アリウスと原罪   作:パエリアさん

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性癖詰め込んだよん。お楽しみに


第34話 明けの明星

「こっちだ!先生」

 

ついに、ついに私達は元アリウス校舎…そして、バシリカの目の前へ着いた。

 

膝が刺されたように痛み、頭から爪先まで、溢れんばかりの倦怠感に覆われる。しかし、私には使命がある。その一心で、私は地を踏みしめることができた。

 

ふと、ペンダントを握った。そうすると勇気が出た。…それと同時に、ずっしりと重くのしかかる責任感に苛まれる。もう、光に導かれるだけではない。私自身が導くのだ。そう言われているようだった。

 

旧校舎を眺める。年季の入った壁、吹き抜けの窓、百合のような壁龕(へきがん)*1。この目で見るのは初めてのはずなのに、それにはどこか哀愁が漂っていた。

 

"…あそこに、ベアトリーチェがいるんだね"

 

しばらく続いた沈黙を破ったのは先生であった。拳はまだ血に濡れているが、その声は元の、光と愛で充満しているものに戻っていた。

 

しかし、その声は確実に摩耗していた。すり減らされた消しゴムのような、そんな感覚であった。

 

「…ここで、昔のアリウス生は何を学んでいたのでしょう?」

 

当然、ヒヨリが何でもなさそうにそう言った。特に深くもなく、単純な疑問。しかし、それは私の想像をかき立てるのに十分であった。

 

…昔、マダムによって禁止されていた本を、アツコが持ってきて、スクワッドの五人で読んだことがあった。その本は、トリニティとの戦争が始まるだいぶ前で、ハジメと会ってすらいない頃であった。

 

その本は、恋愛小説であった。このアリウスを舞台とした、生徒同士の色恋沙汰を、文字で生々しく、それでいて煌びやかに描いた、そんな物語。

 

その物語には起伏はなかった。一目惚れ、そこからのアプローチ、そこからの関係…そこからの告白。特に事件も無く、淡々と進むストーリーだった。しかし、そのどれもが私達を引き込むには十二分に達していた。

 

私達は、そんな経験はなかった。今のアリウスで、そんな事をする余裕も、気力も無かったから。だから、それはたかが幻想なのであろうと、創作なのであろうと、真面目に考えることはしなかった。

 

しかし、私はこう考えた。昔のアリウスなら、あんな、苺のように甘酸っぱくて、それでいて何でもないような、『普通』の生活ができたのではないか?と。

 

私は、こうも考えた。なぜ、私達はそれを捨てたのか?と。なぜ、宝石のような青春を、掃き溜めのようなドブに捨てたのか?と。

 

私達にも、それを楽しむ権利はあるはずだ。私達は、それを生々しく想像することすら、叶わないのか?それは、なんて哀しいことなのだろうか。

 

だけれども、私はそれを疑問に思っただけであった。それを実際に、言葉に表すことはできなかった。それが普通で、それが常識だったから。

 

でも、それを壊したのがハジメだ。アイツが来てから、私達は青春を確かに楽しむことができた。それが、例えどんなに歪であったとしても、私達はそれで十分だった。

 

「きっと、青春を学んでいたんだろう…」

 

私は呟いた。それはヒヨリに対する返答でもあり、自分に対する答えでもあった。

 

「よし…時間がないぞ、皆。…回廊は地下だ。行くぞ」

 

行かまいとする身体に鞭をふるい、私は足を踏み出した。その足は痛みに震えていたが、反対に、羽がついたかのように軽かった。

 

_______________________________________________

 

 

吹き抜けからほんの少しだけ差し込む白い月光。それと対比するように、または調和するように、またたくように息づく暗闇。深く吸えばむせてしまうような、乱雑な粉塵。それらは、まさしく追悼の記憶であった。

 

私達はそこで歩いていた。もしくは、止まっていたのかもしれない。けれど、私は進んでいる確信があった。

 

「…ここ、一直線だね」

 

それは警告の意を含めた言葉であった。そうだ、この回廊はマダムのいるバシリカへ一直線。そう、直線の回廊と言えば、こんな話がある。

 

はるか昔、王と平民という関係がある時代。戦争の際に、王の根城である宮殿に踏み込まれることが多々あった。

 

住処への侵攻。それは自分からしたら絶望的であるはずだが、それを学ばないほど人というのは愚かではなかった。

 

人は、宮殿を一直線にしたという。それは芸術のためでもあったが、それは学びでもあった。

 

道を直線にすると、相手は前進という選択しかできなくなる。すると当然、自分達は敵を思い通りに動かすことができる。

 

つまり、相手に作戦を練らせない。という事ができるのだ。これは、防衛戦において絶大な効果を発揮した。

 

そして、この回廊もまた、直線が続いている。それはすなわち、マダムか、それとも別の者か、とにかく、私達は敵の思う壺になっているということを暗示していたのだ。

 

「ねえ、さっきの…忘れてはないと思うけど…」

 

ミサキがもの憂そうに声を出す。顔色は青白く、悪かった。

 

"…ミカのこと?"

 

その声はいつもよりも確実に低い声であった。親に無理やり悪い点数のテストを抜き出されるように、悪いものを抜き出されるような声であった。

 

やはり、思い出したくはないのだろう。それは、自分の失敗であるはずなのだから。いや、それは必然のことであり、対策のしようはなかった。天災のようなものであった。

 

それでも、先生は大きすぎる責任を背負っていた。重すぎる罪悪感があった。それは推測になるが、蛇毒のように先生を駆け巡ったに違いない。

 

私がそうとわかるのは、私も同じであったからだ。罪悪感が、痛みが、苦痛が、私を侵すのがひしひしと分かった。

 

だからこそ、私は先生を尊敬しているし、信頼をしている。もはや、全幅の信用を寄せても問題ないとも思っている。

 

なぜなら、先生は私と違い、逃げなかったのだ。向き合ったのだ、現実に、残酷に、事実に。

 

私にはそれはできなかった。試練に打ち勝つことは、ついにはできなかった。でも、先生は勝ったのだ。先生は、凱歌をも上げず、淡々と、当然のように敵の亡骸で腰を下ろした英雄のように、常に飄々としていた。

 

そんな先生を、私は又、嫉妬もしている。それは本能的であり、人間的なのだ。嫉妬をするのが人間という生物なのだから。それはきっと、仕方のないことである。

 

「そう…聖園ミカ。きっと、彼女は諦めてないよ。…あの目を見れば、誰でもわかる」

 

ミサキがそう言った…鱗にさらわれる、直前の目。それはどこへも向いていなかったが、確かな憎悪を孕んでいた。そして、その憎悪の行き先は…言うまでもない。私たちだろう。

 

「だから…」

 

ミサキがそういいかけると、地鳴りのような、深海のような、そんな音がビリビリとあたりを震わせる。

 

「こ、これは!?」

 

明らかな異常。未知に対する恐怖が胸をギュウッと締め付ける。それでも決意で体を保ち、動かした。

 

「っ!先生、危ない!」

 

そう言って先生を抱える。老朽化した柱が倒れる。私は、無理やりにでも体を動かした。

 

音が止んだ。辺りにはパラパラと、瓦礫が奏でる森閑とした奏鳴曲(ソナタ)が独奏されていた。

 

 

 

 

 

どす、どす。

 

 

 

 

「…!!お、お前は…」

 

奏でられた独奏を合奏へと変えたのは、他でもない、聖園ミカらしきものの足音であった。

 

らしきもの。とつけたのはそれ相応の理由がある。

 

その姿は禍々しかった。直視することさえためらってしまうほど、それは痛ましかった。

 

明けに見える明星のように輝いていた翼は、(からす)のように真っ黒に染まっており、巨大な六対の翼になっていた。

 

気品を思わせる黄昏色の瞳は、光沢がなく、燃え盛る憎悪を表すかのような深紅色であった。

 

純白で、きらびやかな装飾が施されていた衣服は神を嘲笑うかのように、ぶどう酒のような色に変わっていて、それと相反するように、青い薔薇が模様として散りばめられていた。

 

唯一変わっていないのは桃色の髪の毛のみで、しかしそれも、色褪せていて、呪いでも掛けられたかのように、今にも枯れてしまいそうであった。

 

その表情に以前のような楽観は見えなかった。あるのは、憎しみ。のみであった。

 

"……!ミカ…その、ヘイローは"

 

「先生…ヘイローが、どうなっているんだ?」

 

私達にはヘイローが存在する。ということのみしかわからない。しかし、噂によると先生はヘイローの形や色を一人一人見分けることができるようだ。その先生がヘイローの事を口にするのだから、何かあったに違いない。

 

"その、ひび割れて…ペンキでも塗られたみたいに、真っ黄色に染まった、そのヘイローは…"

 

…それは、ヘイローすら変えるのか。悪魔は、人の存在すら、簡単に変えてしまうのか…。

 

私は苛立ちに支配された。それは、あまりにも『()()』である気がした。…神の真似事をして、ミカを惑わして…。

 

しかし、それは自分も言えないな、と思った。私もまた、ハジメから見ると悪魔であったのだろう。だから、こんな事になったのだ。

 

でも、たとえハジメが私を悪魔と見なそうとも…あの告白…『私のことは、好きか?』……これで、ハジメはたじろいだ…これを、私は都合よく解釈することにした。そうしないと、少し耐えられないから。

 

さて、ここで状況を整理しよう。…先ほどの崩壊で、私、先生。そして、ミサキ、ヒヨリと、2対2で分かれている…。そして、私たちの方にミカは来た。

 

これは、狙われているということに他ならない。その事に、私は少し身震いした。

 

「…聖園、ミカ。どうしたんだ、その姿は…」

 

「……………」

 

ミカは何も答えない。表情は、凍ったかのように止まったままだ。

 

「これだけは、言っておくぞ」

 

"…サオリ。やるんだね"

 

私は銃を取り出す。刻印されている、『Joy to the world』が、きらめいていた気がした。

 

先生も、ネクタイをきつく締めて、冷水を浴びた後かのように、顔を引き締めた。

 

"大丈夫だよ、サオリ。安心して…私が、いるから"

 

どうやら、無意識に震えていたようだ。先生に肩を叩かれる。やはり、本能というものは抗えないものだ。どうしようもなく、今、怖い。

 

「聖園ミカ…私は、お前の憎しみを、理解しているぞ…これは、確信だ」

 

私は、それに抗って声を上げる。そうだ、最後まで、しぶとく、むちゃくちゃに、抗ってやる。そう考えると、気が楽になった。

 

「………!」

 

聖園ミカの表情は変わらない。しかし、初めて行動を起こした。

 

それは、私達に銃口を突きつけた。どこからか現れた、明るく、粒子のようなサブマシンガン。それもまた、罪を感じさせた。

 

"ミカ…私が必ず、必ず助けるから…だから…待っててね"

 

今宵のアリウスには、鳩と山羊がともに居た。それは、光であり、闇であった。それは、茨であり、馬鈴薯(ばれいしょ)であった。

 

 

 

 

 

黎明の子よ、明けの明星よ、あなたは天から落ちてしまった。もろもろの国を倒したものよ、あなたは切られ、地に堕ちてしまった。

 

To be continued

*1
壁をへこませて作る装飾






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