アリウスと原罪   作:パエリアさん

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小説書くのむずかしい……






第26話 メメント・モリ

雷鳴のように轟く銃声、ピアノのような音を、ざあざあと響かせる雨粒、(からす)のように、ぎゃあぎゃあと渡る、憎しみの声、蟻の巣から飛び出るような、苦痛の声。

 

それぞれが組み合わさって、まるで交響曲を奏でているようである。そして、私は、それを美しいと思えるほどに、今の私たちの姿は当然だとも思った。

 

疲労、痛み、悲しみ、虚無感、全てが心をえぐり取っていく。もう、取られるほどの心も、私には残っていないのに。

 

 

…ハジメも、私達に追われている時、こんな感情だったのか?

 

 

かつての仲間と鋭い感情に追われ、私達アリウススクワッドは狭く、暗い路地を進み続ける。ハジメと同じ気分、と言われると、少しいい気持ちになった。なにか、繋がりができたような気がした。私は、繋がりを欲していた。

 

「諦めるんだな、ここからはもう逃げられない」

 

無機質な声が響く。…追い詰められた。いつかはそうなると分かっていたが、いざなると恐怖がやってくるものだ。

 

声の主を見つめる。瞳はガスマスク越しにうっすらと見える。その目は私達ににている気がした。

 

「ひっ…ひいっ…」

 

ヒヨリが怯えている。今にでも抱きしめて安心させたいが、残念ながらそんな体力は残っていない。

 

もしくは、心が足りないか、だが。

 

「リーダー…これは」

 

ミサキが暗い目で言う。ああ、神は、希望なんてないに等しいのに、さらに潰しに来るのか。

 

私は神を憎悪した。私達を救わなかった神を、先生を選んだ神を。

 

しかし、その感情はお門違いなのだろう。私達は赦されないことをし続けた故、神は私達を見捨てるに至ったのだろう。そうだ、それは、当然だ。私達は、見放されて当然の、ただの害でしかなかったんだ。

 

 

 

でも、それはそれで、これはこれだから。私達を、ハジメを、赦してくれなかった神を、私は恨む。恨み続ける。

 

恨まなきゃ、何かが壊れてしまう気がして。

 

ああ、またハジメを思い出してしまった。ハジメは、それほどまでに大きい存在だったのだと改めて感じる。

 

心が完膚無きまでに抉られたというのに、私はまだ幸せを望んでいる。なんて強欲なんだ。

 

私は、自己嫌悪に脳を支配されそうになる。頭が朦朧とする。

 

「最後の…手段…」

 

「それは…」

 

私はポケットへ手を伸ばす。『ヘイローを破壊する爆弾』これが最後の手段。原罪を背負う代わりに、少しだけ心が晴れやかになる。

 

私は中途半端だったんだ。天なのか、地なのか。

 

私は天にも地にもなりきれなかった。それがこの騒動の原因だ。

 

もっと私が弱かったら…強かったら…『普通』じゃなかったら。

 

その後悔を無くしてくれるのが()()だ。簡単に地に堕ちる事ができる。堕天、いや、天からではないから、言い方は見つからないが。

 

私は、早く楽になるため、逃げるため、爆弾の起動の準備をした。かつての仲間、アリウス生徒を見る。彼女らもまた、天でも地でもないのだろう。

 

ほんの少しの共感を抱く。スイッチを押さんとする手が止まる。彼女らの姿が、ハジメの姿が重なる。

 

「皆…早く、ここを離れるんだ」

 

それでも、私の心は止まってくれるほど十分な量ではなかった。次を考える。最短で原罪を贖罪する方法を、ハジメに報いる方法を。

 

コイツラを殺したら…次は、マダムのとこに行って…マダムを殺すか何かして…先生をどうにかして…。

 

私に残っている少ない感情が、真っ黒に染まる音がした。心が重い、でも、苦痛はもう感じない。

 

 

 

 

私は、もう、苦痛を愛してしまったから。

 

 

 

 

意を決して爆弾を使用しようとする。体中の血液がグツグツと巡っているのが感じられる。私は、スイッチへと、指をいれた。

 

「サオリ」

 

ぽつん、と、水玉のような声。透き通った、それでいて、真っ黒な。

 

「…姫?」

 

突如、アツコが口を開いた。その声は、どこか安心したような、私があまり聞いたことがない声だった。

 

「もう、いいよ。私達はもう、十分、精一杯やった。できることは全部…」

 

「な…なにを言ってるんですか…?」

 

目に光がない。しかし、どこか楽しそうで、楽観的であった。今にでも笑って、そのまま吹き飛んでしまいそうだった。

 

「…『彼女』が求めているのは私。でしょ?」

 

「私が行くよ…だから、他のメンバーは見逃してほしい」

 

その言葉の意味は、自己犠牲であった。それと同時に、苦しみへの解放も表しているのだろう。私は少し、『良いな』とさえ、思ってしまう。その感情に、私は必死に蓋をした。

 

「アツコ!いったい何を!」

 

私は声を荒げた。嫌だった、これ以上失うのは。これ以上守れないのは。

 

「もういいよ…サオリ。これ以上…これ以上生きても、…頑張っても…」

 

アツコは俯く。声が震えている。

 

「トリニティ、ゲヘナ、アリウス。全部が私達の敵になってる。これ以上生きても、ずっと苦しいだけ」

 

「死ぬ…というのか?アツコ…」

 

そうだ、今戻ったら必ず死が待っている。それは確かなことである。

 

「ああ…そうだね。それも…いいかも…」

 

気持ちがわかってしまう。死に向かいたい気持ちが、行く先が地獄であったとしても、逃げてしまいたい気持ちが。

 

私は知っている。心が抉られる痛みを、心を黒に染める虚しさを。

 

だから、私は止めようにも止める事が出来ない。私もそうしたいのだから。

 

「…元気でね。サオリ。みんな…さようなら」

 

最後にかける言葉も思い浮かばず、私はアリウス生に連れて行かれる、小さくなっていく、アツコの後ろ姿を眺めることのみしかできなかった。

 

私の心には、余香となって、チクチクとした痛みと、ドロリと生温い嫉妬のみが、いやいやしく残っていた。

 

____________________________________________________

 

 

 

これは、俺こと、佐藤ハジメからの証言である。

 

俺が見た光景は美しかった。何でもできた。ただ、欲望のままに、野獣のように行動するだけでよかったから。

 

何かと戦った。傷はつかなかった。いつも湧き出る罪悪感も、今回は出てこなかった。

 

俺は嬉しかった。俺は特別になれたと思った。それが誰かからの借り物であろうと、俺が俺であることは変わらない。だから嬉しかった。

 

でも、サオリがいた。スクワッドがいた。俺が愛する人がいた。守るべき人がいた。その人は、ボロボロで、吹けば飛びそうで、とても弱々しかった。

 

そんな人が、自身のこめかみに銃を突きつけて、俺に聞いてきたんだ。

 

 

 

『私のことは…好きか?』と

 

 

 

その瞬間、俺の心の叫びが聞こえた。俺は愛を自覚した。世界がクリアになった。よりよく見えた。だからこそ、さらに痛かった。

 

サオリから銃を取り上げた。壊した。それはもう、徹底的に。…もう、サオリが傷つくことがないように。

 

こんなにも酷い告白はないだろう。青春の欠片もない。…それでも、愛の告白なことに変わりはない。

 

 

 

 

 

 

その時、頭に残るしびれとともに、声が聞こえた。見知った、蛇の声だ。

 

『なぜ、そのようなことをするのか?その者もまた、汝を認めなかったもの…』

 

うるさい、うるさい。これは、俺がしたいからしたんだ。俺は反論した。

 

『おお、哀れなハジメよ。汝は悪魔に唆されているのだ。誘惑をされているのだ』

 

やめろ。サオリは悪魔なんかじゃない。ふざけるな。

 

『忘れたのか…?汝は我、我は汝。我は、汝の全てを知っている。それ故、我は知っているのだ』

 

瞬時に、俺は次の言葉がわかった。だけど、それを自覚すると本当に壊れてしまう。俺は必死に耳を塞いだ。でも、それは無意味だった。

 

 

 

 

『汝は、サオリに嫉妬してたんだろう?いつでも先を行くサオリに、いつでも強いサオリに』

 

 

 

 

言われてしまった。心が、打たれたように痛む。ああ、聞きたくない。耳が捩じ切られるようだ。

 

『仕方のないことだ。汝は理解していたんだろう?サオリは自分とは違うと。救いがあるのだと』

 

違う、違う、違う。

 

『我は汝の味方だ…汝の心の赴くままに行動するだけで良いのだぞ…』

 

「違う…違う違う!」

 

もう何も見たくない。目を瞑る。クリアになった世界が、俺を攻撃している気すらした。

 

それでも、俺は世界を見ることを決断した。ここで苦痛に勝たないと、何か駄目な気がして。

 

 

ふと、前を見る。そこには、アズサがいた。ペンダントはしていなかった。それでも、きらきらとした、宝石のような希望であふれていた。

 

 

 

…妬ましい。

 

 

 

汚い感情。もう慣れて、自己嫌悪すら来ない。そんな自分でさえ、俺は嫌いだ。俺は自覚した。

 

アズサは、サオリと向き合った。それは、過去へ向き合うこと、未来への進歩を表す。

 

俺は尊敬した。同時に、心が痛んだ。

 

俺だけ…俺だけが、何にも向き合えていない。全てを諦めて、全てを流れに任せて…。

 

『ハジメ…。良いのですよ、あの者が…この世界が…特別なだけ…無理をして特別にならなくても、普通でよいのですよ…』

 

甘い、甘い、蜂蜜にシュガーとチョコを塗って、キャンディに塗ったものよりも甘い、舐めただけで、吐き気がする甘さだった。

 

その甘さに、当然ながら俺は、拒否反応が起こった。驚きが魂を襲う。俺は、流れで生きることを、否定しているんだ。嬉しかった、味を感じれた自分が。

 

「やめろっ!」

 

自分に言い聞かせるように、アズサとサオリに言い聞かせるように、二重の意味での言葉であった。

 

「やめて…やめてくれ。これ以上は…」

 

もう、家族同士で傷つけ合うのを見たくなかった。俺はただ…『ハッピーエンド』を望んでいたんだ…。皆が皆、納得できて、笑顔になれるような…そんな、御伽噺(おとぎばなし)のような。

 

"…ハジメ、だよね?"

 

そして、そこには…『先生』がいた。

 

心の内の感情が溢れる。どす黒い感情が洪水を起こし、氾濫せんと音を上げる。

 

やめろ、やめろ、やめろ。

 

妬ましい、妬ましい、妬ましい。

 

2つの相反する感情が俺の中で駆け巡る。バチバチと、雷のような葛藤が生まれる。

 

"ハジメ…"

 

ああ、この声。光り輝く太陽のような、空にゆっくりと昇る明星のような、そんな神秘的な光を感じさせる。

 

それはまるで、暗い夜の空に月が照るように、一筋の光が潤沢な闇を、軽々と切り裂くような、そんな印象を抱かせる。

 

「俺はただ…『特別』になりたくて…」

 

不思議と唇を開けてしまう。初めて話したというのに、俺の心を何でも話してしまう。

 

"ハジメはもう…特別だよ"

 

甘い言葉。それには騙されない。俺が一番、それを知ってるから。

 

抗議の声を上げる。安い同情なぞいらないと。嘘の慰めなぞいらないと。でも、先生の表情は、まったくもって変わらなかった。

 

"ハジメ…周りを見てみて"

 

言われた通りにする。サオリとアズサを見る。その目を、その顔を見た。

 

その顔は、どこか安心したような、どこか蕩けているような、そんな顔。

 

…もしかしたら…俺のことを、大切に思ってくれていたのかもしれない…。俺は傲慢ながら、そう思った。

 

"分かった?ハジメ。君は、皆から『特別』に思われているんだよ"

 

そんな希望的観測を、目の前の人物に肯定される。

 

それは光より明るく、(ドラッグ)よりも依存的であった。

 

こんな事を受けていいのかと思う。こんな気持ちになっていいのかと、こんなに薄汚れた俺を、愛してくれてよいのかと。

 

そして、目の前にいる『先生』の顔が、それを是認していた。それは推測ではなく、事実であった。そんなことを思うほどに、慈愛にあふれた顔をしていた。

 

 

 

そうか…俺は、ずっとそれが欲しかったんだな…

 

 

 

遂に俺は納得へ至った。俺に何が足りなかったのか、何が必要だったのかを。

 

敗北した気がした。それでも、気は落ちなかった。それどころか、高揚すらしていった。

 

新しい自分を見つけられた気がして、気持ちが良かった。新しくやり直せる気がして、胸に期待が満ちた。

 

 

 

ビリッ

 

 

 

場違いな痛みが襲う。この痛みを、苦痛を、俺は知っていた。

 

『本当に、それを望んでいるのですか?ハジメ』

 

蛇の声がする。その声に、全てがかき消される。

 

「本当だ…俺は、俺は、これが欲しくて…」

 

声が自然と細くなる。きっと、声とも捉えられないような音なのだろう。

 

『私は貴方の神である…他に、神は居ない』

 

純白に染まろうとした心が、再び暗黒へ支配される。

 

その過程は美しかった。半紙を墨色で汚すように、どこか芸術的でもあった。俺はそれに、魅入ってしまった。

 

『私は、あなたのすべてを認めましょう』

 

俺はそれが誘惑だとわかった。それでも、心の傾きをとめることはできなかった。

 

俺は、それが当然だと思った。

 

「ああ…そうだ、それが俺で、それが普通だから…」

 

アイデンティティは、いつだって守らなくちゃいけないだろ?

 

それがなければ、それはそれじゃないから。俺が、俺でいるために。

 

俺は、再び眠りについた。全てを、流れに任せて。まるで、川のようだった。

 

To be continued






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