「ほら、ここですよ、皆さん」
ティータイムの後に、守月さんに連れられてきたのがここ、DNという服屋であった。
にしても、先生。彼は酷い人だ。俺の事情を知っているっていうのに…でも、そこもあの人の魅力の一つで、多くの人を惹きつける秘訣なのだろう。そう、俺にはないものである。
さて、服屋の外装はというと、なんとも古びた、真っ茶色の木製であり、トリニティの華やかなものとは、全くもって調和していなかった。
隣りにある宝石店が、さらにこの店の異端を引き上げる。宝石と、石だ。これではもはや、可哀想という感情すら覚えてしまった。
しかし、中を見ると、そこそこの客がおり、そのどれもが真剣な顔で服を観察していた。
「…なんか、その………味があるお店ですね!」
宇沢さんは、そう言葉を選んで、恐る恐るという感じで言い放った。その言葉の内奥には、やはり、葛藤があった。
「ええ、ここは、私がよくパトロールをする時に通る店なのですが、これまたいいお店なんですよ」
守月さんはそう言うと、手招きをしながら店へと、吸い込まれるようにして入っていった。俺達三人は、拒否感というか、怖さというか、そんなバリアのようなものに阻まれ、入ることはできなかった。
不意に、先生がくしゃみをした。なんの変哲もないくしゃみだが、今の緊張が高まった俺達には、幾分刺激が強すぎた。俺達は飛び上がり、残り香の衝撃が続いて、店の中へと入ってしまった。
とこり。と、木の、軽い音が優しく鼓膜を揺らす。少々前まで恐怖していたはずのそれが、今となっては愛らしく感じているのだから、驚きだ。
宇沢さんも中へと入った。こちらも同じような感じで、ぽけっと、内装を眺めている。
内装、それは、商店ではそこまで重要ではないと位置づけられることもある。それは、第一印象ではないからだ。
店内という巣に、外装という餌でおびき寄せればもう、店の思う壺である。あとは簡単だ、強引にでも話して、買わせればよいのだから。
しかし、この店はそんなことはなかった。ただ静かに、ものを見て、吟味し、買うだけ。良いものがなければ、出ていくだけ、そんな、冷たいとも捉えられる店が、俺はどうしようもなく好きになってしまった。
そんな店の内装。それは不思議なものだった。木がベースとなるのは変わりないが、あちらこちらに鳥の模型や、小物が置いてあり、しかもそれすら売り物だというのだ。
何か見られているような、そんな感覚で、どこか心地よくもあった。
「ハジメさん。どんな服を買おうとしているのですか?」
守月さんの声で、やっと俺は現実へと帰ってきた。動揺を見せないように、俺は俯いて考えるふりをした。
「…良く、分かんないかもです」
俺は正直にそう言った。実は、生まれてこの方、服に興味を持ったことが無かったのだ。ただ裸の肉体の上に乗せるだけのもの、無意味であるという思想が、俺は支配していたのだ。
しかし、今は違った。サオリの遠回しな『ダサい』の一言。それは俺を変えるには十分すぎる威力だった。
「ええ!ハジメさん、宝の持ち腐れですよ!そんなボロボロの服を着て!」
宝の持ち腐れ、の意味が間違っていると思う。俺は別に宝ではないのだから…。
「…レイサさん」
その瞬間、何故か守月さんがジロッと宇沢さんを睨み、低い声でそう言った。
「あっ……す、すみません、ハジメさん……」
宇沢さんは小さくなった犬のように小さくなり、そう謝罪の言葉を口にした。…何か悪いことを言ったのだろうか?
だが、こう見るとやはりこの子は人間臭い。青春の弱さを、生徒ながらに俺は感じる。…俺には弱さというか、何も無い。なので、俺はこいつのことを尊敬している。
まだ出会って一日も経ってい無いが、俺の心境には確かな変化が起こっていた。価値観の刺激が、ジンジンとやってきていた。これは決して、無価値なものではないだろう。俺はそう思う。
「…でしたら、こちらの服はどうでしょうか?」
守月さんがそう言って出したのは、所謂学ラン、というものである。…キヴォトスにはほとんど男子生徒がいないというのに、これがあるのはなぜだろうか?
そんな疑問を思いながら、制服を見つめる。…黒い生地に、金色のボタン。本当に普通だ。しかし、俺はそれに目を奪われた。他のものに目移りする暇すら、俺にはなかった。
「これだ、これにしよう」
俺はそういった。これだったらたぶん、サオリも認めてくれる。この直感じみたものが、今は数字より確かな物だった。
"いいね、ハジメ"
いつの間にかそばにいた先生にも肯定の声を向けられる。…少し癪な気分になったが、喜ばしいほうがギリギリ勝った。
「実は…他のものも買いたいんだが。そうだな…できるだけ暖かそうなのがいいな」
続いてサオリへのものを買うために、俺は要求を出した。いや本当に、サオリの服はいつも寒そうで、特に腹が冷えないか心配になるのだ。
アリウスでも四季はあった。だが、何故かサオリはいつもあの、腹を出している服装だった。それが気がかりでもあったのだ。
「それなら…少しお待ちください。すぐお持ちします」
守月さんはそう言うと、店の奥の方へと消えていった。何かあるのだろうか。
宇沢さんがもじもじとしている。口を開けるが、声が発せられることはなく、閉じられる。そこから感じ取れるのは、緊張であった。
「さ…さっきはすみません……そんな、ハジメさんの境遇を考えないで、『ボロボロの服』なんて言ってしまって…」
そう言うと、彼女は再び落ち込んで、炭のようになった。隅の埃と、蛸のように調和している気もした。
「…そんな事気にしない。だから、そんなに落ち込まないでくれ」
俺はそういった。憶測になるが、この子は『嫌われる』ということをとにかく怖がっている。
俺は、宇沢さんにとっては他人で、未知の存在だ。そんな存在に嫌われるということが、とにかく怖くてたまらないのだろう。
俺も、その気持ちが痛いほどわかる。少し方向性は違うが、俺も嫌われることは恐れながら生きてきたからだ。
『嫌われる』ということ、それは他人から排されるということ。つまり、それは集団からの追放、『普通』の損失であったのだ。
俺は特別を求めていた。でも、嫌われるのはやはり嫌だった。普通の外側には、特別しかないと思うかもしれない。しかし、俺からすればそれは違ったのだ。
嫌われた末に訪れる『普通』の損失。それは俺を殺す気がしてならなかった。
キヴォトスに来てからは、そんな事を気にする暇はなかったから、なりふり構わずに『特別』を渇望した。しかし、それは異常行動であったと、今なら断言できる。
人間の本能に従うなら、前の俺の行動は間違いなくおかしかった。それは、他人から排されることを、不可避にする行動であったからだ。
それを思うと、俺はぶるりと震えるようだった。俺が傷付けたすべての人に、嫌われているだろうか、ということが、とても怖くなった。
市民の人達、正義実現委員会の人達、救護騎士団の人達…アリウスの、同郷の仲間達。
きっと、ある人からは嫌われ、恐れられ、気持ち悪がられているだろう。しかし、それは俺に対する罰であり、当然ことで、起こした張本人である俺がどうこう言うのは、お門違いというものである。
しかし、それを気にしては、もはや生きてはいけない。生きるというのは少なからず、嫌われるということなのだから。
だから、俺は言った。俺の持論を、言ったのだ。
「それはそれで、これはこれ。だ。今は違うが、たとえ、俺がいくら怒っていようとな。…だから、そんなに恐れないでくれ」
それを聞いた宇沢さんは、少し分からないような、悩む素振りを見せた。
結局俺の言葉の意図がわからなかったのか、こてんと首を傾げてしまったが、俺はそれでも十分だった。なぜなら、彼女の目は、ほんの少しだけ、きらめきを戻していた気がしたからだった。
俺は歓喜に震えた。初めてだ。知らないものと、ここまでのコミュニケーションを取れたのは。共感しあい、分かり合う。それができるというのは、俺にとっては形容しがたいほどの喜びだ。
「すみません、取ってきました……皆さん、どうかしましたか?」
そんな、少しゆんわりとした空間に、守月さんが参入してきた。
その手には、いくつかのマフラーが持たれていた。零れんばかりの、様々なマフラーだった。
「マフラー…ねえ」
…まあ問題となっている腹は解決しないが、これがあるだけでだいぶ変わるだろう。流石のセンスだ。と俺は思った。
しかし、これ程までにたくさんのマフラーを持ってくるというのは、この守月スズミさんの人間性を表すものだろう。優しさや、繊細さ、それらが合わさって、彼女を作り出しているのだ。
「こちらはですね、私の選りすぐりでして……どう、ですか?」
俺の顔をじいっと、穴でも見るかよように覗き込みながら、守月さんがそういった。
色とりどりで、たくさんの種類のマフラーだ。俺は悩んだ。サオリが、俺が選んだマフラーを着けているのを想像すると、どこか心の奥底で、恥ずかしさを含ませた喜びが、ぶわっと広がって、息とともに漏れ出た。
その中で、光っているものがあった。それは、薄い赤色にきれいに染まった、もこもことしているマフラーだった。
「じゃあ…これで」
俺はそのマフラーを掴んで、慎重に触ってみた。布の、少しざらついた感触が気持ちいい。確かな温度が、声のように俺の手に当たる。
「気に入ってくれたようでなによりです」
守月さんがニコリと笑いかけてそういった。宇沢さんも、『良かったですね!』と、俺に呼びかけてくれた。
…ああ、願わくば、赦されるのなら、アリウスの皆と一緒に来てみたい。そして、この人達と合わせてやりたい。と、俺は切に願った。
世の中には色々な人がいるものだ。この一件で、俺はそう学んだ。知っているつもりだったが、改めて思い知らされたというか、突きつけられたと言うか、そんな気がした。
皆にも、それはぜひ学んでほしい。アリウス以外にも、世界は存在するのだと。…この『皆』は、スクワッド以外にも、アリウスの生徒全員を指している。
長らくベアトリーチェの支配下に置かれたあいつらは、一つの世界しか知らないはずだ。それはもったいないと思うし、ほかの世界も学ぶべきだと思う。
…学び、これがどれだけ大切なものか、俺は今更ながらに理解した。
「先生…まだあそこにいる、アリウスの奴等も、ここに紹介できますかね?」
俺はそう尋ねた。先生はふっと笑って、こう言った。
"当たり前じゃないか。たとえ今はできなくても、できるようにするさ。…それが、私の仕事だから"
会計を終えた俺達は外へと出た。青い天井で染まったはずの空は、いつの間にか闇の紫空の色で染まっていた。
あの島のように、まばらにある星は見えなかった。でも、それは悲観ではない。それは、俺達が輝いているからこそ、光芒は見えなくなるものなのだ。
…アリウス自治区でも、同じ空がきっと昇っている。きっとあちらでは、雲に隠されて、見えるはずの、与えられるはずの光は、ついには見えないのだろう。
あいつらは、自分で輝くことは、まだ、できない。なぜなら、火が届いていないからである。
あいつらは火種だ。それも、一番の火種だ。一度燃えれば、全てを包むほどに強い火種だろう。
俺は見てみたい。あいつらが、あいつらを表現しながら燃えて、光っている姿を。ただ、それだけで十分なんだ。
マフラーをぎゅうっと握りしめる。やっぱり、暖かかった。
To be continued
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