前と変わらず、アリウススクワッドはどんどんと進軍する。
時間が迫っているという焦燥感の中、彼女らは母校の生徒を蹴散らしながら進む。
…字面にすると酷い話だ。私、錠前サオリはそう感じる。
「皆、もうひと頑張りだ!」
皆を私なりに鼓舞した。敵の数が少なくなる。もうそろそろ安全になるだろう。
最後の一人となった生徒を見つめる。声は出してはいないが、荒い呼吸音が聞こえる。
それと同時に、諦めが見て取れる。どこを見ているのかサッパリな視線。そこにあるのは無気力のみであった。
銃を構える。ハジメの銃をだ。この世に希望は存在するのだと証明するために、『Joy to the world』の引き金に力を乗せた。
ドカン
瞬間、何かが崩れた。
さっきまで確かに地を踏みしめ、立っていたアリウス生が、秋風に吹かれた枯れ葉のように吹き飛んでいく。
衝撃の後、黒い粉塵がもくもくと立ち込める。その中には、人影がうっすらと見えた。
「聖園…ミカ?」
桜を思わせるような髪。純白に輝く翼。確実な気品を漂わせる姿。それはまさしく、ティーパーティーの聖園ミカであった。
「ふふっ!やっぱりこっちに来たか〜。予想大当たり!」
底抜けに明るい声であった。しかし、その声は何かを隠すような声であった。
「悪役登場☆って感じかな…ところで、なんでそんな目をしてるの?」
「…魔女を見たような目をして」
さっきと違い、隠されたものを一気に放出していた。
その言葉に、その姿に戦慄する。底冷えするような感覚すら感じる。
なぜなら、それはハジメに酷似してたから。
嫉妬、絶望、悲しみ。隠そうと思っても、彼女からは垂れ流しになっている。
いや、隠そうとも思っていないのかもしれない。
「ど…どうしましょうか…」
先生は後ろにいる…すぐにここに来れるか?
「通路が閉まるまでは28分…戦うのは無謀だね」
「む…無謀でしょうか…」
そう、それは無謀だ。彼女の強さはよく知っている。
たとえ私たちが万全な状態でも、勝てるかは分からない。それぐらいのレベルの相手だ。
「ねえねえ、そういえばハジメくんっていたよね。君たちがお熱だったさあ」
「後退して、出直すのは?」
聖園ミカが何かを言っているが、気にしない。心を惑わされてはいけない。スクワッドらとコミュニケーションをとる。
「無理だ。時間がない」
「先生が来るまで時間を稼ぐのは?」
「…それは」
脳を回転させる。…もう、それしかない。
…私達は、大人に『頼る』という選択を、できるようになったんだな。感情に至った。
「いい子だったよね〜。アリウスに初めてきた私にも優しくしてくれて…」
浸っていると、ふと耳へと声が突き抜けた。やめろ。その話をするな。頭の中がかあっと熱くなって、痒くなる。
「でも…もういない。ははっ、傑作じゃんね?貴方達が必死こいて守りたかったものは…」
すうっと息を吸い込んで、満面の笑みになっていた。その笑みは、大人がよくするような、趣味の悪い笑顔であった。
「自分自身で、壊したのと同じ…だよね?」
「聖園…ミカァ!!」
逆鱗に触れる。それは確かにそうなのだろう。私たちが何もしなかったから。私達のせいで、ハジメは…。でも、それであっても、でも!
「姉さん!落ち着いて」
突進しようとする私を掴んだのは、ミサキだった。しかし、その顔には、確かに青筋が出ていた。
「…気持ちは、分かるけど、ここで突っ込んだら相手の思うつぼだよ」
ミサキは、燃え上がる怒りを押さえつけていた。きっと、私と同じ感情なのだろう。…それなのに私は、抑えきれずに…情けない。
「…すまない。皆」
「いいよ…それより、やることやろうよ」
さっき、思い切り燃えたせいか、燃え尽き落ちた炭のように、今の私は酷く冷静だ。
「そうだな…行くぞ…アリウススクワッド!」
私達は飛び出した。過去を償う為に、未来に奉仕するために。
「う〜ん。難しいもんじゃんね?なんでそんな冷静でいられるんだろう?」
「まあ…全部、意味なんてないけど」
何かブツブツ呟いてる奴に、まず私が向かう。手負いとはいえ、少しは…。
「なにっ!?」
聖園ミカが『消えた』そうとしか言えなかった。くっきりと残像を映して、私の視界からいなくなった。
そのことに呆気を取られていると、突如後頭部に酷い痛みが降る。
隕石でも降っているかのような衝撃。耐えきれずにふっとばされた私は、意識を保つので精一杯だった。
「サオリさん!!」
ヒヨリの声が頭に響く。どうやら近くに落ちたようだ。返事をしようと体を動かすが、肉体全てが鉛のように重く、言うことが聞かない。
ズズン、ズズンと、天変地異のような音とともにヤツが近づく音がする。
「ぐ…あ!」
ティータイムよりも短い休息によって、ほんの少しだけ体の自由を取り戻した私は、家族を守るために立った。
もう、守れるのに守れないのは嫌だから。
前が濁ってよく見えないが、何か近づいてくるのは五感で分かる。…壁を走っているな。その位置に向かって銃を放つ。
「うわっ?!ちょっと!治るの早くない!?本気で殴ったのに!」
…クソ。そんな事言っても、余裕は隠せていないじゃないか。
「次は…君だ!」
ミサキへ向かっていくのが朧げながら見える。まずい。
「ミサキ…さん!」
ヒヨリがすぐさま援護をした。あいつのスナイパーはアリウス1の火力。当たればひとたまりもないはずだ。
「おっと…危ないよ?」
「ひえっ……」
…弾を掴まれた。それも曇った空の中で一流の選手がフライを捕るぐらい当然のように。
「くらえー☆」
ミサキに向かって弾を投げた。投げる。それだけの動作で、空間ごとひび割れ、空気が弾け飛ぶ音がする。
「ミサキっ!」
壁に打ち付けられているミサキに目をやる。背後には月を思わせるような巨大なクレーターができていて、相当な衝撃であったことがわかる。
しかし、どうやら当たりどころが良かったようだ。出血はしているが、多量ではない。
「う〜ん?頭を狙ったんだけどなあ。3食ロールケーキ生活で体なまっちゃったかな?」
頭をポリポリとかきながらそう言った。その姿はまさしく恐怖であった。
しかし、その恐怖が決して諦める理由にはならない。私は、諦めないと決心したから。
私は再び、銃を取った。
「あははっ…でも、ハジメ君もかわいそうじゃんね?こんな弱いやつらしか頼れる人がいないなんて」
…何を
「あっ、勘違いしてほしくないから言うけど、肉体の話じゃないよ?もちろん、強さはそのものは評価してるよ」
「…でも、その精神はどうなのかな?ハジメ君はね、私が見てる限り、いっつも一人だったよ」
やめろ…落ち着け、落ち着け。本能を抑える。それには、激しい痛みが生じた。
「いっつも言ってた。『俺は何のためにここにいるんだ?』って。…私が言えることじゃないけど、友達である君たちがどうにかする問題…だよね?」
滝行のような感覚になる。事実という流水が、重く、鋭く、私の心に流れていた。
「…もうさ、諦めようよ…。分かるよ、気持ちは。私も同じ感じだったから」
その言葉は暖炉のような暖かみを伴って私を諦めへといざなっている。
「セイアちゃん…っていたよね。そう!私のお友達…なのかな?」
「そう…君たちが殺そうとした子…。私は嫌なヤツだなって思ってたよ。言い回しが難しくて、人を怒らせる天才で」
何かを思い出すような目。その目は、先のアリウス生の時も見られたものであった。
「でもね…死んでほしくはなかった…私は、人殺しになるつもりはなかった…」
顔を俯かせる。白く輝いているはずの彼女の翼が、暗黒に染まるような錯覚に陥る。
「…でも、全部…全部、むだになっちゃった」
この雰囲気に合った、酷く悲しい銃声が複数回こだました。
「ぐあっ?!」
「ミサキッ!」
それは全てミサキに注がれた。それは八つ当たりのようであった。ミカの目に、もう光は灯っていない。
「…学園、友達、約束、全部、ぜーんぶ、無駄になっちゃったよ」
リロードをしながら私たちへ近づいてくる。コツコツとする足音が、絶望の波となって広がる。
「…分かるよ、貴方達も、こんな風だったたんだよね。全部意味がなくなって、希望も何もなくて…」
呟かれた同情の言葉と、その声色に風邪を引きそうになる。その言葉には、確かな殺意が込められていた。
「それでも、さ。なんで進もうとするのさ?もう、意味なんてないでしょ?」
「…………」
その言葉に、答えは返せないでいた。それが緊張から来るものなのか、恐怖からなのかはわからないが。
「…私が失った分だけ、あなたも失ってよ。そうじゃないと…不公平でしょ?」
六感全てに伝わる、黒い威圧感。今にも倒れてしまいそうだが、必死に耐える。
…返事をするために。その質問に、解を唱えるために。
きっと正解はないのであろう。それでも、ここで言わなければ何か終わってしまう気がした。
「…全ては虚しい…どこまでいっても、虚しいもの…」
「………?急に何を言ってるの?錠前サオリ?」
ミカはたじりと足を運ぶ。ほんの少しの、期待の恐怖が分かった。
「だからこそ…だからこそ。私達は必死に今日を生き抜くんだ。…精一杯、ずっと、ずっと、ずっと」
言うことができた。つきものが落ちる感覚がした。無意識に強張っていた体に、柔らかさが残る。
「…虚しい…だからこそ?…何を言っているの…?」
首を傾げてそう言った。…今すぐに分からなくてもいい。いや、分からなくてもいい。だけど、どんな形であれ、答えを見つけることが大切だから。
「まあ…そういう考えもあるってことだ…聖園ミカ」
「ッ!うるさいなあ!先生の真似事でもしてるの?!それとも、ハジメ君にしがみついてるだけ!?…気持ち悪い!」
…さっきとは違い、言葉に迫力がない。羽根よりも軽い声だった。子供の喧嘩のような声であった。
ハジメにしがみついてる…きっと、そうなんだろう。それは本当だ。嵐が降りしきる雪山の中、小屋の暖炉に集まるかのように、ハジメに依存しきっているのが私たちだ。
…私達は、暖炉のことを考えていなかった。だから、私達の元から暖炉は去ったのだろう。
「そうかも…な」
肯定を口にする。ミカはほんの少しのけぞり、ハトが豆鉄砲食らったかのような顔をしていた。
「…その、顔。まるで…先生みたいな」
"ミカッ!!"
腹の奥底から絞り出したような声が響く。その声は、どこか安心させるもので、心地が良かった。
「先…生?」
引きつった顔が、さらにぐちゃぐちゃになる。その顔には、もはや以前のような活発さは残っていなかった。
「なんで…なんで、スクワッドと一緒に…おかしいよ…おかしいおかしい!!」
ヒステリックな声を上げる。少し、マダムを思い起こさせてしまう。しかし、それと違うのは『若さ』であった。
カタカタと体を震わせ、足は生まれたての子鹿のようになって、今にも崩れ落ちてしまいそうであった。
さらに、その目はまるで子供が絵の具で塗りつぶしたかのように、雑な漆黒であった。
「………!!こっちだ!スクワッドだ!」
「まずい!早く行くぞ!」
対話を試みるのもかなわず、もう追っ手が来てしまった。その数は…満点の星空のようであった。
「急がないと!もう通路が閉まります!」
「走るぞ!」
すでに満身創痍の体を、引きずるようにしながら無理やり動かす。ちぎれるようであった。
"ミカ!トリニティで待っててね!話を聞くから!"
…こんな時まで、生徒の心配か…。だが、これが先生なのだろう…。
私はその優しさ…いや、甘さか。どっちとでも取れるその個性に、若干の呆れと、尊敬を抱いていた。
同時に、ほんの少し嫉妬が混じる。しかし、そんな事を気にしている暇はない。
私達は駆けた。じっとりした夏の夜の、蚊柱のように。
To b econtinued
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