アリウスと原罪   作:パエリアさん

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そういえば…100お気にあざす!
遅くなったけど、本当に嬉しいです!!




第27話 救済

「……………」

 

ツカツカと足音を鳴らしながら、私、ベアトリーチェは薄暗い通路を進む。乾いた空気を切り裂きながら、足を踏み出す行為に、私は辟易していた。

 

「はあ…」

 

自然とため息がついてしまう。私の計画は順調なはずなのに、胸のざわめきは収まらない。

 

まるで、本能が私に『違う』と警鐘を鳴らしているような、そんな錯覚を覚えさせる。それは錯覚であると、私は信じた。

 

「マエストロ…!」

 

今回のゲマトリアの議論で、私に最も苛立ちを与えたものの名前を呟く。誰に愚痴を言うわけでもないが、発散のためにそう言った。

 

ヤツ…マエストロは、私のことをよく思っていない。それは価値観の違いだ。仕方がない。もともと、私達ゲマトリアはそういう集団だ。ただ、自己の目的がイッチしただけの。

 

しかし、それを研究の場に持ち込んでくるのは違うのではないか?公私を混合させてはいけない。そのはずなのに。

 

 

それに…『彼』。『ハジメ』のこと…。

 

 

なぜあそこまでの警戒をするのか、意味がわからない。確かに、ヤツが持つ力は強大だ。それは認める。

 

しかし、そんなに重要視する必要はない。約2年余り見ていた私が言うのだから、間違いがないはずなのに。

 

 

やれ『彼は素晴らしい神秘…いや、魔力を持つ。それなのに、ベアトリーチェ。なぜ貴女はそれを使わない?』

 

 

やれ『…貴女は極めて浅薄だな。目先の利益でしか物事をみていない、愚か者が』だったり。

 

 

研究したのはマエストロとはいえ、その結果を受け取って、観察して、それでも問題ないと判断したのは私だ。なぜ、口を出す?

 

ハジメを特別視しない理由はある。私から見ても、他のものから見ても、彼は『普通』を尽くしている。まるで役目を果たそうとする、働き蜂のように。

 

特別な才能もなければ、特徴も何も無い。ただの一般人。平凡人、それをどうして注視しなければならないのか?

 

それは無駄である。同じメーカーの、同じ紙コップを、違いがあると信じて何時間も交互に見つめるぐらい、時間の無駄でしかない。

 

それならば、必要不可欠である『ロイヤルブラッド』…秤アツコを観るほうが何百倍も価値がある。

 

ヤツにどんな魔力があろうと、ヤツは普通だ。凡才だ。平凡だ。取りつく手段はいくらでもあるし、私に必要でもない。

 

 

…いっそ、殺してしまおうか?

 

 

しかし、そのために使うリソースも馬鹿にならない。ハジメ本体はともかく、ヤツに巣食っている魔物…いや、悪魔か?は強大だ。

 

だったら、放置でいいだろう。計画のために無駄をなくすこと…それが、成功には必要だから。私はひとりげに納得した。

 

しかし、黒服のある言葉が脳裏をよぎった。

 

『ハジメさんは未知の()()()を持った観光客のようなもの…それはウイルスであり、それは滅亡を招くものです』という言葉が。ぶるりと、私は身震いした。

 

私はティーカップを持った。中には、琥珀(こはく)色に揺らめく、おそらくストレートであろう紅茶が入れられてある。

 

若干私の顔を反射する。そこに映っているのは、私らしくない、不安に満ちた表情であった。

 

私はそんな私に喝を入れる。もう崇高は目の先だ。ここからの失敗なんてあり得ない。私は頬を引き締めた。しかし、心の底で思う。

 

 

 

…奇跡が、起きない限り…。

 

と。

 

 

 

私は忘れるように、紅茶を、ぐいっと、ひと飲みで終わらせた。味は、少し渋かった。

 

____________________________________________________

 

 

降りしきる雨。暗く路地を照らすほんの少しの月明かり。

 

私…先生は、宛先不明のメールに誘われ、ここに来ていた。

 

辺りには不穏な空気が染みている。私も、その空気を吸うと不安になってくる。

 

明らかに怪しいメール。しかもこの時期だ…。もしかしたら、私は死んでしまうかもしれない。そんな事が脳裏をよぎる。

 

周りを見渡す。人1人いない路地。雨特有の匂いと、硝煙の匂いが溶け合い、さらに恐怖をかきたてる。

 

 

ザッ…

 

 

音がした。雨音にかき消され、位置は特定できなかったが、確かに私以外の音がした。

 

緊張がピークに達する。ドキンドキンと、心臓がうるさい。ああ、今にでも逃げだしたい。しかし、それを私の理性が抑制する。

 

『貴方は先生だ…ここで逃げてはいけない』と。

 

ゆっくりと周辺の確認を行う。そうすると、薄ぼんやりと、雨のカーテンに隠れて、ある人物が現れた。

 

 

 

"…サオリ…?"

 

 

 

錠前サオリ…なぜ?まさか、あのメールの発信先は…。

 

私の心が恐怖で染まる。最悪のシチュエーションを想像し、足がすくむ。お腹が、ぎりぎりと痛んだ。

 

しかし、その感情はサオリの目をみた瞬間に吹き飛んだ。

 

その目に光はなかった。代わりにあるはずの、闇もない気がした。空っぽな印象を抱かせる。

 

「…………」

 

サオリは無言のまま、銃に手を伸ばした。…この前見た銃とは違う。それは、真っ黒なリボルバーであった。

 

不思議と、そんな危機的状況のはずなのに、私の心は随分と澄み切っていた。波がない海のように、風がない日の風車のように、なにも動じなかった。

 

サオリの様子をただ見つめる。ついに銃に手が当たる。そして…

 

その銃は、私に向けられることなく、からんと、音をたてて地へ堕とされた。

 

同時に、サオリは地べたに手をつく。雨で濡れている筈なのに、その行いに迷いはなかった。

 

「…先生」

 

芯がない、力がない声。少なくとも、普通はこんな声をする子ではないのは分かる。

 

「アツコが…連れて行かれた…」

 

「他のメンバーも…今はもうバラバラで…生死もわからない」

 

「それでも…あれから…私は努力した…生きた、生き延びた…」

 

声が震えている。サオリから涙が溢れている気がした。それが、雨であるか、それとも混ざり合っているのかは定かではないが。

 

「このままじゃ…アツコは…私の家族は…死んでしまう」

 

「明日の夜明けに…死んでしまう」

 

その言葉に嘘は見られない。いや、嘘だったとしても、私は信じることしかできない。

 

私は、先生であって、大人であって、責任を取らなければいけないから。

 

「嫌なんだ…もう、失うのは…」

 

"……………"

 

「想い人も失って…家族とも離れて…そんな事は、もう嫌なんだ…」

 

その欲求は当然である。健全な学生が、それを拒否するのは耐え難いことだろう。

 

「…私は失敗した…何もかも、やることなすこと、全部、全部…。」

 

悲しいかな、その失敗の一因は私である。しかし、そうしなければ私は責任を取れなかった。先生として生きることは、それをしなければ成し得ない。

 

私は自分の力不足を呪った。私にもっと力があれば…もっと知恵があれば…こんな顔をさせずにすんだのかもしれない。

 

「全て…私の力不足だった…」

 

「だから…もう、頼れるのは先生しか…」

 

それは懺悔の言葉であった。それは贖罪の言葉であった。

 

よく話してくれたと思う、よく勇気を出してくれたと思う。

 

眼下にあるサオリを見つめた。ボロボロで、時折ブルブルと震える。それは捨てられ、衰弱した子犬そのものであった。

 

救いを求め、赦しを求め、絶大な不安に打ちひしがれている。そんな様子であった。

 

私は、見るに堪えなかった。私は神ではない。頭を下げられ、頭を下げさせるような、そんな偉い人物ではない。

 

「…この、爆弾を貴方にあげよう。それは私の首につながってて…」

 

随分と、馬鹿げたことをいうものだ。

 

"立って、サオリ"

 

「しかし…」

 

私はその旨を伝えた。対等な対話。これが、全ての解決に繋がると信じて。私はサオリを赦した。

 

"アツコは…どこにいるの?"

 

サオリは驚愕した。そのおかげで、少し反応が遅れた。

 

「…アリウス自治区、アリウス・バシリカ。…その地下に、おそらくいるはず…」

 

少しよどよどしながら答えている。その様子は、予定していなかった、抜き打ちのテストを解いているかのように、驚きに満ちている。

 

私は、サオリの懺悔に耳を貸した。

 

「…本当…なのか?」

 

"何がだい?"

 

「本当に…私を…いや、私達を赦してくれるのか?」

 

信じられないような顔だった。

 

"うん…困っている生徒に手を貸すのが、先生の役目でしょ?"

 

「たった…それだけの理由で…?」

 

たった?いや、彼女らからしてみれば『たった』なのかもしれない。けれど、私にとってこれはとても、とても大きいものである。

 

「本当に…いいのか?私は…お前を殺そうとしたんだ…。どうして、どうやって、そんな簡単に断ち切れるんだ…?」

 

"でも、爆弾は没収"

 

「ああ…そうだな、約束通り…」

 

これが爆弾…起爆装置…これ一つで、目の前の生徒を殺すことができるのか…。

 

 

 

本当に、反吐が出る。

 

 

 

私は、起爆装置を壊した。もう修復できないように、徹底的に。

 

「な…いったい…何を、しているんだ…?」

 

サオリが慄く。雨によって消えてしまうような、かすかな声。

 

目の前の事実を整理しようと、瞳孔をしっかり開け、現実を見ている。これは、成長であるだろう。

 

"さあ、行くよ、サオリ。…ハジメも、待ってるよ"

 

「ッッッ!!」

 

『ハジメ』という言葉に反応したのか、サオリが声にならない声を上げた。

 

「ハジメも…救ってくれるのか…?」

 

希望を確かめる声であった。期待を一杯に込めた、そんな声だった。

 

"もちろん…ハジメも、私の大事な生徒だから"

 

その瞬間、サオリから涙が滴る。久方ぶりの希望に、心が揺り動かされたのだ。

 

その希望は、何もない砂漠で1週間彷徨い続けた後の水のような、そんな、美酒とも変わらないほどの味が、きっとするのだろう。

 

「(ハジメ…私は、私達は、まだ終わっていないんだ…精一杯生きた意味があったぞ…)」

 

サオリの心の内で、いないはずのハジメに語りかける。そんな事ができるまでに、サオリは蘇ったのだ。

 

「(ハジメ…待っていろよ。私が絶対に、絶対に、お前を救ってやるから…)」

 

サオリは決意を固める。新しい決意だった。昔を断ち切って、今を見ている。そんな決意だった。

 

 

 

干からびたはずの砂漠に、再び雨が降った。

 

To be continued







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