「ねえ、やっぱり駄目?銀行強盗」
隣に座るシロコが真面目な顔で尋ねる。
アビドス対策委員会による定例会議。それがセリカのバイト先である柴関ラーメンで行われていた。最初はいつも通り学校の教室だったのだが、議題に対する案がなかなか決まらず、腹ごしらえも含めてここに来たわけだ。
店内はわりと賑わっており、バイトとして働くセリカも忙しそうに動き回っている。先日負った傷は完全に完治しており、無理をしている様子はない。
「うーん……正直保留かな。思いっきり犯罪行為だしね」
ラーメンのスープを口に含みながらブルーノが答える。本日注文したメニューは、チャーシュー大盛り醤油バターコーンラーメン。バターの香ばしい匂いと、濃いめの醤油スープがどんどん空腹を満たしていった。ふう、と一息つくと、再び議題の内容を振り返る。
本日の議題。それはずばりアビドス高等学校が抱えている負債……借金返済についての具体的な方法だった。
アビドスの財政状況は破滅寸前であり、資金繰りに四苦八苦している状態である。それでも指名手配犯の確保や各地の苦情解決、ボランティア活動による報酬を利子返済にあててきた。
そもそも利子だけで数百万単位の金額。これでは借金の完済など遠い未来のことだ。廃校までのルートが着実に、一歩一歩、近づいていた。
そういうわけで借金を大幅に減らす方法、要するに大金を稼ぐ手段を考えて議論していたのだがーーー芳しくなかった。
真っ先にセリカが提出した案。運気が上がるゲルマニウムブレスレットなるものを購入し、それを他の者に売って利益を上げるということだったが、早々に却下された。完全にマルチ商法、連鎖販売取引である。とても儲かる話とは思えない。はっきり言って、こんな話を信じ込むセリカは会計に不向きである。
次に出したのはホシノ。問題なのはアビドス自体の生徒数という点に着目し、他校の生徒を強引にさらってくる。スクールバスをジャックし、転入学書類にハンコを押させ、無理矢理にでもアビドスの生徒にする。当然ながら却下。他校の生徒会および風紀委員会が黙っていない。さりげなくシロコが興味を示していて、胃が痛くなった。
ならばとノノミの案。彼女が提出したのはスクールアイドル。メンバー全員がアイドルデビューして、学校の魅力をアピールしていくのだ。なんでも学校を復興する定番の方法らしい。ブルーノとしてはまともだと思った。理想的と言ってもいい。今までの案に比べれば、だが。しかし、それはホシノによってバッサリ却下された。
そして、シロコの案も提出されたのだがーーー
「残念。せっかく覆面も作ったのに……」
シロコが悔しそうに5人分の覆面を見る。
彼女の案、それは銀行の襲撃。金庫の位置、警備員の動線、現金輸送車の走行ルートを事前に把握。速やかに行動して目的の金銭を奪うというものだった。確実かつ簡単、おまけに短時間で大金を得られる完璧な作戦であった。顔を隠すための覆面も手作りで作る徹底ぶりである。
「ダメに決まってます!大体、バレたら大問題ですよ」
アヤネが塩ラーメンを頬張りながら怒鳴る。あまりに無茶苦茶な案が続くので、アヤネがキレてちゃぶ台をひっくり返す一幕もあった。彼女の気苦労が見て取れる。
「そんなヘマはしないのに……」
「ヘマとかじゃなくて、常識とか倫理観の問題です。しっかりしてください」
「うーん、やっぱりアイドルはダメですかぁ?」
「だめだめ、こんな貧弱な体が好きとかいう輩が出たら、それこそ問題っしょー」
なおも対策委員会メンバーで話し合うが、進展はなかった。思わずブルーノはため息をつく。お金を稼ぐとは難しい。それはいつの時代、どこの世界でも同じことなのだ。どうしたものかと頭を悩ませる。
「ねえ先生。あれ……」
自分の肩をトントンと叩くシロコ。そのまま彼女が指をさす方向に目を向ける。
隣のテーブル席。そこに座る四人。恰好からして学校の生徒だろうか。見慣れない制服の彼女たちは、テーブル中央にある1杯のラーメンを難しい顔で見つめていた。何事かとホシノ、ノノミ、アヤネも伺った。
「あれは……ゲヘナの制服だね。他の学区にきてご飯食べるなんて、珍しいねぇ」
「待ってください。あの人たち、ラーメン1杯を分けようとしてませんか……?」
「みたいですね。他に注文はしてないみたいですし……」
テーブルの状況から冷静に推測する生徒たち。そんなのは全く聞こえていない四人の少女たちは、あくまで真面目に話し合っていた。
「さあハルカ、遠慮せずに食べなさい」
「いえいえいえ!わ、私から手をつけるなんて恐れ多いです……どうぞ、アル様からいただいて下さい」
「いいのよ。お腹空いてるでしょう?私は少し食べればそれでいいから」
「あははっ、そんなこと言っちゃってさ。アルちゃんさっきからお腹鳴りっぱなしじゃん」
「……アルちゃんじゃなくて社長、でしょ?ちゃんと肩書はつけてよ、ムツキ室長」
「ん?だってもう仕事終わりでしょ?それより社長のクセにラーメン1杯も奢れないとか。恥ずかしくないの~?」
「う、うるさいわね!ラーメン1杯にはありつけてるからいいでしょ!全部想定内よ!!」
「たったの1杯分じゃん。せめて4杯分のお金は用意しておこうよ……はあ……っていうか早く食べないと麺がのびる……」
ラーメン1杯を前にして、徐々にヒートアップしていく会話。なんとなく事情を把握したブルーノは、店内で動き回るセリカを呼びつけた。
「どうしたの、先生。替え玉?」
「いや、追加の注文いいかな。柴関ラーメン3つで」
「追加3つ!?そんなに食べるの?」
「うん。それでね……」
ブルーノの説明を聞いたセリカは納得したようで、厨房に戻っていく。数分後、ラーメン3杯を持って
「お待たせしました!ラーメン追加3つです」
トントントン、とテーブルに置かれるラーメンに目を丸くする少女たち。状況が理解できず、硬直してるみたいだ。しばらくの沈黙が続いたあと、ピンク色の長髪をした少女がビクビクしながら尋ねる。
「あ、あの……せっかくだけど……私たち、持ち合わせが」
「いえいえ!お代は隣のテーブルの人からいただきますから」
「……え?」
セリカの言葉に少女たちは隣のテーブル席ーーーブルーノの方を見る。
彼がセリカに追加でラーメンを持って行くよう頼んだのだ。あのラーメン1杯では、生徒四人にどう見ても足りない。彼女たちと目が合ったブルーノは、ゆっくりと話す。
「遠慮せず食べて。ここのラーメンは絶品だからね」
美味しいラーメンを食べに来たのに、お腹いっぱい食べれないなんてあまりに勿体ない。ラーメンは誰が食べても心を満たしてくれる。カップラーメンに命を懸けてる人だっているんだ。それを知ってるブルーノの心遣いだった。
(ど、ど、どうすれば……!?正直ものすごくお腹減ってるから嬉しいのだけど、何か要求される場合も……それにしてもこの人、何でもないように頼んで勧めるなんて……か、カッコイイじゃない!これが大人の余裕……!?是非とも見習いたいわ……!)
それでも抵抗があるのか、一向に手を付けようとしない。あまり施されるのは嫌なのだろうか。
「……まあ無理に食べることはない。こっちが勝手に頼んだわけだしね。仕方ない、ここは僕がーーー」
少女の目の前にあるどんぶりを掴もうとしてーーー空を切る。
「た、食べないとは言ってないわ!確かにお腹も減ってるしね!ありがたく、ありがたく頂戴するわ!さあ、あなたたち!食べるわよ!」
どんぶりを持ったまま、捲くし立てる彼女。他の少女たちも「いただきまーす」と手を合わせて箸を持つ。同時にラーメンをすする音が店内に響いた。
「お、おいしい!」
「なかなかイけるじゃん?こんな辺ぴな所なのに、このクオリティなんて」
「……うん、美味しい」
柴関ラーメンの味に感激する少女たち。その嬉しさが伝わってきたのか、後ろからノノミが顔を出してきた。
「でしょう、でしょう?美味しいでしょう?ここのラーメンは本当に最高なんです!わざわざ遠くから来る人もいるくらいなんですよ」
「ええ、分かるわ。私たちも仕事で来たけど、このレベルのラーメンはなかなかお目にかかれないもの」
「えへへ……私たちここの常連なんです。他校の生徒さんにも喜んでもらえて嬉しいです」
「このチャーシューも美味しいよ、ほら」
「まあ!また一つ豪華になったわ!なんて良い人たちなのかしら!」
いつの間にかテーブル関係なく一緒に食べている対策委員会とゲヘナの生徒たち。そのままの流れで互いに自己紹介もしていた。穏やかな日常。緩やかな時間。ここだけ外界から切り離された空間のようで、とても和んでいた。
「今日はとてもいい日ね!こんなに美味しいラーメンと、こんなに気の合う人たちと出会えるなんて。これは想定外だけど、こういう予測できない出来事こそ人生の醍醐味じゃないかしら」
ピンク色の髪の少女が朗らかに笑う。最初は大人びた娘だなという印象だったが、こうしてみると少女らしい無邪気な雰囲気が漂う。周りにいる人たちみんなを笑顔にする、そんな感じだ。カリスマと呼ばれるものだろうか。
新しい出会いが生まれた場所で、ブルーノたちはゆったりと食事をとる。あっという間に時間が過ぎて、ラーメンを食べ終えると別れの時が来た。
「それじゃあ、また!」
「お仕事、上手くいきますように!」
「あははっ、了解!あなたたちも学校の復興頑張ってね、応援してるから!」
互いの帰路につく。いつも以上に足取りが軽いのは気のせいではないだろう。
「うふふ、いい人たちだったわね」
ピンクの髪を撫でながら上機嫌で笑う少女。その少し後ろを歩く、髪を白黒のツートンカラーにした少女が、花弁状の髪飾りをした少女に一度頷いて尋ねた。
「社長。……あの子たちの制服、気づいた?」
「えっ?制服?何が?」
「アビドスだよ、あいつら」
………………え?
ムツキ……室長は、今なんと言った?
アビドス?それは確か、今回のターゲットの名前。
そういえば名乗ったときに、アビドス高等学校の生徒だと言っていた。それはつまり、私たちが倒すべき敵。一緒にいたブルーノという先生も……あれ?
「な……な……」
全身から汗が滝のように流れ落ちる。すべてを理解した少女はただ愕然とするしかない。やがてこれは運命のいたずらだと絶望して、信じられないとばかりに大声で叫んだ。
「なななな、なっ、何ですってーーーーーー!?」
陸八魔アルは、見事なまでに白目を剥いていた。
◇◇◇
「校舎より南15㎞地点付近で大規模な兵力を確認!」
柴関ラーメンから校舎に戻った対策委員会メンバー。いつもの教室でくつろいでいると、アヤネの報告が全員の耳に入った。
「まさか、ヘルメット団?」
「いいえ、これはヘルメット団ではありません!……傭兵です!恐らく日雇いの傭兵!」
「へぇー傭兵か。結構高いはずだけどね」
ブルーノもホシノの言葉に同調した。何度か襲撃はあっても、傭兵にまで攻撃されたことは初めての経験だったからだ。とはいえ、このまま見過ごすわけにはいかない。降りかかる火の粉は払わねば。
「これ以上接近されるのは危険だ。みんな、すぐに出るよ!」
各々武装が完了した生徒たちは、敵を迎撃すべく校舎から出る。教室に残ったアヤネが敵の位置を詳細に調べ、学校から100mの距離を切ったとき、傭兵を率いる集団を確認した。
「あら?あれはラーメン屋さんの……」
前方から接近してくる一人に、ノノミが反応した。見知った顔だったからだ。それも最近、つい先ほどまで話し込んでいた相手だ。
「……ぐ、ぐぐっ……!」
ピンク色の長髪。耳後ろ当たりの側頭部から、悪魔を連想させる二本の角を生やした背の高い少女ーーー陸八魔アル。向こうもこちらを認識したのだろう。苦虫を嚙み潰したような顔で見ていた。
「誰かと思えばあんたたちだったのね!先生の好意も無駄にして……この恩知らず!」
いきり立つセリカの言葉に、アルの両隣に控える少女たちが答えた。
「あははは、その件はありがとね。まあそれはそれ、こっちも仕事でね?」
「残念だけど、公私はハッキリ区別しないと。受けた仕事はきっちりこなす」
それぞれ銃を構えながら告げる。引く気はない、とその表情が雄弁に語っていた。
「なるほど、その仕事が便利屋だったんだ」
「もう!学生ならもっと健全なアルバイトがあるでしょう?それなのに便利屋だなんて!」
「ちょ、アルバイトじゃないわよ!れっきとしたビジネスなの!肩書だってあるんだから!ーーー私は社長!」
ビシッ、と肩に羽織ったコートに刺繡してある社章を見せびらかした。
「こっちは室長でーーー」
隣に立つ長い白髪の少女。黒を基調とした花弁状の髪飾りでサイドテールに纏めており、小柄な体には不釣り合いな大きなバッグを片手に持っているーーー浅黄ムツキを指さす。
「こっちは課長」
こちらも隣に立つ少女。白黒のツートンカラーの髪。アルと同じく角が生えており、腰のあたりにコウモリのような羽根が片翼だけあるパンキッシュなルックスが印象的なーーー鬼方カヨコを指さした。
「誰の差し金?いや、答えるわけないか」
「ふふふ、それはもちろん企業秘密よ?」
シロコの問いに、アルが余裕の笑みで帰した。一歩前に出たブルーノがさらに尋ねる。
「一応聞いておくよ。手を引く気はないかな?僕たちとしては、このまま帰ってくれればありがたいんだけど」
あくまでも余計な戦いはしたくないというブルーノの善意だった。つい先ほど受けた恩義を思い出したのか、アルは一瞬だけ顔を歪ませるも、すぐに便利屋の社長として言い放つ。
「……ええ。私たちは便利屋。受けた依頼はきっちりこなす、それがモットーなの。引く気は一切ないわ!ーーー総員、攻撃!」
アルの号令の下、傭兵たちが一斉に突撃した。
◇◇◇
アビドス高等学校前での戦いは苛烈を極めていた。
銃弾が飛び交う音が響く。便利屋が雇った数十人の傭兵は、すでにその人数を数人にまで減らしていた。力尽きた少女たちが、至る所に倒れ伏している。そのほとんどが、ホシノの功績だった。
そのホシノが便利屋の平社員ーーー伊草ハルカと対峙していた。放たれるショットガンに対し、折り畳み式の盾を展開。大きく開いたそれは、弾丸をすべてはじき返すと、迎撃の体制に移った。同じくショットガンによる銃撃。ホシノの攻撃はほぼすべてハルカに直撃したと言ってもよかったが、彼女はわずかに顔を顰めるだけですぐに反撃に出る。撃たれ強いだけではない、何か恐ろしいものが宿っているようでホシノは戦慄した。
少し離れた場所、シロコとセリカが、カヨコとムツキに対して攻撃していた。シロコが飛ばしたドローンが、数発のミサイルを発射し、降り注ぐ雨のごとく襲い掛かる。それを軽やかに避けきったムツキは、数個の鞄を投げ込んでくる。ほどなくして爆発し、戦場の視界を大きく阻害した。
この好機を逃すまいと、ハンドガンを片手に突っ込むカヨコ。それはこちらも同じこと。接近してくるのを知覚したセリカは、アサルトライフルのトリガーを引き、激しい銃撃音を奏でた。
その後ろに控えるノノミも、戦況オペレーターのアヤネの指示で、敵の隙をみてはミニガンを乱射しているが有効打にはなりえず、膠着状態が続いていた。
ーーーどうにも攻めきれない。
アルが最後方で歯嚙みする。
付け焼き刃ではない。戦い慣れている。それは確実だった。彼女たちはここまで何度も戦闘を経験し、生き延びてきた。だからこそ自分たちの攻勢に耐えているし、対応している。
先日始末したカタカタヘルメット団。その残党が失敗したというのも、今では納得できる話ではあった。それほどまでにアビドスは強い。
しかし、だからと言ってこのままジリ貧になるわけにはいかない。
ーーー自分は社長で、孤高のアウトローなのだから!
部員もとい部下たちを路頭に迷わせず、贅沢な暮らしをもたらさなければ。着実に依頼をこなし、実績を積み上げて輝かしい未来を切り拓かなければならない。そう決めたのだから。
何度目かの爆発音。決意を固めたアルはスナイパーライフルを握りしめて戦場を駆け抜ける。
「……社長!?」
「アルちゃん!?」
カヨコとムツキの制止を振り切り、ただひたすらに走る。二人の対応に追われたシロコとセリカは、彼女の接近を許す、しかしアルの狙いはもっと先であった。
『ノノミ先輩!敵のリーダーと思われる人物が近づいてきてます!』
「えっーーー」
端末から響くアヤネの声に、ミニガンのリロード中であったノノミは呆気にとられた。その間にもアルは迫ってきている。鈍くきらめく銃口が、静かに狙っていた。
(まずいねーーー)
状況を理解したホシノは即座に反転する。させない、とハルカは追撃するが簡単にかわされた。しかしそれは彼女に傷を負わせるための追撃ではなかった。彼女を確実に、その位置に誘導するためーーー
「くっ……!!」
轟く爆音。足元の地雷が爆発したのだ。大したダメージではない。だがこのままではいけない。この間合いでは。自分の銃弾よりも、
すでにすぐそこまで肉薄しているアル。覚悟を決めたノノミは目をつむりその時を待ったが、彼女が痛みをこらえる必要はなかった。
「ーーー先生!」
「何やってんのよ、バカ!」
ブルーノが両手を伸ばしてノノミをかばうように立ちはだかっていた。シロコとセリカの言葉に目もくれず、自分に銃口を向けるアルに対して静かに口を開いた。
「もうやめるんだ。このままでは消耗戦になる。自分の部下をいたずらに疲弊させるのは、君も本心じゃないだろう?」
ブルーノの言葉に、アルは喉を詰まらせた。胸の内を見透かされている感覚。それでも、とかぶりを振って叫ぶ。
「……舐めないで!私は便利屋!情けなんていらないわ!」
迷うことはない。この人を撃って、後ろにいる子も倒せばいいだけだ。それで依頼達成に近づく。単純な話だった。だが、啖呵を切って銃口を向けられてなお、目の前にいる先生は聖人のように笑う。
「仲間のために頑張るんだね」
「……えっ?」
「やっぱり君は、優しい子だ」
アルの全身に動揺が走る。鈍器で殴られた気分で、思考が全然まとまらない。自分はどうしたいのか、どうすればいいのか、果てしない暗闇の中を歩いていた。それぐらいブルーノの言葉は衝撃的だった。
「リーダー、指示を」
「このまま撃っていいの?」
彼女の心境など知る由もない、残った傭兵たちが尋ねてくる。時間は有限で、できることは限られている。ぐちゃぐちゃな思考のまま、わけもわからず指示を下した。
「……総員、撃ーーー」
ーーーキーンコーンカーンコーン
そんな彼女の言葉は、突然のチャイム音によってかき消された。
「あっ、定時だ」
「は?」
「今日の日当だとここまでだね。みんな、帰るよ」
「はぁ!?」
次々と帰り支度を始める傭兵たち。倒れ伏している者を叩き起こし、あるいは担ぎ上げてその場を後にした。
「ちょ、ちょっと待って!こらー!帰っちゃダメ!!」
アルの声もむなしく、ぞろぞろと帰っていった。あとに残るのは、対策委員会と便利屋のみ。
「う、ぐぐ……こ、これで終わったと思わないことね、アビドス!!」
「あはは、アルちゃん、完全に三流悪役のセリフじゃんそれ」
横で茶化してくるムツキに、アルは悔しそうに歯を食いしばった。
「うるさい!逃げ……じゃなくて退却するわよ!」
即座に走り出す便利屋たち。その後ろ姿が完全に見えなくなると、アヤネからの通信が届いた。
『……敵兵力の退勤、いえ退却を確認。困りましたね……妙な便利屋にまで狙われるとは、一体何が起きているのでしょうか……』
ほんとにね、とブルーノは心の中で呟くのだった。