アリウスと原罪   作:パエリアさん

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第28話 私は決して貴方を離れない

「えへへ…」

 

私…ヒヨリです。は今…何をしているも、していないとも言えません…。

 

敵から逃げて、ただただ生きて、ぼーっとしているだけ。

 

随分と空っぽだなと感じます。もう、あの頃には戻れないのかなとも考えます。

 

姉さんから別れてからは、ずっとこれの繰り返し…もう、生きることさえ疲れてきました。

 

 

 

最近、生きる意味をよく考えるようになりました。理由としては、死が近づいてる感じがして、死神が、直ぐ側にいる気がして…。

 

だから、生と死について、深く考えることにしました。他に、することもないですし…。

 

私が幼い頃は、とにかく必死でした。食べるのに、寝るのに、生きるのに。

 

それでも、時折楽しいと思えることはありました。生きていてよかったと思えることも、多かったです。

 

それも、今は感じられません。

 

「痛いですよね…苦しいですよね…」

 

すっかり口癖となった言葉を呟く。これは、逃避行動なのでしょうか?

 

皆が頼れて、まとめ役のサオリさん。

 

いっつも無口だけど、たまに見せる笑顔がとびきり素敵な、ミサキさん。

 

いつも芯があって、それでいてとても強くて…そんなアズサちゃん。

 

お花が大好きで、私を理解してくれて、一緒によく遊んでた、アツコちゃん。

 

…料理が素敵で、笑顔が眩しくて、いつも温かくて…私の、()()()だった、ハジメさん…。

 

皆、皆もう戻れない。もう、帰ることはできない。

 

そんな事を確認するたびに、ピシッと亀裂が入ったような痛みが、私の心を襲います。

 

あの頃を思い出すたびに、友情を確認するたびに…愛を、思い出すたびに、私の心を、肺を焼かれるような、そんな耐え難い苦痛が襲います。

 

その苦痛は、どうしても抑えることができないから。胸に手を当てても、どこまでも亀裂が広がっていくから。

 

私は、それを…私の青春を…私の宝物を、忘れることしかできませんでした。

 

忘れようとするたびに、別の苦痛が私にやってきます。それでも、その苦痛はまだ耐えられるから。

 

 

 

その苦痛は、抱え込めるから。

 

 

 

私は、忘却に全てを費やしていました。そんな人生に、果たして、生きる意味はあるのでしょうか?

 

それが分かる人は、きっと私だけでしょう。だけど、私はもう自分じゃ考えられません。

 

だから、もう、いいんです。

 

その事を理解すると、唐突な倦怠感が私を支配します。糸が切れたかのように、力が入らなくなりました。それでも、苦痛は続きました。

 

私は開放を求めました。死は、果たして開放なのか。その答えは、まだ分からないけど。

 

 

 

きっと、ここで生きるよりはマシだから。

 

 

 

私は、静かに、できるだけ静かに、迷惑にならないように、目を瞑りました。

 

 

 

 

 

 

「…ヨリ……ヒヨリ!!起きろ!」

 

「ふぁ、ふぁい!?」

 

いきなり呼ばれた私の名前。聞き覚えのある声。思わず視界をにじませてしまう。

 

「ヒヨリ…大丈夫だったか?」

 

"無事かい?ヒヨリ"

 

目の前には、サオリさんと…先生!?先生がいます!?

 

「な…なんで?!なんで先生も!?」

 

思わず声を荒げてしまう。…こんなに声を出したのは、いつぶりでしょうか。

 

も…もしかして、断罪しに来たんでしょうか、サ、サオリさんも、もしかしたら脅されて…?

 

"話は聞いたよ…さあ、アツコと…ハジメを助けに行こう"

 

しかし、そんな恐れは砕かれた。輝いて、希望があふれて、甘くて、そんな言葉によって。

 

目の前の大人は、到底信じられないことをしゃべっていました。もう、私は戻れない所まで来てしまったのに。

 

「…そんな綺麗事、私でも信じるとこはできませんよ…」

 

「もう…何かも…遅いんですよ。もう、いいんです…」

 

口から、息とともに真っ黒な炭を出しているようです。その炭は、私を包み、体をじゅくじゅくと蝕んでいきました。

 

ああ、また思い出す。忘れようと懸命に努力したのに、私の体は言うことを聞いてくれない。

 

苦痛に体が苦しむ。キャンパスの上を、水彩がじわっと広がるように、私の心に広がる。

 

「うぐっ…あ、あああ」

 

その苦痛は涙となって溢れる。しかし、広がる苦痛は止まってくれない。それはキャンパスから溢れだし、その床、私の核へと、落ちていくようでした。

 

 

 

ガバっ

 

 

 

 

「ヒヨリ。大丈夫だ…大丈夫、きっと、きっと」

 

サオリさんに体を包まれる。懐かしい、安心感。苦痛という絵の具は、彼女によって、落ちて弾ける前に、それを優しく包み込みました。

 

そんな快楽に身を任せる。心には罪悪感が出てきて、苦痛とともにぐちゃぐちゃになる。

 

それでも、涙は決して止まらなかった。その涙は、私の心を洗い流してくれているような気がしました。

 

苦痛の涙ではなく…救済のような、そんな涙が。

 

「ヒヨリ…できたらでいい、全然、断ってもらってもいい。私を裏切っても構わない。だから、私の願いを聞いてくれ」

 

私を抱きながら、溢れんばかりの愛をこれでもかと振り回して、サオリ姉さんは言ってくれました。

 

「…例え、全てが虚しくても…全てに、今はなくても…精一杯、人生を生きるべきだから」

 

その言葉を聞いた瞬間、私はハジメさんのことを思い出しました。その言葉は、ハジメさんのものだったから。

 

それでも、さっきのように苦痛に満ちることはありませんでした。違う色の絵の具を、私は与えられたから。

 

「だから…一緒に、『皆』を助けに行ってくれないか…?」

 

その言葉に、私は逆らうことはできませんでした。

 

逆らえば、それは私ではないから。

 

どこまでも続く、光の階段に向けて、私は一歩、足を踏み出しました。

 

いつか見えるであろう、楽園へ向けて。

 

____________________________________________________

 

 

 

私、戒野ミサキは、私のように不安定な、今にも落ちてしまいそうな橋に座る。お似合いだと思った。

 

眼下には、夜空を暗く反射している川が流れ、私の皮膚に冷たい風が貫く。

 

風に色はないはずなのに、なぜか黒という色を想像してしまう。

 

そんな風が、この橋の上から、飛び込め、飛び込めと言っているように感じる。

 

しかし、その声の主は風ではなく、自分なのだろう。その証拠として、私は今、猛烈に消えたい気分であるから。

 

「……………」

 

一人の時間。私が一番好きな時間。他人のことを気にしないでよくて、自分だけの物語に浸れるような時間。

 

そんな時間が、今はとても憎い。

 

一人は嫌だ。哀しい。苦しい。そんな思いが頭を巡る。

 

…そんな状況にさせたのは、自分であるのに。

 

随分と私は他責思考だなと思う。耐え難い自己嫌悪が、百足のように体を伝う。

 

先を思う。今度は空っぽな風が背中に当たる。

 

このまま風に押されて、飛び込みたい衝動に襲われる。しかし、どうしてか、まだ未練があるのか、それは抑えられている。

 

ああ、私はどこまでいっても人間なんだな。何かに執着している、そんな弱い人間なんだな。

 

私はそれをもう捨てたと思っていた。だけど、ハジメが来てから変わった気がする。

 

アイツと一緒に過ごすたびに、アイツの家にいるたびに、私という存在が作り変えられていく気がした。

 

いや、足されていったという方が正しいか。まるで、今にも崩れんと歪み、酔に溺れる積み木に、干し柿のように、一気に酔いを覚ます支え木が足されているような感触だった。

 

人らしくない私に、情を足してくれたのは、愛を足してくれたのは、人としてしてくれたのは、ハジメだった。

 

私はハジメに返さなきゃいけない。だけど、そのハジメはもういない。そして、そうしたのは…私だ。

 

久しく涙がこみ上げる。それでも、我慢した。ハジメは言った。私らしい私が好きだって。だから、私らしくいるために、私は涙を我慢した。

 

「だれか…助けて…」

 

でも、それももう限界だった。ハジメがいなくなったことで、ハジメが置いてくれた積み木がどこかへ、遠くへと行ってしまった。

 

私は、もうそれなしでは生きていけなかった。もう、喜びを知ってしまったから。…愛を、学んだから。

 

私は、誰に言うわけでもないが、救済を求める独り言をつぶやいた。その言葉は、闇の残響へと消えた。

 

 

 

 

 

 

「ミサキさん…ですよね」

 

 

家族の声が聞こえる。心の底で安心を覚える。が、その安心は、愛の告白が花火によってかき消されるように、無残に消えてしまった。

 

「ヒヨ…リ。と、リーダー。そして…『シャーレの先生』か…」

 

予想外の面子。それでも、私の心は動じなかった。

 

昔の私のように、全ては虚しいと信じなければ、生きていけないから。私は虚無へと、心を溺れさせた。

 

「…そういう選択をしたんだね。リーダー。そして…ヒヨリ」

 

「『先生』…実は、私達は先生を殺せば、生きて帰ることができる」

 

私は自身の愛銃に手をかける。

 

「その話を聞いても…先生は、私達を信用できるの?」

 

銃口を向ける。それでも、目の前の人物には動揺は見られない。

 

"もちろん。サオリがその気だったら、私はここにいないからね"

 

…覚悟が決まった目。その目はどこか狂気的でもあった。眼光が、夜の太陽のようにまたたいていた。

 

先生と話していると、私に足りないものが突きつけられる気がした。私の後悔が盛り上がってきた。

 

 

 

もし私が先生だったら。ハジメも、皆も、こんな事にならなかったのかな。

 

針で刺されるような痛みが全身を襲った。このまま、消えてしまいたい。

 

死ね、落ちろ。と、風から吹く声にあてられ、橋のさらに奥へと進む。

 

"…!ミサキ。そこは危ない"

 

「今から行ってどうなるの?アツコはもう助からない。ハジメももう、私たちじゃどうにもならない」

 

語気が強くなってしまう。人間らしい部分がまだ残っていて、こんな状況なのに安心感が生まれる。

 

「だけど、私たち以外には誰もいない。それに、うまく行ったとしても、それが何になるの?」

 

「痛み、苦しみに耐え続けて、死んだように生きるだけなの?そんな人生に、意味はあるの?」

 

「答えてよ…答えてよ!」

 

いつの間にか全身に力が入ってしまう。手と喉はプルプルと震え、目尻からは絶望が滴る。

 

分かっている。こんなのに答えはないって、ただの八つ当たりだって。

 

それでも、感情をぶつけずにいられなかった。私は、まだ少しだけ、人間だから。…はは、まだ私は、忘れられないのか。私は私を嘲笑した。

 

嫌な沈黙が生じる。ヒヨリがオドオドしてる。悪いことをした。

 

風からの、自分からの欲求に耐えきれなくなって、さらに身を乗り出す。安息は、もう目の前にある。

 

風も笑っているのか、さらに強く吹いている。私を誘っているのだろう。私は爪先に、力を込めた。

 

 

 

 

 

「Vanitas vanitatum , et omnia vanitas…」

 

風に身を任せ、楽になろうとする瞬間、サオリが聞き覚えのある言葉を繰り出した。

 

「全ては虚しい…どこまでいっても、ただ虚しいだけだ…そうだったな、ミサキ」

 

風が強く吹いている筈なのに、サオリの声がクリアに聞こえる。

 

「そうだ。それを、それだけを信じているなら、飛び込むといい。それがミサキなんだろう」

 

「………」

 

「でもな…ハジメはこう言った。『だからこそ…必死に生きるんだ』と」

 

ハジメの顔が思い浮かぶ。キリッとして、どこか切ない表情で…いつまでも、見ていられるものだった。とても愛らしくて…美しくて…。

 

「なあ、ミサキ。お前は必死に生きたのか?それは、ただ諦めてるだけじゃないのか?」

 

刺すような痛み。だけど、今までの痛みとは違って、苦痛ではなかった。それ久しい、責任の痛みであった。

 

「お前は…ハジメを…私達の、家族を、否定するのか…?」

 

「………!」

 

それはいけない。そう思った。例え私がどうなろうと、世界がどうなろうと構わない。けれど、ハジメは…家族だけは、駄目だった。

 

 

 

「なあ…ミサキ。一緒に、精一杯生きてみないか…?私と共に、ハジメを肯定しに行かないか?」

 

 

 

 

ハジメを肯定しに行く…はは、いい誘い文句だ。よく思い浮かんだね。

 

「そうだね…ほら、通路が閉まるまではあと90分だよ。早く、行くよ」

 

私は皆の元へ歩んだ。もう、風は、つまらなくなったのか、吹いていなかった。私はそれに、ざまあみろ、と、誰にいうわけでもないが、心の中で呟いた。

 

「ど、どうにかなってよかったです…」

 

"サオリ…"

 

私は進む。進み続ける。もう、半ばで諦めることはないだろう。決して。

 

諦めることは、私にとってどうしようもない苦痛だから。

 

私たちは歩む。たとえその道が茨であろうと、きっと歩み続けるのだろう。その生命の灯火が消えるまで。その閃光が、眩しく、燃え尽きるまで。

 

To be continued







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