そういえば…100お気にあざす!
遅くなったけど、本当に嬉しいです!!
「……………」
ツカツカと足音を鳴らしながら、私、ベアトリーチェは薄暗い通路を進む。乾いた空気を切り裂きながら、足を踏み出す行為に、私は辟易していた。
「はあ…」
自然とため息がついてしまう。私の計画は順調なはずなのに、胸のざわめきは収まらない。
まるで、本能が私に『違う』と警鐘を鳴らしているような、そんな錯覚を覚えさせる。それは錯覚であると、私は信じた。
「マエストロ…!」
今回のゲマトリアの議論で、私に最も苛立ちを与えたものの名前を呟く。誰に愚痴を言うわけでもないが、発散のためにそう言った。
ヤツ…マエストロは、私のことをよく思っていない。それは価値観の違いだ。仕方がない。もともと、私達ゲマトリアはそういう集団だ。ただ、自己の目的がイッチしただけの。
しかし、それを研究の場に持ち込んでくるのは違うのではないか?公私を混合させてはいけない。そのはずなのに。
それに…『彼』。『ハジメ』のこと…。
なぜあそこまでの警戒をするのか、意味がわからない。確かに、ヤツが持つ力は強大だ。それは認める。
しかし、そんなに重要視する必要はない。約2年余り見ていた私が言うのだから、間違いがないはずなのに。
やれ『彼は素晴らしい神秘…いや、魔力を持つ。それなのに、ベアトリーチェ。なぜ貴女はそれを使わない?』
やれ『…貴女は極めて浅薄だな。目先の利益でしか物事をみていない、愚か者が』だったり。
研究したのはマエストロとはいえ、その結果を受け取って、観察して、それでも問題ないと判断したのは私だ。なぜ、口を出す?
ハジメを特別視しない理由はある。私から見ても、他のものから見ても、彼は『普通』を尽くしている。まるで役目を果たそうとする、働き蜂のように。
特別な才能もなければ、特徴も何も無い。ただの一般人。平凡人、それをどうして注視しなければならないのか?
それは無駄である。同じメーカーの、同じ紙コップを、違いがあると信じて何時間も交互に見つめるぐらい、時間の無駄でしかない。
それならば、必要不可欠である『ロイヤルブラッド』…秤アツコを観るほうが何百倍も価値がある。
ヤツにどんな魔力があろうと、ヤツは普通だ。凡才だ。平凡だ。取りつく手段はいくらでもあるし、私に必要でもない。
…いっそ、殺してしまおうか?
しかし、そのために使うリソースも馬鹿にならない。ハジメ本体はともかく、ヤツに巣食っている魔物…いや、悪魔か?は強大だ。
だったら、放置でいいだろう。計画のために無駄をなくすこと…それが、成功には必要だから。私はひとりげに納得した。
しかし、黒服のある言葉が脳裏をよぎった。
『ハジメさんは未知の
私はティーカップを持った。中には、
若干私の顔を反射する。そこに映っているのは、私らしくない、不安に満ちた表情であった。
私はそんな私に喝を入れる。もう崇高は目の先だ。ここからの失敗なんてあり得ない。私は頬を引き締めた。しかし、心の底で思う。
…奇跡が、起きない限り…。
と。
私は忘れるように、紅茶を、ぐいっと、ひと飲みで終わらせた。味は、少し渋かった。
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降りしきる雨。暗く路地を照らすほんの少しの月明かり。
私…先生は、宛先不明のメールに誘われ、ここに来ていた。
辺りには不穏な空気が染みている。私も、その空気を吸うと不安になってくる。
明らかに怪しいメール。しかもこの時期だ…。もしかしたら、私は死んでしまうかもしれない。そんな事が脳裏をよぎる。
周りを見渡す。人1人いない路地。雨特有の匂いと、硝煙の匂いが溶け合い、さらに恐怖をかきたてる。
ザッ…
音がした。雨音にかき消され、位置は特定できなかったが、確かに私以外の音がした。
緊張がピークに達する。ドキンドキンと、心臓がうるさい。ああ、今にでも逃げだしたい。しかし、それを私の理性が抑制する。
『貴方は先生だ…ここで逃げてはいけない』と。
ゆっくりと周辺の確認を行う。そうすると、薄ぼんやりと、雨のカーテンに隠れて、ある人物が現れた。
"…サオリ…?"
錠前サオリ…なぜ?まさか、あのメールの発信先は…。
私の心が恐怖で染まる。最悪のシチュエーションを想像し、足がすくむ。お腹が、ぎりぎりと痛んだ。
しかし、その感情はサオリの目をみた瞬間に吹き飛んだ。
その目に光はなかった。代わりにあるはずの、闇もない気がした。空っぽな印象を抱かせる。
「…………」
サオリは無言のまま、銃に手を伸ばした。…この前見た銃とは違う。それは、真っ黒なリボルバーであった。
不思議と、そんな危機的状況のはずなのに、私の心は随分と澄み切っていた。波がない海のように、風がない日の風車のように、なにも動じなかった。
サオリの様子をただ見つめる。ついに銃に手が当たる。そして…
その銃は、私に向けられることなく、からんと、音をたてて地へ堕とされた。
同時に、サオリは地べたに手をつく。雨で濡れている筈なのに、その行いに迷いはなかった。
「…先生」
芯がない、力がない声。少なくとも、普通はこんな声をする子ではないのは分かる。
「アツコが…連れて行かれた…」
「他のメンバーも…今はもうバラバラで…生死もわからない」
「それでも…あれから…私は努力した…生きた、生き延びた…」
声が震えている。サオリから涙が溢れている気がした。それが、雨であるか、それとも混ざり合っているのかは定かではないが。
「このままじゃ…アツコは…私の家族は…死んでしまう」
「明日の夜明けに…死んでしまう」
その言葉に嘘は見られない。いや、嘘だったとしても、私は信じることしかできない。
私は、先生であって、大人であって、責任を取らなければいけないから。
「嫌なんだ…もう、失うのは…」
"……………"
「想い人も失って…家族とも離れて…そんな事は、もう嫌なんだ…」
その欲求は当然である。健全な学生が、それを拒否するのは耐え難いことだろう。
「…私は失敗した…何もかも、やることなすこと、全部、全部…。」
悲しいかな、その失敗の一因は私である。しかし、そうしなければ私は責任を取れなかった。先生として生きることは、それをしなければ成し得ない。
私は自分の力不足を呪った。私にもっと力があれば…もっと知恵があれば…こんな顔をさせずにすんだのかもしれない。
「全て…私の力不足だった…」
「だから…もう、頼れるのは先生しか…」
それは懺悔の言葉であった。それは贖罪の言葉であった。
よく話してくれたと思う、よく勇気を出してくれたと思う。
眼下にあるサオリを見つめた。ボロボロで、時折ブルブルと震える。それは捨てられ、衰弱した子犬そのものであった。
救いを求め、赦しを求め、絶大な不安に打ちひしがれている。そんな様子であった。
私は、見るに堪えなかった。私は神ではない。頭を下げられ、頭を下げさせるような、そんな偉い人物ではない。
「…この、爆弾を貴方にあげよう。それは私の首につながってて…」
随分と、馬鹿げたことをいうものだ。
"立って、サオリ"
「しかし…」
私はその旨を伝えた。対等な対話。これが、全ての解決に繋がると信じて。私はサオリを赦した。
"アツコは…どこにいるの?"
サオリは驚愕した。そのおかげで、少し反応が遅れた。
「…アリウス自治区、アリウス・バシリカ。…その地下に、おそらくいるはず…」
少しよどよどしながら答えている。その様子は、予定していなかった、抜き打ちのテストを解いているかのように、驚きに満ちている。
私は、サオリの懺悔に耳を貸した。
「…本当…なのか?」
"何がだい?"
「本当に…私を…いや、私達を赦してくれるのか?」
信じられないような顔だった。
"うん…困っている生徒に手を貸すのが、先生の役目でしょ?"
「たった…それだけの理由で…?」
たった?いや、彼女らからしてみれば『たった』なのかもしれない。けれど、私にとってこれはとても、とても大きいものである。
「本当に…いいのか?私は…お前を殺そうとしたんだ…。どうして、どうやって、そんな簡単に断ち切れるんだ…?」
"でも、爆弾は没収"
「ああ…そうだな、約束通り…」
これが爆弾…起爆装置…これ一つで、目の前の生徒を殺すことができるのか…。
本当に、反吐が出る。
私は、起爆装置を壊した。もう修復できないように、徹底的に。
「な…いったい…何を、しているんだ…?」
サオリが慄く。雨によって消えてしまうような、かすかな声。
目の前の事実を整理しようと、瞳孔をしっかり開け、現実を見ている。これは、成長であるだろう。
"さあ、行くよ、サオリ。…ハジメも、待ってるよ"
「ッッッ!!」
『ハジメ』という言葉に反応したのか、サオリが声にならない声を上げた。
「ハジメも…救ってくれるのか…?」
希望を確かめる声であった。期待を一杯に込めた、そんな声だった。
"もちろん…ハジメも、私の大事な生徒だから"
その瞬間、サオリから涙が滴る。久方ぶりの希望に、心が揺り動かされたのだ。
その希望は、何もない砂漠で1週間彷徨い続けた後の水のような、そんな、美酒とも変わらないほどの味が、きっとするのだろう。
「(ハジメ…私は、私達は、まだ終わっていないんだ…精一杯生きた意味があったぞ…)」
サオリの心の内で、いないはずのハジメに語りかける。そんな事ができるまでに、サオリは蘇ったのだ。
「(ハジメ…待っていろよ。私が絶対に、絶対に、お前を救ってやるから…)」
サオリは決意を固める。新しい決意だった。昔を断ち切って、今を見ている。そんな決意だった。
干からびたはずの砂漠に、再び雨が降った。
To be continued
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