クライマックス!!
「これ…は……」
私、錠前サオリは見た。眼前に広がる、夢物語のような一編を。
虹が雲を貫き、陽をさんさんと煌めかせる様子を。
雨が上がり、大海であったそれらが、今は小さく、弱くなり、水滴となっているのを。
私は思う。アズサ。彼女こそが、天からやってきた存在なのでは?と。彼女が天の上からやってきたが故に、ついにはこの奇跡は
私は確信する。それは、私達のみならず、アリウスを、そしてキヴォトスを照らす、太陽となることを。
「うあ………あああ」
蛇はうめき声を上げる。光芒を一身に受け、体をボロボロに崩す。
白くなり始めた、偽りの鱗は、本物の光によって剥がされ、焼かれた。それは紫煙のようではなく、天へと昇ることはなかった。
周りの蛸たちも、どこか寂しげな顔をして消えていく。だんだんと、悪魔がいた痕跡は消えていく。
「何故……何故、何故、何故!!」
蛇が叫ぶ。それは闇の中から、助けを求めるような声で、悲劇的だった。
「私は…悪魔になろうと……好きなように生きようと、しただけなのに!!」
ほんの少しの火を吹く。弱々しく、痛々しい。悪足掻きのようだ。じたばたとうねる姿は、今にも踏みつぶされんとする虫のような姿だった。
私達はそれを見つめる。弾け飛んでくる泥水を顔に受けながら。それでも、私達はそれを見る義務がある。それは、私達にも潜むものであるから。
光がさらに強まる。蛇はそれに打ち勝てなかった。次第に、抵抗も弱まる。虹のような光に打ち付けられながら、蛇は言った。
「……黙れ!!黙れ黙れ!!□□□□!!!私の気持ちも、何も、知らないくせに!!今更…今更あ!!」
何か、声が聞こえているようだ。目に涙を浮かべる。その涙は、恋敗れた乙女のような、綺麗な涙だった。
それは私に似ていた。その弱さは、私のそれと酷似している。私は確信した。この者が、私と何も変わらない、普通の、女であると。
もちろん、種族は違う。年齢も、見た目も、声も、何もかも違う。でも、何もかも同じでもある。
「…くああああ!」
蛇は、地中へ潜ろうと、穴を開け始めた。それは逃げだ。決着からの、逃げである。
悲しいかな、私はそれを、食い止めなければならない。私も、私に決着をつける必要がある。
少しだけ湿った塵のような土を、私は踏みしめた。少し、辺りをキョロキョロと見回してみる。
バシリカが悠然と建っていたここは、今や更地となっている。それは、すべての始まりのような感覚を覚えさせた。
鼠色と、蒼と、黄土色が、それぞれ合わさった地面。それは普通で、だけど、とても儚くもある。
蛇へと近づく。必死に、炎から逃げるように、光から逃れようとする蛇へと。
「おい、レヴィアタン」
蛇はビクリと反応し、止まったと思えば、こちらへと目を向けたままで、地面へと再び穴を開けた。
「…なんですか?サオリ。私を殺そうとしているのですか?」
そういう声は、諦めもあった。でも、腑に落ちないような、そんな思いもあった気がする。
持っている銃を、目の前の蛇へと向ける。蛇はぎょっとしたような表情になった。
ずっしりとかかる重みは、きっと、銃の質量だけではない。…こんなときでも、まだ私には、葛藤があるのか、私はそう思った。
「そうですねえ…そう、私を殺すのがまさしく正義で、当然なのでしょう。このまま私を放っておいたら、どうなるか、わかりませんもんね」
蛇はそう言いながらも、地中への侵入は辞めない。時間稼ぎの意があるのだろう。しかし、私は蛇を撃ち抜くことなく、ただ話を聞いた。
「でも、本当にできるのですか?私を殺すということはすなわち、この男、佐藤ハジメを撃たなければいけないということ」
蛇は自身の額を…ハジメを、尻尾で差した。ハジメはやはり、綺麗な、彫刻のような顔で、ずっと固まっていた。
ハジメを、殺す。それは、私ができなかった、やめてしまった選択。私は勝てなかった、自分の弱さに、甘さに。
でも、今は違う。今の私は、あの弱いサオリと同じだけど、ちょっとは違う。
照準をハジメに合わせる。もう、震えはない。風で揺れることもなく、照準は心臓からずっと変わらなかった。
「…ああ、そうなのですね。ようやく理解しましたよ、なぜ、あの人が私ではなく、人間を選んだかを」
蛇は、ついに地中を掘る行動を辞めた。そして、力無くだらんとした。そこには、もう必死さはなかった。あるのは、やっと出てきた、玉のような納得であった。
蛇を焼き尽くす光が、暖かく感じた。焼いているというのに、それは蛇を優しく包み、愛で閉じ込めていた。
蛇は、すっと目を閉じた。
私は、ハジメの銃を、ハジメの胸元へ押し付ける。心臓がうるさい。汗がこれでもかとでてくる。ああ、やはり、私は普通の人間だ。
呼吸が浅い。血流が回らない。思わず、まばたきすらも忘れて、目が乾く。
ハジメへぺたりと触ってみる。それは確かに暖かくて、熱を帯びてて、生命をじんわりと感じさせた。
胸へと手を伸ばす。耳を押し当ててみる。…トクン、トクンと、鹿威しのように、一定のリズムで、安々と拍動が刻まれる。
私は、今からこれを壊すのだ。そして、無に帰すのだ。それを思うと、とても怖くなる。殺す、という行動が、とても怖くて、吐きそうだ。アリウスではあんなにヘイローの壊し方を習ったのに。
忘れるように、懸命に努力したはずの震えが、私の下へ再び舞い戻る。それは私の人間性を、弱さを表していた。
再度、銃口をハジメの胸へと押し付ける。ハジメの目は、閉じられたままだった。
乾いた目に、再び湿り気が戻る。それは涙だった。思わず、ぼろぼろとこぼれてしまう。私はそれを、拭おうにも、拭えなかった。
「サっちゃん…」
「サオリ…」
皆から、名を呼ばれる。肩に手を、ポンと置かれる。ああ、暖かい、美しい手だ。光の権現だ、それは。私はそう感じた。
それでも、震えはおさまらない、いや、おさまってはならない。なぜなら、その震えこそが、私の、愛するべき弱さを表しているはずだから。
「…嫌だ……嫌だよ、ハジメ。お前が、いなくなってしまうなんて」
私は本音を告げる。聞いているかは分からない。それでも、私は告解のように、孤独に、されど、包まれながらそういった。
ああ、感情が、崩れた土砂のように私に降る。それは、私に課せられた、些か重すぎる試練だった。
でも、この役を代わらせようとは、決して思わない。この役目は、私がするべきだ。そう、それは義務であり、エゴだ。…私は、他の誰かにハジメを殺されるのが、我慢ならなかった。
他の誰かに殺されたとなれば、私は自分を抑えきれる自信はない。恐らく、そのものに対して、隠しきれないほどの憎悪を抱いて、発散してしまうだろう。
それを防ぐために、私は今、ここに立つ。…そうだ、これはエゴ。恐らく、スクワッドらも、私と同じような感傷を抱いているはずだ。でも、この役だけは、我儘を突き通したかった。
もはや、風すらない。沈黙だ。痛むような沈黙。そう、沈痛。それは私を、蛇と同じようにまた、焼き尽くさんとしていた。
耐える。すこし、優越感すら感じる。その苦痛は、愛すべき苦痛だ。そう思うし、そう思わないと、やっていけない。そんな、麦酒のような痛みは、私をゆらゆらと泥酔させた。
「でもな…でも、やらなきゃいけないんだ……そして、それは、私が…」
ついに、ついに、決意がやっと、長い年月をかけて、花崗岩が大成するように、やっと固まった。
息を呑む。引き金にやっと手をかける。その動作一つ一つが、私にとっては永久だった。
ああ、聞きたいことがある。でもそれは、私にとって、呪いとなる。それは、分かっていた。万に一つ、ハジメが私の質問に答えてくれれば、もう、私が手をかけられる自信はなかった。
でも、どうしても聞きたい。今更になって、欲があふれる。なんてやつだ、私自身もそう思う。でも、私は私を、止められなかった。
唇を開く。すこし、塩っぽい味がした。
「…なあ、ハジメ……答えて、くれないか…?なあ、ハジメ…」
『私のことは…好きか…?』
言ってしまった。なんてやつだ。私は私を軽蔑する。でも、そこに後悔はなかった。私は、ハジメの顔をしっかりと見た。動きを望んでいるが、望んでいない自分もいた。
再び、沈黙。緊張感が走る。蛇の目は、なんと開けられて、純粋な赤で、私を見つめる。それは、恥じらいながらも恋愛文庫を読み漁る、恋する少女のようだった。
ぱちり
ああ、なんてこと。ハジメの、黒い、それでいて、光がある。そんな目が姿を見せる。私の涙はさらに溢れた。絶景。それは、そうだった。まるで桃源郷のような、そんな見晴らし。
それは奇跡だ。それは光だ。私は受け取った。それは人知を超え、救済が辺りを染める。
顔がほころぶ。皆も同じだった。けど、同時に思う。やはり、私には無理かもしれない。こんな光を、殺すなんて。
ハジメが、口を開いた。当たり前のようで、そうではない光景。思い出す、光の追憶を。だけど、私はそれを、踏み越えねばならない。ああ、でも…それでも…嫌だ、それを、このペンダントだけに秘めておくのは…。
そのように葛藤する私を、黒曜石のように美しい瞳で見つめながら、ハジメは、ぽつりと言の葉を呟いた。
「…サオリ……そして……皆…皆」
『生きてくれ…これからも…楽しく、笑顔で…そして…愛を、忘れないで』
……皆、押し黙る。でも、それは痛みからではない。そう、それは笑いを、押し殺すためだ。
「ふふっ……ハジメ、答えに、なってないぞ?」
涙が溢れかえりながら、私はそう言った。それは、二年前の、あの、青春が確かにあって、…でも、私は知っている。それを消し去らないと、忘却の彼方へ、送り去らないと、私は進むことができない。ということ。
私は逆に、決意が固まった。ハジメがそう言うなら、仕方がない。先へと、進もう。踵から付いて、つま先から出ていこう。
私は徐々に指へと力を入れていく。だんだんと、青春のページが、一ページずつ、燃え尽きていくような感覚に陥る。
その灰は、新しい紙となって、これからの青春のページの一つとなるのだろう。だから、悲しむことは、ない…そう、ない、はずだ。
ハジメの顔が、もはや見れなくなる。だんだんと、俯いてしまう。向き合わなきゃ、いけないのに、私はその行いができなかった。
想い人が、どんどんと私から消えていく。灰へと姿を変える。それは、とても悲しかった。胸が締め付けられ、そのまま吸い込まれてしまいそうだった。
それでも、私は力を入れ続ける。どれだけ、涙を出そうとも、震えようとも。
「ああ…ハジメ……また、また、会おうな。どこか…どこでも…地獄でも、どこでもいいから」
私は、切って貼った笑顔を貼り付ける。せめて、ハジメが見る、最後の私は、美しいままでいたかったから。ハジメの瞳を見つめる。映る私は、不器用な笑顔だった。でも、それを見て、ハジメは少し、口角を上げた気がした。
「だから…いったん……さよなら、ハジメ」
バン
私は、銃のトリガーを引いた。それは恐らく、世界で一番優しい発砲だった。
ハジメの目は、閉じられた。私の顔に、綺麗な赤が、しっとりと染み込んだ。
ぐしゃり。と、背後から音がする。ちらりと目線を向けると、ミサキが膝から崩れ落ち、手で顔を覆っていた。
「うあっ……あああ」
決して、感情を出さなかったミサキが、目的のために、自己を抑えていた、優しいミサキが、今、大粒の涙を、これでもかと流す。
それは伝染し、皆、感情をあらわにする。ある者は地面を叩き、ある者はただただ空を見上げる。それら、一つの光が、終わったことを残酷に表していた。
「…ハジ、メ」
死んだ顔を見つめる。呼吸はしていない。血は、流れ続けたままだ。それでも、彫刻のように美しい。
ああ、でも、こうはなってほしくなかったな。なあ、ハジメ。ごめん、早速だけど、言いつけを破るな。今、だけだから。
心の中で、ハジメに懺悔をする。きっと、届いているだろう。そんな自信があった。
「ああ…あああああ!!」
私は泣き叫んだ。心の暴走を解き放った。そうだと言うのに、苦痛だけが、私に満ちる。
後悔、懺悔、自己嫌悪。それらが群をなしてやってくる。でも、それは今だけだから、だからどうか、赦してくれ。
「ごめんなあ…ごめんなあ……」
そんな事をしても、何の意味もない。でも、虚無にすら意味を見つける。これが、ハジメという少年だったような気がする。
ハジメの顔に、私の顔を近づける。これは本能反応だった。愛を、伝えるための。
結局、好きって直接言えなかったな。ああ、もどかしい。次会えるのは、いつなんだろう。二年後か、二十年後か、百年後か、それとも、それ以上か。
途方もない道に、私は少し辟易した。だから、私は少し、悪いことを企てた。
ハジメの唇と、私の唇とを合わせる。人はそれを、接吻というのだろう。それは、私の初めてだった。そして、ハジメの初めてであるのも、もはや断言できる。
こうすれば、私はこれからどんな試練が待ち受けていようと、耐えられる気がした。私は再び、決意を持てた。
初めてのキスは、ワインのような味がした。それは私のためだけに味付けられていた。
ぎゅうっとハジメを抱きしめる。もう、どこにもいかないように。私のもとに、側に、一緒に座らせるために。
それは私の、かわいらしい、小さな独占欲だった。
To be continued
エデンの大筋はここで一旦幕を閉じます!
文章が文章なので少ないですが、ここまで読んできてくれた読者さんは本当にありがとう御座いました!!
一応まだまだ続きますが…これからもずっと読んでくれると嬉しいです!いやまあ、ここで終わっても構いませんが……
ですがまあとにかく、ありがとうございました!!
あああと……メリー・クリスマス!!