サオリが決心したように演台へと向かっていった。改めて俺が関わっている人間はすごい人なのだと感じた。特別…なんだな、こいつらは…。俺なんかよりもずっと強くて、ずっときれいで…。
それに比べて俺はどうだろうか?関わってる人がすごいだけで、他にはなにも、なにもない…か。
心が痛む、心が荒む。暗色ですべて塗りつぶしたい衝動に襲われる。ぶわっと、球果に火をつけた時のように、苦痛と無力感が体を芯から痛ませる。
ッ…!いかんいかん。そんな愚かな嫉妬なんて抱いちゃダメだ。俺は俺で、こいつらはコイツラだ。
それはそれで…これはこれなんだ。
「おい、ハジメ。大丈夫か?」
考え込んでいた俺を案じたのか、アズサが声をかけてくれた。…こいつも、あとちょっとしたらトリニティへスパイに行くのか…すごいもんな、アズサは。
「心配してくれるな、アズサ。俺はお前のほうが心配だよ。スパイだなんて、大丈夫か?」
「ふっ安心しろ、ハジメ。私が任務を失敗したことがあったか?」
問題ない。とでも言いたげに、アズサは余裕そうに言った。…まあ、実際こいつは余裕なんだろう。
「ほら、二人とも。もう演説が始まるよ」
そんな話をしていると、ついにサオリがスピーチを始めるらしい。ずいぶんと緊張してたが、さっき皆から言葉をもらってたし、大丈夫だろう。
「まず、我がアリウス分校高等部に、入学おめでとう。知っている者もいるかもしれないが、私はアリウススクワッドのリーダー。錠前サオリだ」
ああ、やっぱり大丈夫だ。自信満々に、高校生とは思えない威厳を感じさせながら話をしている。…到底俺にはできそうにないな。
「我がアリウスには、ある一つの教えがある。それは…」
考えてみれば、なんでここに来たんだろうな。ここは異世界だとしても、俺が存在する意味が分からない。特殊な能力もないし、誇り高い精神もないし、賢い頭脳もない。
「…話した通り、アリウスは今崖っぷちに立たされているが、これは逆にチャンスともいえる。このキヴォトスに、ともにアリウスの名を広めて行こうではないか」
…俺は、…俺はなんで、ここにいるんだ?
その瞬間、得体のしれない恐怖が襲いかかる。存在することでの罪が、冷ややかに背筋を伝う。それは、不愉快という言葉でも言い表せないほど虚しいものであった。
「…ジメ…ハジメ!本当に大丈夫か?」
「うおっと、すまないなアズサ。ちょっと考え事を」
「それだったらいいけど…無理しなくていいぞ?」
「ああ、有り難う」
ああ、いけないことなんだ、これはダメなことなんだ、でも、やっぱり、この世界に来ても、俺は特別にはなれないんだな…。それを自分のせいにできないで、…嫉妬してしまう俺が…俺は、死ぬほど嫌いだ。
「それじゃ、みんな、そろそろ動こう。アツコが来るよ」
「ああ…そうですねぇ。アツコちゃんの晴れ姿!ぜひ写真におさめないと…」
何も価値がないのだったら、せめて笑顔でいよう。それぐらいしか、本当にできることもないから。まあ、それでも俺に価値があるのかはわからないが。
俺は、切って貼ったような笑顔を、小学生の図画工作のように、雑に貼り付けた。
そうしていると、ブラックマーケットで大枚はたいて買ったカメラをヒヨリが取り出す。黒服さんありがと。
「よーし、いくぞー!」
少しばかり…いや、猛烈な自己嫌悪を感じながら、俺たちはアリウスの門の前に向かった。その足取りは、俺だけがのろのろと、亀のようであった。
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「あ、いた」
「ほんとだ。おーい!アツコー!」
「……!……」タッタッタッ
呼ばれたアツコは、うれしそうにこっちに駆け寄ってきた。最近知ったんだが、こいつはなんかすごいところの出身らしくて、マダムからはロイヤルブラッドと呼ばれてるらしい…すごいな。
「あっ!皆!サオリ姉さんも来ましたよ!」
「ああ、みんな。どうだった?私のスピーチは?」
「…………スッスッススー」
「ああ…そうか、有り難う。アツコ」
意気揚々と手話をしているアツコ。いつもは全く理解できないが、アレのおかげで少し理解できる。何々?最高、カックイイ…ベタ褒めだな。確かにあの演説はすごかった。普通知らん人が知らん話をしても寝るだけだと思うんだが、全生徒が集中して話を聞いていた。
「それより…ハジメ。やることがあるんじゃないか?」
ああ…そうか、
「あーっ、そうだな…アツコ。ちょっとこっち向いてくれ」
「?……」
少し困惑したようにアツコがこっちを向いた。他のスクワッドのメンバーも宝石のようにキラキラした目でこっちに注目してる。その視線は、緊張の放射線となって、俺を焼き尽くさんと降り注ぐ。
俺は、その緊張に気づかないふりをして、手を動かした。
「フーッ…えいっ」スッスースッ
俺は渾身の手話を披露した。意味は
「いつもありがとう。アツコ。これからもずっと、仲良くしようね」だ。
…改めて思うんだが、これほんとにアツコ喜ぶか?確かにアツコのために結構手話を練習したけど…他のスクワッドのメンバーはできるしな。別に特別感はない気がする。
そんな事を考えながら、俺のまん前にいるアツコの様子を伺う。ノーリアクションだけは辞めてくれ〜。
「…」カパッ
ん?!なんかいつもつけてる仮面を外した!?てか可愛いな!予感はしてたけど!なんか涙ぐんでるし!てかそもそもどうして外したんだ?スクワッドの面々も予想外だったのか、他のメンバーも驚いていると、アツコが口を開いた。
「こちらこそ…これからも、ずっっっと、一緒にいようね。ハジメ」
満面の笑みで、アツコはそう答えた。荒んだ心に、潤いが戻った気がした。それは、砂漠のオアシスのようであった。
「ひ、姫!大丈夫なのか?マスク無しで…」
ひどく焦った様子でサオリが尋ねる。マスク無しはそんなにダメなことなのか?まあ、俺には知らない事情があるんだろうな。
「大丈夫だよ、サっちゃん。別に聞かれて困るものでもないし」
そう諭すように答える。盗聴器でも付いているのか?
「それと…ハジメ。手話、覚えてくれてありがとう。とっても、嬉しかったよ」
おお…名前呼ばれるの新鮮だな。いっつも筆談で話してたから。
ていうかなんか他のメンバーがニヤニヤしながら見てくる。『言っただろ?』みたいな。確かに喜んでくれたけど。
「じゃあみんな、久しぶりに集合写真でも撮る?」
「あっ、いいですね〜何年ぶりでしょうか?」
「私は撮った覚えがないぞ?」
「まだアズサはいなかったからな。なに、ここで撮ればいい、嫉妬するな、アズサ」
「ん!嫉妬なんかしていない!」
おお、確かに入学式といえば家族との写真だな、だとすれば…
「俺が撮ろうか。ほら、並んでくれ」
そう言って、カメラをヒヨリから貰おうとする。俺は新参だし、俺が撮るのが普通だろう。
「えっ…」スッ
…なんかカメラ離されたんだけど。なんで?もしかしてこいつカメラに食欲湧いてる?こいつ食いもんの執着すごいからな。
「いや…くれよ。写真撮れないだろ」
「いや…ハジメさんも一緒に撮るんですよ?」
馬鹿なんですか?とか言い出しそうな目で言うな…こいつ。
「いや…そしたら撮る人がいないだろ?俺は此処に来てからの歴も深くないし、家族同然のお前らで撮るべきだと思うんだが…」
そう言った瞬間、周りからの目がすごい厳しくなる。なんか変なこと言ったか?!俺!?
「ハジメは…もう私たちの家族だろ?」
サオリがめっちゃ冷たい声で言う。こんな声で言うことじゃないぜ…。
他の奴らもうんうん頷いてるし…やめろ!ミサキ!そんな目で俺を見るな!
「わかったわかった、一緒に撮れば良いんだろ撮れば!」
にしてもどう撮ろう?撮ってくれる人はいなさそうだし…セルフィーかな。
俺は自分の側にカメラを動かして、みんなを呼んだ。ぞろぞろ集まってくる。
「ちょ…サオリ詰めすぎ…色々当たってるから。ミサキも…って!このカメラそんな画角狭くないから!そんな詰めるなあ!」
「見切れたら嫌だろ?じゃあ近づいたほうが安心だ。」
「そうだよ、ハジメ。抵抗しないで」
こ、こいつら…女子だけしかいなかったからか、距離感バグってるのか?!俺にだって普通に欲はあるんだからな!?てか他の奴らもさりげなく近づくな!
この雰囲気に耐えきれなくなった俺は、早々にシャッターをおすことに決めた。
「むぐ……ハ、ハイ!チーズ!!」
パシャッ
カメラのシャッター音を聞いた俺は、たまらず集団から抜け出した。(何がとは言わないけど)危なかった…
「ほら、早く見せろ。ハジメ」
アズサが早くしろと催促をする。も、もうちょい休ませて…
「は…はいはい、わかりました…」
そういった俺はカメラに映った写真を眺めた。…下手だな…ちょっとぶれてるし、背景も曇り空だけじゃないか。でも…もう撮れない…理性が…。
「早く見せろ」バッ
うわ、カメラひったくられた。それ一応俺の金で買ったやつなんだけど。
スクワッドみんなで小さいカメラを眺めている。…なんかすごいニヤニヤしてる。下手なのは許してくれ…。普通のカメラで自撮りって結構むずいんだよ。
そんな事を考えていると、写真を見終わったのか、サオリが、カメラとともに言葉を渡してきた。
「…ハジメ…ありがとな。」
意外にも、俺を待っていた言葉は感謝の言葉だった。…いいのか?あんな写真で?
「…?どういたしまして」
まあ、感謝はちゃんと受け取っておこう。俺も…楽しくなかったと言えば嘘になるし…。
「写真の腕は悪いけど…これからたくさん撮っていけばいいだけだからね」
ぐっ、ミサキィ…痛いところを突いてくる。
「写真の腕前については触れないでくれ…てかやってみろよ、結構難しいんだぞ?」
「ふふっ……善処する」
「それやらないやつでは…?」
そんな事を喋りながら、俺たちは帰路についていた。これから写真をたくさん撮っていくんだな、海を撮りたいな。この写真をペンダントにして、おそろいにしようよ…なんて。そんな、これからの希望を積み重ねる話をしながら…。
それは、まさしく青春であった。俺が渇望した、『特別』でもあった。しかし、心の底の痛みは、否定することはできなかった。
このときはもう、みんな笑顔で写真を取るのがこれで最後とは、誰も思わなかった。
To be continued
閲覧いただきありがとうございます!次話から、この物語はメインストーリーと繋がっていきます。ハジメの自分との向き合い方、スクワッドとの向き合い方を、ぜひともお楽しみにしておいてください!!
早く曇らせ書きたい。