アリウスと原罪   作:パエリアさん

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書くカロリー高い!




第48話 愚かな葛藤

だんだんと迫る深紅の目。びゅんびゅんと風を切る暴風。それらが、黒黒とした緊張の渦を作り出す。それらとともに接近する十字架は、アツコを括り付けており、そのアツコの顔は、眠っているかのように、極めて静かに閉じられていた。

 

任されたからには、やらなくてはならない。それを自覚するたびに、辺りはこんなに冷たいと言うのに、私の額から、じんわりと汗が滲み出る感覚がした。

 

「光め…滅せよ!」

 

蛇は大きな口を開けてそう言うと、そのまま船へと飛び込んできた。当たれば、全滅は避けられないだろう。たが…

 

「今だ!ミサキ!」

 

私がそう言うと、ミサキが勢いよく飛び出す。普段は全てを達観したような目が、今は大きく開けられて、まるで猛獣のようだった。

 

「よし…ミカ!」

 

「いくよ〜…っえい!!」

 

ミサキは素早くミカの手元へと向かい、そこへ乗った。ミカは、ミサキを渾身の力で投げた。

 

白と、ほんの少しの茶が十字の下へと向かう。いや、向かうというより、打ち出されていた。それは寸分の狂いもなく、十字へと着弾した。

 

ミサキがうめき声を上げながら十字へとしがみつく。そう、これが()()だ。

 

 

 

 

 

 

 

ほんの、少し前に。

 

黒いのは言った。『しかし…あの人…アツコさんをどうにかしなければ、ハジメさんをどうこうはできません』と。

 

私はそれに疑問を呈した。なぜ、姫が関係あるのか?と。

 

『ええ、ありますよ。神秘への順応。これはあなたも理解してますね?』黒いのはそう言った。

 

私は肯定のために首を動かした。そう、神秘への順応。ヤツが行っていたのはそれだ。メカニズムはよく分からないが、アツコの神秘を、どうにかして分析しているんだろう。

 

その証拠に、だんだんと蛇は脱皮をしていた。裏には、白いものが見えた…それは、美しく、光輝いていた。

 

それは違う存在になろうとしていた。目的は…話を聞く限り恐らく、復讐のために。

 

復讐。私もやっていた。それには苦痛しかなかった。やる目的も、だんだんと曖昧になっていった。だが、それは私の一部へとなりかけていた。

 

今でも、もしかしたらそれは私に住み着いているのかもしれない。でも、復讐というのは、振り返ると痛ましいものだ。

 

 

蛇よ、復讐に燃える蛇よ、私は、貴方がたとえ最愛の人を傷付け、貶めたとしても、愛そう。

 

 

その決心が、私に残った。なぜならそれは、私に残る最後の信条だから。

 

『おお、いい顔ですね。サオリさん』

 

おっと、顔に出ていたか。私は顔を再び無へと戻した。

 

『そうです。あれは、神秘というあの者にとっての毒を、ワクチンとして摂取し、神秘への耐性をつけているのです』

 

…つまり、その出処はアツコだから……ということか。

 

『アツコさんを殺す…というのも一つの手ですが…あなた達は拒否するでしょう?』

 

当たり前だ。家族を殺すなんて、あってはならない。…ハジメは……どうしようもないが。

 

ああ、諦めだ。力不足が身に染みる。思わず、塞ぎ込んでしまいそうになる。

 

『ですので、どうにかしてあの十字架からアツコさんを引き剥がさないといけません』

 

「じゃ、それは私がやるよ」

 

突然、ミサキが声を出した。…大丈夫なのか?不安が頭をよぎる。さっきだって、ヒヨリに助けられなかったら危なかったじゃないか。制止をしようと言葉を繕った。

 

だが、私にはミサキの覚悟がはっきりと見えた。真っ直ぐとした、光のような目。それは私を固まらせた。

 

私なんかよりも、ずっと強い覚悟。私は、これを止めようとしてたのか…。私は辞めた、引き止める行為を。ミサキのために。ミサキの、覚悟のために。

 

「ああ…頼んだぞ、ミサキ」

 

拳を突き出す。ミサキは少しぎょっとして、その後に、ほんの少しの笑顔を見せた。

 

「こんなの、柄にもないけど…ふふっ」

 

ミサキも拳を突き出した。こつんと、陽気な音をたてて、覚悟と、信頼がぶつかりあった。

 

 

 

 

 

 

そんな覚悟を思い返しながら、私は銃を握る。成功の光が見える。しかし、それは苦痛でもある。

 

「ミサ…キ」

 

蛇はそう言うと、ピタッと動きを止め、十字の方向を見つめる。その目は酷くぼんやりとしていた。

 

「こん…のっ!」

 

ミサキがアツコを引き剥がそうと、括り付けている蛇を剥がす。それは意外と脆弱なようで、ぼろぼろと崩れていく。

 

ぽちゃん、ぽちゃんと、海へと水音を立てて鱗が落ちる。しぶきがほんのちょっぴり広がる。

 

「やめ……ろぉ!」

 

蛇は再び動き出し、今度はミサキの下へと向かった。海からは、小ぶりな蛇が十数体、流水のように牙を向ける。

 

しかし、それも想定内だ。ヒヨリが銃を構えている。その拍動は、何も流れがない、凪のような落ち着きで、荒れ狂う海と対比されていた。

 

「……!」

 

ヒヨリの銃弾が鷲となり、蛇たちを焼き尽くす。光となろうとしていた闇は、さらなる光によって駆逐された。

 

「姉さん!!今だ!!」

 

ミサキがそう言う。アツコを抱きかかえている。それは、私達の作戦の成功を表していた。

 

最後は、私の仕事だ。ふう、と息をつく。無理やりにでも、心を落ち着かせる。

 

失敗は許されない。なぜなら、私にキヴォトスの全てがかかっているから。

 

構えた銃を、まじまじと見つめてみる。もうすっかり手に馴染んだ、ハジメの銃。…これが終わったら、もう、これぐらいしかハジメを感じるものはないのか。私は恐怖した。

 

だが、それはそれで、これはこれだ。私の恐怖というエゴと、世界の平和という大義は別だ……納得しろ、私。天秤を、傾かせろ。

 

私は木のようにギタギタになった両の手で、銃の照準を、綺麗な顔で瞼を閉じる、目の前の少年へと向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そう。私は引き金に、手をかけたはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…姉さん!?早く!」

 

手が震える。血管が出るほどに力んでも、痺れたように、指には力が入らない。自分の体でないようだ。何かが、私の行動を否定している。

 

呼吸が乱れる。歯がガチガチと鳴る。焼けたような痛みで、自然と涙が流れる。

 

早く!早く、撃たなきゃ…殺さなきゃ、いけないのに……私は、何故か行動ができなかった。

 

いや、私は理由を知っている。私を否定する『何か』こそ、私の本質であるということを。しかし、それはエゴで、傲慢だ。だから、私は私を、殺さなきゃいけない。

 

でも、殺す勇気も出ない。ああ、なんという弱さだろう。あんなに、考えて、考えて、固めたのに、まだ葛藤が、甘えがあるのか。私は自分を呪った。

 

想像しろ。目の前の男は、全ての仇だ。全ての敵だ。殺戮者だ。悪魔だ。楽になるための想像に、私は逃げた。それでも、心の奥底では、どうしても感じる。

 

 

 

…違う、アイツは…ハジメだ……私の、愛しい……。

 

 

 

結局、逃げるだけの力もない。想像を、妄想だと知ってしまう。分かってしまう。アレが、私の希望だと、アレが、私の想い人だと。ハジメこそが、私の唯一の星であり、太陽であると。

 

笑顔、声、振る舞い、匂い。全てが愛しいことを、私は知っている。そして、それがかけがいの無い、唯一のものであることも、私は知っている。

 

なんて、私は醜いんだ。自己のために、世界を犠牲にするなんて。そんな選択を、無意識的に取ってしまう私に、吐き気がする。死んでしまえ、とすら思う。でも、殺すことはできなかった。殺すほどの力は、私になかった。

 

「サオリ姉さん…」

 

ヒヨリがそう言った。その声は、同情のような、痛みの共有のような、そんな声で、私を傷つけた。せめて、笑ってくれ、せめて、咎めてくれ。そんなに優しくされたら、さらに傷んでしまう。

 

視線が、私に集まる。そう、試練を乗り越えられなかったものの末路。それが私だ。ぜひ見てくれ。そして、私を殺すようにしてくれ。そうしないと、私の気がすまない。

 

銃がからんと、木の上へと落ちる。同時に、堕ちるように、私もへたれる。雨がどすどすと、私を際立たせ、笑う。私は妥当だと思った。

 

 

 

「…愚かな」

 

 

 

蛇が船へと突っ込む。私を終わらせるように。それには、少し情さえあった。

 

 

 

バキ、バキ

 

 

 

船が音をたててバラバラに崩れる。それは私の心を表していたようで、胸が痛んだ。木片が浮き上がり、巻き上がり、先生を、アツコを、ヒヨリを、ミサキを、ミカを…そして、全てを壊す。

 

私はまさに、終末を引き起こす、化け物のような気分だった。この世のすべてを終わりへと誘い、それを貪るような化け物。

 

今は痛みさえも生温い。それを感じることさえ、罪であるように感じる。生きることは罪だ。しかし、私の場合、死ぬのも罪だろう。ああ、いやだ。死んでも、生きても、贖罪はできない。

 

もう、祈れない。もう、何も考えたくない。弱い、弱い。なんなんだ、こいつは。そんな声が聞こえてきた。

 

子供の悲鳴が聞こえる。罪なき子羊も、迷える者も、大罪を犯したものも、全ての者が、ぐしゃりと、音をたてて崩れる。まだ生きたい、死にたくない。そんな声もまた、聞こえてきた。

 

枝は折れた。内側から、ポキリと。それは落ちて、堕ちた。

 

海へと落ちた。冷たい。嫉妬の海。私はそれよりも、罪深い自信がある。とうとう救えない。そんなヤツは、きっと悪魔よりも醜く、忌まわしい。

 

私は自分を殺そうと、懸命に努力しながら、蒼黒の濁りへと意識を落とした。もう決して償えない、原罪とともに。

 

 

 

____________________________________________

 

 

 

轟々と降る雨音を、窓越しに、物憂げに見ている孤独な少女がいた。それは黒い、少し形容しがたい人形を、ぎゅうっと抱きしめていた。

 

濁り雲を、うつらうつらと見つめる。その目は寂しそうな、子兎のようだった。まるで、家族を亡くしたような。

 

『速報です。つい先ほど、連邦生徒会から洪水警報が発表されました。原因不明の雨で、今キヴォトスは大混乱に…』

 

ピッと、少女はラジオを消した。その少女は黙ったまま、曇り窓へ指を伸ばし、扇形に水滴を飛ばした。

 

明瞭となった、彼女は窓からじいっと空を見つめる。故郷を思うような様子で、年相応なまごつきだった。

 

少女は開いた。首元にかけられている、少し歪んだ、黄金に輝くペンダントを。

 

ペンダントに入れられた写真を見つめる。ほんの少しの微笑を浮かべる。思い出すように、少女は空気を噛めしめた。

 

刹那の虚無。それは覚悟の時間だった。何のためのかは、少女自身にしか分からない。

 

 

すっ

 

 

ぱちんとペンダントを閉じて、静かにベッドから離れる。人形を大切に、大切にベッドへと置いた。

 

ペンを取る。万年筆の心地の良い音が、部屋へと響く。ほんの一言だけ書き残して、少女は何かの支度をした。

 

愛銃、爆弾、ナイフ。書くだけで物騒なものを、神妙に用意する。

 

最後に、履き古した靴を履いて、少女は雨の中、傘もせずに駆け出した。道さえ、よく分からないまま。

 

『終わらせてくる』という手紙を読んだのは、彼女が行ってから、かなり後の話だった。

 

終末は迫る。諦めがこだまする。絶望が溶け出す。それでも、少女は諦めない。

 

 

 

この世の全ては、虚しいのだから。

 

 

 

 

To be continued






さあ、サオリの選択に、あなたたちはどんな気持ちになりましたか…?




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