!注!
この小説には先生喫煙概念が含まれます!不快な方は流して読んでくれて構いません!
あれから、いろいろなことがあった。と、私、先生は、この晴れ晴れとした青空の下で、爽やかな風に吹かれながらそう思う。
シャーレの屋上。ここで私は柵に寄りかかりながら、眼下に広がるビル群を眺めて、これまでの過程を風とともに振り返る。
ミカはあの後、私とともにティーパーティのもとへ向かい、ナギサ、セイアと会って、その後に、きちんと向き合った。
逃げずに対話をし、本音を言い合い、そして理解し合った。それは、前のミカからは到底考えられない光景であった。
久方ぶりに、私はミカの、本当の笑顔を見た。威嚇のためでもなく、抑制のためでもない、心から喜ぶ気持ち。その笑顔を見た。
ミカは、六対の翼と、眩しい明るさのヘイローから、元の姿へとすっかりと戻った。原因は不明だが、いつでも出したり引っ込めたりできるとのことだ。もともとでもかなりの力を持っていたが、ここまで来るともはや怖いくらいの力を持っている。どんどん頼っていこうと、私は思う。
今現在、ミカは聴聞会のために待機している。その様子は、とても落ち着いていて、上品で、まさしくティーパーティの一人として、ふさわしい振る舞いをしていた。
一方、アリウススクワッドらは、あの感動の再会のあとに、ハジメを担ぎながら何処かへ消えていった。文字通り、神輿のように担がれている彼には思わず、くすりと笑ってしまった。
あの目は素晴らしかった。あれこそ、もはや模範と言うべき目かもしれない。自身で光を見出し、自身の手で掘り出し、これから守っていこうという決意。それがひしひしと感じられた。
しかし…ハジメ。彼は複雑な顔をしていた。何か迷いがあるような、悩みを孕んだような。でも、きっとサオリ達が何とかしてくれるだろう。あの子達は強い、おそらく、私よりも。
そうだ、あの事件の全体の結果として、私は自覚したのだ。自分が思ったよりも弱いということを。
あまりにも力不足だった私。そのせいで、多くの人が傷ついた。あまつさえ、生徒を死に至らしめるところまで、私は来ていたのだ。
それを考えると、自分に反吐が出る。この陽光で、溶けて消えてしまいたいとすら思う。もはや爽やかなはずの風すら、私を叱責しているようだ。
"はあ………"
思わずにため息が出る。ここに生徒がいなくてよかった。こんな姿、とてもじゃないが見せられない。先生はいつも強く、慎ましくないといけない。決して、自分の弱さに潰されそうになっているところなんか、見せてはならない。
ちらりと、胸ポケットに入っているライターを見る。これは、大学生の時に購入したもの…若気の至りだ。教育者になろうというのに、煙草を意味もなく、ひたすらに吸っていたな。
ブラックマーケットで購入した煙草を取り出す。今は、今だけは、これで、泥のように沈酔していたかった。
酒を飲んでは、やるべき仕事に影響が出てしまう。だったらせめて、これだけでもやらせてもらいたい。
決して、今の姿は理想とはいえないだろう。生徒に隠れて煙草を吸う。別に、悪いとはいえないが、とにかく理想的ではない。だから、今日限りでそれとはおさらばだ。
ギザギザとした、懐かしのヤスリへと指をかける。冷たく錆びていて、つくのか不安だったが、私は思い切り、指へと力を込めた。
カチリ、と聞き慣れた駆動音がする。極めて機械的で、無機質なその音に、私は幾分かの安心感を抱いた。
その後、一寸の時が経ち、シュボッと、摩擦熱を顕現させた音色が、シンバルのように乾空へ広がった。
ゆらゆらと揺らめく小さい炎は、日の光と対照的に、人間的な温度を示していた。それは愚かな私を表しているようで、励まされているような気がした。
その暖かな焔を、俗っぽい、茶色に渋っている葉にゆっくりと近づける。背徳感で脳が快感に支配される。…まあ、こんな経験も、少しは必要だろう。私は私を許し、たぎるメンソールの爽やかな匂いに意識を落とした。
"ふー……"
吸って、吐く。たったそれだけの行為であるはずなのに、泣きそうになるほどの安堵がじんわりと、優しく体を包む。いやあ、これだから煙草は辞められそうにない。そう、二口めに移ろうとした瞬間。
「…すいません、先生」
"…ぎゃっ!?"
その安堵は、誰かの声で切り裂かれた。反射的に、煙草をポケットへと押し付ける。駄目になろうが、今はどうでもいい。
背後からやってくる、この男の子の声…青臭く、雑草のような声……そう、この声は。
"ハジメ…かい?"
「はい…そうですが、先生」
それは、私が憂いていた生徒そのものだった。あちらから来てくれたのだから、お茶でも出して歓迎するべきなのだが、いかんせん今はタイミングが悪い。自身が冷や汗をかいているのが、嫌でも分かる。
"と…とりあえず、椅子にでも座って話そうか。先に、執務室に向かっておいて、あとで私も向かうから…"
顔だけハジメの方を向いてそう言った。ここで煙草は処理して行かねば。
「…先生、煙草吸うんですね……」
"ふぐっ?!"
バレていた。必死に誤魔化そうと努力したが、徒労に終わった。焦燥感とともに、これからどうしようと虚空を見つめていると、ハジメが近くへと寄ってきた。
「先生…いや、別に煙草を吸うのが悪いとは思ってないですよ?俺は構わないので、別に吸ってもらっても…」
"いやいや…そうはとんやが…"
「いや、なんか我慢されてる方が気分悪いんで、吸ってください」
ぴしゃりと言われた。諦めて再び煙草を吸う。私は紫煙を、ハジメにかからないよう、少し慎重に吐き出した。
紫煙は空に溶けて、うやむやになって消える。昔は想像していたな、煙は雲になるのかな、なんて。
もしそうだったら、世界は終わりへと向かうだろう。この紫煙というものは、人の醜い部分を吐き出しているものだ。そんなものが雲になったら、太陽すらも闇にしてしまう。そんな事を考えていると、ハジメは気まずそうに、でも言葉を選んで口を開いた。
「…まあ、たまにはこういうのも大事だと思いますよ?」
なんて優しいんだ。…スクワッドらが惚れるのも、致し方ない部分がある。
"それで…何でハジメはここに来たんだい?"
「ああ、それはですね」
そう、なぜここに来たのか。それが疑問だ。ハジメは私と同じく柵に寄りかかって、話を始めた。煙に濡れることも厭わずに、彼は私に顔を向けた。
「人生相談…させてもらおうかと」
いと真剣な顔で、私にそう言った。その顔は、私が初めて見る、この世のものとは思えない、それでいて普遍的な、そんな不思議な顔だった。
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ぴよぴよと軽やかになく鳥の声。長いこと木陰にあたって、ひんやりとした土の温度。それらが俺達…アリウススクワッド、と一人の凡人を映し出す。
五人組は無言で歩く。アズサはあの後に別れ、それぞれの道へと別れた。しかし、そこには確かな暖かみがあった。…少しピリついている気はするがな。まったく、なんて過保護だ。
こうやって俺が歩いているのも、俺の交渉の結果だ。なぜだか背負われて移動していたが、誰も見ていないとはいえ、幾分こそばゆい。俺は必死に皆を説得した。
およそ三十分に渡る協議の末、俺はついに歩みの許可を得た。久し振りの運動は、やはり気持ちが良いものだった。思えば、俺はずっと、何をしていたのだろうか。
ただ、見ているだけだった。何もできなかった。それもいいな、と思ってしまった自分もいた。
弱かった。でも、そんな自分を、このスクワッドらは救ってくれた。もう、頭が上がらない。俺はそう思う。
「こ…これからどうしましょうか……」
ヒヨリがそう言い、沈黙を破る。ほんの少しだけ、歩みが遅くなった。
「居場所も…やることも無いよ…加えて、追われる身だし…」
ミサキが冷たくそういう。確かに、どうしようか。世間から見れば俺らはただのテロリスト。矯正局にぶち込まれるべき存在だ。
それは俺達の、黒黒とした未来を暗示していた。先が見えない、そんな未来を。
「ふふっ…ミサキ、それだったらさ、見つければいいんだよ」
アツコがえっへんと、胸を張るようにそう言った。その姿はとてもキラキラしていて、お姫様のようだった。
「アツコ…それはどういう?」
「追われながら、試練に打ちのめされながら、アリウスの外のことを知って、そして考えるの。その道がどれだけ辛いものでも…全ては虚しいんだから、きっと、耐えられるはずだよ」
もはや俺はへりくだってしまいそうだ。昔のアツコとは違う…いや、違わない。ただ、自分を咲かせただけ…か。でも、とにかく変わったことは確かだった。
ふとサオリを見る。彼女は俯いて、なにかを考えているようだ。ぽつりと独り言を言いながら、何か、思考の海へと飛び込んでいる。
「サオリ、どうした?」
俺はサオリへそう言ってみる。すると、意を決したように息を吸い込んで、彼女はこう言った。
「私は少しの間、何かを見つける旅にでてくることにした」
サオリが選択したその道は、何か薄暗くもあるが、それ以上に楽しそうな道だった。俺は尊敬した、自分自身で道を決めることができる強さを。
…俺も、自分で決めなければ……いつまでも流されてはいけない。俺は知った、普通であることの尊さを。しかし、それが今日、選択を諦めるという理由にはならない。
より自分が納得できる方へ、より満足できる方へ、そんな選択をするというのは、かなり難しいものがあった。いくら考えても、考えても、結論は決して出てこない。
しかし、それだから人生というのは面白いと言えるのだろう。最善というのは存在しないというのが、さらに欲をかき立てる。それが人間だと、俺は思った。
「…私は、サっちゃんが選んだ道なら、それを尊敬するよ」
「……私も」
「ちょ、ちょっとの間、離れるだけですよね?!う、うう…ちょっと、いやだいぶ寂しいですけど…大丈夫です!サオリさん!」
「ああ…いってらっしゃい、サオリ」
俺はそう送り出した。きっと大丈夫。サオリは強い。それは身体で覚えさせられた。心も、体も、俺の比にならないくらいに強い。
すると、サオリはぽかんと首を傾げた。…なぜだ?今更なにかあったのか?
「…ハジメは、付いてきてくれないのか?」
「………は?」
彼女は、今にも掠れてしまいそうな声で、そう言った。
木の葉の上に佇んでいる、真珠のような朝露は、ほんの少しばかり震えて、ぷるんと静かに、土へと落ちた。
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「…っていうことがあって」
"ああ、そうだね"
要約すると…『なんか二人で過ごそうと同級生の女の子に提案された』といったところか。おそらくは羨望の目を一身に向けられることだろう。しかし、今はそうともいかないらしい。
「どうしましょう…先生」
震える小動物のような目で、彼はそう言った。…こうしてみると、彼とまともに話をするのは初めてだ。今までは、ずっと黒い感情が乗った言葉しか投げられてこなかったから。
こうしてみると、可愛いものだ。…こんなあどけない少年を、あんなふうにしたのは…いったい何なんだ?疑問が頭で反芻する。しかし、私はそれを奥に隠して、顔を私ではなく、『先生』の顔にした。
"そうだね…ハジメはどうしたいの?"
煙草の灰をとん、とんと、銀に輝く灰皿のもとへ落としながら、私はそう尋ねる。すると、彼はうんうんと唸らせ、時には左に、時には右に、頭を傾かせながら、熟考していた。
そして、ぱっと思いついたようにこう言った。
「俺は…見てみたいです……この世の全てを…そして、あいつらのこれからを」
その声も、あの時からは別人のよう…いや、同一人物ではあった。ただ、奥底にあった種子が、開花しただけだ。
"私にできることだったら、なんでもするよ。だから、ハジメ、いっておいで"
私がそう言うと、ハジメはぴくりと震え、同時にこう言った。
「ありがとうございます、先生!」
その顔は、私にとっての太陽だった。自然的に降り注ぐ太陽よりも、ずっと優しく、身近な太陽だった気がする。その光は、私のそばに座り続けた。
ハジメは駆け出した。おそらく、サオリの元へ向かっているのだろう。その道は、もしかしたら試練なりうるかもしれない。ただ…彼と彼女らだったら、きっと乗り越えられるはずだ。
煙草に口をつける。私は大人なんだな、と感じる。忘れかけていた青春の香りが、ほのかに感じる。
私は、それを守らなくてはならない。この煙草の、脂の匂いで穢してはならない。でも、今日だけはこの、大人の匂いを、どうか許してくれ。
すっかり辛くなった煙草。それであるのに、私はしがみつくように口元からそれを離せなかった。
幻想のように透き通った世界に、独唱するような煙が、もくもくと立ち上った。しかし、もはや独唱は、斉唱へと、溶けるように入れ替わった。
To be continued
閲覧いただきありがとうございました!
年明けに向けて少し忙しくなるので、投稿を少しの間お休みします!
それでは皆様、良いお年を!!