※この小説には、多分の独自解釈があります。
薄灰の闇空の下、私達は蒼黒の地底を踏みしめる。頭上からは偽物の太陽のような陽光がジメジメと降り注ぎ、私たちを支配せんと、うねって入り込んでいた。
「ヒヨリ!」
「はい!」
ヒヨリとともに銃弾という名の光を放つ。それは蛇の鱗に当たり、闇を吸い込むようにほとばしるはずだった。
しかし、それは逆に、吸い込まれてしまった。アリウスでは禁止されていた本で、大人達から隠れて見た、ブラックホールに吸い込まれる光のように、それは虚しく打ち消された。
「なっ…」
予想はしていたし、そっちの可能性のほうが高いということも、うすらうすらと感じていたが…これはどうするか。
チェスで言う『チェックメイト』将棋で言う『詰み』。そのような状況だと、私は思った。
けれど、灯火は消えなかった。たとえびしょびしょに濡れようとも、轟然たる闇が襲おうとも、それは強く耐え忍び、明かりを灯らせ続けた。
次へ、次へと思考を走らせる。未来を予測し、推測する。それはまるで、預言者のようでもあった。
「…皆!来るよ!!」
ミサキの声がじん、とつんざく。その言葉が意味しているであろう場所に、顔を向ける。
まるで太陽が手に取るようだった。ゆらゆらと無限に揺れる焔が、闇を形成し、光を貪る。その光景は、まるで終焉であった。
"私のそばに!!皆!!"
先生はそう言うと、片腕で私たちを抱きしめ、片腕でカードを取り出す。それは太陽にも負けない光を放つ。それは星のようでもあり、それでいて月ではなかった。
鈍い光炎がごうごうと早足に近づく。そこに煌めきは見つからなかったが、なにかの底が見えたような気がして、私はそれをやはり綺麗だと思った。
ブワッ
焔は目の前で止まり、裂けた。結果的に、私は熱を感じることはなかった。炎を抑えたものは、光であった。
「…はあ、ここでもか」
蛇は息をつき、そのまま口を閉じた。その額に位置する男は、ガタガタと震えた。
同時に、蛇の頭のほうに、掴まれた十字が輝く。括り付けられているアツコから流れる血は、一滴も逃さないように、蛇に取り込まれていた。
辺りには残炎が立ち上る。不思議なことに、焼却物は煙を上げず、ただただ炭となって地底の彼方へと吹き流されるのみであった。
くるりと目線を一周させてみる。なんてことだ、校舎は完全に燃えてしまった。そこにあった追悼は天に昇ることはなく、ついには地へと落ちてしまった。それが救いであるのかは、私には分からなかった。
山のように積もる瓦礫と灰から、蒼い蛸が這い出る。それらはぞろぞろと私達を取り囲み、私達を孤島のようにする。
どうすれば、この先は、その次は、最後は……。
ぽつり、ぽつり
思考を覚ますように、厳寒とした液体が私の肩を突く。それは、慣れ親しんだ『雨』ではなかった。それは『災害』のような水で、私の精神を不安にさせた。
その水は恵みの音ではない。それは単純な嫉妬を内蔵し、水という外見で身を包む。擬態であったが、音でわかる。それが作り物だということは。
ざあ、ざあ
それは轟を放つように変化していった。耳を曲げるような不協和音を、熱狂的に、それでいて残酷に。それは十分に熟した実が地面に落下して砕けるときのように、嫉妬をばら撒いていた。
空から降っているのは、罪である。そう感じた。そうだ、罪で、罪を洗い流す。それが今の世界である。
蛸はそれをちゅうちゅうと蚊のように吸い、さらに大きく、深くなった。
"……どうしようね"
私達を確実に追い詰める蛸をじっと見つめながら、先生はそう呟く。それは弱音のようでもあった。だが、その目は宝石であった。
実際問題、ここから助かる術は今のところ見つからない。なぜか、私の光の効きも悪くなっている。ヒヨリも同様だ。
だが、これで終わりであっても、最後まで突き進むのが私の生き方だ。だから、こんなところで終わってはいられない。
すっと銃を向ける。無論、それは他の面々も同様であった。皆が皆、同じとは言えないかもしれないが、光を抱えていたのだ。
ざあ、ざあ
終わりを知らせる水音を尻目に、そのようにして暇をやり過ごしていると、いつの日か見たことのある、黒の塊が雨音に隠れて、疾風のように現れた。
「お久しぶりですね、先生」
"黒服…!?なんでここにいるの?!"
黒々とした存在が、陽炎のようにぼんやりとそこに立つ。それは確かにあったが、曖昧ではあった。
「ええ、一から十まで説明して、時候の挨拶でも交わしたいものですが……いかんせん今は時間がありませんので…失礼ながら、本題へと移らせていただきます。」
黒いものはそう言うと、懐からぱっと古びた紙を取り出した。それは雨で濡れているというのに、
先生は無言でその書類を読む。その時間は十秒にも満たないほどであったが、今の私にとっては木の循環のように永劫でもあった。
"………『大人のカードの権能をゲマトリアに見せる代わりに、悪魔、レヴィアタンの情報を与える』…これは、別にカードには何もしないってことでいい?"
「ええ、私達……いえ、少なくとも私は、貴方と仲良くしたいと思っているので」
大人のやりとり。私たちのような、感情と感情が綺麗に交差するお喋りではない。疑いと、不信と、追い求める利益が複雑に絡み合い、ギリギリとした沈黙を作り出す。私には、到底耐えられそうになかった。
感情を乗せず、文字のような声の会話が繰り広げられる。これが大人か。私は圧倒された。
"……黒服。こんなタイミングできておいて、それはないよ……しょうがない、『乗った』"
やれやれとでも言いたげに、先生は手を上げ、降参のポーズをとった。黒いやつは、くつくつと笑い、先生の沈黙と対比構造のようになっていた。
だが、少し時間を取りすぎた。蛸がもうすぐ前に迫る。無のまま威圧感を放っていて、禍々しかった。
私は耐えきれず、引き金に力を込めた。しかし、なぜか手に力が入らなかった。その原因は、紛れもなく黒いのだった。
「おっと、すみませんね、錠前サオリさん。このままだと契約不履行となってしまうので…」
パチン。と指を鳴らす。すると、木製の巨大な舟がぱっと出現する。その船上には家のようなものが建っている。
"黒服、それは…"
先生はあっと驚き、声が出ないかのように尋ねた。まあ、当然であろう。突如として、謎の技術によって、謎の舟がぽんとあらわれたら、誰でもそうなる。事実、私がそうなっている。
「ええ、これは私達ゲマトリアが入手した、通称『ノアの方舟』です」
いつの間にか船へと移動していた私達に向けて、黒いのはそう言った。随分と早口で、熱弁していた。何回かこの黒いのは見たことがあるが、ここまで興奮しているのは初めてみた。
落ち着く檜の匂い。しかし、どこか感じる獣臭さ。そして、雨の匂い。外の水と同じような香り。作り物の雨のような、痛みの雨のような、そんな水が、この船にはもとから染み渡っていたみたいだった。
どうやら、かなりの大雨。それは洪水を引き起こしていた。それは、アリウスを海へと変えていた。
私達はアリウスの海を漂っていた。見えるのは泳ぐ蛸と、長々しく伸びる蛇であった。
"…こんなの、一体どこで?"
疑問をぶつける。それは感情があった。そして、私も興味があったので、回答へと耳を傾けた。
しかし、黒いのはうんうんと考えた末に、こう答えた。
「いえ、その問いには、今は残念ながら答えることはできません。ええ、悪いと思っていますが」
本当か?平然と嘘を付く。そんな気がした。
「ですが…そうですね。少なくとも、遠く、うんと遠くであることは、伝えてもいいでしょう」
遠く…?どこだろうか。ミレニアムや、レッドウィンターあたりか?だが、こんな物があるとは思えないが…。
先生はそれ以上何も喋らなかった。木の
「……ええ、話せということですね。いやはや、すみません。これもこっちの事情でして…」
"早く"
「おお、すみませんね」
ある意味仲が良いのか、悪いのか。分からないが、不思議なやりとりだ。これも、大人特有の会話なのだろうか。すこし、格好良ささえ感じてしまった。
「では、話しましょう。彼の…いや、彼女の正体について」
そう言うと、周りが沈黙に包まれるようだった。皆が聞き耳を立て、神経を尖らせている。
黒服はすっと言の葉を吹く。それは私達をどこか遠くへと誘うような、そんな声だった。
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太古、いや、それですら生ぬるい程の過去。それは全ての誕生の週であった。天と地、光と闇、あふれる自然。それらの誕生であった。
作り手はこう思った。海はあまりにも広く、深すぎたと。そうなると、どうしても底は分からない。そして。作り手は決めた。そこにしもべを置くことを。
作り手は生み出した。海に住む大蛇を。何体も、何体も作り出して、それによって海の平穏は保たれた。
しかし、少したった後、それは増えすぎた。作り手はこうも思った。増えすぎてしまったら、それはあまりにも強すぎる、と。なので、蛇を一匹を残して抹殺することに決めた。
生殖というのは、生物としては当たり前の行為。そうであるのに、増えすぎた。という理由のみで、自身が作り手によって殺される。そのようなことは、蛇は許せなかった。
蛇は立ち向かった。しかし、光に打ち勝つことは、決してなかったため、ついには滅ぼされてしまった。
一柱残った蛇に、作り手はこう言った。海を一人で、孤独に守り抜くように、と。蛇は憤怒した。しかし、逆らうことは決してできなかった。なぜなら、蛇は作り手を愛していたために。
そう、愛していた。心の底から、尊敬、敬愛の念があった。それは、蛇の全てであった。しかし、蛇はそれを否定された。だから、蛇の思いは、愛憎へと変わった。
そこから、少し経った。蛇は作り手に従い、海を当てもなく、孤独に泳いでいた。それは、感情の旅のようで、新しい思いを見つけるためのものだった。
しかし、どれだけものを見ても、生き物を見ても、蛇は悲しむしか無かった。どれもこれも、孤独ではなかった。家族がいて、仲間がいて、つがいがいて、それは、自身の否定である気がした。
蛇はそれに絶望し、眠りについた。深く、大きい眠りだった。しかし、意外にもその眠りはすぐにはらされることとなる。
暗い海底で眠りについていると、何者かの声が、朧気に聞こえた。それは小さかったが、変化を求める蛇には大きい音だった。
耳を集中させる。それは男の声だった。それはこう言った。
『地上にあがり、園をみてみなさい』
その言葉に従い、すうっと地上へと上がる。不思議と心は高揚していた。それは、作り手による虐殺以来、初めての感情だった。
海から顔を出す。それは、見知った地上とは全く違う光景だった。もっとたくさんの光が、もっとたくさんの歓喜が、蛇を眩しくさせた。
蛇はそれに耐え、細目で木を見てみた。その木には二つの動いているものがいて、うれしそうに話し合っていた。そこに、痛みは存在しなかった。
また、男の声が聞こえた。それはこう言った。
『あれは、人というものである。あれは、□□□□の、最高傑作である』
その瞬間、身を焼き尽くさんとする熱が、蛇をさらに蒼く変えた。蛇はこう思った。我らがこんな扱いを受けて、それでいて我慢をしているのに、作り手の寵愛を一身に受けて、それは許されるのか。と。
無論、それは許されている。それは作り手という絶対に、確かに是認されていた。蛇はそれを理解した、だからこそ、痛みが蛇を焼いた。
なぜ、我だけ?なぜ、あやつらは?そんな思いが、蛇を包む。
『ああ、君よ。許せない。そうであるな。あやつらに、なにか罰を与えなければならない。そうであろう?』
男の声は闇のように鮮明になり、形を作り出した。それは蛇だった。いや、自分とは違う、白くて、小さい、陸蛇だった。
『ともにこい。ともに人の子に、罰を与えよう。ああ、罪を、背負わせるんだ』
蛇は、その手をとった。にんまりと、陸蛇は笑った。
陸蛇は木に近づき、人を唆した。それは、これからの経験のようだった。
瞬間、人が真っ赤な林檎をがぶりと食した。蛇は感じた。自分が、人となる感覚を。罪となって、人を苦しめる自覚を。
蛇はそれ以来。笑ったりすることは無かった。凍てつくように、ずっと、ずっと、永久に、嫉妬の顔で動かなかった。人はそれを、悪魔と呼んだ。
To be continued
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