目の前で横たわる、眩しく燃え尽きて、残った灰の前に私達アリウススクワッドただ佇む。涙はとうに枯れ、喪失感が余波となって現れる。
空はただただ綺麗だった。私はそれを見上げた。虹は何処かへしまわれたが、綿のような雲と、何処までも吹き抜ける青い空と。それらだけで、終わりを告げるには十分だった。
私は感傷した。私の恋路は、ここで終わりということを。確かに、恐らくこれからも、私の人生は続いていくだろう。でも、その先に何が待っているか、それはもはや未知の領域となった。
不安、それが私の目の奥を貫く。思わず瞼を閉じようとするが、私はこれからの私を見つめなければならない。私は苦痛を耐え、瞼を開け続けた。
もう、振り返るのは終わりだ。もう、喚くのは終わりだ。私はこれから、前を向いて歩かなければならない。…それがあいつの、最後の頼みだから。
愛を忘れない。私にはそれを達成できる確固たる自信が存在した。もはや、愛は私の心臓で、全てだ。もはやこれがなければ、私は生きることはできない。
「姉さん…これからどうする?」
ミサキが平坦にそういう。しかし、感情を押し殺しているのを感じられた。ミサキもまた、空を見上げていた。
「………生きる、しかないんじゃないか……?」
そうだ、それが最後の望み。愛を忘れない私達は、必然的に約束を守るしか、これからの行動は残されていない。
風がなぐ、それは私達を吹き飛ばしてしまいそうだった。
"私にできることなら…なんでもするよ"
「先生…悪いが、それは遠慮する。私達のことは…私達で終わらせたい」
それは少し、嫌悪すらあった。いや、先生のことは尊敬しているし、受け入れるべき存在だと理解している。しかし、スクワッドら皆の存在であるハジメに、首を突っ込まれるのはどうも嫌な感じがした。
ああ、心に穴があいた。今まではやるべきことがすぐ前に提示されていたから、それに逃げることができた。でも、今提示されているのは、『生きろ』という極めて抽象的なものだ。すなわち、私は考える必要がある。
なんて残酷なんだ、とも思う。せめて、思考を停止させながらできることだったら、どれだけ良かったことだろうか。しかし、『生きる』という行為は、思考なしでは成り立たない。ああ、痛い、痛い。
「ハジメ…」
アズサがハジメへと触れる。アズサの透き通った白い柔肌が、彼の胸元…もとい、黄金のペンダントへと向かう。
アズサはそれを掴んだ。そして、握った。いつしかそれは両の手の行為となり、儀礼的なものとなった。
その姿勢は、祈りのような姿勢だった。まるで私達を照らす光に向けて、彼の鎮魂歌を歌うようだった。
「…どうか、どうか……どうか、お救いを…祝福を、彼に与え給え…」
懇願。零れ落ちそうな声を介して行われるそれは、他人から見れば荒唐無稽なものだろう。しかし、私達から見ると、それは
私は信じた。その祈りが、差し込む光に届いていることを。ただ、信じることしかできない自分が、弱々しくて、足りなくて、憎く感じた。
私もまた、祈りながら時を待つ。
時を待つ。
沈黙を続ける。
祈りを燃やす。
その瞬間、光が隠された。…いや、光は、斜陽となった。
「な、ななな、なんですかこれえ!?」
ヒヨリがそう叫ぶのも無理はない。なぜなら、時が加速したように、闇夜が近づいてきているのだから。
曙はいつしか亭午となり、亭午もいつしか、暮夜となり、夜半となった。そしてまた、曙へと塗り替わった。
それらがいと早く回った。月と太陽が追いかけっこをしているように見えるほどだった。
そして、曙が二回ほど上がった時、陽は一番強く煌めいた。
それは、まさしく奇跡だった。
「…うん?ここは……どこだ?」
男の声。若々しい、熟していない、男の声。燃え尽きるほどに渇望した、あの声。あの、暖かな声。
「ハジメ…?」
腑抜けた、揺蕩うような声。そんな声は、私が諦めたもので、私が手放したもので、私が愛するものだった。
ぷるぷると、目の前にいる、白い少女は震えている。それは、恐らく歓喜の震えで、それは私も同じだった。
アズサは、がしりと少年へとしがみついた。少年は驚いたような表情をしたが、すぐに微笑みへと戻した。
「おい、ハジメ………おかえり」
私はそう言った。もう、感情を殺す必要はなかった。今のままでも、私は私を好きでいられるから。
少年は、また驚いた。だが、今度は満面の笑みを浮かべて、こう言った。
「ああ…ただいま。皆」
私達は、散弾銃のように飛び出した。収縮して、熱を帯びて。
私は感じた。久方ぶりの、暖かさを。
晴れ空のもと、黄金色のペンダント達が、小気味に、かちかちと音を鳴らしあった。
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「…上手くいったでしょうか……?」
深淵の海の底、レヴィアタンはひとりごちていた。満足げな表情を浮かべながら、彼女は悠々と海を泳いでいた。
「本当、私らしくない。たかが一人の人間のためだけに、自分自身を犠牲にするなんて…」
そう言う彼女の尾鰭は、海の中であるというのに、焼けたように崩れかけていた。
痛いのだろう。不器用にそれを動かしながら、遊泳を楽しんでいた。まるで、魚のように。
悪魔の祈り。彼女が行った行為は、それであった。矛盾した行い。それは、許されざる行いでもあった。
元来、悪魔というものは存在しなかった。あるのは天だけで、深淵はないものだった。
だから、祈りというものは極めて普遍的で、一般的だった。今回、彼女が祈りの作法を知っていたのも、その影響である。
しかし、明星が堕ちた日。あの日から全てが変わった。祈りを絶やし、闇で全てを染めようとする存在が生まれたのだ。
そして、彼女もまた、その存在の一つとなった。それも、かなりの原初に。
で、あるが故に、悪魔の祈りというものは、遺棄すべき禁忌であった。それは自身の存在を否定する行いだ。つまるところ、それは自身の破滅へと繋がる。
光が闇へと堕ちるのは、悪意に濡れればよいだけ、故に、そこに苦痛はない。ただ、黒が残るだけである。
しかし、闇が光へと昇るのは、そうはいかない。それには燃える必要がある。そしてその炎は、他のどれよりも熱く、強いものである。
その炎は最初の炎。傲慢が生み出した炎である。それを通じて、祈りを上げなければならない。
その炎が彼女を燃やすのは、必然的だった。彼女は別に、炎に対する耐性は持っていないので、それはもう、想像を絶する苦痛を味わっているはずだった。彼女は不死である。しかし、禁忌はそれを超えている。
それであるというのに、彼女が楽しげに泳いでいるのは、ひとえに彼女が強いことが原因だった。
彼女は痛み悶え苦しむよりも、好きなこと…すなわち、泳ぐことを選択したのだ。最期くらい、好きなことを思い切りやりたい、と。
だから、彼女は泳いだ。ぺりぺりと、炭のように剥がれ落ちる鱗を海へと撒きながら、彼女は爽快を噛み締めていた。
ぴたり
行く当てもなく遊泳していた彼女が、急に停止し、思い立ったように海面へと上昇した。
そろり、そろりと、忍び足ならぬ忍び泳ぎで海面から顔をひょこりと出す。そして、蛇の赤い眼に映ったのは、玉のような光景だった。
「ハジメ…そして、スクワッド……」
歓喜の輪。その光景だ。絶景ともいえる、その光景は、蛇にとっては少し複雑なものであった。
自分が壊したかった、でも、味わいたかったその風景。今の自分にそこに入る資格はないと分かってはいるが、それでもやはり、いいものだな、と蛇は感じた。
皆が暖かい涙を流しながら、賛美のような叫びを上げる。蛇は、昔にあったお祭りを思い出した。
家族と行ったお祭り。倒れるまで食事をし、立てなくなるまで踊り狂い、起きれなくなるまで眠った、あの楽しかった記憶。
そのどれもが宝物で、絶対に忘れるものか、と子供ながらに決心していたのを思い出す。しかし、実際はと言うと、今という今やっと思い出したほどで、ずっと忘れていた。
ふっ、と。蛇は笑った。あの記憶を思い出せたのだ。それは、自身の余裕を表していた。
「…先生、あんな年甲斐もなく飛び上がって」
あの大人も、すごかったなと蛇は思った。何度も自分に失望し、何度も諦めかけたのに、それでもこの……『ハッピーエンド』に漕ぎ着けることができたのだ。
地球のものですらない、二軍のような存在が自分を打ち倒し、あろうことか、消滅させるへと至った。それは、紛れもない勇者の物語だった。
火花が蛇の眼部分まで昇ってきていた。それに気づいた蛇は、再び水面へと戻り、一直線に何処かへ向かった。
その道のりは、蛇にとって何も考えずに行けるもので、帰路のような道だった。爽快と、痛みとを最後の晩餐に味わいながら、蛇は目的地へと着いた。
そこは、母の死に場所だった。大岩の下。そこに母はいる。白骨となっているが、確かにそこにいるのだ。
「ただいま、お母さん」
蛇は、その骨へと優しく触れる。そして、隣に並んで、その骨と同じように蜷局を巻いた。
「ふふっ……しばらく会わない間で、私、お母さんのこと、抜かしちゃったよ。もしかしたら、お父さんよりも大きくなっちゃってるかも」
そう楽しげに話すが、もう、終わりが近づいているのは目に見えて取れた。それでも、蛇は話すのをやめなかった。
「あーあ…もし、弟がまだいたら、きっと私よりも大きかったろうに…私、見たかったなあ」
気分を落とす。炎は、尾鰭をもう、白い骨へと変えていた。蛇は少し、早口になった。
「ねえ、母さん。私、もうそろそろ、眠くなってきちゃった。だからさ、久し振りに、一緒に寝ようよ。今度は私が、物語を読んであげるから」
蛇はそう言うと、色々な物語を読んだ。死者が蘇る物語や、雨がたくさんふって、動物だけが生き残ってしまう物語や、雲へと届くほどに高い塔を作ったら、雷によって壊れてしまった物語など、そんな物語達を。
それは、彼女が好きな物語だった。いつも、それを聴きながら眠っていた。その時に見た夢は、素晴らしい夢だったという。
「ああ…私も、そろそろ眠くなってきたよ」
蛇は、その赤い眼をだんだんと細くしていって、最終的には、白い鱗が残った。
「…おやすみ。お母さん」
蛇は燃え尽きた。しかし、その最期は確かにまたたいていた。その輝きは、蛇の生のなかでも、もっとも輝いている瞬間だった。
蛇は、まるで閃光のように、その長すぎた生涯を終えた。吸い込まれてしまいそうな、まばゆい笑顔ともに。
To be continued
オリ主は死ぬと言ったな…アレは嘘だ
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