大好きブルーノちゃんのアーカイブ   作:ブリブリブリヂストン

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プロローグ
シャーレの先生、ブルーノ


 

 

 

「ブルーノ!!」

 

 

宇宙空間にも似た暗闇の中を疾駆する2台のD・ホイール。

 

 

その内の1台———赤を基調とした機体に跨る少年は、手を伸ばしながらそう叫んだ。ブルーノ、と呼ばれた青年は何かを決意したかのように愛機のコンソールパネルを操作した。

 

 

「何をする気だ!?ブルーノ!」

 

「遊星!君は僕の希望だ!!」

 

 

他に選択肢は無かった。

デュエルに決着がついた今、ここにいては二人ともブラックホールに飲み込まれ素粒子レベルに分解され消滅する。そんな事はさせない。させるわけにはいかなかった。

 

 

「光を超え、未来を切り開くんだ!————行けぇえええええええ!!遊星ぇええええええええ!!!!」

 

 

 

大絶叫と共に全力でD・ホイールを押し出す。

瞬間、爆発の衝撃がブルーノの全身を襲った。D・ホイールから迸る電流と振動。その閃光に、めまいに、激痛に耐えながらも、握るハンドルを緩めない。全ては希望を未来に繋がるため!

 

 

「ブルーノ!ブルーノ!!」

 

「遊…星…」

 

 

最後の言葉。絞り出すかのように呟いたその一言は、どこか温かみを感じる優しさがあった。

 

 

「ブルーノォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 

無窮の闇を貫くような絶叫。最後まで自分の名前を呼んでくれた仲間に、ブルーノは静かに目を閉じた。もう大丈夫。後は彼とーーー彼の仲間がきっとやってくれる。

 

 

 

(遊星……君に会えて……僕は……)

 

 

 

全身が闇に包まれ、崩壊していくのを感じながらブルーノは意識を手放した。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

"———私のミスでした。"

 

 

 

最初に聞こえたのはそんな声だった。

 

 

"私の選択、そしてそれによって招かれたこの全ての状況。結局、この結果にたどり着いて初めて、あなたの方が正しかったことを悟るだなんて……。"

 

 

ようやく意識らしきものを取り戻した時、ブルーノは自分の対面に誰かが座っているのを感じた。顔はよく見えない。なんとなく、切ない表情を浮かべているみたいだった。

 

 

"…今更図々しいですが、お願いします。先生。"

 

 

女性というよりかは少女———まだ幼さを残す声で対面に座る人物は言葉を続ける。

 

 

"きっと私の話は忘れてしまうでしょうが、それでも構いません。何も思い出せなくても、おそらくあなたは同じ状況で、同じ選択をされるでしょうから……大事なのは経験ではなく、選択。あなたにしかできない選択の数々。"

 

何を言ってるんだろう———そんな疑問を頭に浮かべながらも、ブルーノは彼女の言葉に耳を傾けるのをやめない。

 

 

"責任を負う者について、話したことがありましたね。あの時の私には分かりませんでしたが…今なら理解できます。大人としての、責任と義務。そしてその延長線上にあった、あなたの選択。それか意味する心延えも。"

 

 

淡々と、坦々と言葉を紡ぐ彼女の声色が変わる。

 

 

"ですから、先生。私が信じられる大人である、あなたになら、この捻じれて歪んだ先の終着点とは、また別の結果を…そこへ繋がる選択肢は…きっと見つかるはずです。"

 

 

 

覚醒しつつあった意識が薄れていく。耐えようのない疲労感。なんとも言えない感覚の中でも、彼女の声だけは鮮明に響いた。

 

 

"大丈夫です。既に実績はありますから。あなたに救われた人は、もういますから。"

 

 

 

駄目だ。とてつもない睡魔。目を開けていられない。眠い———。

 

 

"ですから先生。どうか——————"

 

 

彼女の言葉を最後まで聞く事はできず、ブルーノは再び目を閉じて眠りにつくのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「……先生。起きてください、先生!」

 

 

 

鋭く凛とした声。浅い眠りから目覚めるには十分過ぎる声量だった。

 

 

「……あれ、ここは……?」

 

 

ぼんやりとソファから身を起こす。先生、と呼ばれた青年———ブルーノは自分の前に立つ少女に目を向けた。

 

 

「少々待っていて下さいと言いましたのに、よほどお疲れだったみたいですね。なかなか起きないほど熟睡されるとは」

 

「君は…?」

 

「では改めて。私は七神リン。学園都市キヴォトスの連邦生徒会所属の幹部です」

 

 

リンと名乗った彼女は軽く眼鏡を掛け直す。白の制服を纏い、ストレートの長髪が印象的な女の子だった。

 

 

「キヴォトス…?連邦生徒会……??」

 

 

ブルーノの頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。全然思考がまとまらない。今の状況と告げられた単語が整理できない故の結果であった。

 

 

「混乱されてますよね、分かります。こんな状況になってしまったこと、遺憾に思います」

 

 

コホン、と軽く咳払いをしてリンはブルーノと向き直る。

 

 

「でも今はとりあえず私についてきて下さい。どうしても、先生にやって頂かなくてならないことがあります———学園都市の命運をかけた大事なこと…ということにしておきましょう」

 

 

その言葉でただならぬ雰囲気を感じとった。緊張と静寂に満ちた空間。ただ真っ直ぐな瞳で自分を見つめる彼女に、ブルーノは優しく微笑む。

 

 

「わかった。行くよ」

 

 

そうしてブルーノとリンはエレベーターに乗り込んだ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

エレベーターから降り、案内されたのはレセプションルーム。部屋に入るとすぐにあっ!という声が響き渡った。

 

 

「ちょっと待って!代行!見つけた、待ってたわよ!連邦生徒会長を呼んできて!……うん?隣の大人の方は?」

 

「首席行政官。お待ちしておりました」

 

「連邦生徒会長に会いに来ました。風紀委員長が、今の状況について納得のいく回答を要求されています」

 

 

鬼気迫る表情で少女たちが矢継ぎ早にやってくる。ブルーノは狼狽しながら注意深く観察した。デザインこそまったく違うが、全員制服を着ていることが分かる。リンと同じように学校の生徒なのだろう。

 

 

「はぁ…面倒な人たちに捕まってしまいましたね」

 

 

 

狼狽えるブルーノの横で、リンはうんざりした様子でため息を吐いた。

 

 

「こんにちは、各学園からわざわざここまで訪問して下さった生徒会、風紀委員会、その他時間を持て余してる皆さん。こんな暇そ……大事な方々がここを訪ねてきた理由はよく分かっています。今、学園都市に起きてる混乱の責任を問うために…でしょう?」

 

 

あくまでも冷静に告げるリンに対して、1人の女子生徒が大声で詰め寄る。

 

 

「そこまで分かってるなら何とかしなさいよ!連邦生徒会なんでしょ!」

 

 

黒いブレザーの上に羽織った白いジャケット。菫色の髪を腰まで伸ばし、ツーサイドアップにした少女———その可憐な見た目にどう見ても不釣り合いな両手のサブマシンガンを携え———言葉を続けた。

 

 

「こんな状況で連邦生徒会長は何をしているの?どうして何週間も姿を見せないの?今すぐ会わせて!」

 

「連邦生徒会長は今、席におりません。正直に言いますと、行方不明になりました」

 

「……え!?」

 

 

リンの返答に戸惑う少女。さらに続く説明は更なる動揺と混乱をもたらす内容だった。

 

連邦生徒会———数千の学園を束ね、キヴォトス全体を統括する統治組織。そのトップである連邦生徒会長の突然の失踪により、活動に支障をきたしているということ。

 

具体的に言えばキヴォトスを管理する中枢部、"サンクトゥムタワー"の最終管理者がいないため、制御権を失った状態だった。

 

しかし、その現状を打破する方法が見つかった。連邦生徒会長が特別に指名した人物。ある部活を新設し、その担当顧問として問題の解決に当たらせる———そういう内容だった。

 

 

「単なる部活ではなく、超法規的機関。連邦組織のため、キヴォトスに存在するすべての学園の生徒たちを、制限なく加入させることすらも可能。各学園の自治区で、制約無しに戦闘活動を行うことも可能です」

 

 

へえ、とブルーノは驚きの声を上げる。

今までの話が本当ならこの学園都市において、学校そのものが1つの自治区になっているのだからとんでもない権限と言わざるを得ない。行使する担当顧問は余程の責任が付きまとうだろう。

 

 

「連邦捜査部"シャーレ"———そしてその担当顧問こそが、ここにいる先生です」

 

 

 

——————ん?

 

 

 

「え?……僕が?」

 

 

それまで他人事のように聞いていたブルーノが首を傾げる。ちょっと待ってほしい。例えば顧問を補佐するとかならまだ分かる。しかし、いきなり呼ばれて指揮する権限を与えられてとなると、ひたすら混乱するしかなかった。

 

 

「行方不明になった連邦生徒会長が指名……?ますますこんがらがってきたじゃないの……」

 

 

 

同様に頭を抱える菫色の髪の少女。そういえばまだ名前も聞いていなかった。ブルーノは空気を変える意味も含めて自己紹介した。

 

 

 

「えっと、はじめまして、かな。僕の名前はブルーノ。君たちの先生…になるのかな。これからよろしくね」

 

「は、はじめまして!先生!私はミレニアムサイエンススクールの……い、いや挨拶なんか今はどうでもよくて…!」

 

「そのうるさい方は気にしなくていいです」

 

「ちょっと!誰がうるさいですって!?わ、私は早瀬ユウカ!覚えておいて下さい、先生!」

 

 

リンの辛辣な対応に突っかかる少女、ユウカ。その怒りやすくも生真面目そうな姿が印象に残った。

 

 

「はじめまして。トリニティ総合学園、正義実現委員会の羽川ハスミと申します」

 

「同じく、トリニティ自警団の守月スズミです」

 

「ゲヘナ学園、風紀委員会所属の火宮チナツです。よろしくお願いします」

 

 

よろしくね、と自己紹介が終わる。ふとリンの方を見ると携帯端末で誰かと会話しているようだった。

 

 

「…うん?どういうこと、モモカ。シャーレの部室周りが大騒ぎって」

 

『だーかーらー矯正局を脱出した停学中の生徒が騒ぎ起こしてるの。巡航戦車までどっかから手に入れてきたみたいだよ?もう焼け野原になってる』

 

「………」

 

『どうやら連邦生徒会所有のシャーレの建物を占拠しようとしてるらしいの。まあでも、とっくに滅茶苦茶な場所なんだから、別に大した事な……あっ!お昼ごはんのデリバリーが来たからまた連絡するね!』

 

 

プツン、と通信が切れる音が聞こえた。同時にリンの肩がプルプルと震え出す。

 

 

 

「……大丈夫?」

 

 

ブルーノが心配そうな表情でリンを見つめる。他の生徒の視線も自然と彼女に集まった。

 

 

「…大丈夫です。少々問題が発生しましたが、大したことではありません」

 

 

 

彼女の眼鏡がギランと光る。じー、と見つめる先はブルーノ……ではなく彼の後ろに立つ生徒たちだった。あまりの不気味さに全員が身震いする。

 

 

「な、何?どうして私たちを見つめてるの?」

 

「ちょうどここに各学園を代表する、立派で暇そうな方々がいるので、私は心強いです」

 

「…えっ?」

 

「キヴォトスの正常化のために、暇を持て余した皆さんの力が今、切実に必要です。行きましょう」

 

 

満面の笑みで歩き出すリンに、ブルーノはただ苦笑するしかなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

ヒュオオオオオ——————ドカアアァァァァン!!!

 

 

凄まじい暴風であり、とてつもない強風であり、鳴り響かんばかりの轟音であり、耳に残る爆音だった。

 

 

 

「なんっで……!私たちが不良と戦わなきゃいけないの!!」

 

 

両手に持つサブマシンガンを連射しながらユウカが叫ぶ。叫ばずにはいられない。それほどまでに目の前の状況は混沌としていた。

 

 

飛び交う銃弾。

それによって建物や車両が粉砕され破片となり、地面に撒き散らされ瓦礫と化していく。響き渡る怒号、爆発する火薬、戦車の発砲音———破壊をもたらす音ばかりが残り、そこを「戦場」に変えていた。

 

 

「耐えて下さい!サンクトゥムタワーの制御権を取り戻すには、あの部室の奪還が必要ですから…」

 

「それは聞いたけど!私これでも、うちの学校では生徒会に所属してて、それなりの扱いなんだけど!」

 

 

チナツの言葉にユウカが返す。喋りながらも銃を撃つ手は緩めない彼女らを、ブルーノは建物の陰からひょっこり見ていた。

 

 

(…やっぱり、遊びってレベルじゃないよなぁ…)

 

 

これまでの情報を整理しての結論だった。学校の生徒たちが銃で撃ち合っている。それも女子生徒だ。まず間違いなく見ない光景———普通なら。

 

弾もきちんと被弾している。頬をかすめる、などではない。直撃だ。しかし痛みこそあるものの戦闘行動に支障はないようで、続けて銃を撃ち続ける。普通なら深手———いや致命傷だろう。少なくとも激しい苦痛と流血に見舞われるはずだ。

 

 

ブルーノは理解する。頭上に浮かぶ天使の輪のようなものも含めて、彼女らは普通の人間ではないのだと。そして彼女らを取り巻く環境もまた異質なのだと。この数時間でそう感じとっていた。

 

 

「———先生!ご無事ですか!!」

 

 

自分を心配するハスミの声に反応する。いつの間にか周辺の不良たちは掃討されていた。

 

 

「うん、大丈夫だよ。みんなに任せちゃってごめんね」

 

「問題ありません。先生を守ることが最優先。あの建物の奪還はその次です」

 

「それに、何だかんだ先生も戦術指揮してくれてるしね!」

 

「はは…そうかな」

 

 

自信無さげにブルーノが頭を掻く。指揮と言っても、襲ってくる生徒に有効的な陣形や撃ち返すタイミングを教えているだけだが。生徒の皆にはそれだけでも満足な様子だ。

 

かつていた未来———と言ってもこの世界ではないが、そこで培われた戦闘経験が活きているのだろう。

 

 

『———皆さん。この騒ぎを巻き起こした生徒の正体が判明しました』

 

 

レセプションルームを出る前にリンから渡された端末が鳴る。

 

 

『名前はワカモ。百鬼夜行連合学院で停学になった後、矯正局を脱獄した生徒です。似たような前科がいくつもある危険人物なので、注意して下さい』

 

 

リンからの通信が切れ、全員が顔を見合わせた。

 

 

「上等じゃない!もうシャーレの部室は目の前よ!」

 

 

勢いよく走りだすユウカに他の生徒たちも続く。忙しなく変化していく現状。それに慣れている姿を見て、ブルーノは荒廃した未来を思い出して妙な親近感を覚えた。

 

それが、たまらなく嫌だった。

 

 

◇◇◇

 

 

「……あら。連邦生徒会の子犬たちが現れましたか。お可愛らしいこと」

 

 

目的地であるシャーレの部室付近。そこには妙な出で立ちの人物が佇んでいた。

 

狐の面をつけており素顔は分からない。和服にも見える黒い制服で、複数の花柄があしらわれており、少女の話し方も相まって不気味さと妖艶さを醸し出していた。

 

 

「…騒動の中心人物を発見!対処します!」

 

 

ハスミの号令と同時に銃撃音が鳴り響く。騒動の黒幕———ワカモは軽い身のこなしでそれを全て避けると、こちらに背を向けた。

 

 

「まぁ相手をしてあげてもいいのですけど、私はここまで。後は任せます」

 

 

彼女に煽動されたであろう生徒たちが入れ替わるように襲ってきた。どんどん遠ざかるワカモの姿に、ユウカは顔を顰める。

 

 

「逃げられてるじゃない!追うわよ!」

 

「いいえ、生半可な行動をしてはなりません。私たちの目標はあくまでも、シャーレの奪還」

 

「罠かもしれませんしね。このまま前進しましょう!」

 

 

見境なく襲いかかる不良を打破し、ブルーノたちは駆ける。やがて大きく聳え立つビル———シャーレの部室前に辿り着いた。

 

 

「よし!建物の入り口まで到着!……うん?この音は…」

 

「気をつけて下さい、巡航戦車です…!」

 

 

チナツの警告に全員が息を呑む。こちらに向かって激しい駆動音を立てながら、巨大な戦車が迫っていた。

 

 

「クルセイダー1型…!しかしあれはどこにでもある物では…」

 

「じゃあ不法流通ってことね、PMCに流れたのを買い入れたのかも……つまりガラクタ!壊しても構わないわ、行くわよ!」

 

 

すでに目標地点には到達している。であれば次の任務は、その脅威となるものの排除だ。銃を携える少女たちは、全く臆することなく戦車に立ち向かう。

 

 

そして気付かない。いつの間にか1人いないことを。

 

 

ブルーノが建物の地下にこっそり入っていたことを。

 

◇◇◇

 

 

地下に続く階段をブルーノは歩く。

 

あの子たちなら地上の戦闘は大丈夫だろう。あそこにいても自分は足手まといにしかならないと判断しての行動だった。

 

それに———実は見ていた。あの時逃げ出したワカモの進行方向はシャーレの建物だった。ここに何か目的があるんだったら、忍び込んでいる可能性は十分にある。

 

 

そんな期待を抱きながら階段を降りると、目当ての人物は簡単に見つかった。

 

 

「うーん……これが何なのか、全く分かりませんね。これでは壊そうにも…」

 

 

うんうんと首を傾げる後ろ姿。危険人物とは知っていても、いきなり襲いかかる度胸はない。無難に挨拶した。

 

 

「やあ、やっぱり中に入ってたね」

 

「え?……あら?」

 

 

いつの間にか後ろに立っていたブルーノに、ワカモは目を丸くした。いや、表情は見えないのだがそんな感じがしたのだ。

 

 

「……!あなた、は……あら、あららら……」

 

 

ブルーノの顔を確認するなり、ワカモはどんどん縮こまっていく。その姿はさながら小動物のようだ。愛らしい、と心の中で呟いた。

 

 

「…し…し…」

 

「…し…?」

 

「失礼しました——————!!!」

 

 

ブルーノを押し退けてワカモは逃げ出した。

黒の制服を靡かせて、旋風のように去っていった。

 

 

それから途方に暮れること数分。階段から1人の女子生徒が降りて来る。よく見知った顔だった。

 

「シャーレの部室奪還に成功。流石ですね、先生。……?何かありましたか?」

 

 

リンの疑問にブルーノは困った顔をする。さっきのことは話さなくてもいいだろう、と決めて「何でもないよ」と返答した。

 

 

「……そうですか。ここに、連邦生徒会長の残したものが保管されています。…受け取ってください」

 

 

差し出されたのは———タブレット端末。何の変哲もない板状のデバイスだった。

 

 

「これが、連邦生徒会長が先生に残した物。『シッテムの箱』です」

 

「これは…何なの?」

 

「分かりません。ただ…連邦生徒会長がこれは先生の物で、先生がこれでタワーの制御権を回復させられるはずだと言っていました。私たちでは起動すらできなかった物ですが、先生なら起動させられるのでしょうか、それとも…」

 

 

くい、とリンは眼鏡を掛け直す。

 

 

「では、私はここまでです。ここから先は、全て先生にかかっています」

 

 

ブルーノに告げて、リンは部屋から退出した。

 

 

……何だかよく分からないけど、やるしかないか。

 

 

深く深呼吸すると、ブルーノはタブレットを起動させる。画面が光り、文字列が並んだ。

 

 

"システム接続パスワードをご入力ください。"

 

 

「……パスワード?」

 

 

早速問題が発生した。思い当たるものはない。仕方ない、とりあえず手当たり次第入力をーーーその瞬間、全身に電流が走った。

 

 

瞳が赤く発光し、頭の中に情報が流れ込んで来る。

 

理屈などありはしない。

 

()()()()()

 

 

情報の整理が落ち着いたブルーノは、脳裏に浮かんだ文章を入力した。

 

 

……我々は望む、七つの嘆きを。

……我々は覚えている、ジェリコの古則を。

 

 

入力が完了すると、再び文字列が表示された。

 

 

 

"接続パスワード承認。現在の接続者情報は———ジョニー。確認できました。『シッテムの箱』へようこそ、先生。"

 

 

 

次の瞬間、目の前が光に包まれた。たまらず目を瞑り———開く。するとさっきまでとは全く異なる光景がそこにあった。

 

 

最初に感じたのは冷たさだった。足首くらいまでの水に使っている。机や椅子が無造作に積み上げられており、後はただただ見渡す限りの青空と、だだっ広い海が広がっていた。

 

 

そして何よりも、机に突っ伏して寝ている少女に目を惹かれた。

 

 

「むにゃ、やっぱりぃ……カップヌードルはぁ……おしるこぉ……」

 

 

やけに幸せそうな顔で寝言を呟く少女の頬を、ブルーノはやさしくつついた。

 

 

「むにゃ…んもう…ありゃ?」

 

 

何度か頬をつき続けると、目を擦りながら少女は起き上がる。数秒の沈黙。ブルーノの顔をまじまじと確認すると慌てて飛び上がった。

 

 

「え?あれ?あれれ?———先生?この空間に入って来たってことは、ま、ま、まさかブルーノ先生!?」

 

「うん、そうだよ。君の名前は?」

 

 

優しく問い返すブルーノに、セーラー服に身を包んだ薄水色の髪の少女は答えた。

 

 

「うわ、わああ?落ち着いて、落ち着いて……まずは自己紹介から!私はアロナ!この『シッテムの箱』に常駐しているシステム管理者であり、メインOS、そしてこれから先生をアシストする秘書です!」

 

 

 

満面の笑みで身を乗り出す少女ーーーアロナ。両手を広げ、カチューシャの白いリボンを揺らしながら言葉を続けた。

 

 

 

「やっと会うことができました!ようこそ、先生!私はここで先生をずっと、ずーっと待っていました!」

 

 

◇◇◇

 

 

「……サンクトゥムタワーの制御権の確保を確認。お疲れ様でした、先生。キヴォトスの混乱を防いでくれたことに、連邦生徒会を代表して深く感謝いたします」

 

 

リンの報告を受けて、ブルーノは胸を撫でおろす。どうやら上手くいったようだ。

 

 

 

あの後、アロナとひと通り話をして、サンクトゥムタワーの制御権を回収した。アロナの統制下になり、連邦生徒会に移管できた。これで行政管理も円滑に進められるだろう。

 

 

これで目標は達成のはずだが、まだやることがある、ということでリンに案内されたのは———シャーレの部室だった。これからはここが活動の拠点になる。そう言った説明を聞いているとユウカたちが入って来る。

 

 

「お疲れ様でした、先生!SNSはご覧になられましたか?キヴォトス全域、先生の話題で持ちきりですよ」

 

 

ユウカが差し出したスマホを見ると、自分の名前が羅列するコメントや、これまでの戦闘が写った映像が大量に投稿されていた。流石にこれは恥ずかしい…とブルーノは頬をかく。

 

 

「これでお別れですが、近いうちにぜひ、トリニティ総合学園に立ち寄ってください。先生」

 

 

ハスミの言葉に、横にいたスズミもぺこり、と頭を下げる。

 

 

「私も、風紀委員長に今日のことを報告しに戻ります。ゲヘナ学園にいらっしゃった時は、ぜひ訪ねてください」

 

「ミレニアムサイエンススクールに来てくだされば、またお会いできるかも?先生、ではまた!」

 

 

別れの挨拶を告げて、生徒たちが部室を後にする。自分だけになったのを確認すると、ブルーノは息を吐いた。

 

 

「…ふう」

 

 

慌ただしい1日だった。数週間の出来事を圧縮したような、密度の濃い1日だった。こんな日がこれからも続くと考えると……あまり考えたくなかった。

 

 

しかし彼は知っている。

 

どのような困難にも立ち向かって行く男を。

 

親友であり、仲間であり、ずっとずっと憧れ追い続けてきた———自分の中の英雄。きっと彼は、今の状況でも不敵に笑うはずだ。

 

そんな考えの中、ブルーノはアロナとの最後の会話を思い出す。

 

 

『本当に大変なのはこれからですよ?これから先生は、キヴォトスの生徒たちが直面している問題を解決していくのです!単純に見えても決して簡単ではない……とっても重要なことです。それではキヴォトスを、シャーレをよろしくお願いします、先生』

 

 

「———うん、分かってるよ」

 

 

今の僕は、チーム5D'sのメカニックでも、イリアステル四滅星のメンバーでもない。今の僕は——————

 

 

「まずは…部室の掃除からかな?」

 

 

 

シャーレの先生、ブルーノだ。

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