アリウスと原罪   作:パエリアさん

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疲れた…書くのむずい




第42話 神は愛である

「ヒヨ……リ」

 

目の前のことはまるで信じられない。でもそれは、私の網膜を通じて、心をまるで卵の殻かのように粉砕していた。

 

 

私はリーダー。しかし、犠牲を許した。それが問題であった。

 

 

犠牲。それは仕方のないことだ。私達がやろうとしていることは、それを伴わないほうが珍しいほどだ。

 

でも、実際に起きてみると辛いものだ。痛みに耐えきれず、崩れ落ちそうになる。

 

でも、私は耐えた。膝を折れば、もう再び立つ事は不可能だろう。だから、投げ出したい気持ちを必死に抑えた。

 

それには大きな苦痛が伴った。形容しがたい苦痛に、私は不思議と、芸術すら感じた。

 

それは悲観的で、雲のように辺りへ散った。それは私達どころか、このキヴォトスの全てを闇で包むのだろう。それを止められる自信は、こんなにも弱い私には無かった。

 

蛇がヒヨリを貪る。飢えた獣のように、汚らしく食事をしていた。害獣め、そんな気持ちが私を支配する。

 

しかし、悲しいかな。そのような穢れた蛇は私の中にもある。そして、蛇はハジメであって、私であって、人その者であるのだ。それは嫌々ながらも理解した。

 

それでも、不条理というのは嫌なものだ。嫌悪感すらしょうがないとしたら、どうしたら幸福が手に入れられるのだろう。そんな疑問で、私は擦り傷のようにな痛みが来たのを感じた。

 

「…サオリよ。これが現実で、これが虚無である」

 

蛇の言葉が私に降り注ぐ。それは雪のように冷たく、私に積もった。

 

「可哀想に。あなたは偽物の光に導かれた蝿だ。そして蝿は、見るも無惨に引きちぎられるのであろう」

 

その言葉を無視して、私はヒヨリの下へと駆け寄った。偽物…?ふざけるのも大概にしろ。そういいたくなるが、ものごとには優先順位というものがある。

 

ミサキはと言うと、ヒヨリと先生を交互に見つめて、黒い瓦礫の山に立っている。その目はゆらゆらと揺れ、恐怖を感じさせた。

 

呼吸は浅く、うまく吸えていない。そして、悲しみは怒りへと徐々に変わるようだった。

 

「ふざ…けるな、ふざけるな!」

 

そうミサキは言うと、大蛇に向かって銃を放った。ロケットランチャーのミサイルは、赤紫に光る流星のように、蛇を昇って爆裂した。

 

それは、恐らく怒りを表している。行き場のない怒りだ。それはこの世で一番あいまいな、感情というものに向かっていった。

 

幸いだったのは、それが具現化したことだ。それによって、ミサキは明確な憎しみを持つことが可能になった。

 

「…虚しい」

 

砲撃がヤツに直撃し、灰の粉塵を吹き立てる。しかし、その煙の中から一筋の蒼が勢い良く飛び出る。

 

それは蛇行し、うねり、正確にミサキの喉元に向かっていった。…また、私は犠牲をだすのか?私は直感的にそう思った。

 

声を出す暇もない。残酷なのは、それを見て理解するだけの暇はあったことだ。そのせいで、私の光はまた曇る。霧のように、包まれて消えてしまいそうだった。私は、救いを欲した。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、その瞬間、霧は晴れた。朧げだった光は、日の光のような盾となって、ミサキを守るようにさんざめいている。

 

現実でも同じ事。薄緑の髪を旗のように小さく揺らし、確かなな光を放つ、そんな存在……ヒヨリが、ミサキを悪意から守った。

 

"…これが、大人のカード……"

 

その先生の言葉につられ、手元を見てみる。それはまぶしく光る長方形であった。見ることすら、おこがましい光であった。

 

それと同じよう……いや、少し違うが、とにかくよく似た光がヒヨリを包む。虚ろだった目は今や鷹目石(ホークス・アイ)のようにまたたいていた。

 

「っ!!…本当に、本当に、…妬ましい!!」

 

蛇は怒りとともに、さらなるうねりを放つ。そして、妬みという鱗の矢が数千、放たれる。それは辺りを戦場のように包んだ。

 

 

 

「…私は、話したんです、『愛』についてを」

 

 

 

ヒヨリがぽつんと呟く。それは吹けばかき消されてしまうような、霞のごとし声であった。

 

しかし、その声は確かな力をもって、辺りをほんのりとした光で包んだ。苦痛に塗れた私が、少し救われた気がした。

 

「うるさい!黙れ!!ただの玩具が、あいつのような光を放つのではない!!」

 

そう言うと、周囲の蛸や蛇が一斉にヒヨリへと向かった。まずい、ヒヨリがまた…。私はすぐに銃を構え、引き金を引いた。

 

しかし、ヒヨリは一瞬で蒼黒に包まれる。私の光は届かず、彗星の終わりのように消えてしまった。

 

私はそれを見て顔を引き攣らせた。だが、すぐに思い出す。あの光を出したのは、他でもないヒヨリであるということを。

 

 

 

 

さんさんとした斜陽が、黒を光で塗りつぶす。光と化した黒は、もはや闇ではなかった。

 

辺りには数十にもなろうかという蛸、蛇。それらが死んだように横たわり、ピクピクとほんの少し動きを見せている。

 

「『愛』というのは曖昧で、それでも矛盾するように濃密です。だから、人生は難しいのだと思います」

 

ツカツカとヒヨリが大蛇の下へ歩み寄る。蛇は言葉を発そうと努力はしているが、唇がガタガタと震えただけで、行動には起こせなかった。

 

まるで、奇跡でも観たかのように、蛇はとにかく狼狽えていた。

 

「まだ、私には『愛』がなんなのか、それはわかりません。これからも、ずっとわからないのかもしれません」

 

大蛇はもはや恐怖の域に達しているのだろう。三つ首の猿でも見たかのような、未知の恐怖が奴を襲っていた。

 

 

 

…少し、少しだが…私の妄想なのかもしれないが……ヤツの額に位置するハジメが、少し動いた気がした。

 

 

 

それは幻想だとしても、私に光をもたらした。心が躍るようだ。心情がうねうねと上がり下がりするこの場所に、私は疑問ができた。

 

しかし、それを解決する暇はなかった。頭をふるふると振り、私は現実へと目を向けた。

 

「でも、私は伝えなければいけません。『愛』の尊さだけは」

 

ヒヨリが見据えたように、はっきりと言った。私は涙しそうだった。こんな事を言えるまでに、ヒヨリは成長したんだな…。

 

「…黙れ、講釈たれてるんじゃないぞ、ただの子羊が」

 

蛇はそう言うと、鱗をカタカタといわせ、体を太く増長させた。赤の眼はさらにぎょろっとなり、もれでる闇はさらに深くなった。

 

 

 

「可愛そうだとは思わないのか?こいつが」

 

額にいる人間…ハジメを濁った尻尾で指差す。その声は異様に落ち着いていて、かなり不気味だった。

 

「嫉妬という岩に押しつぶされ、閉じてしまったこいつを、お前達は否定しようとしている」

 

「……」

 

「ああ、可哀想に。きっとこいつは、誰にも理解されないまま、死に就くんだろう。他でもない、光によって殺されるんだ」

 

芝居がかった声だった。しかし、それには重みがこもっていた。幾千、幾万にもなろうかという痛みの質量が、落石のように私を蔑んだ。

 

確かに、これは闇を否定することだ。並びに、今のハジメは闇としか言えない。そんな状態だ。しかし、そうであっても、私達は光を追求しなければいけない。

 

「…いいや、それは、私達がさせない。そうだろ?皆」

 

私は皆に呼びかけた。そう、ハジメが闇なら、私も闇だ。ハジメが光なら、私も光だ。

 

結局、光も闇も、漠然なものだと私は思う。その両極は、視線によって結構異なるものだと私は理解している。

 

虫を美しいというものもいる、一方、虫を醜いというものもいる。同様に、それを光だというものがいたり、闇だというものがいても、いいじゃないか。

 

お前にとって闇でも、私達にとっては光なんだ。だから、私達は戦うんだ。

 

"当たり前だよね、皆……それじゃあ、まだまだ行くよ!"

 

先生がカードという灯火を掲げた。それは、紛れもない奇跡であった。

 

「……勧善懲悪すら、汝らは否定するのか……どんなに絶対的でも、そうであっても?」

 

蛇は私達に聞いた。それは純粋だった。白でもない、それは透明で、浄水よりも透き通っていた。

 

 

 

 

 

返答は、もはや決まっていた。

 

 

 

 

 

「否定はしないよ…それが、私たちにとっての……『愛』だから」

 

ミサキが私達の言葉を代弁してくれた。それが絆をさらに深め、硬くした。それはもはや自然の摂理のように、崩れることなぞ想像すらできなかった。

 

「…そうか」

 

そう言われた蛇は、鱗を私たちに向けた。しかし、さっきのような恐怖はない。あるのは、躍動する心臓であった。

 

闇を光で、または、光を闇でかき消す。それは極めて利己的だ。だけど、たまにはそれはいいものだ。

 

それが、人間である証明になるのだから。罪は、避けるものではなく、受け入れるものだと、私は思う。

 

ミサキと先生を守りながら、私とヒヨリが前線に出て、祈りを銃弾に変えてヤツに撃ち込む。

 

私は逆十字を、ヒヨリは雷模様の光を、それぞれ出す。暖かな光だった。

 

先生は指揮を、そして光の増幅を請け負っていた。先生の光は私たちを包み、傷を癒やしてくれた。

 

その間、ミサキはアツコのもとへ向かう。ヤツは、アツコから何かを吸い取っているようだった。それを防ぐため、ミサキは十字にかけられているアツコを助けに行った。

 

「…小癪な」

 

ミサキに気づいた蛇を、私達が止める。私達の光は、蛇の毒を浄化し、崩れさせた。

 

蛇の毒に触れてみた。それは意外にも美しく、それでいて悲しかった。地底にふさぎ込まれた地下水のように、それは極度に冷たかった。

 

私はそれを、火にかける決意をもった。

 

「ミサキィ!!」

 

「分かってる!!」

 

黒岩を踏みけり、影を切り裂き、ミサキは十字へと全速力で向かう。それはいくぶんかの華麗を伴う行進であった。

 

行ける。そう思った。幻想が実在となって眼へ映る。それは花のように華奢で、踏めば簡単に折れてしまいそうだった。

 

しかし、だからこその壮麗さがあった。私は、これを観るために生きているのだと感じた。写真家の気持ちが、今は痛いほど分かる。

 

「…………」

 

栗鼠(りす)のように駆けるミサキを、巨大な紅の瞳が、夕焼けのように見つめる。それは酷く無表情で、空のように無機質だった。

 

私は見たことがあった。それは、アリウスの目であった。私は同情してしまった。

 

「ひ…め!!」

 

ミサキが白い手を伸ばす。びよんと体を一直線にして、可能な限りギリギリでアツコの体を掴む。

 

ミサキはアツコがかけられている十字へとよじ登り、彼女と目を合わせ、肩を揺らした。眠っている子どもを起こすかのように、それは優しさに包まれていた。

 

「姫…アツコ!!…ねえ、大丈夫?!」

 

奇しくも、蛇は止めるわけでもなく、喚くわけでもなく、ただただ見つめるだけだった。それは鑑賞とも近い状態だった。

 

アツコの綺麗な足、手、閉じられた瞳とともにある、整った顔。そして、ミサキの白く、厚い服、髪。それらをじろじろと観察する。

 

私はそれに違和感を覚えた。あんなに愛が、苦痛が、光が、闇が……などと言っていた割に、愛の権化のようなこの風景を見て、何も言わないというのは、やはり何か違和感があった。

 

心臓が早鐘を打つ。もう終着だというのに。…まさか、まだ…まだなのか?

 

 

 

 

「…虚しい」

 

 

 

解とでもいわんばかりに、男の声が沈黙に響いた。私はそれを知っていたし、渇望していた。だから、声の主は体より先に、心が理解するほどだった。

 

腑抜けたような、重いような、暗いような、そんな曖昧で、泡のような声。それはアリウスを地震のように揺らした。

 

「……ハジメ……?」

 

声の方向に首を向ける。それは蛇の額からだった。それは悲しいほどに青白く、使い古された雑巾のようだった。

 

心の底から望んでいたはずなのに、なぜか喜べない。出るのは警戒だけだった。

 

「…妬ましい」

 

「…なに?」

 

「妬ましい。妬ましい。妬ましい。妬ましい…」

 

体をガタガタと震わせる。それは人間的ではなかった。何かに憑かれたかのような、そんな震えだった。

 

 

 

「妬ましい!!」

 

 

 

掠れた大声でそう言った。そうすると、蛇はさらに大きくなった。天に届かんとばかりに、どんどんと伸びていった。

 

それはとうとう天井を突き破り、世界を壊した。そして、塗りつぶさんとうねりをあげた。

 

「ぐっ!?」

 

"ミサキ!"

 

私達がそれに酷く愕然としている間に、蛇の体によって十字が引き抜かれた。同時に、しがみついていたミサキが落ちてくる。

 

それを先生が受け止める。ヘイローがないのに、見上げた度胸だ。

 

十字は蛇の頭へと向かった。その間、アツコの表情はずっと、寝ているような顔から変わらなかった。

 

天柱のような蛇を見上げる。それは確実に、私たちに終わりを示していた。

 

 

「終わりだ、スクワッド、先生…そして、キヴォトスよ。汝らは、大海の底で、何も知らない赤子のように、沈痛とともに終わりへと向かうのだ」

 

 

天からの声のように、頭から順に響いてくる。それは骨をじんじんとさせ、腐らせるようだった。

 

「…罪は……消えない」

 

蛇の口がゆっくりと開かれる。喉奥には暗い炎がほんの少し見える。それは、恐らくここを焼き尽くすつもりなのだろう。

 

しかし、それでも希望は捨てられない。いや、もはや捨てることはできない。生に死が避けられないように、それは不可逆なことだった。

 

私はすでに、固まったのだ。

 

胸のペンダントを握る。それは祈りの行為そのものだった。目的も分からない祈り。しかし、今だけはそれが必要であった。

 

『愛』が、心に満ちた。分け与えても、終わらぬほどに。

 

 

 

 

 

 

汝、隣人を愛せよ。汝、敵を愛せよ。

 

 

 

To be continued






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