アリウスと原罪   作:パエリアさん

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第61話 君には冠がよく似合う

ざわざわと鳴き声をあげる虫たちを尻目に、アツコと俺の二人と、一頭の駿()が静かに歩む。差し込む陽気は葉の形をしており、夢の中のような印象を抱かせた。

 

いつの間にか、ビル群がそびえ立つモダンな風景からは一変し、自然が生い茂る森中へと舞台は変わっていた。

 

先導する馬は時にカツカツと、時にずしずしと、多種多様な足音を楽器のように奏でながら歩行していた。

 

その様は芸術的だった。四つの脚が木の枝のように成り、蹄は灰色であり、これもまた、曇天の美しさを感じさせ、素朴で、そして粋な美しさだった。

 

右後ろ、右前、左後ろ、左前。この順で眼下に生い茂る緑達や、茶渋に染まった植物たちを踏みしめている。踏まれているのにも関わらず、不思議と、植物たちも嬉しそうである。

 

この馬という生物は、俺は初めて生で見のだが、まさかここまで美しいとは。彫刻品のような、それでいて無邪気な子供のような美しさを兼ね備える、そのような生物が現実に、さらに身近にいるとは。とうやら、俺は驚愕の渦へと踏み入れたようだ。

 

そしてその感情は、きっとアツコも同じだ。獲物を見据える虎のように、じいっと舐め回すようにしてその馬を見つめている。

 

そうしていると、急にお嬢さんが停止した。俺達もそれにならって止まった。すると、今までこの子に集中して見えなかったが、辺りへ広がる風景へと目をやることができた。

 

 

 

「うわあ…これは」

 

 

「うん…綺麗だね」

 

 

 

影でしか見えていなかったが、俺達の眼に映るのはこれもまた、風光明媚とした世界だった。

 

俺達を出迎えてくれたのは、まずは桜であった。今の季節にはあまり見ないはずだが、これでもかと満開に咲いていた。

 

程よく吹く風に吹かれて、無数の桜が滝のように降ってくる。ひょいと手に取ってみると、なんと五つほど取れてしまった。

 

その桃色にそまった花弁は、この世の何よりも滑らかで、そして甘い匂いを放っていた。今なら、花を食べていたこの馬の気持ちが分かるかもしれない。俺はそう思った。

 

その桜とともにあるのは、矛盾するような紅葉であった。それらは紅蓮に彩られ、燃え盛るような情熱がそこにあった。

 

紅葉といえば、やはりあの形であろう。海星のような、蛙の手のような、あの形。俺も小学生の頃は、特に理由もなく集めたものだ。

 

その形には悪魔的な魅力さえあった。赤という色も相まって、俺の少年心を十二分に刺激して、燃え上がらせていた。

 

そしてそして、さらにはなんと、樫があった。いや不思議なことではないが、何か最後のパーツが揃ったかのような気分になった。

 

樫の実もふんだんに実っており、兜があるもの、殻が外れているもの、そのどちらでもないものなど、多くの種類があった。

 

「あれ?」

 

しかし、矛盾していたのだ。秋に実るはずのどんぐりがあるのに、なぜだか、春に見られるはずの黄色の樫の花も見えていたのだ。

 

その花もまた、桜や紅葉と同じように潤沢に生い茂っており、豪華な、北山文化的な外装となっていた。

 

「ハジメ。本当にここはすごいね。まるで天国みたい」

 

アツコが興奮しながらそう言った。いや、それも無理はない。俺でも顔に出すのを抑えきれないのに、そう言った自然が大好きなアツコにとっては、これはもうたまらないだろう。

 

「そうだな、アツコ。皆にもいつか、紹介したいな」

 

そしてサオリと先生にも…と続けようとしたところ、アツコにキッと睨まれたのでやめておいた。…この馬にも、じとりと見られたらような気がした。

 

 

ヒヒン

 

 

そう甲高く呟き、馬はすっと俺達に道を開けた。桜と樫と紅葉によって遮られたはずの道は、ゲートとなって開かれた。またもや驚愕。本当に不思議なことがよく起こるものだ。

 

 

そして、そのゲートの先にあったのは遠く離れた島と、おそらくはそこへ向かうためのフェリーであった。ちょうど、人二人分と馬がいれるだけの大きさはある。…馬がフェリーに乗るとは、これいかに。

 

 

そのフェリーは黒を基調としたもので、甲板には黄色が差し色として縞模様に描かれており、そして赤も、バツの字を書いて船体を彩っていた。

 

「…いやあ、もう驚かないとは思ったけど……びっくりしたなあ」

 

アツコがそう言った。まあ、何故かここに島がある、と思えば、それはそうだ。地図にもここに島があるなんて何も書いてなかったのに、いったいどういう事だろうか?

 

そうこうして戸惑っていると、お嬢さんはくいくいと前足を誘うようにして招くと、ウキウキと駈足でフェリーへと乗り込んだ。そのフェリーには馬専用なのか?まあとにかく、大きめのケースがあるのだが、そこへと入ったのだ。

 

「なんだそれ…」

 

思わずそんな言葉が漏れ出てしまったが、意識を戻して、俺達もフェリーへ乗り込んだ。

 

内装は意外と快適で、椅子がふかふかだった。しかし、どうも違和感があった。

 

「ねえハジメ、運転すための道具とかないの?」

 

そう、それだ。ここ以外には場所がないのだから、あるはずである。しかし、いくら探してもハンドルのようなものもなにも見つからない。どうすればいいのだろう?

 

 

 

がちゃん

 

 

「うおっと!?」

 

しかし、突然車体が動いた。何もしていないのだが…と思って、馬の様子をちらりと見てみると、そこには楽しげにレバーのようなものを動かしているお嬢さんがいた。

 

「…まさか、あの子が運転するの?」

 

「きっとそう…いや絶対そう…」

 

何か俺達は嫌な気分に包まれた。そもそも馬が運転すると言うだけで不安なのに、あの喜びようは…思わず胃を抑えた。

 

 

ヒヒーン!!

 

 

その言葉を合図に、フェリーは轟音をたてながら発進した。切り裂くような空気が肌を貫いた。

 

「やっぱりいぃぃ!!」

 

止めることも叶わず、俺達はそれに耐えることしかできなかった。…何故かアツコは、少し楽しげだった。

 

…………

 

………………

 

 

細やかな砂が黄土色に輝くその島へと、俺達はやっとの思いで着いた。

 

「楽しかったね、ハジメ!」

 

アツコはそう言って飛び回っているが、正直俺には信じられない。今にも今日の胃が吐きでそうで仕方がない。荒い呼吸をしながら、俺は砂岩へと寄りかかった。

 

ちらりと目の端から出てきた馬を見てみる。こちらも嬉しそうに駆けており、気持ちが良さそうに伸びをしていた。

 

その少し後、その馬がまた手招きをし、俺達を島へと案内するようだ。…いやあ、さっきまでは見れていなかったが、この島もまた、すごいなあと、歩いた先の景色を見て思う。

 

砂から上がったところにはもう花畑がだだっ広く、無限に続いている。赤、黄、白、紫、橙、そんな多くの花が、無数に野原に広がっている。

 

馬はそこを走った。その姿もまた、芸術品の一つだ。大きく足を動かして、全力で駆けている。首を前後に揺らし、全身を使って進んでいる。…なんて素晴らしい。浮き出る筋肉、削れる芝生。そのどれもが、国宝級の絵であると、俺は確信した。

 

完全な野原というわけではない。あたりには予想通りというべきか、樫の木や桜、紅葉の木があちこちに生えていて、あたりに散っていた。

 

黄色と赤と薄桃色が優しく包まれ、舞い昇ったり落ちたりしていく、その姿は今は見えない冬を想像させるもので、これこそが四季だな、と、一つの風景で矛盾するように感じた。

 

「ね、ハジメ。せっかくだし私たちも走ろうか」

 

アツコがいたずらっぽくそう言った。こういう瞬間の彼女はとても美しい。お姫様という立場であるはずなのに、どこか俗っぽい雰囲気もある。そして、俺はそれがたまらなく好きだった。

 

「いいぜ、じゃあ…ほらっ!追いついてみな!」

 

そう言って俺は駆け出した。アツコはくつくつと笑っている。

 

「ふふ…私に勝てると、思わないで!」

 

アツコが追いかけてきた。純白に輝く帽子を手で押さえながら、ぱたぱたと駆けている。

 

しかし、本気で走っているようではないのに、どんどんと距離が詰まってくる。そうだ、俺は忘れていた。こいつはアリウス随一の戦闘部隊の一人だったんだ。俺は今更ながらに後悔した。

 

「それっ!」

 

当然ながら、俺はアツコに捕まってしまった。服を掴まれて、ばたんと野原へ倒れてしまう。まあ、それもそうかと思った。…男としてのなにかが失われてしまったという感情は内緒だ。

 

「はははは!…楽しいね」

 

アツコも一緒に倒れてそう言った。そうだ、楽しい。こんな馬鹿したのはいつぶりだろうか?もしや、小学校にまで遡る必要があるかもしれない。

 

倒れて俺も笑っていると、花の香りが味を感じさせた。甘い蜜の味だ。ふと、近くにある白い花を見てみた。

 

それを見ると無性に、花冠を作りたくなった。そういえば花を摘むという行動は、親に注意されていたなと思う。でも、その意味が昔は、分からなかったたものだ。

 

勿論、今ではその意味が分かる。花を特に理由もなく、遊びのために引きちぎるというのはどう考えても鬼畜な行為だ。だから、この衝動をどうするべきか、俺は答えが出なかった。

 

しかし、目の前のアツコをみていると、どうにも花冠をつけさせてあげたいという気持ちになってしまう。

 

なぜなら、アツコは本当のお姫様であるのに、環境が原因でまともな人生を送れなかったからだ。本当だったらティアラでもかぶっていてもおかしくない血筋のはずなのに、アリウスではそれは叶わなかった。

 

本人はどうとも思ってなさそうだが、俺は知っている。こいつは稀に本を読むんだ。それも、王子と王女の本を。その本を読む顔は、どこか複雑にはにかんでいたんだ。

 

俺はそれを知っていたから、やはり作りたいという気持ちは抑えきることはできなかった。俺は上半身を起き上がらせると、適当な花をいくつか、心の中で懺悔をしながら摘んだ。

 

アツコはそれを不思議なものをみるような目で見ていた。だけど、なにか期待であふれるような顔だった。

 

 

 

「…よし、できた!」

 

 

 

花の茎をくいくいと巻きつけながらなんとか作ることができた。色とりどりの花が組み合わさっていて、統一感はまったくもって存在しないが、俺から見たらかなりよくできたほうだと思う。

 

アツコそれをみてきょとんとしていた。…まあ、初めて見たのだから当然か。そんなアツコに、俺はそっと、花冠を乗せてやった。

 

「…なに、これ?」

 

アツコの不思議はさらに深まった。その見開かれた目はじーっと俺を見つめていた。

 

「いやいや…ほら、見てみろ」

 

そう俺は手鏡を取り出し、今そこにいるアツコに見せてやった。

 

「わあ…!これ、こんなの…お姫様みたい!」

 

アツコはきゃっきゃっと鏡をみながら騒いでいる。あらゆる角度からあらゆるポーズを決めて、満面の笑みでそこにいた。…ああ、なんて美しいんだ。俺はそう思う。

 

冠を一度もかぶったことのない若い王女が、初めて冠をかぶってはしゃいでいるその姿。それに冷静であるという方が無理な話であろう。

 

 

 

「いやいや、本当に…………君には冠がよく似合う

 

 

 

俺が言える賛辞はそれだけだった。それを聞いたアツコは、ほんの少しばかり静止した後に、再びニカッと、太陽のような微笑みを浮かべて、はしゃぐことにいそしんだ。

 

うんうんと俺がその姿をみていると、いつの間にかいた馬が俺の横顔を顔でぺしりとはたいた。俺は驚いて飛び上がってしまった。

 

その馬はアツコをただ見ていた。花を摘んだことに怒るでもなく、アツコに混ざるわけでもなく、ただただ穏やかに、その黒い目を向けるだけだった。

 

「なんだ?羨ましいのか?」

 

と俺が聞くと、『そんなことはない!』とでもいうように、鼻音をたててついてこいというジェスチャーをしていた。

 

今気づいたのだが、見ない間に馬の外装が変わっていた。真っ直ぐに伸びていたはずの前髪がいまや三つ編みにされており、さらに鮮やかな橙のポンポンがつけられていた。

 

いやあ不思議だ。この馬だけではこんな器用な真似できないだろうし…もしや人がいるのか?もしいたのなら挨拶をしてみたいな。この馬をどう育てたのか、単純に興味がある。

 

「ああ、まてまて。速いって」

 

馬がどこかへ駆けていった。俺達を案内しているというのに、俺達ごと置いていくのは駄目だろう。俺は必死に走った。

 

「…ハジメ。私、可愛い?」

 

アツコがそんな質問をした。…答えは分かりきってるし、なにより今する質問ではないと思うんだが…。

 

「ん?……ああ、いつもさ」

 

俺はそう言って、必死に走った。今日の日は、もう落ちる頃になっていからか、アツコの頬がすこし、赤く染まって見えた。

 

To be continued






この馬の元ネタはですね、本当にいい子で…可愛らしく、好きな馬でしたね。語り始めると止まらないので、ここで打ち止めにしておきますが、ぜひ皆様も元ネタを調べてみてください!
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