一面の蒼に一輪の灯りが咲く。それは蒼を食い破らんと、勢いよく脈打つ。
私は放った、光の祈りを、ハジメの銃から。それは蛸に命中し、塵に返していった。
一方、少し変わった人工的な閃光。マズルフラッシュもまたたく。しかし、それらは火に焼かれる羽虫のように虚しく弾じかれていた。
「ひ、ひええええ………」
「……くそ、姉さんの以外は効かない、か……」
ミサキとヒヨリが苦虫を噛み潰したような顔になる。あらゆる攻撃は意味をなさない。いくら弾丸を放出しようとも、いくら爆炎を生まれさせようとも。
それは私達が忘れるように務めた、絶望を思い返させる。ヒヨリは耐えきれず、ぷるぷると震えている。
「ああ……こんなところでも、私は役に立てないんですね……もう、死ねと言われているようなものです……」
迫る蛇を眺めながら、ヒヨリはそう口にした。その顔は無気力に染まっていて、悲しさすら無かった。しかし、恐怖はある。
"ヒヨリっ!危ない!!"
その声も虚しく、幾つもの蛇がヒヨリに首元へ噛み付く。ヒヨリは投げられた人形のように力なく吹き飛ばされ、崩壊の音を立てながら壁に激突した。
さらに蛸もヒヨリへ襲いかかる。私は必死に銃を撃ったが、いかんせん数が多すぎる。蛸は止まらず、津波のようであった。私は、防波堤にはなれなかった。
瓦礫の山から首、腕、大腿部、腹部などを噛まれているヒヨリが見える。
顔を俯かせていて、あまり顔色はわからない。しかし、ぽたぽたと、何か雫をたらしていた。それが外面の痛みによるものか、それとも内側なのかは、本人以外にはわからないだろう。
こんな所まで来て…決意を固めてまで…私は救うことはできないのか……。
自分の弱さが顕になる。力。腕力、心力、知恵、技術、経験、全てが足りない。なぜだろうか、いや、わかっている。これが自業自得ということは。
今まで現実から目を背け続けて、努力から逃げてきた私のせいというのは、嫌と言うほど分かっている。
しかし、神よ。恐らくいるのだろう神よ、それならば、なぜヒヨリに試練を与えるんだ?アイツは、それを受けるべきではない。
私が…受けるべきなのに……なんで、なんでなんだ!?
やりきれない痛みが、矢印を取れないような痛みが私を刺した。力んでも、力んでも、消える事は決してなかった。
「…まず一人」
それは冷徹に、私達を見下した。その赤い眼と、傷のように深い蒼とともに。蛇は、いつの時代も、蛇らしくあった。
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私は、救われると思っていました。
私、槌永ヒヨリは、いつでも弱かった。それは確かです。それでも、当たる光は眩しくて、とても暖かかったから。
光だけは、信じることができた。自分自身よりも、与えられる光が心のよりどころとなっていた。いつでもそうでした。
でも、光は潰えました。それで、私は何をすればいいか分からなくなりました。
あんなに嫌だった死ぬことも、もはや解放とすら捉えられました。もしかしたら、死は救済なのかもしれない。そのような思想で、心が黒く染まりました。
だけど、ここで死んではいけない。それだけが残った理性でした。ハジメさんは、生きて、生きて、生き延びてほしい。そんな事を話していたから。
それは呪いのようでした。しかし、同時に祝福でもありました。それは私を心の崖上へとどまらせてくれる柵のようでした。
その柵は、決してへし折ってはいけません。それは侮辱であるからです。愛する人への、侮辱となるのです。
ハジメさんが馬鹿にされるのだけは嫌だった。ただ、それだけの…『愛』という理由のみで、私は今日まで生き延びてきたのです。
ああ、それでも、私に残ったのは愛の残り香、ただそれだけ。なんてことでしょうか。私には、もはや愛以外はないのです。
希望も、痛みも、歓喜も、悲しみも、全てが虚無なのです。
だけど、そうでも、それであっても、進むことでしか証明ができないから…足を前に出さないと、歩くことはできません……。
でも、私にはもう力は残っていない。足を動かすことはおろか、呼吸することすらままならない。
それは私の敗北を宣言していました。そして、ハジメさんの敗北すらも暗示していた気がして、気分が悪いです。
結局、私は負けてばかりです。私の人生は、負けでできていました。なんて悲しいことでしょうか。私は人生で、勝利の美酒を味わうことは、とうとうないのです。
私は、柵を乗り越えることに決めました。私は、今から死という奈落へ落ちてゆくのでしょう。
そこにあるものは誰にもわかりません。光なのか、闇なのかすら、よくわかりません。だけど、今よりはずっといい気がして…。
まとめると…私は今、どうしようもなく死にたくて、死にたくて、しょうがないのです。
その柵は意外にも低かった。足を上げなくてもひょいと越えられた。それはとても優しくて、愛がある気がした。
「………ミサキさん…サオリ姉さん…アツコちゃん………ハジメさん…」
最期に顔を思い出す。それぞれの、一番美しかった顔を。
私には到底できない、美しく、華麗な顔。自分だけの光に満ち溢れ、貫き通すような瞳。
そのどれもが、私はなかった。私は、ただ丸くなることしかできなかった。
丸くなったら…ただ転がって、ぶつかって、堕ちて……。ああ、私が死に堕ちるのも、当然のことなのだな。
私は足を転がした。心地よい浮遊感が心を満たす。奈落へ、私は頭から落ちていった。それは、喜びだった。同時に、諦めへの悲しみもあった。
だけど…私は……もう、いいんです……。
心の瞳に蓋をする。もう、開くことはないであろう。たとえ、朝日が眩しく輝いたとしても。
『ヒヨリ…おい!ヒヨリ!!』
襟を、大きい、ゴツゴツとした手が掴む。それは酷く見覚えがあった。共に、懐かしい声が聞こえる。あったかくて、明るい、低い声。
ああ、そんなわけないのに。期待してしまう。幻聴か、最期に聴くのが幻聴の声とは。だけど、それであってもいい気がする。愛しい人の声であったら。
私は崖上へと身を戻した。一歩、二歩と後ろへ後退する。それは、自分のための歩みでありました。
「……ハジメ、さん、なんですか?」
喉の奥から何かが上がる。嗚咽を出しそうになるが、私はそんな姿を、たとえ幻であったとしても見せたくなかった、だから…。
私はゆっくり振り返った。後ろの熱はやまない。暖炉のような、焚き火のような、太陽のような、そんな灯りは、消えなかった。
「そうだ……信じられないかも、だがな」
そんな事を言うハジメさんを、しっかりと見つめる。いつの日か見た、いつもの顔。優しくて、眩しくて、それでも、しっかりと見れて、そんな光が、私を再び照らす。
光が再生した。その光は、偽りと言うには少しだけ優しすぎた。私はこの光が真であるということを、身と心で理解した。
手を伸ばす。ハジメさんの顔に触れる。ハジメさんは、少しくすぐったそうだ。それが今は、愛らしくてたまらない。
目線を下げてみました。そうすると、一際目立つ真っ白の布が、ハジメさんを優しく包んでいました。
それは煌めき、ハジメさんと溶けるように調和して、さらなる灯りを放っていました。
ハジメさんの体温、脈、匂い、触感、全てが記憶と相違が無い。私はハジメさんにしがみつきました。もう、二度と離さないために。
「ヒ…ヨリ!?どどど…どうした?!」
ハジメさんの体温がすっと上がる。赤みも同様に帯びる。ああ、日常を思い出す。あの、確かな青春の日々を。
「うえ……うわああああああん!!」
こんな声を上げて…みっともない、幻滅されてしまうかもしれない。だけど、今だけはどうか、赦してください。
きっと、これは私の人生の中で、最上級に『特別』なことだから…。
私は光に包まれ、わんわんないた。罪が流れた。苦痛が紛れた。それは、祝福に違いはない気がしました。
ハジメさんの手は、どこまでも明るく、 永遠に暖かかった。
………
……………
…………………
「ヒヨリ……もう、いいか?」
「はい、もう十分です!!」
嘘である。だけど、ハジメさんに迷惑をかけるわけにはいかない。私は嘘をつきました、利他的に。
ハジメさんの手が、私から離れて、現実という冷気が再び私を悲しく包む。より熱が深く感じる。
でも、熱はまだ残る。それは私の氷を溶かし、私をあらわにさせた。
「ハジメさん……ところで、なんでここにいれるんですか…?」
そう、ここは私の心。それによる光景だ。なのに、なぜここに、ハジメさんが来れるのでしょうか?
「あ〜…まず、俺の中にいるやつ…あの低い声の女だ、わかるか?」
あの女…あの蛇だろう。どこまでも蒼くて、冷たい蛇。だけれど、少し哀愁があった。なにか、私たちと同じような感じがしてたまらない。そんな存在でした。
「そいつなんだが…本来、人である限り、全ての人間の心の内にいるはずなんだ」
心の内にいる…信じられません。しかし、ハジメさんは真面目な顔で言った。きっと、本当のことなんだろう。
「だけど、それは俺の世界の話だ。お前ら…ここ、キヴォトスでは、神秘というものがあるだろう?」
そう、私達は神秘というものがある…らしい。詳しくは知らないが、それによって力の量が変わったりすることもあるらしい。特に、アツコちゃんは神秘が多くて、マダムに目を張られていたらしい。
「それが、あいつからお前らを守ってる。…よく考えてみろ、キヴォトスで殺人は…表の世界だけだったら、あんまし起こらないだろ?」
考えてみればそうだ。私たちアリウスでも、ヘイローを壊す方法はたくさん教わったが、結局、実行したものはいなかった…少なくとも私が見た範囲では、ですけど…。
「だけど…聖園さんは嫉妬、傲慢…それらの、、
思い出す、あの姿。光が消えた、あの姿。この世のものではなかった、あれ。思い出しただけでゾクリと鳥肌が立つ。あれはなにか根源的なものを刺激していた。
ハジメさんは悲しそうな顔になった。やめて、そんな顔は見たくないですから。そっと寄り添いたい気分になるが、ハジメさんは話を続けた。
「そう、だからヤツは忙しかったんだ。俺の世界では未知の神秘に適応するために、キヴォトスの各地を彷徨っていた」
「だから、ほんの少し、針の穴ぐらいのほんの小さな隙ができたんだ。そこを俺が通った…どうだ?すごいだろ」
さっきとはうってかわって、自慢げにハジメさんは話した。けれど、それは私を安心させるための態度ということが、私でもわかりました。
けれど、そんな事をしてくれるハジメさんがどうも可愛くて、思わず口角が上がってしまいました。
いつぶりだろうか、心の底から笑ったのは。少なくとも、ハジメさんと会っていない時は笑っていなかったはず。
でも、今は帰ってきた。それが嬉しくてたまらない。
「そして、奴が最初に触ったのはヒヨリ…お前だったんだ」
名前を呼ばれる。びくっと緊張する。それは悪い緊張じゃなかった。それどころか、体がともに喜びににじむ。
「だから…すまない、頼むことしかできなくて…でも、お願いだ……ヤツ…いや、レヴィアタン、だったかな。を、止めてくれ…」
ハジメさんに肩を掴まれ、懇願される。答えはたった一つだけ、シンプルな答えである。
「勿論です…ハジメさんのためだったら……なんでも、本当になんでもしますよ…」
ハジメさんに頼られた。その事実が脳を巡り、三巡はした。自動的、本能的にその声が心に録音され、いつでも聴けるようになった。
私の、私だけの声。小さな独占欲が、刺々しく私を染めた。
「…なんでもって……そ、そんなじゃなくていいから…」
苦笑いで、少し顔を赤らめている。可愛い、好きだ。そんな感情が恥ずかしげもなく私をぐるぐると、水星のように素早く回した。
「……ヒヨリ、最後に」
「なんでしょう?」
ハジメさんが物理的に薄くなり、時間が来ていることをあらわす。なぜ永劫を過ごせないのか、文句を言いたくなりましたが、それはみっともないので、私はできなかった。
「ヤツも、俺なんだ……ヤツがいるからこそ…罪が、あるからこそ、今の人間は、人間足り得るんだ」
「……どういう?」
いまいち言っていることが理解できない。だけど、なにか重要で、ハジメさんの重い考えが伝えられている。
「とにかく…わかってやれ、とまでは言わない。しかし…
ハジメさんの懇願は、私にぐさりと刺さった。
愛、それは私に残された唯一の光。そんなの、朝飯前だ。忘れてしまえば、それこそ私が私でなくなる。
ハジメさんが消えかかる。もういなくなってしまうのか…。楽しい夢の終わりのように、寂しさが私を包む。しかし、それはエンドロールのように感動的で、暖かな涙が出た。
「…わかりました!!ハジメさん!」
私は精一杯に大きい声で言った。ハジメさんは言ったんだ、元気な私がすきだって、だから、私は空元気でも、元気になるんだ。
ハジメさんは最後に手をふった。私もふった。それは、終わりであり、終わりに向けての始まりでもあった。
ラッパは、遂に吹かれた。光か、闇か、それは誰にもわからない。だけど、これだけは確かだ。
『愛』は、救いとなる、ということは。
To be continued
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