アリウスと原罪   作:パエリアさん

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分からない事があったら聞いてもいいのよ…?




第44話 一粒の犠牲

終わりを示すような強い雨を尻目に、私達は船の上で佇む。雨は船にはなぜか溜まらず、溢れるようにすっと落ちていった。

 

辺りには幾千もの蛸。そして蛇。それらが嫉妬という感情をむき出しにして、船を襲う。

 

しかし船は、それをものともせずに、極めて安定化して、そこにぷかぷかと、静かに死んだ海月(くらげ)のように浮き漂うだけであった。

 

「…ええ、これらが彼女の生い立ちです。どうですか?」

 

黒いのはそう言った。その疑問に答えるのは、少々難しいものがあった。失敗経験を事細やかに聞かれているように、何か、知っているのに答えたくないようだった。

 

"そうだね…私は、『可哀想に』と思って()()()かな。"

 

ぽつりと先生がそう答える。そう、私もそうは思った。しかし、私達が今倒そうとしているのはそれだ。だから、なにか答えにくかったんだ。

 

だが、先生が言ってくれた。ふう、と胸の突っかかりが取れると同時に、汚い役を先生にやらせてしまった私が、ひどく弱く感じた。大人の仕事。といえばそれまでだが、私はそれで言い訳をしたくなかった。

 

「…その心は?」

 

黒いのは一瞬考え込んでそう言った。亀裂に位置するその目には、虫を見る子どものように、好奇心でたくさんだった。

 

"愛してたのに、それでも、報われずに…それで狂ってしまう。それはやっぱり、可愛そうだと思うね。私は"

 

「狂う?それは、どのような?」

 

横入りするように、黒いのはそう言った。ふんふんと鼻息を荒げ、身体は前傾している。

 

"そうだね、()()。は少し表現して良くないかもしれないね。だけど、葛藤と諦めが原因で人に害をなすのは、()()って表現できるんじゃないかな"

 

先生らしい考えだ。決して救いは捨てず、光は忘れない。それが先生というものだ。私はまたまた、尊敬へ至った。

 

黒いのはそれを聞いて、顔を押さえて、大笑いをする。それは長く続いた。その間の音は、笑い声と、雨音と、蛸蛇の殴打だけだった。

 

黒いのはようやく笑いにピリオドを打つと、先生に向けて口を開いた。その視線は、もはや先生にしか向けられてない気がした。

 

「はあ、先生。やはりあなたは、いつも斜め上へといる。だからこそ、面白い」

 

そう言うと、どこかからかペンとメモを取り出し、何かを記録した。そのペンの動きは、よく分からない。言語であるのかも、何もかもが不明だった。

 

「…一応、聞いておきますが、ここは確実に安全です。これはそう、確定しています。であるからして、ここから出なければ、()()()()の安全は保証されます」

 

だから、なんだというのか。ここで不変を味わったとしても、それは痛みでしかない。それでは、苦痛の道の意味がなくなってしまう。それに、ここで私達だけが生き残ったとしても、それは虚無を通り越した無意味にしかならない。

 

 

 

だから、答えはもう決まっていた。

 

 

 

"黒服。多分、想像する答えで間違いはないよ"

 

「ええ、わかっていました。では、心からのサービスです。方法を教えて差し上げましょう」

 

満面の笑みになった黒いのは、再び説明を始めようとしていた。辺りを見てみる。水位がどんどんと上がる。もしかしたら、アリウスどころか、キヴォトス全体が危ないかもしれない。私は決心した。必ずやこの現象を解決すると。そして、喜びの光を掴むのだ、と。

 

黒いのは私達を一人ずつ見回ると、息をつくような声で言った。

 

「まあ、端的に、シンプルに言いましょう。あの蛇の額に貼り付いている少年。そう、佐藤ハジメですね。を、殺してください」

 

 

 

 

 

 

………は?

 

 

 

 

 

何を、言っているんだ、こいつは。いや、言葉の意味は痛いほど分かる。けど、分かりたくない。脳が理解を拒む。しかし、私の脳はこんな時だけ賢く、すぐに理解してしまった。

 

佐藤ハジメを、殺す。それが、キヴォトスを救う、おそらく唯一の方法。不意に、ハジメとキヴォトスを天秤にかけているものを想像する。その偏りは、グラグラと揺れて、どっちにもつかなかった。

 

"……黒服。冗談を言ってる場合じゃないよ"

 

先生が冷たく、突き放すようにそう言った。しかし、言葉の節には諦めもあった気がした。

 

「いえ、冗談ではありません。そう、佐藤ハジメを殺す。それが唯一の方法です。キヴォトスを守るための、ね」

 

なんで、こんな当たり前のように言えるんだ?ただ淡々と、作業のように黒いのはそう言う。

 

それを聞いた全員が絶句した。言葉を絞り出そうにも、枯れた花のように、もう言葉という蜜はでなかった。

 

「であれば、手助けはできませんが、助言はできます。そう、昇っていって「ふざけるな!!」……おや」

 

ミサキが黒いのの声を横切り、中断させる。愛銃を向け、震えた声で怒号を響かせる。それは雷鎚のように激しく、それでいて糸のように細かった。

 

「ハジメを?殺す?…何を言っているんだ!!そんなこと、そんなこと!!」

 

ミサキは怒涛の言葉を繰り出す。しかし、それはだんだんと弱々しくなり、さらにか細く、シンバルの音のように変形していった。

 

「そんなこと…納得、できない…」

 

顔を俯かせ、蟋蟀(きりぎりす)の鳴き声のように、小さく、そして美しく呟いた。それには、ある種の理解があった。残酷なまでの理解。それであった。

 

それは私達を激しく揺さぶった。さっきまでの決心にヒビが入る。それは、金剛石が割れるようなもので、とても強い衝撃だった。おそらくだが、これまでの人生、そしてこれからの人生の中で一番の衝撃である自信すらあった。

 

「そうです…それ以外の方法は、ないんですか?!」

 

ヒヨリがそう言った。それはもはや縋るようだった。

 

「…私達が研究した限りでは、ないですね」

 

しかし、それは不可能だった。思わず黒いのをこの船から落としたい気持ちに支配される。ずい、と足を踏み出すが、それは先生に静止された。

 

 

 

強すぎる豪雨に耳を傾かせる。しっかりと聴いてみると、それは祈りのようだった。そして、聖歌のようでもある。どこか美しく、どこか儚げに、そんな曲だった。

 

海に吸い込まれる気がした。その海の中で、あるいは思考の中で、思い切り沈んでみる。しかし、いつまでたっても答えという名の魚は、見えることはなかった。

 

"黒服……なんで、それしか方法がないとわかるんだい?"

 

その質問は、やめてくれとも思った。ハジメを諦める理由を証明してしまう気がしたから。でも、私たちにはそれを聞く義務が存在した。嫌々ながら、現実の空気へ、私は意識を浮き上がらせた。

 

 

黒いのは少し考えて、こう言った。

 

 

「うーむ…それではまず、『佐藤ハジメ』についての情報から話していきましょうか…」

 

降る、降る、雨々。それは痛みを象徴する芸術品のようだ。それは微笑むかのように、私達を見守っていた。

 

 

 

 

 

______________________________________________

 

 

 

 

 

黒服の提言。

 

 

佐藤ハジメ。現在17歳。身長170cm、体重60kg。アリウス分校所属。特筆すべき点は、特になし。

 

強いて言えば、ヘイローがなく、男であるという点。しかし、『シャーレの先生』のような力はなく、凡人としか言えないようなものだった。

 

自称、異世界からの転生者。どうやら、『地球』の『日本』というところからやってきたとのこと。

 

私達ゲマトリアは研究を進めた。体液検査、解剖、神秘への実験。それらを二年間に渡って繰り返し続けた。

 

特に、神秘への実験。これで興味深い反応を見せた。

 

神秘を直接流し込んでみた。すると、神秘を拒絶し始めた。その時に拒絶した力。それを私達は、『魔力』と名付けた。

 

それは何とも禍々しく、闇で、暗だった。それは神秘を黒で染め、魔力とした。

 

魔力に対する実験も、その時から始めた。そうすると、分かったことがあった。神秘と魔力は、力の根源は同じであると。

 

どす黒い水たまりでも、南国にあるような青く輝く海でも、どちらも同じ水からできているように、神秘と魔力はとても似ていて、それでいてまったく違った。

 

その両方に様々な実験を施すことにより、神秘と魔力の入り口が分かった。それは実験に加え、あらゆる本を読んで、やっと分かったことだった。

 

この時に使った本とは、キヴォトスの各地に落ちていた本達のことである。幾千ものページに渡る物語を、私達は精読し、理解した。そうするとその本は、光輝いていた。

 

分かったこと。それは、このキヴォトスは『枝』だということ。そして、佐藤ハジメが言う地球は『幹』だということ。

 

幹は何者か、得体のしれないものによって作られた。しかし、そこには罪がつぎ込まれすぎていた。その罪は、伝承によるとどこかの蛇により与えられたものとのことだ。

 

そこで、幹を作った者は枝を伸ばした。何者にも染まらない、純粋な枝を。何者かは、そこに神秘と、ほんの少しの罪を分け与えた。

 

何故罪を入れたか、それはよく分からない。しかし、それはほんの少量だったが故に、キヴォトスでは殺しなどはあまり起こらなかった。

 

しかし、幹からの来訪者が、どこかからか侵入してしまった。それが佐藤ハジメである。その者は、幹の中では一般的の、罪をたくさんに背負ったものだった。

 

罪は七つある。その中でも、佐藤ハジメは蛇の分大きかった。蛇は不死であり、強大だった。

 

彼は免疫のない島に入った、ウイルスの感染者のようなもの。彼は罪を、闇をばら撒いた。それは近しいものに伝染し、枝をだんだんと侵していった。

 

その結果、聖園ミカは変異した。それは、()()であった。それは、()()だった。ほんの少しの罪が暴走し、大量の神秘を魔力へと変えていった。

 

佐藤ハジメに巣食う蛇。それは、虎視眈々と機会を待った。枝を我が物として、幹を滅ぼさんとする機会を。蛇は神秘を沢山吸い込み、理解していった。

 

ついには、蛇は神秘を我が物とした。そうすると、もはや蛇は、打ち倒せるものでは無かった。神秘を理解した魔に、もはや対抗手段はない。このままでは、枝の終焉は当然で、全員が震えて待つしかなかった。

 

それでは、我々はゲマトリアも困る。このキヴォトスは、実に興味深いものであるから。で、あるので、私達は研究をした。どうすれば、蛇を殺せるか、無力化できるか、追い出せるかを。

 

一番いい研究材料は、やはりあの本であった。分厚く、謎の言語で書かれた本。しかし、私達にはなぜか読めた。そして、理解することもできた。

 

その本によると、罪は、人なくして存在ができないもの。それは原罪から始まったから、もはや一心同体と言っても過言ではなかった。であれば、罪の方ではなく、人の方を消せば、どうなるのだろうか。

 

私達は血眼で本を漁った。すると、書かれているではないか、罪に染まったものの最期が。

 

その最期は自死であったが、罪はその者とともに地底へと運ばれ、そこで罪の償いを受けていた。凍てつく氷の間で、鬼によって噛まれていた。そう、これが意味するのは、人の死によって、罪ごと何処かへ運ぶことができるのだ。

 

これは良い。つまり、佐藤ハジメを殺すことによって、罪を追いやることができるのだ。そうすれば、もう、感染も何も考えなくてよくなる。

 

しかし、これには問題がある。倫理ではなく、方法である。通常、罪は人の中に潜む。さらに、罪の中でも蛇は、不死性を持つ。だから、佐藤ハジメに何をしても、再生してしまう。

 

私達は頭を悩ませた。これでは、どうやっても追いやることができない。他の方法を考えるのには、もっとたくさんの時間がいるだろう。チェックメイトにはまった気分だった。

 

だが、転機は訪れた。異様な感情の高まり。それをアリウスのバシリカで感知した。

 

見ると、蛇が完全に顕現しているではないか。ああ、終わりが来たのか。私達は少し諦めでもあって、ここを去るための準備を始めるところだった。

 

ところが、罪が表に出ているということは、反対に、人と罪が分離しているということ。それが意味するのは、今は人殺しが可能だということだ。

 

つまり、これを逃せば、キヴォトスを破滅から救う手段はもはやない。ちょうど、蛇の額には人がいた。することはもう、決まっていた。

 

 

 

 

救済は、破滅によって作られる。それを、私達はひしひしと感じた。で、あるからして。さあ、皆さん。人殺しの決意を、ともに固めようではありませんか。ねえ、先生?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。しかし、死ねば、多くの実を結ぶだろう。

 

To be continued






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