「えへへ…」
私…ヒヨリです。は今…何をしているも、していないとも言えません…。
敵から逃げて、ただただ生きて、ぼーっとしているだけ。
随分と空っぽだなと感じます。もう、あの頃には戻れないのかなとも考えます。
姉さんから別れてからは、ずっとこれの繰り返し…もう、生きることさえ疲れてきました。
最近、生きる意味をよく考えるようになりました。理由としては、死が近づいてる感じがして、死神が、直ぐ側にいる気がして…。
だから、生と死について、深く考えることにしました。他に、することもないですし…。
私が幼い頃は、とにかく必死でした。食べるのに、寝るのに、生きるのに。
それでも、時折楽しいと思えることはありました。生きていてよかったと思えることも、多かったです。
それも、今は感じられません。
「痛いですよね…苦しいですよね…」
すっかり口癖となった言葉を呟く。これは、逃避行動なのでしょうか?
皆が頼れて、まとめ役のサオリさん。
いっつも無口だけど、たまに見せる笑顔がとびきり素敵な、ミサキさん。
いつも芯があって、それでいてとても強くて…そんなアズサちゃん。
お花が大好きで、私を理解してくれて、一緒によく遊んでた、アツコちゃん。
…料理が素敵で、笑顔が眩しくて、いつも温かくて…私の、
皆、皆もう戻れない。もう、帰ることはできない。
そんな事を確認するたびに、ピシッと亀裂が入ったような痛みが、私の心を襲います。
あの頃を思い出すたびに、友情を確認するたびに…愛を、思い出すたびに、私の心を、肺を焼かれるような、そんな耐え難い苦痛が襲います。
その苦痛は、どうしても抑えることができないから。胸に手を当てても、どこまでも亀裂が広がっていくから。
私は、それを…私の青春を…私の宝物を、忘れることしかできませんでした。
忘れようとするたびに、別の苦痛が私にやってきます。それでも、その苦痛はまだ耐えられるから。
その苦痛は、抱え込めるから。
私は、忘却に全てを費やしていました。そんな人生に、果たして、生きる意味はあるのでしょうか?
それが分かる人は、きっと私だけでしょう。だけど、私はもう自分じゃ考えられません。
だから、もう、いいんです。
その事を理解すると、唐突な倦怠感が私を支配します。糸が切れたかのように、力が入らなくなりました。それでも、苦痛は続きました。
私は開放を求めました。死は、果たして開放なのか。その答えは、まだ分からないけど。
きっと、ここで生きるよりはマシだから。
私は、静かに、できるだけ静かに、迷惑にならないように、目を瞑りました。
「…ヨリ……ヒヨリ!!起きろ!」
「ふぁ、ふぁい!?」
いきなり呼ばれた私の名前。聞き覚えのある声。思わず視界をにじませてしまう。
「ヒヨリ…大丈夫だったか?」
"無事かい?ヒヨリ"
目の前には、サオリさんと…先生!?先生がいます!?
「な…なんで?!なんで先生も!?」
思わず声を荒げてしまう。…こんなに声を出したのは、いつぶりでしょうか。
も…もしかして、断罪しに来たんでしょうか、サ、サオリさんも、もしかしたら脅されて…?
"話は聞いたよ…さあ、アツコと…ハジメを助けに行こう"
しかし、そんな恐れは砕かれた。輝いて、希望があふれて、甘くて、そんな言葉によって。
目の前の大人は、到底信じられないことをしゃべっていました。もう、私は戻れない所まで来てしまったのに。
「…そんな綺麗事、私でも信じるとこはできませんよ…」
「もう…何かも…遅いんですよ。もう、いいんです…」
口から、息とともに真っ黒な炭を出しているようです。その炭は、私を包み、体をじゅくじゅくと蝕んでいきました。
ああ、また思い出す。忘れようと懸命に努力したのに、私の体は言うことを聞いてくれない。
苦痛に体が苦しむ。キャンパスの上を、水彩がじわっと広がるように、私の心に広がる。
「うぐっ…あ、あああ」
その苦痛は涙となって溢れる。しかし、広がる苦痛は止まってくれない。それはキャンパスから溢れだし、その床、私の核へと、落ちていくようでした。
ガバっ
「ヒヨリ。大丈夫だ…大丈夫、きっと、きっと」
サオリさんに体を包まれる。懐かしい、安心感。苦痛という絵の具は、彼女によって、落ちて弾ける前に、それを優しく包み込みました。
そんな快楽に身を任せる。心には罪悪感が出てきて、苦痛とともにぐちゃぐちゃになる。
それでも、涙は決して止まらなかった。その涙は、私の心を洗い流してくれているような気がしました。
苦痛の涙ではなく…救済のような、そんな涙が。
「ヒヨリ…できたらでいい、全然、断ってもらってもいい。私を裏切っても構わない。だから、私の願いを聞いてくれ」
私を抱きながら、溢れんばかりの愛をこれでもかと振り回して、サオリ姉さんは言ってくれました。
「…例え、全てが虚しくても…全てに、今はなくても…精一杯、人生を生きるべきだから」
その言葉を聞いた瞬間、私はハジメさんのことを思い出しました。その言葉は、ハジメさんのものだったから。
それでも、さっきのように苦痛に満ちることはありませんでした。違う色の絵の具を、私は与えられたから。
「だから…一緒に、『皆』を助けに行ってくれないか…?」
その言葉に、私は逆らうことはできませんでした。
逆らえば、それは私ではないから。
どこまでも続く、光の階段に向けて、私は一歩、足を踏み出しました。
いつか見えるであろう、楽園へ向けて。
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私、戒野ミサキは、私のように不安定な、今にも落ちてしまいそうな橋に座る。お似合いだと思った。
眼下には、夜空を暗く反射している川が流れ、私の皮膚に冷たい風が貫く。
風に色はないはずなのに、なぜか黒という色を想像してしまう。
そんな風が、この橋の上から、飛び込め、飛び込めと言っているように感じる。
しかし、その声の主は風ではなく、自分なのだろう。その証拠として、私は今、猛烈に消えたい気分であるから。
「……………」
一人の時間。私が一番好きな時間。他人のことを気にしないでよくて、自分だけの物語に浸れるような時間。
そんな時間が、今はとても憎い。
一人は嫌だ。哀しい。苦しい。そんな思いが頭を巡る。
…そんな状況にさせたのは、自分であるのに。
随分と私は他責思考だなと思う。耐え難い自己嫌悪が、百足のように体を伝う。
先を思う。今度は空っぽな風が背中に当たる。
このまま風に押されて、飛び込みたい衝動に襲われる。しかし、どうしてか、まだ未練があるのか、それは抑えられている。
ああ、私はどこまでいっても人間なんだな。何かに執着している、そんな弱い人間なんだな。
私はそれをもう捨てたと思っていた。だけど、ハジメが来てから変わった気がする。
アイツと一緒に過ごすたびに、アイツの家にいるたびに、私という存在が作り変えられていく気がした。
いや、足されていったという方が正しいか。まるで、今にも崩れんと歪み、酔に溺れる積み木に、干し柿のように、一気に酔いを覚ます支え木が足されているような感触だった。
人らしくない私に、情を足してくれたのは、愛を足してくれたのは、人としてしてくれたのは、ハジメだった。
私はハジメに返さなきゃいけない。だけど、そのハジメはもういない。そして、そうしたのは…私だ。
久しく涙がこみ上げる。それでも、我慢した。ハジメは言った。私らしい私が好きだって。だから、私らしくいるために、私は涙を我慢した。
「だれか…助けて…」
でも、それももう限界だった。ハジメがいなくなったことで、ハジメが置いてくれた積み木がどこかへ、遠くへと行ってしまった。
私は、もうそれなしでは生きていけなかった。もう、喜びを知ってしまったから。…愛を、学んだから。
私は、誰に言うわけでもないが、救済を求める独り言をつぶやいた。その言葉は、闇の残響へと消えた。
「ミサキさん…ですよね」
家族の声が聞こえる。心の底で安心を覚える。が、その安心は、愛の告白が花火によってかき消されるように、無残に消えてしまった。
「ヒヨ…リ。と、リーダー。そして…『シャーレの先生』か…」
予想外の面子。それでも、私の心は動じなかった。
昔の私のように、全ては虚しいと信じなければ、生きていけないから。私は虚無へと、心を溺れさせた。
「…そういう選択をしたんだね。リーダー。そして…ヒヨリ」
「『先生』…実は、私達は先生を殺せば、生きて帰ることができる」
私は自身の愛銃に手をかける。
「その話を聞いても…先生は、私達を信用できるの?」
銃口を向ける。それでも、目の前の人物には動揺は見られない。
"もちろん。サオリがその気だったら、私はここにいないからね"
…覚悟が決まった目。その目はどこか狂気的でもあった。眼光が、夜の太陽のようにまたたいていた。
先生と話していると、私に足りないものが突きつけられる気がした。私の後悔が盛り上がってきた。
もし私が先生だったら。ハジメも、皆も、こんな事にならなかったのかな。
針で刺されるような痛みが全身を襲った。このまま、消えてしまいたい。
死ね、落ちろ。と、風から吹く声にあてられ、橋のさらに奥へと進む。
"…!ミサキ。そこは危ない"
「今から行ってどうなるの?アツコはもう助からない。ハジメももう、私たちじゃどうにもならない」
語気が強くなってしまう。人間らしい部分がまだ残っていて、こんな状況なのに安心感が生まれる。
「だけど、私たち以外には誰もいない。それに、うまく行ったとしても、それが何になるの?」
「痛み、苦しみに耐え続けて、死んだように生きるだけなの?そんな人生に、意味はあるの?」
「答えてよ…答えてよ!」
いつの間にか全身に力が入ってしまう。手と喉はプルプルと震え、目尻からは絶望が滴る。
分かっている。こんなのに答えはないって、ただの八つ当たりだって。
それでも、感情をぶつけずにいられなかった。私は、まだ少しだけ、人間だから。…はは、まだ私は、忘れられないのか。私は私を嘲笑した。
嫌な沈黙が生じる。ヒヨリがオドオドしてる。悪いことをした。
風からの、自分からの欲求に耐えきれなくなって、さらに身を乗り出す。安息は、もう目の前にある。
風も笑っているのか、さらに強く吹いている。私を誘っているのだろう。私は爪先に、力を込めた。
「Vanitas vanitatum , et omnia vanitas…」
風に身を任せ、楽になろうとする瞬間、サオリが聞き覚えのある言葉を繰り出した。
「全ては虚しい…どこまでいっても、ただ虚しいだけだ…そうだったな、ミサキ」
風が強く吹いている筈なのに、サオリの声がクリアに聞こえる。
「そうだ。それを、それだけを信じているなら、飛び込むといい。それがミサキなんだろう」
「………」
「でもな…ハジメはこう言った。『だからこそ…必死に生きるんだ』と」
ハジメの顔が思い浮かぶ。キリッとして、どこか切ない表情で…いつまでも、見ていられるものだった。とても愛らしくて…美しくて…。
「なあ、ミサキ。お前は必死に生きたのか?それは、ただ諦めてるだけじゃないのか?」
刺すような痛み。だけど、今までの痛みとは違って、苦痛ではなかった。それ久しい、責任の痛みであった。
「お前は…ハジメを…私達の、家族を、否定するのか…?」
「………!」
それはいけない。そう思った。例え私がどうなろうと、世界がどうなろうと構わない。けれど、ハジメは…家族だけは、駄目だった。
「なあ…ミサキ。一緒に、精一杯生きてみないか…?私と共に、ハジメを肯定しに行かないか?」
ハジメを肯定しに行く…はは、いい誘い文句だ。よく思い浮かんだね。
「そうだね…ほら、通路が閉まるまではあと90分だよ。早く、行くよ」
私は皆の元へ歩んだ。もう、風は、つまらなくなったのか、吹いていなかった。私はそれに、ざまあみろ、と、誰にいうわけでもないが、心の中で呟いた。
「ど、どうにかなってよかったです…」
"サオリ…"
私は進む。進み続ける。もう、半ばで諦めることはないだろう。決して。
諦めることは、私にとってどうしようもない苦痛だから。
私たちは歩む。たとえその道が茨であろうと、きっと歩み続けるのだろう。その生命の灯火が消えるまで。その閃光が、眩しく、燃え尽きるまで。
To be continued
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