勝っている気がした。

 

"ハジメ。聞きたいことがあるんだ"

 

諭すように言った。落ち着く声だ。

 

"何が目的で、ハジメは行動したのかな?"

 

責める感情もない。自分が殺されかけたというのに、慈悲深いにもほどがあった。

 

「俺は…俺は、自分の気持ちを整理したくて…自分の存在意義を否定された気がして…むしゃくしゃして…」

 

「俺はただ…『特別』になりたくて…」

 

その言葉は懺悔であった。涙を流しながら、自分の本心を告白している様は、神々しいものがあった。

 

"…ハジメはもう、『特別』だよ"

 

嘘のような言葉に、嘘は見つけられなかった。

 

「誰が言う…お前に何がわかる!!俺の劣等感を、俺の悲しみを!俺の苦痛を!!」

 

体の鱗がさらに大きくなり、黒ずむ。激情の匂いがする。

 

"確かに、私にハジメの気持ちは分からない。私は君ではないから。それでも、ハジメが特別だって言うことはわかる"

 

「…どういう…ことだ?」

 

"ハジメ。周りを見てみて。サオリ、アズサを見てみて"

 

ハジメがこちらを見つめる。こちらをのぞき込んでくる。

 

ハジメの目を見つめる。ハジメの目に映っている私は、顔を少し赤らめていた。

 

"分かった?ハジメ。君は、皆から『特別』に思われているんだよ"

 

"だから…そんな悲しい目をしないで"

 

その瞬間、ハジメの身体から鱗が落ちる。目からも、ポタポタと落ちる。

 

「そうか…俺は、ずっとその言葉が欲しかったんだな……」

 

その姿は、ひどく衰弱してたが、どこか清々しいようでもあった。

 

そんなハジメに、先生は優しく、手を差し出した。

 

 

 

 

ビリッ

 

 

 

 

瞬間、脳に雷のような衝撃が走る。まただ。でも、あの時よりさらに強い。

 

『本当に…それを望んでいるのですか?ハジメ』

 

声が聞こえる。脳が拒否反応を起こす。もう、やめてくれ。ハジメに試練を与えないでくれ。もう、ハジメは十分頑張った。だから、やめろ。

 

『本当にそれで、あなたの欲望は満たされるのですか?』

 

「それは…それは…」

 

再び鱗が生える。嫉妬が漏れ出ている。

 

『なぜそのような者を信じるのですか?今会ったばかりなのに』

 

「ぐあああああ!!」

 

鱗で覆われる。それは、さっきよりも大きく、さっきよりも酷かった。

 

『私は貴方の神である…他に、神は居ない』

 

鱗が顔を包む。もう表情は見えない。あの、ハジメとの記憶も、汚された気がした。

 

「ハジメ…ハジメ!ハジメ!!」

 

名を呼ぶが、もう帰ってこない。もう、おかえりも言えない。憤怒とも言えない無力感が、私に入り込む。

 

『行くのです…欲望に忠実に、貴方の赴くままに…』

 

『私は、あなたのすべてを認めましょう』

 

見えない。怖い。悲しい。虚しい。

 

膝から崩れ落ちた。反射的だった。

 

やはり全ては虚しいのだろうか。全てに意味なぞ、ないのだろうか。

 

「ぐああああ!」

 

ハジメから発せられる、ハジメではない声がする。それはまさしく絶叫であり、まさしく絶望であった。

 

音波が洞窟を響かせる。耳鳴りがする。そのまま何も聞きたくないと感じた。

 

「Vanitas vanitatum ……et omnia vanitas……」

 

教えをつぶやく。これは呪いの言葉であろうか?

 

「だからこそ…だからこそ…」

 

違う。これは祝福である。これは愛であり、真の言葉である。

 

「精一杯…生き続けるんだ!」

 

私は再び剣を取った。愛する者のために、私のために、私達のために。

 

アズサも立った。さっきまで殺し合っていたのに、そこには確かに信頼が芽生えていた。

 

私達は違う。顔、身体、考え方、人間関係、信じるものの違い。

 

だけど、私達の愛だけは同じだった。負けるつもりはないが、同じ程度あるのはそうだった。

 

「…行くぞ、アズサ!!」

 

「言われなくても!」

 

始めの一歩、それを、私達は踏み出した。

 

____________________________________________________

 

「クックック…これは凄い…凄いですね」

 

凄い以外の言葉が見つからなかったのだろう。言い直すこともせず、モニターを眺める。

 

独白。完全な独白を黒服はしていた。

 

「悪魔…神秘とは真逆の反応を示している…」

 

目の前の信じられない光景に打ちひしがられる。研究者としての本質がきらめく。

 

「あれほど研究しましたが…本質はわかずじまいでしたか…」

 

黒服は考える。普段使わない脳のリソースも引き出す。

 

「失うのは惜しい…しかし、ここで破棄しておかないと…これからの研究に影響が出る…」

 

それは、キヴォトスの滅亡を表していた。

 

「しかし…先生なら、先生の力ならば…」

 

黒服の知識をもってしても、奇跡に頼ることしかできなかった。先生に頼る他なかった。

 

「あなたはどういう選択をするのでしょうね。先生。あなたに、生徒を殺すことはできるのでしょうか」

 

置いてある紅茶に手を運ぶ。脳を覚醒させる以外に、楽しみの目的もある。

 

しかし、今は楽しみはなかった。味すら感じることができないほど、思考に脳を費やす必要があった。

 

「佐藤ハジメ…あなたは一体何者なのか…とても、興味がありますね」

 

一旦モニターを消す。懐からスマホを取り出す。

 

「もしもし。マエストロさん?」

 

「…ええ、ええ、見ていますよ。…これからですか?」

 

「先生の力も見えそうですね。とても楽しみです」

 

「あの少年ですか?…そうですね、あなたからは何か?」

 

「…そうです。私もほぼ同じ意見です。やはりアレはキヴォトスのモノではない…私達の助けになる可能性は低いでしょう」

 

「ええ、ええ…お願いします。佐藤ハジメを…殺してください」

 

淡々とした声が響いた。会話の内容からは考えられないほど、その言葉に感情はなかった。

 

 

 

復讐は我にすることである。私自身が報復するのである。

 

To be continued







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