アリウスと原罪   作:パエリアさん

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第65話 火種の作り方

「ほら、ここですよ、皆さん」

 

ティータイムの後に、守月さんに連れられてきたのがここ、DNという服屋であった。

 

にしても、先生。彼は酷い人だ。俺の事情を知っているっていうのに…でも、そこもあの人の魅力の一つで、多くの人を惹きつける秘訣なのだろう。そう、俺にはないものである。

 

さて、服屋の外装はというと、なんとも古びた、真っ茶色の木製であり、トリニティの華やかなものとは、全くもって調和していなかった。

 

隣りにある宝石店が、さらにこの店の異端を引き上げる。宝石と、石だ。これではもはや、可哀想という感情すら覚えてしまった。

 

しかし、中を見ると、そこそこの客がおり、そのどれもが真剣な顔で服を観察していた。

 

「…なんか、その………味があるお店ですね!」

 

宇沢さんは、そう言葉を選んで、恐る恐るという感じで言い放った。その言葉の内奥には、やはり、葛藤があった。

 

「ええ、ここは、私がよくパトロールをする時に通る店なのですが、これまたいいお店なんですよ」

 

守月さんはそう言うと、手招きをしながら店へと、吸い込まれるようにして入っていった。俺達三人は、拒否感というか、怖さというか、そんなバリアのようなものに阻まれ、入ることはできなかった。

 

不意に、先生がくしゃみをした。なんの変哲もないくしゃみだが、今の緊張が高まった俺達には、幾分刺激が強すぎた。俺達は飛び上がり、残り香の衝撃が続いて、店の中へと入ってしまった。

 

とこり。と、木の、軽い音が優しく鼓膜を揺らす。少々前まで恐怖していたはずのそれが、今となっては愛らしく感じているのだから、驚きだ。

 

宇沢さんも中へと入った。こちらも同じような感じで、ぽけっと、内装を眺めている。

 

内装、それは、商店ではそこまで重要ではないと位置づけられることもある。それは、第一印象ではないからだ。

 

店内という巣に、外装という餌でおびき寄せればもう、店の思う壺である。あとは簡単だ、強引にでも話して、買わせればよいのだから。

 

しかし、この店はそんなことはなかった。ただ静かに、ものを見て、吟味し、買うだけ。良いものがなければ、出ていくだけ、そんな、冷たいとも捉えられる店が、俺はどうしようもなく好きになってしまった。

 

そんな店の内装。それは不思議なものだった。木がベースとなるのは変わりないが、あちらこちらに鳥の模型や、小物が置いてあり、しかもそれすら売り物だというのだ。

 

何か見られているような、そんな感覚で、どこか心地よくもあった。

 

「ハジメさん。どんな服を買おうとしているのですか?」

 

守月さんの声で、やっと俺は現実へと帰ってきた。動揺を見せないように、俺は俯いて考えるふりをした。

 

「…良く、分かんないかもです」

 

俺は正直にそう言った。実は、生まれてこの方、服に興味を持ったことが無かったのだ。ただ裸の肉体の上に乗せるだけのもの、無意味であるという思想が、俺は支配していたのだ。

 

しかし、今は違った。サオリの遠回しな『ダサい』の一言。それは俺を変えるには十分すぎる威力だった。

 

「ええ!ハジメさん、宝の持ち腐れですよ!そんなボロボロの服を着て!」

 

宝の持ち腐れ、の意味が間違っていると思う。俺は別に宝ではないのだから…。

 

「…レイサさん」

 

その瞬間、何故か守月さんがジロッと宇沢さんを睨み、低い声でそう言った。

 

「あっ……す、すみません、ハジメさん……」

 

宇沢さんは小さくなった犬のように小さくなり、そう謝罪の言葉を口にした。…何か悪いことを言ったのだろうか?

 

だが、こう見るとやはりこの子は人間臭い。青春の弱さを、生徒ながらに俺は感じる。…俺には弱さというか、何も無い。なので、俺はこいつのことを尊敬している。

 

まだ出会って一日も経ってい無いが、俺の心境には確かな変化が起こっていた。価値観の刺激が、ジンジンとやってきていた。これは決して、無価値なものではないだろう。俺はそう思う。

 

「…でしたら、こちらの服はどうでしょうか?」

 

守月さんがそう言って出したのは、所謂学ラン、というものである。…キヴォトスにはほとんど男子生徒がいないというのに、これがあるのはなぜだろうか?

そんな疑問を思いながら、制服を見つめる。…黒い生地に、金色のボタン。本当に普通だ。しかし、俺はそれに目を奪われた。他のものに目移りする暇すら、俺にはなかった。

 

「これだ、これにしよう」

 

俺はそういった。これだったらたぶん、サオリも認めてくれる。この直感じみたものが、今は数字より確かな物だった。

 

"いいね、ハジメ"

 

いつの間にかそばにいた先生にも肯定の声を向けられる。…少し癪な気分になったが、喜ばしいほうがギリギリ勝った。

 

「実は…他のものも買いたいんだが。そうだな…できるだけ暖かそうなのがいいな」

 

続いてサオリへのものを買うために、俺は要求を出した。いや本当に、サオリの服はいつも寒そうで、特に腹が冷えないか心配になるのだ。

 

アリウスでも四季はあった。だが、何故かサオリはいつもあの、腹を出している服装だった。それが気がかりでもあったのだ。

 

「それなら…少しお待ちください。すぐお持ちします」

 

守月さんはそう言うと、店の奥の方へと消えていった。何かあるのだろうか。

 

宇沢さんがもじもじとしている。口を開けるが、声が発せられることはなく、閉じられる。そこから感じ取れるのは、緊張であった。

 

「さ…さっきはすみません……そんな、ハジメさんの境遇を考えないで、『ボロボロの服』なんて言ってしまって…」

 

そう言うと、彼女は再び落ち込んで、炭のようになった。隅の埃と、蛸のように調和している気もした。

 

「…そんな事気にしない。だから、そんなに落ち込まないでくれ」

 

俺はそういった。憶測になるが、この子は『嫌われる』ということをとにかく怖がっている。

 

俺は、宇沢さんにとっては他人で、未知の存在だ。そんな存在に嫌われるということが、とにかく怖くてたまらないのだろう。

 

俺も、その気持ちが痛いほどわかる。少し方向性は違うが、俺も嫌われることは恐れながら生きてきたからだ。

 

『嫌われる』ということ、それは他人から排されるということ。つまり、それは集団からの追放、『普通』の損失であったのだ。

 

俺は特別を求めていた。でも、嫌われるのはやはり嫌だった。普通の外側には、特別しかないと思うかもしれない。しかし、俺からすればそれは違ったのだ。

 

嫌われた末に訪れる『普通』の損失。それは俺を殺す気がしてならなかった。

 

キヴォトスに来てからは、そんな事を気にする暇はなかったから、なりふり構わずに『特別』を渇望した。しかし、それは異常行動であったと、今なら断言できる。

 

人間の本能に従うなら、前の俺の行動は間違いなくおかしかった。それは、他人から排されることを、不可避にする行動であったからだ。

 

それを思うと、俺はぶるりと震えるようだった。俺が傷付けたすべての人に、嫌われているだろうか、ということが、とても怖くなった。

 

市民の人達、正義実現委員会の人達、救護騎士団の人達…アリウスの、同郷の仲間達。

 

きっと、ある人からは嫌われ、恐れられ、気持ち悪がられているだろう。しかし、それは俺に対する罰であり、当然ことで、起こした張本人である俺がどうこう言うのは、お門違いというものである。

 

しかし、それを気にしては、もはや生きてはいけない。生きるというのは少なからず、嫌われるということなのだから。

 

だから、俺は言った。俺の持論を、言ったのだ。

 

 

 

「それはそれで、これはこれ。だ。今は違うが、たとえ、俺がいくら怒っていようとな。…だから、そんなに恐れないでくれ」

 

 

 

それを聞いた宇沢さんは、少し分からないような、悩む素振りを見せた。

 

結局俺の言葉の意図がわからなかったのか、こてんと首を傾げてしまったが、俺はそれでも十分だった。なぜなら、彼女の目は、ほんの少しだけ、きらめきを戻していた気がしたからだった。

 

俺は歓喜に震えた。初めてだ。知らないものと、ここまでのコミュニケーションを取れたのは。共感しあい、分かり合う。それができるというのは、俺にとっては形容しがたいほどの喜びだ。

 

「すみません、取ってきました……皆さん、どうかしましたか?」

 

そんな、少しゆんわりとした空間に、守月さんが参入してきた。

 

その手には、いくつかのマフラーが持たれていた。零れんばかりの、様々なマフラーだった。

 

「マフラー…ねえ」

 

…まあ問題となっている腹は解決しないが、これがあるだけでだいぶ変わるだろう。流石のセンスだ。と俺は思った。

 

しかし、これ程までにたくさんのマフラーを持ってくるというのは、この守月スズミさんの人間性を表すものだろう。優しさや、繊細さ、それらが合わさって、彼女を作り出しているのだ。

 

「こちらはですね、私の選りすぐりでして……どう、ですか?」

 

俺の顔をじいっと、穴でも見るかよように覗き込みながら、守月さんがそういった。

 

色とりどりで、たくさんの種類のマフラーだ。俺は悩んだ。サオリが、俺が選んだマフラーを着けているのを想像すると、どこか心の奥底で、恥ずかしさを含ませた喜びが、ぶわっと広がって、息とともに漏れ出た。

 

その中で、光っているものがあった。それは、薄い赤色にきれいに染まった、もこもことしているマフラーだった。

 

「じゃあ…これで」

 

俺はそのマフラーを掴んで、慎重に触ってみた。布の、少しざらついた感触が気持ちいい。確かな温度が、声のように俺の手に当たる。

 

「気に入ってくれたようでなによりです」

 

守月さんがニコリと笑いかけてそういった。宇沢さんも、『良かったですね!』と、俺に呼びかけてくれた。

 

…ああ、願わくば、赦されるのなら、アリウスの皆と一緒に来てみたい。そして、この人達と合わせてやりたい。と、俺は切に願った。

 

世の中には色々な人がいるものだ。この一件で、俺はそう学んだ。知っているつもりだったが、改めて思い知らされたというか、突きつけられたと言うか、そんな気がした。

 

皆にも、それはぜひ学んでほしい。アリウス以外にも、世界は存在するのだと。…この『皆』は、スクワッド以外にも、アリウスの生徒全員を指している。

 

長らくベアトリーチェの支配下に置かれたあいつらは、一つの世界しか知らないはずだ。それはもったいないと思うし、ほかの世界も学ぶべきだと思う。

 

…学び、これがどれだけ大切なものか、俺は今更ながらに理解した。

 

「先生…まだあそこにいる、アリウスの奴等も、ここに紹介できますかね?」

 

俺はそう尋ねた。先生はふっと笑って、こう言った。

 

"当たり前じゃないか。たとえ今はできなくても、できるようにするさ。…それが、私の仕事だから"

 

会計を終えた俺達は外へと出た。青い天井で染まったはずの空は、いつの間にか闇の紫空の色で染まっていた。

 

あの島のように、まばらにある星は見えなかった。でも、それは悲観ではない。それは、俺達が輝いているからこそ、光芒は見えなくなるものなのだ。

 

…アリウス自治区でも、同じ空がきっと昇っている。きっとあちらでは、雲に隠されて、見えるはずの、与えられるはずの光は、ついには見えないのだろう。

 

あいつらは、自分で輝くことは、まだ、できない。なぜなら、火が届いていないからである。

 

あいつらは火種だ。それも、一番の火種だ。一度燃えれば、全てを包むほどに強い火種だろう。

 

俺は見てみたい。あいつらが、あいつらを表現しながら燃えて、光っている姿を。ただ、それだけで十分なんだ。

 

 

 

マフラーをぎゅうっと握りしめる。やっぱり、暖かかった。

 

 

To be continued






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