アリウスと原罪   作:パエリアさん

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第62話 自由の島

揺れ動く馬の尻になんとかついて行って入ったのは、華麗に生え渡る花木達のその内奥で、ちょろちょろと小さい滝が流れ、明鏡止水の花葉の溜まり場を作り出している、ぱあっと広がる庭園のような、そんな世界だった。

 

中央にあるのは水晶か何かでできた、透明な洋式机であり、そこには三つの花冠が乗せられていた。

 

「お嬢さん、私と一緒だね」

 

アツコは自身にかけられた花冠を指してそう言った。馬はそれをじっと見て、その後に、自分のも見て、と言わんばかりにその冠達に顔をぷいっと向けた。

 

「…きれいだな」

 

思わず感嘆の声を出してしまった。しかしそれも当然のことだと思う。その花冠には、確かな愛情が込められているのを、どのような面からも感じた。

 

一つ、桜の冠。黒ずんだ枝が桃色の桜と調和して、轟然たる力強さを絢爛と表現していた。

 

二つ、樫の冠。どんぐりと合わさって明るい黄色がこれまた可愛らしく映っており、少し匂いを嗅ぐと、これまた赤い林檎のような甘さだった。

 

三つ、最後の冠は紅葉と銀杏の冠だった。花冠と言ってよいかはわからないが、しかし綺麗であるということにはかわりはなかった。紅葉はまたもや強い赤で染まっており、なにか悲願のようなものをひしひしと感じさせた。

 

それぞれの冠が、それぞれの美しさで光を放っていた。髪をふわっとすり抜ける、吉報を届けるような風が、動的な美しさを加えて、もはやその冠達は生きているかのような錯覚すら覚えさせた。

 

 

ひん…

 

 

しかし、そんな贅沢な空間にいるにも関わらず、この馬の顔はしょんぼりとしている。何故だろうと思って辺りを見回すと、はるか高くの木の上に、ぴかりた光る銀の冠があった。

 

その冠はティアラのようだったが、同時に、重厚な重さがあり、複雑な形、四角や花形が組み合わさっていた。

 

「あれを、取ってほしいのか」

 

そう俺が馬に聞くと、その馬はぶんぶんと首を縦に振った。俺はそれを肯定の意志と受け取り、よおしと腕をまくった。

 

 

ぴょん、ぴょん

 

 

そうやってジャンプをしてみるが、やはり届かない。まだ全然足りないし、届く気配もない。俺は頭を悩ませた。

 

「ハジメ。肩車はどう?」

 

そうアツコが言った。確かに、肩車をすればギリギリ届く距離かもしれない。そうすれば話は早い。俺はしゃがみ込み、来るであろう体重に身を備えた。

 

「…私がのるの?」

 

何を言っているんだこの女は。…いやまて、確かに俺のよりもアツコの方が力が強い。よってより合理的な結論となれば、アツコが俺を肩車するのが正解なのだろう。

 

しかし、それは男のプライドというか、そんな物によって反対を唱えられた。で、あるので、俺はしゃがみ込んだままの体勢でじっと待つだけであった。

 

「…わかったよ」

 

アツコがそう渋々乗った。ふわりと花のいい匂いがする。肩からは柔らかい弾力性の肉感がじわりじわりと寄せられている。

 

肌も少し触れて感じてしまう。走り回って汗が出ているはずなのに、サラサラとした肌で、透き通っているようだった。ドキリ、と胸が鼓動を打つ。それは情熱となり、力となった。

 

 

すっと立ち上がってみた。しかしまったく重くはなかった。むしろ心配になったが、女性に体重のことについていくのは禁忌だと何処かで教わったので、それを話に出すことはやめにしておいた。

 

「う〜ん…届か、ない」

 

アツコが掠れた声でそういった。俺も懸命に爪先を立たせているが、確かに届く気配はなかった。そうしていると、少しふらりと、バランスを崩してしまった。

 

 

 

「きゃっ!」

 

「うわっ!」

 

双方情けない声を出して草のクッションへと倒れ込んでしまった。目の前にはアツコの白く、長い脚がすらりとあり、それに釘付けになった。

 

「ん…?ハジメ、これみて」

 

その状態は、アツコの声によって壊された。はっとした俺はすぐに緩みきった表情を直し、アツコが示す、彼女自身の掌へと目線を向けた。

 

すると、そこにあったのは黒いゴーグルだった。レンズのところは薄い黒となっていたり、特に装飾もない、そんな無骨なゴーグルだった。

 

強いて言うのならば、使い込まれている感じはあった。ところどころ泥か何かで汚れているし、傷もついていた。しかし、逆に言うのならばそれしかないのだ。

 

だが、その馬はそれを見ると興奮したような、喜んでいるような、そんな表情を見せた。黒い目をキラキラと輝かせ、今か今かと四肢をうずうずさせているその姿は、殿方を待つ令嬢のようだった。

 

「…これが欲しいのか?」

 

一応確認のために聞くと、その馬はぶんぶんと首を縦方向にふった。そしてその後に、子供のように少し飛び上がりもした。

 

この馬を見ていると、本当にアツコを思い出される。この元気いっぱいで、目を離せないような。そしてそれでいて、王女のように気品を漂わせるその雰囲気に、俺は心を惹かれた。

 

だから、俺はアツコに聞きもせずにゴーグルを奪い取り、お嬢さんの頭のてっぺんへと掛けてやった。アツコも驚いていたが、俺の行為を見るとにやりと笑うだけで、何もしなかった。

 

馬はひひんと歓喜の声を上げた。結局あのティアラは取れていないじゃないか、とも思ったが、お嬢さんのこの姿を見れば、すべてが吹っ飛んでしまった。

 

しかし、どうにも懐かしい気持ちになる。馬を生で見たのはこれが初めてであるというのに、何か俺は知っていた気がした。

 

脳内の中である映像が再生される。青く澄み切った芝生の中で、多くの人間の声を受けながら、馬がパカラパカラと駆け巡る様子をだ。

 

まさに豪脚、まさに神脚。その馬はそれを見せつけるようにして走り回っているのだ。それも、本当に楽しそうに。

 

しかし、それはいつの間にか終わってしまったのだ。映像が、あるいは夢が、道半ばで途切れてしまったたのだ。

 

それには多くの涙があった。それには多くの気持ちがあった。時には怒り、時には慰め、時には涙し、そんな感情が、どうも俺は、味わった気がしてならなかった。

 

 

 

ぺろり

 

 

 

しかし、そのような夢は、サラリと滑らかな液体によって終わった。冷たいものと暖かいものが同時に俺の頬を舐め取ったのだ。

 

びっくりして馬のほうを見てみると、少し悲しそうな目をしていた。今気づいたが、俺はどうやら涙していたらしい。

 

そんな、ただの夢で泣いてしまったことに、俺は隠しきれぬほどの羞恥を抱いた。顔を隠したくもなった。

 

「…頑張ったな」

 

なぜだかその言葉が独り歩きをしてでてしまった。それに続くようにして、俺の手も馬の顔へと向かい、いつの間にか撫でていた。

 

その感触を表すなら、一体なんなのだろう。すべすべとはしているが、毛の感触が心地よい。どくどくと確かに感じる脈からは、若いエネルギーを存分に感じられた。

 

「むう…」

 

隣りにいたアツコがそう言うと、その髪をこちらへと差し向けてきた。一瞬意味を汲み取れなかったが、おそらくこれは撫でろということだろう。俺はもう片方の手で、アツコを優しく撫でた。

 

「…はは」

 

俺は笑った。静かに笑った。その笑いがどのような意味なのかは誰も知らないし、分かるはずもない。だけど、きっと誰かに届くはずだと、確信することはできた。

 

すべてが自由なこの島に、新しい何かが、ぽつりと咲いた。

 

 

_________________________________________

 

 

ひとしきり撫で終わった寝転んでいると、もう星が見える頃となっていた。街灯はまったくもってないので、星はもう、砂のように煌めいていた。

 

風も荒々しく(duramente)吹いており、桜や紅葉たちも次々と散らしていた。

 

月が見える。まだ最高の輝きとは言えないが、それでいても物凄い大きさであった。月の兎が、餅をついているのがとてもくっきりと見えた。

 

そんな光に照らされているからか、こんな闇の中であるというのに、恐怖感や拒否感はまったくもって出ず、むしろこの幻想を長く楽しみたいという欲求さえ生まれていた。

 

馬は上品にも脚を組んで座っていた。その様はやはり、お嬢様であるということを猛烈に表していた。

 

「ねえハジメ。サオリこれからどうするの?」

 

その質問をされた瞬間、思い切り吹き出して、目の前の星雲を消し飛ばしてしまうところだった。

 

「いやそれは…なあなあにするっていうか?」

 

「…答えになってないよ」

 

できるだけ誤魔化そうとしたのだが、アツコにはお見通しのようだ。少し距離を詰められた。…くそ、こんなだと言うのにあの馬は、欠伸なんてかきよって。

 

「てもさあ、やっぱサオリが先生じゃなくて俺を選ぶ道理が分からないよ。どうしたって先生のほうが俺より上じゃないか」

 

俺がそう熱弁するも、アツコはやれやれと言った感じで首を振った。俺は畜生と思った。

 

「…はあ、もう取られても知らないよ?」

 

先生に取られるなら…と続けようとしたが、言葉に詰まってしまった。先生がサオリと一緒に何処か教会で結婚式を挙げているのを想像する。

 

そうするとやっぱり、いやだなあと思う。胸が撃ち抜かれたように軋み、木炭のように崩れてしまいそうになる。この感情が出るということはつまり、俺もまた、サオリのことが好きなんだな、と理解してしまった。

 

思えば俺の人生、恋なんて身に余るほどの高級、感じたことも無かった。でも、だからこそ、後悔したくない、とも思った。これからまたするのも分からないのだから。

 

「わかった…わかったから!……善処はする」

 

「いったね〜ハジメ〜。言ったからには勝ってよ〜」

 

アツコはそうにやりと言うと、肘で俺の事をつついていた。歯をじゃらんと見せて、目は半月のようになっおり、闇と光芒によって彩られるモノクロに、悪魔的によく映えた。

 

「う…うるさいやい!ほら、帰るぞ」

 

俺はそう言って、くるりと踵を返し歩みだした。帰り方も、良くわからないままに。

 

………

 

……………

 

「いやねえお嬢さん。ハジメも酷いと思わない?」

 

闇の、二人となった森の中に、都市の光によって見えなくなった星の光のような、そんな声が寂しく響いた。

 

「…こんなさ、ハジメを愛してる私もいるっていうのに…簡単に好きな人を諦めようとするなんてさ」

 

ぽつり、と、雨ではない液体が零れ落ち、馬の蹄へと当たって弾けた。それから、抑えきれないようにアツコが顔を抑え始めた。

 

風が吹いている。彼女らの髪を吹き抜ける風が、そこはかとなくそこにいたのだ。涙を飛ばし、安らがせるための、優しい風だ。

 

 

 

ぺろり

 

 

「…!ふふ、あなたもやさしいね」

 

馬がそんな泣いている少女の涙粒を舐め取った。しょっぱそうな顔をして、それでも、やめなかった。

 

「大丈夫だよ。…いや、そうでもないかも」

 

アツコはその馬に身を寄せた。心地よい拍動に、アツコは眠ってしまいそうになった。

 

 

おーい!行くぞアツコ!

 

 

少しばかり遠くから、少し低めの声が聞こえた。ああ、そうかと言わんばかりに、アツコは立ち上がって、馬を名残惜しく眺めた。

 

「…あなたは来ないの?」

 

その言葉に馬は、肯定するでもなく、否定するでもなく、直立を保っていた。その姿すら、嫌と言うほどに美しく輝いていた。

 

「まあ、しょうがないか。…じゃあね、お嬢さん」

 

少しの沈黙の後、手をひらりと振って、アツコは場を離れていった。馬は、散花と落ち葉のもとで、ただ立ち尽くすだけであった。

 

 

 

全てが終わった後、一体馬は何をするのだろうか。そもそも、この馬は何者なのであろうか。それすらもここキヴォトスの神秘によって、オブラートに、そして幻影と包まれていた。

 

それでも、気にする必要はない。なぜならここは、『自由の島(リバティアイランド)』なのだから。

 

To be continued






いやあ…自己満すぎる……

これから少しだけ投稿頻度が遅くなるかもしれません!ご了承ください!
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